-泣かない君の悲鳴- ED後 A*J

 

過保護な彼は気づかない。
喰らうような嫉妬深さの意味も、これでもかと与える愛情の意味も。
頭が悪いわけじゃないのに、わざとじゃないかと思うほど、彼はひとつも気づかない。
僕が沈黙し続ける理由を、怯えながら探ってくるわりに、見え透いたそれに気づかない。
お得意な分野のはずなのに、見透かす瞳は何処へいってしまったの?
嘘はよくないと謳いながら、それでも嘘が必要だと知っている僕の真意を、どうにも量りきれなくて困ってる。
なんで、どうして、と責め続け。
いやだ、ほしい、と縋りつく。

(馬鹿だな、アルヴィン)

僕が黙る理由はひとつだけ。
彼が望む言葉を簡単に与えるわけにはいかない、それに尽きる。
あっさり僕を与えれば、彼は自覚せずに溺れてくれるだろう。
それはとても幸せなことだが、実は大変困るのだ。
僕は愛されていたいけど、依存されたいわけじゃない。
だから、傷ついた顔をさせるとわかっていても、線引きするときはばっさり切り捨てる。
だって、わかっているのだ。
こうして自覚を促さないと、彼は本当の危機に陥ったとき、今の比ではない苦痛に襲われるのだから。
繊細で強情な守り人。
容易く傷つく心を騙しながら、幾度となく己の嘆きを偽ってきた人。
アルヴィンの悲鳴が聞こえるから、僕はたまらなく抱きしめたくなる。
だけど、気づかないままの彼は、僕の腕を封じ込めて一方的に抱きしめる。
何処にもやらないと縛り付ける指先は、独占欲で覆い隠した恐怖心。
愛してると紡ぐ唇から溢れるのは、喉を締め上げる怯えを錯覚させるための甘い声。
苛烈な嫉妬に隠した本心に、どうか気づいて。

「許さない」

離れるはずのない僕すら見えなくなった瞳の奥、哀に満ちた影がちらついて。
引き裂くように暴かれながら、空気を求めてひらすら喘ぐ。
僕はただ、アルヴィンが知るなら、全て自分で気づいてほしいのだ。
言えば、必ず傷ついて泣いてしまう人だから。
だから僕は沈黙に願い続ける。
僕が必死に閉ざし続ける意味に、彼がたどり着くことを。

 

 

 


 

 

 

-織り成す先の未来- TOX2フライング A

 

現実は、やはり何処までも残酷なのだ。
忘れそうになるたびに、逸らした視線を追いかけてくる。
何度も、何度も、何度も。
さぁ見ろ、思い出せと突きつける。

己を呪い殺すほどの過去を。

 

別世界の人に出会った。
こうなることはどこかでわかっていたけど、実際目にするとずいぶん印象が変わる。
確率的にも低いだろうと高を括っていたし、正直ただの妄想だと思っていた。
だが、現実は想像していたような甘っちょろいものじゃなかった。
俺が覚悟していたような優しいものじゃなかった。
声も、姿かたちも、思考パターンも、本質を表す全てが同一の存在。
この手をすり抜けていった人。
この手で終わらせた人。
そんな人間が、何食わぬ顔で平然と目の前にいるという現実。
僅かに手が震えた。
こんな現象を相手にしなきゃいけないのか、と身に沁みて実感すれば、仲間の苦悩も窺える。
触れた感触に、相手が生きているのだと思えば、さらに脳が溶けるような浮遊感に襲われた。
なんとか平静を装って、動揺を押し隠して、仲間の会話にそれとなく交じる。
その間も、どこか自分の身体が別物のような錯覚さえ抱いて、一向に落ち着くことさえできなかった。
そうして、気絶させた相手の姿を横目で盗み見ていると、不意に隣に気配がした。
はっと面を上げ、まばたきをした後、右側に視線を流せば、視界の端にダークゴールドの髪がふわりとなびく。
しゃんと背筋を伸ばして、まっすぐ前を見つめる姿がとても綺麗で、思わずまじまじと眺めてしまう。
しかし、そうしてどれだけ見つめても、何故かエリーゼの視線がこちらを向くことはない。
だが、離れる気配もない。
予測のつかないエリーゼの態度に、軽く眉根を寄せて頭を捻る。
すると、今度は反対側に足音がした。
つられるように視線を振れば、今度は柔らかな黒髪が視界に揺れる。
白衣を翻して歩み寄り、俺の隣に佇む少年もまた、まっすぐ前を見つめるばかりで、こちらを見ようとはしない。
不可解な仲間の行動は困惑を呼び、戸惑いに陥れる。
だが、不思議と理解できない恐ろしさよりも、沈黙の心地よさの方が勝ってしまって、息苦しいのに安心感が俺を包む。

今なら、許される気がして。

今なら、大丈夫な気がして。

だけど、俺は隠すように俯き、唇を噛んだ。

 

超えなきゃならない。

自分の足で。

このままの心で。

こいつらが寄り添って、支えてくれている間に。
笑って乗り越えていけるように。
ぎゅっと一度だけ深く目蓋を落として、二人の見据える先を睨む。

「いこうぜ」
「うん」
「はい、です」

重なる応答にブレかけた芯が支えられるのを感じる。
そうだ、さまざまな可能性の中でさえ、自分が辿った過去は変えられない。
別世界の可能性に出会ったとして、それが俺と繋がることはない。
自分が歩んできた過去。
そのどれ一つ欠けても、今の俺に繋がらないなら、きっと胸を突き刺す痛みさえ絶対に必要なものなのだ。
どれほど現実が俺を責め立て、罪悪感を呼び寄せようとも、それは必要なことで、俺はどうしたって生きなければならないのだ。
だったら、後生大事に抱えて、苦しんで、『俺』を成す未来に変えるだけだ。

大丈夫、間違ってない。
そんな俺を、仲間はきっと好きでいてくれる。

沈黙の心地よさを感じられる間は、俺自身、そんな自分を好きでいられる気がした。

 

 

 


 

 

 

-pick-up line- リクエスト小説おまけ A*J

 

「アルヴィンは口説くのだけは上手いよね」

運命的な出会いをしていたんだと教えたら、想い人から返ってきたのはそんな賛辞と皮肉だった。

「ちっがう!マジなんだって!」
「そうだったら素敵だね」
「ノってくれるなら、もうちょっとうっとりした顔で演じてくれ!」

ははは、と乾いた声で笑うジュードに、俺はオーバーリアクションで崩れ落ちた。
どんなに期待に胸を躍らせたとしても、冷たい流し目を注がれてしまえば心も折れる。
既視感に、はっきり出会う前に『出会っていた』のだと気づいたのは1旬前。
あまりにできすぎた出会いの記憶に、柄にもなく初めて運命とやらを信じようと思った。
そしてそれを告げれば、可愛い想い人は夢見るように愛しい笑みをくれるのだとさえ思っていた。
なのに、実際はどうだ。
ただの口説き文句と軽く受け止められ、俺の感動も盛大に空振った。
期待に熱を込めた分だけ、相手の冷ややかさが身に沁みる。
もっとこう、神秘的なイル・ファンに似合うロマンチックな雰囲気に何故ならない。
今の俺の心には、カン・バルクに匹敵する暴雪風が吹き荒れているようだ。
寒い、凍えてしまう……。
しょんぼりと背中を丸めてうずくまっていると、見かねた気配がそろりと近づく。

「アルヴィン」
「なんだよ」

突っぱねるように返してしまった声に、ジュードが小さく苦笑した。
飲みかけのマグカップをローテーブルに置いて、視線を合わせるように膝を折る。
面を上げろと促すように、頬のラインに沿って指先でゆっくりとなぞられて。
顎に指先をかけられたまま、喉を逸らして見上げた。
とろり、暖色の照明に蜜色の瞳が蕩ける。

「その知らない出会いを信じても信じなくても……僕が好きになったアルヴィンは、出会ってからのアルヴィンだよ」

ふっと息のかかるほどの至近距離。
甘さを含んで蕩けきった視線が俺の意識を奪い去る。
綺麗で、優しくて、愛しくて。
だけど、

「僕は僕の意思でアルヴィンの傍にいることを選んだんだ。それを、決まってたことみたいに言われたくない」

語り注ぐ意思は強く揺るぎない。
あぁ、本当に、ジュードはいつまで経ってもまっすぐで眩しい。
太陽みたいに温かな言葉。
陽光のように柔らかく差し込む声が心地よくて。
うっとりと誘われるように目を閉じれば、吐息混じりに笑う唇が頬に触れる。

「僕が僕の運命を決めたんだよ」


――――アルヴィンもそうでしょう?


見透かすようにいたずらっぽく笑って、ジュードがそっと身を離せば、時を忘れるまどろみも薄れていく。
満たされた余韻と、寂しくなった距離にぼんやりとしてしまって。
紗にかかった思考の中でわかることといえば、ひとつしかなくて。

「……ホント、ジュード君には敵わないねぇ」
「今更気づいたの?」

ころころと笑う声は楽しげで、その声に釣られるように、我知らず笑ってしまって。

「やっぱ好きだわ、お前のこと」
「そう、ありがとう。でも、僕は再確認なんて必要ないけどね」

マグカップを傾けながら返された何気ない告白に、俺はジュードこそ人を口説くのが上手いと思った。

 

 

 

 

 

 

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2013/03/08 (Fri)

*新月鏡*