V
翌朝、屋敷では豪勢なパーティーが催されるということで、無機質な雰囲気が慌しさを持って色を得る。
実際開かれるのは日の落ちた夜のことなのだけれど、その夜に向けての準備で屋敷中の人々は駆け回っていた。
無事『歌姫』の称号を得た少女のお披露目をメインに開かれるだけあって、ただでさえ豪華で眩暈を起こしそうになっている部屋をより華やかに飾り立てる。
人々に待ち遠しく思っている夜がやってきた時には、屋敷の中は煌びやかなダンスホールと化していて、一族と枠組みされる者たちでにぎわっていた。
少女が舞台へ進み出ると一斉に歓喜の声が沸き起こり、あちらこちらで祝福の言葉を述べ合っている。
そんな中、少女の双子であるということだけで、サヤもしぶしぶながら出ざるをえなかった。
昨晩ひどく彼女に当たり部屋を飛び出したのだ、いつものように変わらないまま面と向かい合うことなど出来はしない。
宝物のように大事に扱われる片割れとは対照的に、サヤはいつも人々に嫌な視線を送られる。
恐怖・疎外・畏怖。
その他いろんな負の感情に晒されて苛立ち、異端のまなざしを向ける者たちに睨み返してやると、一瞬身体を硬直させて思いっきり目線を逸らすのだ。
そんなまわりの行動もサヤはいい加減飽きていた。
所在なさげにしていると、あまり品の良くなさそうな人物がサヤの目の前に現れてダンスに誘いをかけてくる。
何かの罰ゲームや肝試しのネタにされているのは眼に見えているため、サヤは無視を決め込んでその場を立ち去ろうとした。
するとその男はなにやらむきになってサヤの腕を掴み引き止めにかかったので、サヤは思わず後方へ転倒しそうになる。
離せと言っても素直に離してくれそうにない相手を見据えて、力の試し合いが始まる。
最初は腹の探りあい程度だったものが、手首を締め付けるまでに発展した相手の握力に痛みが差してきて、サヤは思わず全力でその男の腹部を蹴りつけた。
丈が短いとはいえドレスをまとう少女に予想以上の鋭い蹴りを受けた男は数メートル先に倒れこむ。
それを見た周囲は一斉に静まり返り、サヤに対して責めるような視線を浴びせかけた。
「サヤ!!何してるの?!」
鈴の鳴るような声の主にサヤは眼を向ける。
自分の片割れと言われ、全く正反対の位置にいる彼女。
私にあって貴女にないもの、貴女にあって私にないもの、それは矛盾を伴って共通しているはずのもの。
もう少しでわかりそうなのに霞んでしまう。
そんな思考の中、サヤは彼女の問いに淡々と答えた。
「何も。痕が付くほど締め付けて、離してくれそうにないから蹴ったの」
その言葉に周囲はどよめく。
非難めいた言葉が飛び交い、サヤを中心に嫌な空間が円を描いた。
少女はそんな声に耳を貸さず、サヤに近づきその手首を見て納得し、ゆっくりとした動作でサヤの手を取り自分の両手で包み込む。
「かわいそうに、痛かったでしょう?」
――――・・・かわいそう?
「サヤに酷いことしないで!サヤにすることは私にすることと同じよ!!」
少女はサヤを庇うようにしてはっきりと周囲に宣言する。
言い切ったあと少女はサヤを振り返り『もう大丈夫、私がいるわ』と小さく言って抱きしめた。
少女の腕の中、サヤは彼女の言葉を反芻する。
「ねぇ、私ってかわいそうなの?」
私にあって貴女にないもの
「どうして私をかわいそうなんて言うの?」
貴女にあって私にないもの
「いらない・・・哀れみなんていらない!!そんなもの何一ついらない!!」
叫んだ瞬間サヤの意識は吹き飛んだ。
錯乱したように自分を囲う腕を振り払い、突き飛ばす。
突き飛ばされた少女はガラスにしたたかに叩きつけられ、与えられた痛みに小さく悲鳴を上げる。
それでも懸命に自分の半身を案じて手を伸ばすが、紅に染まるサヤの瞳孔に恐怖を感じて硬直する。
「・・・サ、ヤ?」
戸惑う声はもはや届くことはなく、孤独に蝕まれた心は悲鳴を上げて暴れだす。
狂気に染め上げられたサヤに周囲はざわめき、華やかなホールは一転して恐怖に辺りを支配されてしまう。
その恐れから排除しにかかろうとする者をサヤは手元にあったナイフで返り討ちにし、自身の皮膚を切り裂いて溢れる鮮血を切り口に流し込む。
サヤの血を受けたその者は苦痛の呻き声を上げて結晶化してしまった。
それを見て狂ったように躍り出る一族の者たちは、まるで血に酔ったかのようにサヤに襲い掛かっては斬り捨てられる。
眼前で、ナイフ一本で繰り広げられる血の円舞に少女は眼を奪われた。
心配して駆け寄る護り手たちにさえ気付かずに、ただ暴走し続ける半身を眼で追い続ける。
矛盾を伴う共通のもの
孤独を愛し、孤独の中で愛を求める
暴走する意識の中、サヤは氾濫する感情に必死に抵抗していた。
無意識につむぐ歌に救いを求めて、心の中、伸ばす腕を誰かに掴んでほしくて。
望んでいるのは哀れみじゃない。
哀れみなどほしくない、必要ない。
今の私に必要なのは・・・
「サヤ・・・」
震える大気。
聴こえるはずのない声に血の円舞は終焉へと向かい始める。
低く微かに、風にさらわれそうな声色。
混濁する意識はまるで闇夜。
それに寄り添い静かに見守るのは・・・?
目覚めた視界に映るのは、白銀の月
斬り捨てることも構えることもしなくなった少女に、多くの者が殺気をまとい雪崩るように押し寄せる。
意思と身体を切り離されたように立ち尽くすサヤに、少女は名を叫び駆け出す。
狂った者たちの向こう、届きはしないその腕を懸命に伸ばしている必死な彼女の姿すらサヤの視界には入っていなかった。
サヤの思考を占めるのは唯一つ。
無数の殺気の中に現れた闇夜の月。
サヤは切り裂かれる痛みの代わりに与えられた浮遊の感覚にその身を委ね、緩やかに微笑む。
その眼はもう狂気の片鱗すら見つけられず、幼い子供のように安堵する色を湛えていた。
獲物の突然の消滅に怒りの咆哮を叫び、狂人たちは消え去ったそれを追い求めるように周囲を見回した末、眼前にいる少女をそれと勘違いし始める。
最初は疑るように、次第に歩みを進めて、少女に襲い掛かった。
しかしその爪は届く前に空中へと消え失せる。
異形の腕で以ってカールが切り裂いたのだ。
その光景に身体を震わせ怯える少女をソロモンがそっと抱き寄せる。
少女は護り手に抱き寄せられたまま、見失った半身を求めて視線を彷徨わせるが、無残に崩壊したホールと血で彩られた装飾品が見つかるだけだった。
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