もしも空が青くなければ〜sky〜

 

 

 

「だったら君は、ずっと僕のものでいてくれますか?」

 

「!・・・むく、ろ・・・」

ふわりと冷たい濃霧が視界を覆ったかと思った瞬間、夢幻が音になった。
あのリングを奪い合う戦場で見たきりの焦がれた姿に眼を見開く。

瞬間降る沈黙と、反転する世界。
ソファーの上から起き上がった幻は、ゆったりと歩みを進めて俺を捕らえる。

 

   「僕が狂って堕ちていかないように」

包み込むように伸ばされた腕。

   「何処にもいかず」

頬に添えられた細くしなやかな指先は、何度も何度も肌を撫で上げて。

   「僕のものでいてくれますか?」

ゆるりと指が這う度に、背中をぞくりと甘い刺激が駆け上り、自然と足元はおぼつかなくなってゆく。

   「逃げようなどと」

異質な輝きを放つ双眸は頑として逸らされることなく。

   「一瞬たりとも思わずに」

心の奥底まで見透かそうとするように視線を絡めたままで。

   「僕だけを求めてくれますか?」

突き刺すように鋭い声色を吐く形のよい唇。
そこから覗く舌先が、艶かしく、ゆったりとした動きで俺の唇をなぞってゆく。

 

蜘蛛に囚われた蝶のように、指先一つ動かせず、与えられる甘い刺激に酔うしかなかった。
痺れるような心地よい感覚だけが、俺の意思を殺いでゆく。
重ねられた唇が酷く優しくて。
しかし注がれるキスの雨は、次第に貪るような激しいものに変わって呼吸を奪い去る。

「・・・ん・・・ふ、ぁっ・・・んン!」

僅かに抵抗して離れても、呼吸を整える暇もなく執拗なキスは降り注ぐ。

 

舌を差し込まれ、咥内を撫で上げられ、怯えた俺の舌をきつく絡めとって。
溢れる唾液を流し込まれれば、どれだけ抵抗しても嚥下するまで決して呼吸をすることは許されなくて。
耳に響くのは唇から零れる卑猥な水音と荒い呼吸、そして合間に漏れる嬌声じみた俺の声。

「はぁっ・・・んっ・・・」

逃がしはしない、と恐ろしいまでの意思を以って彼の唇は俺を味わい貪り続ける。
そのあまりの執拗さに、彼は俺の答など聴きたくないのかも知れないとさえ思う。

でも

 

「・・・ぁ・・・ンっ・・・っ止め、ろ!」

耐え切れなくて、力いっぱい胸を押し返す。
ことの他力が入りすぎたのか、突き飛ばされた彼と俺の間には、寂しいくらいの距離があっという間に横たわった。


荒く呼吸を繰り返し、不自然な静寂にはっとして見上げれば、雨に打たれたような表情で彩られる美貌。
しかしそれも一瞬で、一陣の風が駆け抜けるように、狂気の色が咲き誇る。

 

「クフフ・・・やはり僕だけのものにはなりませんか」
「っ・・・!」

くっとつりあがる口角。
妖しい笑みに、ぞくりと背中を撫で上げる寒気を感じて身が竦む。
けれど、負けじと怯える心を奮い起こして視線を合わせる。

 

「骸、俺には全てを捨てて、お前だけを選ぶなんて出来ない」
「でしょうね・・・君は甘すぎて、斬り捨てるということを知らない」

――――だから僕が、君を捕らえるその他全てのものを壊してあげますよ。

妖艶に微笑んで、愛を謳うように甘く柔らかな声が俺に囁く。
狂い始めた異色の双眸がうっとりと細められ、ちらりと一瞥だけ置き去りにして逸らされた。
意味深な一瞬の視線に捉えられていると、彼は無駄の無い動きで踵を返し立ち去っていく。

 

ゆっくりと遠ざかる背中。

スレンダーなシルエットを見て、『あっ』と思ったときにはすでに身体は前へ押し出さていて。
気付けば去ろうとするその背に縋りついていた。

 

「でも・・・お前を諦めるつもりもない!」

咄嗟に本音を勢いよく吐き出す。
ぐっと胸に回した手に力を込めて、頬をその背に押し付けて。
放すまいと僅かに開いた隙間すら埋めるように縋りつく。
ぴったりと重なる影に、静寂だけが降り積もって。

「っ・・・何を・・・」

馬鹿なことを、と嘲り笑う声が降る。


そうかもしれない、俺は本当に馬鹿だから引きとめる術さえ知らなくて、お前の弱みに付け込もうとしてる。

囚われることを嫌うお前にとって、最も酷な言葉。

 

 

「俺は捨てられない、だから、お前が俺のものになって」

 

ぐっと奥歯を噛み締める音が胸の内に響く。

「・・・君は僕のものにならないくせに、僕に君のものになれと言うのですか」
「俺にはお前が必要なんだ」

押し付けた背中から響く声に眼を閉じて、彼が何を訊ねようと、馬鹿の一つ覚えみたいに何度も何度もそれだけを繰り返す。

 

選ばないくせに

捨てきれないくせに

逃げるくせに


・・・それでも俺はお前がほしい

 

 

 

 

「酷い人ですね、君は」
「俺は骸が思うよりずっとずっと欲張りなんだよ」

くくっとのどを鳴らす声が聴こえる。
まるで自嘲するかのようにカラカラに乾いた笑い声。

 

「・・・空を、手に入れたいなどと・・・思わなければよかった」

 

そっと振り向く彼の表情に、もう狂気の色はなかった。
ただ俺の胸をきつく締めつけるような、苦しげな表情であったことは事実。
そして、そんな顔をさせたのも、紛れもない俺自身。

 

 

酷い仕打ちをすることを許して

お前だけを選べず、全てを手に入れる俺を許して

でも、どれだけお前を傷つけても、やっぱり俺にはお前が必要なんだ

 

 

 

――――もしも空が青くなければ

きっとこんな想いに囚われることなどなかったでしょうね

 

儚い微笑に伝う雫を拭いもせず、彼は静かにそう囁いた。
それは相変わらずの甘く誘う声色だったけれど、ほんの少しの苦さを含んで俺の耳に届いた。
初めて見る、悲しみに濡れたその美貌は、彼の心の苦痛に歪むことなく、けれど絶えることのない雫を落として。

 

「・・・ごめんね・・・」

抱きつくように抱きしめて
緩やかに優しく抱きすくめられて

決して超えることの出来ない壁を隔てたまま、俺たちは永久の想を謳い合う

 

「骸、好きだよ・・・」

「えぇ、僕も君が好きです」

 

 

 

 

――――・・・残酷な君を誰より愛していますよ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2007/02/25 (Sun)

両思いなのに悲恋系。
読み取りづらい話ですみません。
とりあえず、骸さんが根底では思いっきり愛されていればいいよ!なノリです。
骸クロのペアは親鳥と雛のような関係希望☆
エロリスト骸の『エ』ぐらいは書けたと思いたい今回。
ってか私にエロなんて無理なんですよっ!!


新月鏡