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「貴方は何が目的でサヤの傍にいるの?」
冷えた声色で少女は問う。
少女の雰囲気にその場が凍ってしまいそうなほど、彼女の声は先ほどとは違っていた。
目的などないと言っても聴いてはくれないだろうと思い、ハジは少女の問いに無言で返す。
その傍らでぴりぴりと肌を突き刺す雰囲気にサヤは身体を強張らせ、自分の半身を睨みつける。
「質問を変えましょう。貴方は彼女のことをどう思い、どういった存在と考えているのですか?」
三人が沈黙の中緊張し続けていると、朗らかな声がふっと現れた。
嫌な雰囲気に呑まれそうになっていたその場を一気に穏やかなものへとソロモンは引き込む。
彼の持つ特有の雰囲気のせいだろうか。
変えられた質問に問われたハジはしばらく考える素振りを見せてから、改めてサヤを見つめる。
その視線にサヤはとっさに眼を背けて頬を手で覆ってしまった。
きっと耳まで赤くなってしまっていると思われるほど、内側から発生した熱に身体が火照り、サヤはうろたえる。
――――聴きたいけど、何か改めて言われるって思うと恥ずかしいよ
そんなサヤの思いとは裏腹に、ハジはさらっと言ってしまう。
「サヤは『夜』のような人。日の光に焦がれていて追いかけるが掴めなくて、自分の出現に去っていくその太陽を悲しげに見つめて泣いているよう。周りがどれだけ輝かしく瞬いても小さな点にしか見えない」
その言葉にサヤは驚いて反射的にハジを見つめる。
自分が思っていたハジのイメージとハジのもつサヤのイメージが何処となく共通点を持っている気がして。
「私の望むことは『サヤに笑っていてほしい』ただそれだけ。・・・もし許されるなら傍にいて見ていたい・・・」
呆然としている視線にハジは柔らかく自分の視線を絡めて言った。
彼の言葉や視線にサヤは顔を真っ赤にしてしまう。
眼は逸らさないまま、無意識に緩んでしまっている口元を必死に隠そうとして、ハジの腕に縋りつき、顔が隠れるように身を寄せる。
隠れてしまったサヤと静かに佇む青年に少女はもはや何も言わなかった。
彼の言葉でその心理は全て表され、サヤは行動で思いが全部表に出てしまっている。
小さくため息をついて少女は諦めを示した。
「貴女と彼のこと、少しだけわかったわ。・・・でも屋敷の者がすぐに受け入れることはないだろうから、そのときはサヤ、彼を貴女の従者として扱いなさい」
心配そうな声色で忠告をする少女にサヤは驚いた。
まさかこんなにあっさりと認められるとは思っていなかったのだ。
ハジの影から顔を出して目を丸くしながら凝視しているサヤに少女は困ったように笑って返し、両手でサヤの頬を包み込むと優しい音で言葉をつむぐ。
「馬鹿ね、私はサヤが大事で彼と同じ望みを持っているのよ。彼の傍にいることが貴女にとって幸せなら、引き離すわけないでしょう?」
「ホントに・・・?」
「ええ。でもサヤを持っていってしまう彼にはちょっと妬けてしまうわね」
お互いに小さく笑い合う。
冗談めかして言ってくれる少女にサヤは心から感謝した。
多少すれ違ってはいたものの確かにいつのときでもサヤを心配してくれていたのだ。
心穏やかに笑顔を見せていると、少女は不意に思いついたような顔で『ちょっと借りるわね』と言ってハジを離れた場所まで引き連れて行ってしまった。
取り残され顔を見合わせながら頭上に疑問符を掲げているサヤとソロモンから少し距離を取ったところで、少女とハジが何やら話している、と言っても実際一方的に少女が話しているように見えるだけだが。
話しているうちにすっと少女の手が上がり、彼の頬にそれが添えられた瞬間、サヤは思わず駆け出していた。
「だめ!!」
駆ける勢いそのままに二人の間に割って入り、思いっきり引き離すので少女は後方へ転倒してしまう。
駆けつけたソロモンに救われて地面に激突はならなかったものの、体勢を崩し支えられている状態だった。
サヤはというと、少女からハジを出来るだけ遠ざけ、自分を盾として少女を睨みつけている。
その状態を保ったまま何を言われたと問いかけられているのだから、庇われているハジは自身の立場に困ってしまう。
「夜の女神は独占欲が強いようですね」
そんな光景にソロモンは思わずそう言い、少女はその言葉に苦笑した。
その後も口論は多少続いたものの、しばらくして少女は思い出したように『自分がいなくてカールが困っているでしょうから』と言って、ソロモンを連れて再び屋敷へと帰っていった。
去ってゆく二人を見送って、改めて残された存在に眼を向け、先ほどまでの会話を反芻しながらサヤはふと思う。
「ねぇハジ、貴方は私を『夜』だって言ったわね?」
「はい」
「あのね、私はハジのこと『月』だと思っていたのよ。静かに見守っていてくれる・・・どこか貴方に似てると思ってた」
サヤの言葉にハジは笑う。
穏やかで優しい表情、初めて会ったあの日には想像もつかないほど柔らかく彼は微笑む。
そんな彼の表情に魅せられて、サヤは宙を彷徨うような足取りで距離をつめて彼を見上げた。
巻き起こる風にさえ暖かさを感じるほど、サヤを取り巻く空気は優しい。
「私の月・・・」
絡めあった指先から伝わる熱に愛しさが込み上げる。
ゆっくりとした動作で抱きしめられて押し寄せる感情に翻弄され、それでもその内にある安心感に全てを預けて、サヤは自分を抱く彼の胸に顔をうずめた。
吐息がかかるほどの距離で耳元に囁かれる自分の名がひどく嬉しくて、身体の中に渦巻く熱が心地よい。
冷め切った冬の銀世界が駆け抜ける風に表情を変えていくように、眼に映り、肌に感じる全てがあらゆる感情を引き寄せる。
貴方がいると全ては眼がくらむような色を帯びる
灰色の世界が幻のように
なんて鮮やかな景色・・・
なんと美しく愛しいことだろう
見下ろす視線の蒼さに眼を細め、小さく笑って顔を上げる。
絡めあった指先はそのままに、抱く力を少し緩めてハジは自分の唇をサヤの唇に重ねた。
触れるだけの優しい接吻。
すぐに去って行ってしまうその感触に、サヤは物足りなくて追いすがる。
ハジもそれに抗わず、求められるがままに応えた。
何度も何度も角度を変えて交わされ、彼女たちの想いに呼応して次第に深くなってゆく。
合間にかかる吐息でさえ取り逃がしたくない。
サヤは意識の隅で思う心に従った。
「ハジ・・・」
――――何より愛しい、私の月・・・。
名残惜しげに遠のく長く貪欲なまでの接吻の後、乱れる息を整えながらサヤはハジに告げる。
「私が何に焦がれて追いかけようとも、貴方は必ず傍にいて。もし、離れ離れになったとしても、必ず私の元へ戻って・・・」
かき消されてしまいそうなほどか細く震える声に、ハジは再びサヤをしっかりと抱きしめる。
華奢な身体を腕におさめて不安げに見上げる少女に微笑み返し、出来る限りの優しい声で低く囁くように言葉を詠う。
「貴女がそれを望むなら、全ては貴女のために致しましょう」
柔らかな接吻と共に贈られる誓いの歌にサヤは静かに眼を閉じた。
この穏やかな大気に包まれて、地上に佇む夜の女神は月を想い、月は静かに女神に寄り添う。
その後一族内での氾濫と世界の変動に巻き込まれ、彼女の愛したこの場所さえ血に染まる世界になることを知らぬまま。
時が二人を分かつまで
* * * *
2006/02/07 (Tue)
結論。どうしたんだ私?!!!
長い、長すぎる・・・。そして甘すぎる・・・。アダージョに感化されすぎだよ!!
何より第17話見るんじゃなかった!!『上海哀儚』読むんじゃなかった!!引きずられる自分がすごく嫌だ!!何ですかあの17話。切なすぎて見終わった瞬間虚無が到来してなかなか去ってはくれなかった。小説に関してはもう影蘭が一途すぎて・・・。
ハジっ!!わかったから、もうお前たちは幸せになってくれ。頼むよ、それしか望まないよ私は・・・。バックに流れるS.E.N.S.さんの曲がさらに哀愁を倍増させるからどうしようもない。
今回こんなに甘ったるい内容になったのはアダージョが引き金で、上の二つのトラップに引っかかったからでした。やっぱり見る前に仕上げたほうが良かった。今までにないほどの長ったらしいものになってしまって。本編関係ないからって暴走しすぎました。
許して下さい。
ってか、「Diva」関連の話は書かないって言っておいて書いてる自分自身に俄然ショック。意思の弱い自分が情けない・・・。
新月鏡
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