もしも空が青くなければ〜doll〜
『・・・骸様・・・』 「髑髏、こんなところで寝てたら風邪引くよ?」 「ん・・・」 ゆさゆさと肩を揺らされて眼をこじ開ければ、いつもの優しそうな顔が眼前に広がる。 いつ見ても威厳の欠片も感じない少年。 こんな少年がボンゴレの後継者だと、初めて知ったときは大変驚いたものだった。 だが、彼が時折見せるしなやかな強さに印象は何度も重ね塗りされて変化していった。 『ボスは、骸様から聴いてたよりずっと強い人』 そう心の奥に返せば、奥底に住まう彼の人が、乾いた声色で笑うのを感じた。 ――――クロームは彼が好きですか? 『はい』 瞼を再びゆっくり閉じて、柔らかなソファーに身を沈めるように意識も闇へと投げる。 現実ではまた眼を閉じた私を揺り動かすボスがいるけれど、私にはそれより骸様の問いに答える方が重要で、あっさりと意識のリンクを切り離す。 ――――起きなくていいんですか? わかっているのに、意地悪に問うてくる。 でも、それすら私には嬉しいことで、夢幻の中の箱庭で、木に寄りかかって座る彼の人の膝に頭を寄せた。 『いいの、骸様の方が大事』 ――――クフフ、可愛いことを言いますね さらさらと髪を撫でられて、私はご機嫌な猫のようにのどを鳴らして甘えてみる。 この世の何よりずっと大切な人 この人のためなら何だってしてみせる この命すらこの人の輪廻の糧となればいい 貴方は私の全てだもの たとえこの方の最たる想いが私でなく、ボスに向いていたとしても こうして撫でていてくれる手があるならそれでいい
「髑髏!」 雷のように振り落ちてきた声に、慌てて跳ね起きれば愛しい夢幻が霧散する。 抜け切れない余韻に眉根を寄せて、少し置き去りにされた眠りの気だるさが、身体の動きを鈍らせる。 「・・・ボス」 「もう、やっと起きた」 眠気まなこで目線を合わせれば、仕方ないなぁと言わんばかりに腰に手をやり呆れ顔。 そんな顔をぼうっと眺めながら、これがあの方の想う人、と口の中で呟く。 すると不意に、心地よい声の悲痛な叫びを思い出した。 ――――君はどう想うでしょうね? 「・・・髑髏?」 凍りついたようにうつむいたままの私に、ボスは心配そうに声をかけてくれた。 そんな心配げな声にゆっくりと首をもたげて見つめる。 ボスと骸様とを比べれば、骸様のほうが大事だと私はすぐに答えるだろう。 けれど、ボスのことだって嫌いじゃない、むしろ大好きなくらいだった。 何も言わないけれど、手を離さないでいてくれる骸様 何の見返りも求めずに、手放しで想ってくれるボス そんな二人が私はとても好きで。 違った優しさを秘めた二人が、お互い惹かれあってることを嘘にして対立することに、酷く沈んだ気持ちになる。 だから 「・・・ねぇボス、もし・・・もしもの話よ」 「う、うん?」 だから私はボスに訊ねる 「もし、私が・・・いえ、骸様が無差別にこの世界を壊し始めれば、ボスはどう想う?」 全部血の色で染まるのよ 全ての命は息絶えるのよ そんな世界を見て、ボスはどう想うの? 彼の人の狂いそうな感情の中で育まれた常世の花は、もう開花の時期を迎えてる。 だからあの方の秘めた想いを開花させるために、私は問う。 答え如何で暖かな日常が崩壊するとわかっていても。
戸惑った瞳をしっかり見据えて、静かに、できるだけ透る声で問いかける。 貴方は彼の人を憎みますか? 許しますか? 哀れみますか?
「俺は・・・そうなったら俺は、悲しいと想う」 じっと見つめていた眼は、揺らぐことのない灯火を抱いて私にそう告げた。 憎むでもなく、許すでもなく、まして哀れむでもなく。 「悲しい?」 「うん、すごく悲しい・・・どうしてそう思う前に俺に言ってくれなかったのかなって」 手を差し伸べている自分がいるのに、その手を取らずに堕ちてゆく彼の存在を、とても悲しいと想うのだと。 「独りで堕ちていかないで、もっと俺に助けを求めてよ・・・骸・・・」 ぐっと両肩をつかまれて、どうしていいかわからずにいる私の前で、この幼さ残した少年は苦しげに想いを吐露し続ける。 もはや呼びかける名が私を指していないことに、気付いているだろうか? そんな少年の姿を見つめながら、今度は内側へと問いかけた。 『・・・骸様、答えなくていいの?』 ――――・・・そうですね
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