「Deja vu vision」

 

 

 

運命だなんて思わない。
きっとそれは、いくつもの奇跡が折り重なった上での出会い。
希少価値で、少しのズレで失うほどの、とても貴重な縁。
ただ、それを実感するのが、ずいぶん後になってから、というのはよくある話で。
本当は、常に世界はそれを提示しているのだ。
複雑怪奇に織り上げられる、奇跡の縁を。

 

 

 

穏やかに賑わう中央広場は、今日も変わらず人の笑顔を生み出していく。
リンゴ1個、飴玉1粒、花1輪。
さりげなく交し合う挨拶に待ち合わせ中の期待。
商売を始めてから、些細なもので得られる笑顔もあると知った。
そうやって笑みを刻んで過ぎ行く人々を眺めていると、自然と唇が弧を描く。
幻想的な晴天の下に広がる中央広場とくれば、この場所が作り出す雰囲気だけで心を穏やかにするのかもしれない。
そんなことを考えながら、手にした小包をぶつけないよう庇いつつ身を捻る。
研究所へ向かって人ごみを縫うように移動する足取りは、雰囲気に呑まれたせいでとても軽い。

「驚くだろうなぁ」

くくっと喉の奥で笑えば、堪えきれない嬉しさで満たされる。
おそらく、今の自分の顔には、傍から見ている人間にすら伝播するほどの笑みが浮かんでいることだろう。
それもそのはず、1節も最愛の人の顔を見ていないのだ。
分刻みで取引先関連のスケジュールがみっちり組まれていれば、家に帰ることすらろくに出来なかった。
そんな過密スケジュールの隙を縫って、今から会いにいける。
焦がれた優しい笑顔を見れる。
それだけで甘やかな想像は容易く空へ舞い上がる。
本当なら、イル・ファンへ戻るのも、あと1旬先になる予定だった。
つまり、今回の訪問は予定にない突発的な仕事だ。
隙間なく予定を組んだ当初は、寂しさは感じるだろうがそれも容易く乗り切れる、なんて高を括っていたのだが、現実はそうもいかないらしい。
結局、堪え性のない衝動に駆られて、無理やり仕事を請け負って戻ってきたのだから、慣れない我慢などするものではない。
ひと目でいいから会って、あわよくば言葉を交わして、さらに許されるなら一度だけ思いっきり抱きしめたい。
それだけで、あと1旬頑張れるような気がするのだ。
錯覚だと言われればそれまでだが、ひと目見るだけで1旬分のやる気が得られるなら、錯覚といえども十二分に強力な促進剤だ。
期待に心躍らせながら階段を上り、長く伸びる広い通路を歩く。
すると、

「あ、もしかして、アルヴィンさん?」
「ん?」

横合いからよく通る声が飛んできた。
すぐに会えるかどうかもわからないジュードを想いつつ、鼻歌まじりに歩いていたため、瞬時に声の主を弾き出すことができなかった。
まばたき1つ分ぼんやりして、声のした方へ視線を向ける。
振った視界の中、背筋をぴんと伸ばした女性が立っており、晴天によく似合う爽やかな微笑が向けられていた。
その笑顔が見知ったもので、自然と顔が綻ぶ。

「よぉ。プラン、おたくがここにいるのは珍しいな」
「おつかいに借り出されたんですよ」
「医療機関が研究所にか?」
「えぇ、約束の時間ぎりぎりになっても帰ってこない主治医を呼びに、です」
「おたくも大変だねぇ」

ちっとも困っていなさそうなプランを労って、彼女がやってきた先、自分の目的地をちらりと見上げる。
研究所に所属するお偉い学者先生の大部分は、医学校の教授や准教授も担っており、本業の研究と学校での講義、そして学生の実習も兼ねた実務をこなしている。
そのせいか、イル・ファンの中央広間には、白衣姿がちらほら行き交うのだ。
ちらつく白衣に、その内の誰かが自分の想い人だったらなんて運命的なんだろうか、と夢想したこともある。
そんなことありもしなかったが。
ぼうっと巨大な研究所を見上げていると、不意にプランがくすぐったそうな笑い声を立てた。

「アルヴィンさんは、ジュード先生に会いに来られたんですか?」
「あー……わかる?」
「もちろん、わかりますよ」

顔に出てます、と言われ、気恥ずかしさに落ち着かない。
プランには、いつもバレたくない部分を見透かされているような気がする。
現在然り、レイアとのいざこざ然り。
元スパイ活動をしていたのだ、それくらい当然のスキルだと思うものの、実際自分にそれが向けられるとどうにも居心地が悪い。
だが、悪くないとも思えて、複雑に蠢く心情を持て余す。
受け流しきれない感情に、そわそわと身体を揺らしかけたとき、風のように自分の脇を人影が横切った。

「先生急いでください!」

通りかかる焦りに満ちた叫び声に、とっさに振り返る。
だが、身体を捻っている間に、横切った研修医姿の人影はあっという間に視界の端へとすり抜け、そのまま研究所へ駆け込んでいく。
その後姿に、急にふわりと浮くような感覚に襲われた。
どこか、前にも見たような光景。
ずるりと引きずられるように消失する手指の感覚。
あのときも、こうして慌しい後姿を見送って、そのあとに……。
そこまで考えて、はっとしたように身体の感覚を無理やり叩き起こし、片手に持った小包を後ろ手に庇う。
だが、感覚を取り戻した時には既に遅く、腹にどん、と響くような衝撃を受けた。

「っ……!」
「おっと」

受け止めるように空いている片腕を構えて、衝撃を受け流す。
身体を捻って振り向いたせいで進路を遮ってしまい、走り去った研修医に追行していた人物とぶち当たったのだ。
腕一本分、衝突した衝撃のまま僅かに後退り、ぶつかってきた人物の行く先を開けてやる。

「わ、ご、ごめんなさいっ!」

やや体勢を崩しつつも、衝突してきた人物は、自分の傍を走り抜けながら頭を下げて謝ってきた。
視線は取り落としかけた書類に向けられていて、こちらへ向けられることはない。
だが、その声に、把握の遅れた視界を見開く。
僅かに浮いた指先に触れることもなく、遠のく後姿。
記憶の片隅、既視感の狭間で見た背中。
姿格好は違えども、見間違うはずがない。
あの時は、気にもかけなかった。
『出会っていなかった』故に、よくある光景だと見送った。
呼び止める名も知らず、呼び止めるだけの理由もなかった。
だが、今は。

「ジュード」

ぽつり、零れた呼び声に、先行く足音がぱたりと止まった。
思いっきりブレーキをかけた足を軸に、勢いを利用してターンするように振り向く。
ひらりと白衣を翻して、蜜色の瞳がこちらを見止める。

「……アル、ヴィン!?」

驚愕の一声が合図となって、夢うつつに囚われていた自分の足が強く地を蹴った。
一気に距離を詰め、細い腕を力いっぱい引き寄せ、雪崩れ込む勢いそのままを迎えて抱きしめる。
胸に当たる小さな衝撃の後に、柔らかなぬくもりが腕の中に広がった。
温かさを逃がさないように、白い首筋に顔を埋めて、さらに抱きすくめる。
すぅっと息を吸い込めば、懐かしいような焦がれていた優しい香りが鼻腔をくすぐった。
一気に溢れ出る愛しさに唆されて、ちゅっと襟元に軽い口づけをすると、閉じ込めたジュードがびくりと揺らぐ。

「ちょ、なっ……!」

かっと熱を上げる身体をそっと引き離し、にっこりと笑えば、ジュードはぱくぱくと唇を動かすばかりで口が利けないらしい。
じっと見つめれば、可愛らしい顔が、みるみるうちに真っ赤になる。
何年経とうと変わらない初心な態度に、さらに笑みが深まった。
相変わらず、ジュードは不意打ちには弱い。
立ってる場所が往来でなければ、今頃あっさり喰いにかかっているところだが、さすがの神様もそれは許さないようだ。
後ろにプランもいることを考え、飢えた本心をからかいに溶かしてジュードから手を離す。
あぁ、名残惜しい。
そんな未練も振り切るように軽く片腕を上げて、ちゃっと軽くサインを切る。

「よ、久しぶり」
「ひさしぶりって……何でここに……」
「お仕事」

そう言って、後ろ手に庇っていた小包を投げる。

「おたく宛の配達物だ」
「僕に?誰からだろう……?」

そう言って、ジュードは伝票を指でなぞり、続いて慎重に裏面を覗き込む。
そんなことしたって、依頼主の名前なんて何処にもない。
当然だ。
ジュードの手にある小包が、来訪のための理由づけだったなんて死んでも言えない。
職権乱用と言われるだろうし、きっとジュードは怒るだろう。
隠しきれない喜びをうっすらと刷いて、それでもダメだと叱るのだ。
どこまでも出来た可愛い人。
これだから、自分の好意を惜しげもなく曝け出して伝えたくなる。
できるだけ長く、優しい時間を、ジュードの隣で過ごしたいのだと願ってしまう。
だが、

「頑張れよ、優等生」

ぽん、と肩を叩いて背を向ける。
これ以上この場に留まり、ジュードを望むのは贅沢というものだ。
つかの間の逢瀬だったが、自分が望んだ以上の結果を現実は叶えてくれたのだ。
それで十分。
そう割り切って、踏み出しかけたとき、

「アルヴィン!」

耳に馴染む声が追いかけてきた。
背中越しに僅かに振り向けば、絡んだ視線がふわりと和らぐ。
こちらの笑みを誘発する綺麗な笑顔を浮かべて、やんわりと手を振って。

「いってらっしゃい、気をつけてね!」

かけられた別れの言葉に、思わず数秒呆けてしまう。
こんな場所で、こんな出会い方で、最高の別れの言葉を耳にできるとは思わなかった。
じわじわとこみ上げる嬉しさに、唇に弧を描いて片手を上げる。

「おう、行って来ます」

眩しいくらい、愛しげな眼差しで笑って見送ってくれるジュード。


――――お前との出会いが運命だった、なんて言ったら笑うだろうか


自分ですら、既視感の啓示にようやく気づいたくらいだ。
ささやかなサインがあったとしても、既に出会ってたなんてきっとジュードは知らない。
1旬後、家に帰ったら、実はミラと会うずっと前に、俺たちは出会ってたんだと話してやろう。
運命だと頷いてくれるだろうか。
それとも恥ずかしがるだろうか。
照れ隠しに、ロマンチストだなんだと言って来るかもしれない。
でも、

「楽しみだな」

そうやって少しずつ重ねていけば、この想いも、より一層特別なものに変化するだろう。

 

世界が紡ぐ『運命』を、俺はこのとき初めて愛しく思った。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2013/02/06 (Wed)

その数秒後、
「ふふっ、相変わらず、ジュード先生とは仲いいですね」
「むちゃくちゃ久しぶりで感極まっちまったんだよ、見なかったことにしてくれ」
なんて会話があるのですよwwww
往来で何してんだアルヴィンwwww

匿名様へ。
さて、大変お待たせいたしましたっ!!!!
半年どころか年を跨いでしまって……えぇ、もうホントすみませんorz
ということで、リクエストのアルジュで「もし、イルファンで出会っていたら…」をお届けいたします。
たぶん、希望されていらっしゃる感じではないような気がひしひししますが、これが限界でして……;;
お互い覚えてないのに、出会っていた可能性……で、行き当たったのがすれ違いでした。
集中回避を持ちながら、OP、EDでぶつかりまくってたジュード君のことだ、これくらいの衝突はあったと信じたい。
お待たせした挙句、出会ってた感のあまりない感じで申し訳ないです;;
物足りない!となった場合、追加で設定くだされば書かせていただきますね!
私には想像つかないリクエストだったので、とても挑みがいあって楽しかったですVvv
素敵なリクエストをありがとうございました!!!!



*新月鏡*