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「いやぁぁぁぁ――――――!!!!」

少女は泣き叫ぶ。悲しくて、苦しくて、誰かに助けてほしくて。
そして、その誰かがいなくなってしまったことも、彼女にとっては嘘にしたい出来事で。

 

彼にすがり付いて声を上げて泣き続ける。
誤った道を選んでいたのだと、今更ながらに気付かされる。
確かに大切な存在となった『家族』、けれど彼以上に大切なものなどありはしなかったのに。

 

時をかけて共に歩む存在。

何故切り捨てられる?

 

自身の過ちに打ちひしがれ、歌姫の言葉に罪悪感を突きつけられる。

『貴女が『家族』などという狂気にひったっている間、彼はずっと探し続けていたのよ。気の遠くなるような時間を、たった独りで。 ・・・サヤ、貴女は彼に会ったとき何をしたか覚えてる?自分だけが傷ついたような眼で彼を責めたりしなかった?何気ない言葉で彼を非難したりしなかった?・・・貴女独り、幸福な狂気に還りたいなどと言わなかった?』

都合のいい自分に嫌悪する。
止まることを知らないように涙は涸れず、また止める意思さえ小夜にはなかった。

 

そんな状態を見かねたデヴィッドが、小夜の胸倉をつかみ叱咤する。

泣いているヒマがあるなら翼手を倒せ、と。

意識さえ朧な小夜はその意味すらつかめず悲嘆に暮れる。
振り落とされて倒れこむが、小夜の状態は一向に変わらない。


ここでの戦闘に区切りをつけ、退却することを仲間に告げると、デヴィッドは再び小夜に歩み寄った。
近づく存在すら気にすることなく悲しみ続ける小夜の隣に、倒れたままの青年を見る。

白い肌に黒の衣装、変わらぬ彼の容貌にデヴィッドは、彼がただ気絶しているだけだとしか見えなかった。
しかしこのままにもしておけるはずはなく、彼を運び込もうと手をかける。

 

そのとき嘆く小夜に異変が生じた。
悲嘆の色は消えうせ、激しい怒りと警戒心が小夜を取り巻く。
その変化に気付けなかったデヴィッドが彼に触れるか触れないかという瞬間に、小夜は躊躇いなく刀を振り下ろした。

 

 

 

「ハジ・・・貴方は私が護るよ」

ただ一言、涙に濡れた声で小夜は彼に言葉を贈り、そっと額に接吻をした。
血に染まった刀を手に優しいキスをする、その光景はたとえようもないないほど神々しかった。

小夜はこのときから彼を受け入れることを選んだのだ。
それは彼女の中の優先順位の変換であり、「家族」という名の絆が薄れることを示していた。
さらに、デヴィッドを斬ったことにより、小夜は『赤い盾』を当てにしないことを行動で示して見せたのだ。


誰一人、彼には触れさせない、と。

護れなかったものを今度は完全に護り抜く、固い意志を持ってしまった小夜に周囲は揺らいだ。

 

斬りつけられたデヴィッドは死には至らないものの大量に出血しており、自身で立つことすら侭ならなかった。
駆け寄ったジュリアに支えられ、早急に病院へと送られてゆく。
悔しげに唇を噛み、傷口の痛みに耐える。

 

カイはそんな光景を眼にしたまま、何も考えられなくて呆然としていた。
今まで自分の道を探す手がかりとして『赤い盾』と行動を共にしてきたはずの小夜が、デヴィッドを斬り捨てたことに対して、酷く混乱していた。
自分が近づいて小夜に斬られないという保障が全くない。
愛しげに彼の髪を梳く小夜に掛ける言葉が見当たらない。

どうすればいい?

カイの思考はその言葉で埋め尽くされる。

 

「カイ兄ちゃん!!」

突然リクの声が響く。
カイは様子を見て来ると言って、安全と思われる場所に置き去りにしたままこんな状況に遭遇したので、リクの存在を忘れかけていた。
いつも何かに集中すると他が疎かになるのだ。

遅いから追いかけてきたとリクは言う。
屈託ない笑顔で、けれど心配そうにカイを見上げる。
その表情にカイは酷く安心させられた。
リクは変わらないのだ、と。
もちろん小夜も変わっていないと思う。
けれど今の小夜はどこか近づきがたい雰囲気を持っていて手が出せない。
戦場に慣れていないカイには到底踏み込めるはずもなかったのに、無理やりついてきたのだから何も言えはしないのだけれど。

 

「・・・?小夜姉ちゃん、この歌なんて歌?・・・すごく綺麗な声・・・」

ふとリクはそう言った。
カイには歌など聞こえないのに、リクは聴こえるのだと言う。
そのリクの問いに、小夜はゆっくり振り向いて、小さく微笑んだ。
血に彩られた無邪気な笑顔。

「ありがと・・・。この歌は、心の深くにあるの・・・昔、歌ってた気がする」

 

――――優しい木陰の下で、貴方が好きだと言ってくれたこの歌

 

「私、ハジのために歌ってた。・・・とても懐かしい・・・」

彼を見つめたまま、小夜は自身の過去に思いをはせ、穏やかな表情で言葉を詠う。

 

その雰囲気に誘われて、しとしとと雨が降り始めた。
柔らかな優しい雨だった。