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――――ハジ・・・
辺りを見回し、その存在を探す。
心もとない求める瞳が空を彷徨うその端で、見慣れた影が目に止まる。
めまいの治まってきた視界にあったのは、ソロモンに背後を取られ押さえつけられているハジの姿だった。
小夜を助けようとしたときが彼の背後に隙ができた瞬間であり、ソロモンはその好機を逃さずハジの両腕を背にやり捕らえたのである。
何とか逃れようともがくハジの前に少女が歩み出る。
しなやかに腕を差し伸べ、彼女の指は彼の頬に触れ、愛しげにその輪郭をなぞる。
「触れるな・・・」
顔を背け、彼女の愛撫から逃れると、怒気を伴いながら低く静かにハジは言う。
いつもの無表情が嘘のような冷たい眼で少女を睨み上げ、静かに背後にいるソロモンの隙をうかがう。
ハジに拒絶された少女は悲しげに眼を細めて手を引き、そして何かを決意したようにソロモンを見た後、静かに歌をつむぎだした。
白い霧の中、響く少女の歌声はよく透り、風が彼女の歌に共鳴する。
周りの木々がざわめき立ち、霧は一段と濃くなった。
人の表情がかろうじてわかるが、足元はあまりはっきりしなくなってゆく。
前に起こったフラッシュバックはこの歌では現れないが、何か嫌な予感がして小夜は無理やり体を起こしにかかると、隣にいたカイが傷を負っていないほうの肩に手をかけ引き止める。
「カイ、大丈夫だから、離して・・・」
「・・・」
途切れ途切れに言葉をつむぐ小夜に、カイはしぶしぶ手を離す。
心配してくれるのはわかっているのだが、今はその優しさに甘えるわけにはいかなかった。
罪悪感に捕らわれつつ、それを振り払うように体を起こす。
激痛が身体を駆け巡り、自分に訴えかけてくる。
耐え切れず地に手を突き、自身を支えた。
「うっ・・・」
その音は自分が発したものだったのだが、自分の呻き声に何かが重なって聞こえた。
歌い続ける少女ではない、隣にいるカイが発した音でもない。
低く、小夜の声に重なる音。
小夜はまさかと思い、捕らわれたままの自分の従者に目を向ける。
目を向けた先には先ほどの怒気も冷たさもなく、ソロモンに腕を押さえられたまま前のめりになっているハジの姿があった。
苦痛に耐えるような表情でぐったりとしている姿に、小夜はさらに嫌な予感を身に感じる。
「・・・だめ・・・」
このままではいけない、この歌をとめなければ。
ハジが苦しんでいるのはこの歌のせい、そう小夜は確信していた。
このままでは事態は悪化してゆくのだと頭の中で激しく警鐘が鳴り響く。
そのことのみに急かされて体は無意識に反応し、歌い続ける少女へと切りかかろうと駆け出す。
小夜にはその少女しか見えていなかった。
その道の途中にまだカールがいることを忘れていたため、予想していなかった攻撃に受身を取れず致命傷を受けて、再び同じ場所に戻される。
それでもなお向かっていこうとする小夜を我慢しきれずカイが羽交い絞めにした。
「はっ・・・離してカイ!!」
「だめだ!!これ以上やったらお前、死んじまう!!」
暴れる小夜を二度と離すまいと必死で押しとどめ、声を荒げるカイの言葉すら、今の小夜には煩わしいだけのものだった。
乱暴に振りほどこうとしても、カイは小夜を離そうとはしない。
「やめて、カイ!!この歌を止めないと・・・嫌な予感がするの!!」
小夜も必死で抗い、少女に向かおうとする。
そんな二人の姿をカールは可笑しそうに眺め、何かを思い出したように言った。
「小夜、そういえば、お前の従者について知りたがっていたな」
その眼は相変わらず狂気に満ちていて、小夜が苦しむ姿を望んでいる。
しかし、そんなカールの言葉に怪訝になりつつも反応し、小夜はカイに抵抗するのも忘れて前に立ちふさがる人物を凝視する。
疑いと不安に満ちた声で小夜は答えた。
「・・・ハジのこと、何を知っているの?!」
「知っているのは、ディーヴァがひどく彼を自分のものにしたがってることだけさ。」
そのことを聴いた瞬間、先ほどまでくすぶっていたものが音を上げて燃え盛るように、小夜の中に苛立ちが舞い戻る。
そして、あの少女にも言った疑問が口をついてしまう。
何故、と。
「何故?ふふっ、可笑しなことを言う。知っているんだろう?奴が・・・」
「カール、おしゃべりが過ぎますよ」
やわらかく穏やかにカールを諌めるソロモンの声が降る。
その声を聴いた瞬間、カールはぴたりと口をつぐんでしまう。
「いいえ、むしろサヤは知るべきかしら?・・・自分がどれだけ酷い仕打ちを彼にしているのか」
歌っていたはずの少女は歌うことを止め、小夜に向き直って言った。
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