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日暮れの中、名残惜しげにハジと別れて自分の部屋へと戻る。
心躍る熱は未だにくすぶっていて、思い出せば身体が火照り、地を駆ける足取りは軽くなっていくよう。
サヤは満たされた気持ちのまま、朝に少女と別れた廊下へと降り立った。
廊下の奥が騒がしく、不思議に思って近づいていくと、サヤの存在に気付いた者たちが一斉にサヤを取り囲んだ。
なにやら険しい顔つきで見られているので無意識に身体が強張る。
「いったい何処へ行っていらしたのかな?」
責めるような口調で自分を取り囲む者たちのうち一人が言った。
しかしサヤは気圧されそうになることもなく、逆に凛として言い返す。
「何処へ行こうが私の勝手よ」
鋭い目つきで取り囲む者たちを睨みつけ、圧倒的な威圧感を持って制する。
そんなサヤの態度にまわりはたじろぎ、自分より幼い少女に何も言えず、ただうろたえるばかりだ。
サヤはまわりの大人たちを睨みつけながらその場を去り、自分の部屋へと足を向ける。
部屋までの道のりの中、サヤは先ほどまでの昂揚感が嘘のように冷めてしまっているのを感じて悲しくなった。
ここでは自身を閉ざしてしまうだけ、安らぐことなど出来はしない。
どれだけ人に囲まれても、自分は独りだと感じてしまう。
どうしようもない孤独感に思考が囚われて、サヤは心が冷めて凍ってしまうのではないかと思った。
窓から見える景色はすでに闇色に染め上げられていて、低く輝く月は白をまとい、揺れる心に光を差す。
――――月って静かで、柔らかい・・・まるでハジみたいね
遠く静かに見守る月に彼を重ねる。
冷える心に寄り添って、優しく包み込んでくれるような柔らかな光。
サヤは彼に無性に逢いたくて仕方なかった。
「ずっと、傍にいられればいいのに・・・」
彼がいればこの孤独感が消える気がして、ふと小さくつぶやく。
自分という存在の不安定さに精神は支えを失ってしまって崩れてしまいそう。
泣きそうになる自分を照らす光に、月が出ていて良かったとサヤは心の底から思った。
「サヤ、おかえりなさい」
歌うような軽やかな声がサヤを出迎える。
双子の少女は今朝とは異なり、咲き誇る大輪の花のような笑顔でサヤに笑いかける。
そんな彼女の表情に、サヤは疑問を抱く。
「・・・何かいいことでもあった?」
しぶしぶ問いかけると、彼女はサヤに椅子へ座ることを勧め、待ってましたと言わんばかりに話し出した。
彼女が話すことはやはり儀式のことで、サヤはそのことにあまり興味を示さずに適当に相槌を打って返すだけだったが、彼女は気にせず話し続ける。
『歌姫―ディーヴァ―』の称号を得て、今彼女の胸元に輝くサファイアのネックレスが与えられたらしい。
中央に輝く大きなサファイアは青いバラをモチーフとしたかわいらしいデザインだ。
同じく薔薇を好んではいるが、紅色を何より好むサヤには全くセンスがわからなかった。
珍しくきゃあきゃあ騒ぎながら話す彼女に驚きながら、やっぱり興味をそそらない話に変わらない相槌を返すことを繰り返していると、突然ドアをノックする音が響いた。
「誰?」
短く鋭い声でサヤが問うと、扉越しに柔らかな声が返ってきた。
その声に先ほどまで話に夢中だった少女が立ち上がり、急いで扉へ向かって行く。
心なしか頬が紅潮しているように見えるのはサヤの気のせいだろうか。
「どうぞ、入ってソロモン、カール」
少女に促されて入ってきたのは二人の青年。
白と青、といっていいほどの色が彼らからにじみ出ていた。
白は金髪の青年でソロモンといい、青はストレートの黒髪を持つ青年でカールというらしい。
サヤに挨拶するために訪れたという彼らを彼女から紹介してもらい、サヤはそういう認識をした。
話を聞けば、彼らがディーヴァとなった彼女の護り手であるらしい。
「あと何人かいるんだけどね、ずっと一緒にいて護ってくれるんですって」
照れたようにはにかんで微笑み、嬉しそうに言った。
彼女がこんな笑顔を見せるのはあまりにも久しぶりで、思わずサヤもよかったね、と笑って返した。
一通り話し終えると、彼女はサヤに向かって真剣な眼で切り出した。
「ところでサヤ、貴女よく街へ行くでしょう?誰かに会いに」
突然話題が自分に振られたことについていけず、きょとんとした表情でサヤは少女を見返す。
街ではなく森なのだが、それは絶対に言わないでおこうとサヤは思った。
「サヤ、忘れてはだめよ。私たちは人とは違うの。人は私たちより先に死んでしまうのよ」
サヤにとって当たり前なことだと認識していることを彼女は真剣に言う。
心配そうに、諭すように彼女は言葉をつむぐ。
「ずっと一緒にいられる存在は血の契約を交わした護り手のみ、わかっているわね?」
「何よ、今更?わかってるわよ。ただ、私の血は毒だから誰も触れられない。だから護り手など出来るわけがない、そうでしょ?」
彼女の言葉にちょっと腹が立って、撥ねつけるように自暴自棄とも取れる物言いをする。
その言い方にさすがに少女も気付いたのか、慌てて言葉を補助しにかかる。
「出来ないわけじゃないわ。特殊な者しか受け入れられないというだけよ」
「そう、で?いったい何が言いたいの?」
彼女の話しに付き合うのがもう嫌になって結論を求めた。
苛立つ気持ちは止まらなくて、自分に嫌気が差すのも構わずに少女に八つ当たりめいた言葉を投げる。
「・・・この閉じられた空間以外で好きな人を作ってはだめ。サヤ、貴女が苦しむだけよ」
その言葉にサヤはキレた。
どこまで束縛すれば気が済むのか、どれほど押さえつければ納得するのかと、怒りで視界が歪む。
いつの間にか握り締めていた手が痛みを訴える。
「苦しみって何?この束縛以上の苦しみなんてないわ!!誰も私を私として見てはくれないくせにっ・・・。受け入れないくせに、私にはそれを受け入れろと言うの?!」
堰を切ったように言い募る。
悲鳴にも似た叫び声で言い切ると、その勢いで部屋を飛び出した。
豪華に飾られた廊下を抜けて、庭の木々や花々を追い越して、サヤはがむしゃらに走り続けた。
涙で歪む視界には闇が広がり、何処へ向かっているのか、何処を走っているのかも全くわからない。
わだかまる思いを振り切りたくてただ必死で駆け続ける。
たどり着いた中庭の噴水の脇に崩れ落ち、腕に流れる水の感覚を感じながらサヤはひたすら泣き続けた。
サヤがいなくなった部屋では、少女が同じように泣いていることも知らずに。
「サヤ・・・貴女は何を求めているの?」
孤独に震える魂は、束縛を嫌い自由に焦がれ寄り添う魂を求める。
それに気付かない少女は、自分の半身が苦しまないようにと彼女なりの気遣いを示して見せたのだけれど、すれ違う思いに摩擦がかかり、サヤの耐えていたもの全てが音を立てて燃え上がった。
サヤを助けたくて言ったことが逆に傷つけてしまったという、その結果に彼女は涙した。
彼女の護り手はそんな少女の傍らで静かに見守り続け、彼女を支えように言葉をかける。
サヤと彼女の間には、かみ合わない何かが存在していた。
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