「A*J×ICO -10-」

 

 

 

大地が低く這うように唸る。
微細に揺れていた振動が、徐々にふり幅を広げて城を呑みこむ。
軋む城壁は限界を訴え、ぱらぱらと砂塵と瓦礫が降り落ちる。

 

激しくなる変動の中、祭壇の広間に異変が起こる。
無数に立ち並ぶ棺が一斉に青白い光を帯びて輝き、雷光のような鮮烈な光の束が解き放たれた。
ばりばりと激しい閃光を縦横無尽に走らせながら、光はやがて一点に集中するように降り注ぐ。
祭壇に鎮座する藍色の結晶。
それは洪水のように注がれる光を浴びて目覚める。
輝きが解けたその中で、ぱたりと手のひらが床に触れた。
ゆるりと緩慢に動く指先をためつすがめつ翻し、倒れこみそうな体勢を正して周囲に視線をめぐらせる。
城の中だ。
やはり連れ戻されてしまった。
わかっていたことだが、実際に連れ戻されたと実感すると、寂しいものがこみ上げる。
あの人は無事に外へ出られただろうか。
押し寄せる寂しさを追い払うように、自分に知らない世界を与えてくれた人を思い出した。
優しい手の温かさを追えば、酷く心細くなる。
こうしてうずくまっていると、あの人はすぐに駆け寄ってきてくれて、手を差し出してくれた。
どうにも動けないときは、熱を分けるように抱きしめてくれて、助けてと願えば必ず助けてくれたのだ。
もう、今は手の届かない、かけがえのない人。
うっすらと悲嘆に後押しされて視界が滲む。
だが、感傷的になる心とは裏腹に、自分を取り囲む景色は目覚めたときよりずっと騒がしくなっていった。
いつまで経っても治まらない激震に、見慣れたはずの城がどこかおかしいと気づく。
地鳴りが鳴り止まない。
揺れが止まらない。
目覚めて最初の異常さに、混乱と困惑が押し寄せる。
立ち上がるにも苦労して、ふらりと身体が傾いだ。
だが、倒れこむはずの身体を、不意に何かが支え、バランスを取る。
ふわりと頬を撫でる風の柔らかさ。
無意識に起こった唐突な変化に、ぱちりと瞬きをして振り返る。
振り返る動作に遅れて、白く輝く布のようなものがひらりと舞い、名残のようにきらきらとしたものが降り落ちた。
まるで、夢幻のような光の粒。
その正体に、愕然と目を見開いた。
自分の背後でひらひらと意思のままに動くそれは、あの女の人と同じ羽。

なんてことだ。

悲鳴も出ない口元を両手で覆って息を呑む。
優しいあの人と、自分は決定的に異なってしまった。
抗いきれなかった結果に、思わず顔を覆って泣きたくなる。
やはり、自分はここから出てはいけない存在だったのだ。
自分があの部屋から出たことで、あの人をより危険に晒したのではと思えば、そのつらさは身が引き裂かれるようだ。
だが、それでも逃れようのない現実に向き合うしかないと、くじけそうになる自分を叱咤する。
目に見えて崩壊の兆しを訴える城。
そんな危険な場所でひたすら嘆き続けることを、あの人はきっと望まない。
寒さを訴える指先をそっと胸に抱いて、上階へと道を開く昇降機へ視線を向ける。
この城が悲鳴に呑まれるなど生まれて初めての出来事だ。
いつもは閉ざされているはずの上階への道が開いていることも考えれば、きっとこの先で何かあったに違いない。
そう考えて、引き寄せられるように昇降機へと乗り込んだ。
その間も、崩壊の音は鳴り止まない。
ひび割れた箇所から砂塵が零れ、嫌な音が渦巻いている。
ぐんぐんと迫る黒い天井に、大きく亀裂が入っていて、うっすらと外の光が漏れ出していた。
がしゃん、と頭ほどの瓦礫が壁から剥がれ落ちてくれば、その激しい衝撃音に身がすくむ。
かたかたと小さく震えつつも、どうにか玉座のある大広間まで訪れたとき、そこは想像しているより凄まじい光景が広がっていた。
壁は剥がれ落ち、あたり一面窪みがひしめき合っていて、広間の面影など欠片もない。
古びた石床があちこち抉れ、重なる窪みは滑らかな曲線を描いている。
綺麗に抉り取られたような惨状に、得体の知れない不気味さを感じて身震いした。
きっと、城の崩壊と何か関係があるのだろう。
誰もいない大広間へ恐る恐る足を進め、部屋の半ばにある小さな階段をゆっくりと上る。
すると、

「……!」

柱の影に見知った姿を見つけ、思わず息が止まった。

何故。


どうして。


驚愕に、信じられないという思いが渦巻いて、頭の中が真っ白になる。
柱の向こう側でうつ伏せに倒れたまま動かない人は、決して忘れることのできない人だった。
何故、こんな場所に彼がいるのか。
困惑に躊躇いを混ぜながら、そっと青ざめた頬に手を伸ばす。
ふぅ、と指先に浅くかかった吐息に、彼がまだ生きているのだと実感した瞬間、強張った身体から力が抜けた。
ここで何が起こったのかはわからない。
だけど、何故彼がここにいるのかは、泣きたくなるほどわかってしまう。
引き離され、影に連れ去られるたびに、この手を手繰り寄せて逃げてくれたのは彼なのだから。
無事に逃げ出せるはずだったのに、その道を捨ててまで、彼は助けにきてくれたのだ。
相容れないものに成り果ててしまった自分を。
感極まって涙しそうになるのを必死に耐えながら、ボロボロになった痛ましい身体をそっと撫でる。

嬉しかった。

これ以上の幸せは、きっともうない。
指先から溢れた緑の光が、淡く帯を成してたゆたう。
ふわりと淡い光が傷をなぞれば、みるみるうちに傷口が塞がり、傷一つない肌が蘇える。
しかし、完全に気を失った彼はぴくりとも動かない。
ずいぶん無茶をしたようだ。
そんな彼の髪をやんわりと撫で、どうしようもない幸福感にゆっくりと目を閉じる。
落ちる目蓋に涙が零れた。
だが、こうして浸っている場合ではない。
がらがらと降り落ちる瓦礫を避けて、癒えた身体を呼び寄せた風に乗せた。
彼と相容れない存在になったからこそ、彼を崩壊する城から救うことができる。
それはなんて皮肉なことだろう。

 

崩れ行く壁面に、玉座が埋もれていく。
誰のための玉座だったのか。
もはや瓦礫の一部となってしまった『玉座だったもの』に未練はなく、すぐさま踵を返して昇降機へと向かった。
退路を絶たんと、次から次へと降りかかる瓦礫の雨を縫うように走り抜ける。
風を編んで彼を運び、昇降機へ乗り込んで祭壇まで戻ると、青白い光を帯びていた広間の棺は物言わぬ石になっていた。
まるで、自分を目覚めさせるために、あの光を起こしてくれたようだと思えば、通り過ぎる間際につい振り返ってしまう。
だが、逃げる自分たちを追うように崩壊の音が迫り、言葉を吐き出す前に地鳴りがエレベーターへと押し流す。
下へ、下へ、さらに下へ。
崩落の魔の手から逃げながら、細波の音に向かってただ急ぐ。
ようやくたどり着いた船着場の洞窟すら、城の崩壊の余波は既に襲い掛かっていた。
浸水を起こして水かさの増した洞窟の道は、ほぼないに等しい。
だが、濡れるのもお構いなしに、ちゃぷちゃぷと荒波を立てて揺れる小舟に近づく。
今にも波に攫われそうな小舟をしっかり掴まえると、風を使って未だ目覚めぬ彼を舟の上に横たえた。

「っ……」

横たえた反動のせいか、昏倒したままの彼が小さく呻く。
まだ癒えていない傷があったのかもしれない。
だが、すぐには見つけられなくて、宥めるように投げ出された手に自分の手を重ねる。
ふわりと温かなぬくもりが指先から伝われば、手放したくないような気持ちに襲われた。
しかし、もう時間がない。
水しぶきを上げて落下する岩や石に視界を奪われながら、名残惜しい想いを振り払う。
触れた手を離し、代わりにぎゅっと舟縁を掴むと、数歩勢いをつけて舟を押しやった。
指先から離れ、押し出された力の導くままに、小舟は洞窟の出口へ向かって突き進む。

ゆらり

ゆらり

ゆっくりと遠のく小舟をただ見つめる。


ゆらり


ゆらり


追い風を送れば、あっという間に遠のいていく。
去り行く小舟に、名残に満ちた声をかけるつもりはなかった。
だが、

「……rnuys……」

たまらず零れ落ちた、届かない声。
轟音を上げて本格的に崩壊を始めた城の中、遠ざかる小舟の姿が消えても、この場を動く気にはなれなかった。
波が荒れ、水が迫り、瓦礫が雨のように注いでもずっとその場に立ちつくして。

どうか


どうか、と


一人、彼の無事を祈り続けた。

 

 

いつまでも。

 

いつまでも。

 

 

 

波が唸り、風は歌う。

それは、まるで子守唄のように。

 

濃密な霧のベールが晴れてゆく。

それは、崩落の時を祝福するように。

 

薄い雲間に白い輝きが射しこめる。

形を失い大海に沈む、恐ろしくも寂寞たる時の古城。

 

 

 

 

 

その島は、太陽の輝かしい光が降り注ぐ
はるか遠くの丘は、灰色を纏い
孤独な風が木々に囁く
ただ独り、過去を見たもの

心の影から、つかの間の思い出が蘇る
”nonomori”と歌って〜終わりなき回廊
”nonomori”と言って〜希望のなき勇士
君はいた
そう、君はいた

永遠の夢を見ているの?
どうやって気持ちを伝えればいい?

君はいた
無数の幻影がおびやかす眠りの中で
そう、君はいた
忘れ去られた全ての約束を守り続ける人

 

 

運命の囚われ人
微かな旋律を思い出す
”nonomori”と歌って〜黄金に照らされた季節
”nonomori”と言って〜未だ語られていない物語
君はいた
そう、君はいた

悲しみの後には喜びが訪れる
ただ、明日を信じるだけでいい

君はいた
無限の幻影がおびやかす眠りの中で
確かに、君はいた
忘れ去られた全ての約束を守り続ける人

 

 

その島は、太陽の輝かしい光が降り注ぐ
はるか遠くの丘は、灰色を纏い
孤独な風が木々に囁く

 

 

 

この謎を解くたった一つの鍵

 

 

 

 

 

→The End?

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/09/09 (Sun)

『you were there』

歌詞参照
ttp://blog.livedoor.jp/octopus_books/archives/50577154.html


*新月鏡*