-君次第- 現パロ A*J 小鳥のさえずりが廊下に響く早朝。 白い日差しの差し込む図書室には、誰もいない。 明かりもなく、窓から得る柔らかな光ばかりが、埃っぽい室内を照らしている。 「っ……」 ずらっと並んだ本棚の奥で、僅かに陰が揺らいだ。 室内で一番暗がりにあり、人目につかない場所でくり返される甘い秘め事。 背後から抱きしめているせいで、身を捻るように振り返るだけで精一杯なようだ。 無理のある体勢をいいことに、薄い唇に噛みつくような荒っぽいキスを落とせば、ペースは全てこちらのもの。 呼吸を整える暇もないくらいのキスの雨に、最初に起こった抵抗も微々たるものになっていく。 角度を変え、深く味わうように食めば、与える甘美な余韻にうっとりと瞳が熱を帯び、その変化に思わず口端が引きあがる。 だが、 「からかうのはやめて、って何度も言ってるでしょ!」 どん、と思いっきり突き飛ばされ、予想外の抵抗に、拘束していたはずの腕は容易く解けた。 数歩たたらを踏んで、背後の本棚に軽く背を打ち、数秒ぽかんと呆気にとられる。 その数秒の間でジュードは完璧に持ち直したらしく、節度がどうの道徳倫理がどうのとありがたい説教が逆襲してきた。 そして最後に、捨て台詞よろしく、恨みつらみの込もったような声が落ちる。 さらに軽蔑と悲痛の滲んだ鋭い一瞥を寄こした後、ジュードはするりと脇をすり抜け、振り返ることなく姿を消した。 僅かに早めの歩調で迷わず歩き去り、ぴしゃんとわざと音を立てて扉が閉まる。 どうやら完全に機嫌を損ねてしまったようだ。 面倒なことになった、と思いつつ、こうしたジュードの反応を楽しんでいる自分も確かにいて、少し困る。 だが、毎回遊びのようにちょっかいをかけてしまう原因が自分にあるのだと、いつジュードは気づくだろう。 ――――『本気でもないくせに』 傷ついた表情で吐き出された恨み言に、苦いものがこみ上げる。 「本気を見せたら逃げるくせに」 本人にぶつけることのできない本音を噛み潰して、後を追うように部屋を出る。 機嫌を損ねた優等生は、追いかけてきた自分を一体どう受け入れてくれるだろう。 向き合う覚悟があるなら、すぐにでも本気をみせてやろう。 変わらず覚悟を持たないなら、再び道化を演じよう。 さぁ、どうする? 全てはジュード、お前次第。
-救世主- ED後 A*J 自己嫌悪。 気づけば内側に巣食ったそれは、自分を偽ることをやめてからずっと俺を苛む。 成功しているやつらが羨ましい。 能天気に幸せそうにしてるやつらが妬ましい。 でも、そんなことより、動けずに立ちすくんでる自分が一番嫌い。 誰かを羨んだり妬んだり、それは結局、憧れるものになれない自分が嫌で責任転嫁してるだけなんだ。 わかってる。 だからこそ、まだ目標に辿りつけてない自分が、俺は大嫌いなままなんだ。 でも一つだけ、大好きな自分がいる。 気づくまでにずいぶん時間がかかったけれど、思えばずっと、それに支えられてきた。 言葉にすればチープになるから、あまり言いたくはないけれど。 それでも、ふとした瞬間、勝手に口から転がり落ちる。 「やっぱ好きだわ、おたくのこと」 にっこり笑って、面と向き合ったジュードに笑いかける。 その度に、 「はいはい、ありがとう」 軽口まがいに気の抜けた返答が返って来る。 鮮明な感情を口にできる幸福を教えてくれた、俺の大嫌いな優等生。 旅を終えた今でも変わらず、ジュードのお人好しな部分は大嫌いだ。 目的に差し障りない程度にはなってきたが、それでも我が身省みずな習性はなかなか治らないらしい。 そのうち怪我をしたり倒れたりと、小さな身体に他人の災難が降りかかってくるんじゃないかと心配になる。 それに、ジュードの心の広さを見るたび、自分がどれだけちっぽけで狭量なのかを思い知らされるから、見るに耐えかねるのだ。 でも、その部分に救われてる自分もいて、嫌う以上に強く恋しく思ってしまう。 結局、どれだけ思考を煮えたぎらせても、俺はこいつが好きなのだと自覚して終わるのだ。 そして…… 「好きだぜ、ジュード」 そう言いきれる自分が好きだ。 他のどんな自分自身を嫌いになっても、ジュードを好きだという自分だけは失うまい。 唯一好きな『俺』を、ジュードが抱きしめてくれるから、余計にその自分を好きになる。 ――――ありがと、な 「もう、言わなくてもわかってるよ」 「……なぁ、ジュード」 「今度は何!?」 「どうやら俺、おたくに会えたおかげで、自分を嫌いになりきらなくて済んだみたいだ」 きょとんと見つめる大きな瞳に、俺はたまらず笑ってしまった。
-口は災いの元- ED後 A*J 言葉ってのはなかなか難しい。 特に、何気なく使う言葉ほど手のつけられないものはない。 口にしたが最後、それは俺の手を離れて思わぬ方向へ暴れまわる。 相手を喜ばせるものならいい。 だが、大抵の場合、そんな甘っちょろい展開はありえない。 そして色恋沙汰が絡めば恐ろしいほど面倒くさい事態を引き起こしてくれる。 事の発端は、ジュードの親友、ノーヴェとの会話。 タリム医学校の待合室でジュードを待っていた時に、帰宅しようとしていたノーヴェに出会い、暇つぶしの話し相手になってもらっていたのだ。 忙しい想い人の姿はなかなか現れず、やや苛立っていたのもあって、つい気が弛んでしまった俺は、ノーヴェとの会話でうっかり言ってはいけないワードを言ってしまった。 「あの受付の美人、誰だ?」 「師匠ってああいうタイプ好きなんですか?なかなかレベル高いとこ狙いますね」 「そういうお前だって、結構興味あんじゃねーの?あれだけの美人だぜ?男なら誰だってお近づきになりたいもんだろうが」 「そうなの?だったら、紹介してあげようか?」 突然降って湧いた第三者の声に、びしりと身体が強張った。 それなりに女性経験のある故の、軽薄なミステイク。 男同士の会話だと加味しても、恋人を持つ身であれば、言い訳のしようがない。 ぎぎっと錆びついた音を立てながら振り返ると、そこには花が咲き誇ったような満面の笑みを浮かべたジュードが立っていた。 楽しい会話も絶対零度に冷え切ってしまって、きっと今の俺の顔は死相に満ちていることだろう。 いっそ、ジュードが恋しすぎて幻を見ているんだと思いたい。 「ジュ、ジュード……これは、」 「ちょっと待っててね」 冗談だ、と弁解する余地を与えず、ジュードはすたすたと受付まで歩いていくと、噂の美人に何か話しかけて始めてしまった。 去り行く肩を掴もうと上げた手が、宙を掻いて虚しくふらつく。 呆然と受付を見つめる俺を、隣にいたノーヴェが軽くゆすってくるが、俺は今それどころではない。 楽しげに笑う受付のカウンターと、今の自分の温度差に感覚が徐々に消えていく。 主軸すら失いかけて傾ぐ身体を懸命に支えていると、にっこりと笑みを貼り付けたジュードが帰ってきた。 俺を見ることなく、ノーヴェを見上げてその手を引く。 「帰ろう、ノーヴェ」 「え、あ……でも、師匠」 「これからデートだし、邪魔しちゃ悪いよ」 「え?」 ジュードが告げた一言に、俺は目を見張る。 ちょっと待て、今日は一緒に帰って、一緒に晩飯食べる予定なんじゃなかったっけ? そのために俺は今の今まで長い時間を待ち続けてたわけで。 デートって何の話だよ、と問いかけるより先に、ようやく俺をまともに見たジュードが言い放つ。 「じゃぁアルヴィン、楽しんできてね!」 恐ろしくも可愛らしい笑みを浮かべているのに、肌を舐めるような寒気を感じるのは何故だろう。 「ジュ」 「ノーヴェ、今日の晩ご飯って予定ある?」 「べつに?相変わらずのインスタント物の予定」 「そんなんじゃ、いつか身体壊すよ。もしよかったら、僕の家で食べてく?」 「マジで!?」 「うん、よかったら、だけど」 「行く行く!ちょうどインスタントに飽きてきてたんだよ!」 「ならよかった。そういえば、彼女の手料理は休みの日限定なんだっけ?」 「そうそう、でもさ、休み限定だからこそ、余計に楽しみなんだよなー!」 「ふふっ、いいね、そういうの」 「だろー!」 賑やかな会話が俺を置いて遠ざかる。 え、もしかして、俺のご飯はないフラグですかジュード君。 未だ実感の湧かない事態に、躊躇いがちに声をかける。 「……も、もしもーし、ジュードくーん」 「無理に誘っちゃってごめんね、ノーヴェ」 「気にすんなって。むしろ、いつだって飛んでくって。ジュードの飯って家庭料理のレベル超えてるだろ?喰いっぱぐれるわけにはいかねーよ!」 「もう、おおげさだなぁ」 ぱしんと軽く腕を叩いたり、ふざけあう姿に嫉妬心が湧き起こるが、あまりの展開にショックすぎて足が一歩も動かない。 呆然と眺めるしかできない俺を他所に、きゃらきゃらと笑いながら遠ざかる背中は、結局一度として振り返ることはなかった。 ノーヴェ、お前が師匠と崇めるこの俺が喰いっぱぐれる羽目になったんだが、お前はそれについてどう思うだろう。 とりあえず、今度会ったら嫌がらせの一つでもしてやろう。 自業自得を棚に上げて、俺は姑息な憂さ晴らしを決意した。
* * * * 2012/06/17 (Sun) *新月鏡*
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