「my playground」

 

 

 

ぱたん、と折りたたんで、さらに折り込んで、たまに折り返して。
少しずつ形を成していくにつれて、次第に指先に力が篭る。

「アルヴィン何してるの?」

丁寧に折り目をつけているところで、背後から可愛らしい声が飛んでくる。
肩越しに振り向けば、興味津々といった表情のレイアと、不思議そうに様子を窺うエリーゼが立っていた。

「紙飛行機作ってんの」
「かみひこうき、ですか?」
「そ。ジュードに用があったんだけど、待っててーとか言われたから暇でさー」

にっ、と一度笑みを向けて、再び折りたたむ作業に戻る。
すると、両サイドにレイアとエリーゼがそれぞれ座り、手元を覗き込んできた。
あらま、意図せず両手に花だな。
偶然の好条件に上機嫌さも手伝って、思わず鼻歌交じりになる作業。
ぱたん、ぱたんと折りこまれていく紙は、次第にそれっぽい形に仕上がっていく。
最後に翼を広げてやれば、

「ほい、完成ー!」
『これが、カミヒコウキなのー?』
「そうそう。んじゃ飛ばしてみるか」
「飛ばすって……それ、空飛ぶの?精霊術使わずに?」
「ありゃ、知らない?これが自然と風に乗って空を飛ぶんだよ」

ぐるぐるとためつすがめつ眺めるティポを手で押しのけて、アルヴィンは宿屋の窓を開いた。
3階にあるため、そこそこ見晴らしのいい景色に、爽やかな潮風が髪を撫でる。
その風の向きを読んで、大体の方角を見極めると、アルヴィンの動向を見守っていた女性陣を手招いた。

「お嬢さん方、見物しててもいいけど窓から落ちるなよ」

窓際に素直に陣取った2人にそうふざけて注意すると、すかさず脛にレイアの蹴りが飛んできた。
ピンポイントで弱点狙ってくるのは、母親の教えなのか。
レイアの旦那になる奴は大変だな。
しみじみと感想を抱きつつも、骨の上に鋭突き刺さった痛みが遠のくことはない。
思わず喉から悲鳴が出そうになったが、『紳士の自分』を崩すわけにもいかず、懸命に飲み込むしかなかった。
大げさなと笑い飛ばすレイアを少しだけ恨めしく見下ろした後、アルヴィンは気を取り直して、窓の縁に手をかけ、でき上がったばかりの紙飛行機を構えた。
風に乗せるように送り出せば、手から離れた紙飛行機はふわりと宙を飛ぶ。

「ホントに飛んだ!」
「わぁ……アルヴィン、あれ、何処まで行っちゃうんですか?」
「さぁ?何処まで行くかは風任せだ」

港町ということで、潮風に煽られすぐに落ちてしまうと思っていた紙飛行機は、高度をぐんぐん落とし、それでもふわりふわりと大きく蛇行しながら空を漂っている。
綺麗に折りこんだ成果が出たか、とまんざらでもなく見守っていると、数回袖を引っ張られた。

「何だ、エリーゼ姫?」
「あれ、私にもできますか?」

きらきらと瞳を輝かせて見つめてくる少女に、思わず自然と頬が弛む。
紙飛行機ごときで、こうも眩しい視線を向けてもらえるとは。

「あぁ、できるぜ」
「んじゃわたしもー!」
『ぼくもー!』
「いや、お前は無理だろ!」
『何だよケチくさいなぁアルヴィンはー!』
「ティポにだって、あれくらいできますよっ!」

ふん、っと意気込むティポとエリーゼを見やったあと、アルヴィンはこっそりとため息をついて笑う。
作ったこともやったこともないのに、『あれくらい』と言ってのけてしまうとは。
加えて、以前ティポに腕相撲勝負を吹っかけられた記憶を思い出せば、ほのかに苦い笑みへと変わってしまう。
強引技で勝利を毟り取られたのだ、今回もそれに匹敵する強引さでやり遂げてしまうのだろう。
いやはや、エリーゼとティポのパワフルさには敵わない。

「よし、んじゃ今からいっちょ作りますか」
「やたー!」
「レイア、どっちが遠くまで飛ぶか勝負です!」
「望むところっ!」
『ふっふっふ、ぼくのが一番に決まってるねー』
「言ったなぁー!わたしだって、あの海の向こうまで行くくらいの作るんだから!」

おいおい、海の向こうは流石に無理だろ。
そんな無粋な感想すら吹き飛ばすほどの楽しげな様子に、笑みを刷くに押し留めた。

 

 

 

「アルヴィン、入るよー」

軽いノックとドアが開く控えめな音の隙間から、待ち続けた声がすり抜ける。
弾かれるように顔を上げれば、部屋の様子に目を丸くしたジュードが入り口に突っ立っていた。
ついでに複数の足音が連なって、ジュードに続いてぞろぞろと室内へと踏み込んでくる。
ひょこりとジュード越しに背後から覗き込むのはミラで、その後ろで静かにドアを閉めたのはローエンだ。

「お前たち、何をしている?」
『カミヒコーキ作ってるんだよー!』
「かみひこーき?そのしわくちゃの紙がか?」

不思議そうなミラの問いかけに、誇らしげに答えてみせるティポの足元には、折り目がいくつも走るくしゃくしゃの紙が転がっている。
実は、エリーゼに軽く折ってもらい、ティポがプレスするという連携を駆使していたのだが、どうにも思いどおりに折り目がつかなかったらしく、二度三度とくり返しているうちにしわしわのへにゃへにゃになってしまっていたのだ。
これを紙飛行機と胸を張って言ってしまえるティポには頭が下がる。

「アルヴィンの教え方が悪いんです」
「そうそう!あーじゃない、こーじゃないってやたらと怒るし!」
「えー、俺のせいかよー!さすがに何回も同じこと注意すりゃ語気も荒くなるだろ、フツー!」

じとりと向けられる3対の視線に、必死に声を荒げても大した効力を発揮しない。
助けを求めるように視線を上げて振り返れば、苦笑しながらジュードが膝を折った。

「どうやって教えてたの?」

訊ねながら、散らばっていた真新しい用紙を2枚手元に手繰り寄せ、その内1枚を寄こしてくる。
実践しろということか。
ジュードの意図を読み取り、素直に用紙を受け取ったアルヴィンは、レイアたちに教えたのと同じことをくり返す。

「まず、半分に折るだろ?」
「うん」
「開いて、それから端を、折った線に向かって折る」
「うん」
「こうか、アルヴィン!」
「あ?あぁ、そうそう」

うんうんと頷いてしまったが、何でミラ様まで嬉々とした表情でこっち見てんの。
ぽやっと一拍呆けてから見回すと、ローエンの視線までアルヴィンの手元にばっちりロックオンされている。
もちろん、先に教えた2人と1匹も、再チャレンジと新しい用紙を折りたたんでいた。
つまり、メンバー全員の視線を独り占め状態である。
だが、ちやほやされるタイプの視線ではなく、吟味するような視線が大半なのでプレッシャーがじわじわと指先にかかってくるようだ。

「それで、どうするの?」

助け舟を出すように、ジュードが横から訊ねてくれた。
紙飛行機ごときでちょっと気圧されていたために、ジュードの声に酷く安心する。
ほぅっと息を吐いてから、アルヴィンは再び講義を続行した。
あらぬ方向へ折り曲げるミラ様を制止したり、やはりプレス具合でいまいちになるティポとエリーゼを指導したり、大雑把に折り曲げるレイアの軌道修正をしたりと、簡単な作業が思いのほか進まない。
だが、各々の性格が如実に出ている紙飛行機製作は、ぎゃぁぎゃぁと騒がしくも、時間を忘れるほど楽しかった。
一番の意外性は、紙一枚で立体物を作るという遊びが、ローエンとジュードすら巻き込んだということか。
精霊術の使用が当たり前で、空を飛ぶ機械が存在しないリーゼ・マクシアでは、こういう遊びも存在しないらしく、興味津々といった様子でアルヴィンの手元を観察していた。

「ジジイにも一枚いただけますかな?」

なんて、最終的にはじっくり観察していたローエンまでが、紙飛行機の製作に乗り出してきたのだから驚いた。
折り方の説明をばっちり覚えているらしく、あれよあれよという間に紙飛行機が折りあがる。
さらに驚くべきは、メンバーの中で一番折り目正しく綺麗に仕上げられたことだった。
さすが、こだわりにかけてはリーゼ・マクシア一を豪語する指揮者イルベルト。
紙飛行機ひとつにしても抜かりない。
そうして、結局6人分の様々な形をした紙飛行機が折りあがった。
正確に折り上げられたお手本そのままの紙飛行機が2つ。
折り目が大雑把な紙飛行機が2つ。
折り目だらけでもはや模様と化している紙飛行機が1つ。
そして、線対称と言っていいほど見事な紙飛行機が1つ。
ずらりと並べるとなかなか個性的である。
ただ、しわくちゃな翼で横たわる紙飛行機だけは、ちゃんと飛んでくれるのだろうか。
そんな疑問を少しだけ抱きながら、実践する方が早いと、メンバーを窓へと促した。
狭い窓からぎゅうぎゅうと押し合いへし合いしながら一斉に飛ばせば、各々違った軌道を描いて風に舞う。
交差し、追いかけ、ゆうるりとなだらかに弧を描き高度を落とす。
案の定、しわくちゃの紙飛行機は、飛行というより落下に近いきりもみ状態で飛んでいた。
それを尻目に、ローエンの紙飛行機は見事に空を舞っている。
ローエンのこだわりが目に見えて成果を発揮したようだ。
その大差を見て振り返れば、予想通り、むくれたお姫様が不服そうにアルヴィンを見やってきた。
どうしたものかと苦笑して誤魔化していると、髭をやんわりと撫でていたローエンが口を開く。

「まだまだ風の抵抗があるようですね。もう少し翼を多めにとって高さを低く調整すれば、まだ飛距離が伸びそうです」
「え?あれよりまだ遠くまで飛ぶんですか?」
「理論上ではそうですね。エリーゼさん、ティポさんも一緒に作ってみますか?」
「でも……」
「今度はジジイがお教えしますので、ご安心を」
「そうですね、ローエンが教えてくれるなら、もっといい紙飛行機作れる気がします」
『それに引き換え誰かさんは……』
「俺はちゃんと教えてただろうが!」

踏んだり蹴ったりな言い分に思わず噛み付くも、ほほほあははと笑い声が優雅に聞こえないフリをする。
爺さんもエリーゼ姫も、和やかな雰囲気で結構とんでもないこと平気で言うよな。
心に幾分かダメージを受けながら、せめてもの抵抗で胸に手を当てて項垂れる。
しかしそれも気に留めてもらえないあたり、あまり効果はないようだ。
さらに自分で追い討ちをかけた状態でへこんでいると、今度は背後で考え込んでいたミラがぽつりと呟く。

「ならば、私は速度を追求してみるか……」
「あ、それ面白そう!ミラ、わたしもやる!」
「うむ、ではレイア、私と最速の紙飛行機を作るとするか!」
「よーっし、燃えてきたー!」

紙飛行機なのに最速って何。
不穏な予感に軽く体を抱いて身震いする。
楽しげにはしゃぐレイアと瞳を輝かせて意気込むミラ、という傍目には目の保養にはなる光景に、アルヴィンは何故かいいイメージを抱けなかった。

「じゃ……じゃぁ、俺たちはちょっと出かけてくるわ」

ここにいては危険だ、と本能の警鐘に従って、ミラの傍へ自然と足を運びかけたジュードの肩を引き寄せる。
元からジュードへの用事があったのだ、それを口実にして、逃げてしまえるときにさっさと逃げなければ。
突然引きずられたジュードは目を丸くして見上げてきたが、説明より先にドアへと向かう。

「お土産よろしくー!」

なんて陽気な声が追いかけてきたが、それすら振り切る勢いでアルヴィンは宿屋から脱走した。

 

 

 

逃走してから鐘2つ。
武器屋で装備について相談に乗ったり、備品を揃えるのにオススメな店を案内していると時間はあっという間に過ぎるもので、ずいぶん時間が経っていた。
そろそろ夕飯の支度が始まる時間だと気づいたジュードに急かされて、アルヴィンは引きずられるように宿屋へ戻ることになった。
飛び出してきたときとは真逆の状態に、おかしな気持ちがこみ上げる。

「なぁ、帰りたくない……って言ったら怒るか?」
「どうして?」
「なーんか、嫌な予感しない?」
「特には?何かあるの?」
「いや、ジュード君がいいなら、別にいいんだけどさ」
「……変なアルヴィン」

ジュードの聡明さがメンバーとのやり取りであまり発揮されないことなど、アルヴィンには考えなくてもわかっている。
やる気に満ちたレイアとミラの組み合わせに、嫌な予感を抱かないのは、ミラを敬愛しすぎたミラ様フィルターがかかっているせいだろう。
もしくは、メンバーのフォローが板につきすぎて、仲間がたびたび起こす騒ぎを受け入れる癖がついたか。
どこまでも世話女房体質なジュードの頭をくしゃりと撫でれば、機嫌を損ねた声がアルヴィンを呼ぶ。
そんなジュードをからかいながら、帰路に着く間は、とても心が穏やかだった。
そう、宿屋へたどり着き、階段を上り、自室のドアを開けるまでは。

「ふっふっふ、ついに完成したね、ミラ!」
「うむ、なかなか手こずったが、いい出来栄えだ」

ばたん。
ちらりと見えた光景と耳に届いた声に、ドアノブを握り締めたまま思わずドアを閉めなおしてしまった。
風圧を浴びた前髪が、名残でふわりと揺れる。

「アルヴィン?」
「そうだジュード、俺たちお土産買い忘れてたよな!?」

訝しげな視線を寄こすジュードを振り返り、その肩をがっしりと掴んで揺さぶる。

「え?買ったでしょ?おみくじグミだったらエリーゼやレイアが喜ぶだろうし、皆で分けられるねってアルヴィンが」
「何言ってんだジュード、買い忘れてるだろ!?危ない危ない、殺されるところだった。さ、戻って買いに」
「おかえりー!」
「うぉっ!」
「わっ!」

どん、と勢いよく開いたドアに押されて、押しのけられるように床にひっくり返る。
眼前に立っていたジュードも巻き込んだ転倒に、ドアを開けた張本人はきょとんとした表情で見下ろしてきた。

「何してるの?」
「…………何してんだろうな」

心底不思議そうな声に、アルヴィンは足掻くことを諦めた。
押し倒すように下敷きにしてしまったジュードを引き起こし、衝撃に散らばった荷物とお土産を拾って部屋へと足を踏み込む。
途端、

「うわぁ……」
「……な?」
「…………うん」

広がる光景に、ジュードがようやくアルヴィンの意図する『嫌な予感』を実感してくれた。
出かける前は、宿屋の人達が綺麗に整えてくれていた見事な客室だった。
だが、いまやふかふかの床には埋め尽くさんばかりの紙飛行機の残骸と、幾重にも折り重なった紙がこれでもかと散らばっていた。
足の踏み場に困るほど、と言っても過言ではない。
よくここまで散らかしたものだ。

「ジュード、聴いて聴いて!ついに、つーいーに、完成したんだよ!」
「完成したって?」
「ミラとわたしの努力の結晶!最速の紙飛行機だよ!」

興奮したように両手を握りガッツポーズを決めるレイアは、きらきらと瞳を輝かせてジュードに言った。
そういえばそんなこと言ってたね、なんて受けて答えるジュードの大らかさに、アルヴィンはがくりと肩を落とす。
本当に、優等生は大物だわ。
やれやれと頭を振りながら、レイアに促されるまま指示されたベッドの上へと移動する。
散らばる紙を掻き分けて作られた即席の鑑賞席だ。
仁王立ちするミラを挟むように、向かいにはローエンとエリーゼが椅子に座ってにこにこと微笑んでいる。
どうやら、エリーゼはうまく紙飛行機を作れたみたいだ。
上機嫌なエリーゼの様子を視界に納めながら、レイアとミラの動向を観察する。
帰宅してからもずっと、嫌な予感が拭い去れない。
軽く頭を抱えて項垂れると、隣に座ったジュードがぽんぽんと腕を叩いて慰めてくれた。

「じゃぁ、みんな!どれくらい最速なのかお披露目するよー!ミラ!」
「あぁ、いつでも来い!」

言った次の瞬間、レイアが紙飛行機らしきものを取り出した。
白い指に挟まれた紙飛行機(?)は、どう見てもアルヴィンの知る紙飛行機の形状をしていない。
ただ細長く折りたたまれたそれは、もはや紙飛行機というよりペンのようだ。
だが、レイアはペンのような紙飛行機を持った右腕を、弓を引き絞るように思いっきり背後に引き、構える。
左足を前に踏み出し、バネを圧縮するように腰を落とした体勢。
これは、

「せいっ!」
「シルフ!」

ごぉっ!と唸り声を上げて、ミラの呼び声と共に、レイアの背後から鋭い突風が走り抜ける。
解き放たれた疾風の矢は、レイアの指先から投擲された紙飛行機(?)を押しやり、弾丸のように加速させながら窓から海へと吹っ飛んだ。
投げやがった!と思い、まばたきした次の瞬間には視界に紙飛行機(?)の姿はなく、代わりにパァンと弾けるような音が背後で響いた。
港中へ広がる反響音に、賑やかな海停が一瞬にして鎮まる。
唐突に訪れた沈黙を押しのけて、恐る恐る窓から軌道方向を見やると、停泊していた船の帆が斬新なデザインになっていた。
風を受けて促進するための帆に小規模とはいえ穴がぽっかりあいている。
それも、連なるように設置されている帆を一直線にぶち抜き、船舶の向こうの波を映し出していた。
じわじわとざわめきの戻り始めた港町からぎこちなく視線を逸らし、振り返る。

「どうだ!」
「どうだ、じゃねーよ!」

誇らしげに胸を張るミラとレイアに、アルヴィンは身体全体で声を荒げた。

「何をどうしたら紙飛行機がマストに穴をあけられるんだよ!」
「ローエンが言った空気抵抗のない紙飛行機を作り、シルフの最大出力を小規模範囲に絞り放って飛ばした結果、あぁなった」
「俺、精霊術使わないっつったよな?」
「無論、お前の言ったことは理解している。だから、お前たちが戻ってくるまでに実践はしてみた。だが、精霊術を使えばもっと速くなると確信したので、今試した」
「マストに関しては後で謝るとして、実験は大成功だよね、ミラ!」
「うむ、最速最高の紙飛行機だったな」
「最速最凶のお手軽兵器だよっ!」

互いの功績を讃え合うミラとレイアに反して、アルヴィンは恐怖におののいた。
ミラたちの作り上げた紙飛行機は、もはや紙飛行機と呼べる代物ではなく、用紙を硬く細長く折りたたんだ棒状のものを、全力投擲して最大風速の追い風で放った凶器である。
ル・ロンドの魔人の娘であるレイアの腕力と、リーゼ・マクシア最強の出力を誇るミラの精霊術。
その2人の手により、亜音速に近い速度で放たれたなら、たとえぺらぺらの紙が原型でも、殺傷能力を抜群に兼ね備えた武器と化すのか。
なんて恐ろしい。
ぽっかり空いた帆の穴をもう一度横目で確認しながら、唾を飲み込む。
からからに乾いた喉がひりついて、少しむせた。
暖簾に腕押しの叫びに疲弊感が増して、自然と視線が下がるものの、見止めた視界にさらに肩が落ちた。
音速を追って飛び去った衝撃の名残で、宿泊部屋がことごとく引っ掻き回されており、ど素人の空き巣にでも入られたかのような惨状だ。
ここ、誰に宛てられた部屋だと思ってんだよ。
声にならない悲鳴にぶるぶると震えていると、

「はい、じゃぁ楽しんだところで、みんな、今から掃除だよ」

ぱちん、と隣で手を打ち合わせる音が聞こえた。
夢から醒ますようなジュードの声に、狂気的な娯楽の空気が溶けて消える。
唐突な空気の入れ替えに呆気に取られていると、ローエンがいち早くジュードの声に応じた。

「では、私はミラさんたちをエスコートいたしましょう」
「え?」
「どこへ行くというのだ?」

こちらへどうぞ、と恭しく腰を折るローエンに、ミラとレイアが揃って疑問符を浮かべる。
そんな2人に向かって、ジュードがふぅっと息を吐いてから口を開いた。

「もちろん海停。謝って帰ってきたら、当然、部屋の掃除だからね」
「あ、あれは、」
「謝るって言ったの、嘘じゃないよね?」
「う……うむ……」
「じゃぁ、いってらっしゃい」

にこりと優しい笑顔を湛えて小首をかしげるジュードに、あのミラすら一切の反論が出ないらしい。
笑顔を絶やさないジュードを見つめたまま、ミラとレイアはたじたじと僅かに後退し、ついには踵を返してローエンの後を追って行ってしまった。
優等生怖ぇ!
笑顔のプレッシャーを背後から見守っているだけとはいえ、違う意味でアルヴィンは身震いした。
どうやら、ミラ様フィルターがかかっているとはいえ、今回の騒ぎはジュードの中の規律に抵触したようだ。
しかし、ここまですんなりとじゃじゃ馬娘2人をコントロールできるとは。
ジュードだからこそ、なせる技なのだろう。

「助かった、ジュード」
「びっくりしちゃったね、まさかあんな紙飛行機作っちゃうなんて」
「速すぎて見えませんでした」
『チョーびっくりー!』

ぱたぱたと足音を立てて駆け寄ってきたエリーゼと目を丸くしたティポを迎えて、衝撃的な紙飛行機について少しだけ雑談を交し合う。
どうせ、本格的な掃除は、ミラとレイア、ローエンが帰ってきてから『みんな』でやるつもりなのだ。
気休め程度に試作の紙飛行機を拾い上げながら、談笑に花を咲かせる。
室内の被害と海停への被害を思えば、プラスイメージの感想なんて言えたもんじゃない。
だが、心を奪う紙飛行機の残像が脳裏に焼きついている。
風を受けて飛ぶあの自由なイメージが拭い去れず、少しだけわくわくして楽しかったなんて言ったら、ジュードに怒られるだろうか。
ちらりと盗み見てみるが、柔らかな微笑を返されれば、釣られて口端が弛む。

「んじゃ、お片づけしますかー」

みんなと掃除が終わって夕食を食べたら、新しい遊びでもう一度楽しもう。
紙袋の中のお土産をちらりと見やり、アルヴィンはさらに笑みを深くした。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/10/23 (Tue)

紙飛行機って、リーゼ・マクシアになさそうだなと思って。
うん、だって紙飛行機って飛行機からイメージあるじゃない。
リーゼ・マクシア、飛空艇すらなかったので、アルヴィン経由できゃっきゃすれば楽しいかなって思った。

匿名様へ。
大変お待たせいたしましたぁぁぁ!!!!
『パーティーメンバーでほのぼの』ということで、きゃっきゃしてる話を書かせていただきました!
やたら長くて申し訳ありません;;
ほのぼのって、どうしても食事風景とかお昼寝とかが多くなってしまうので、せっかくのリクエスト、遊ばせていただきました!
ほのぼのしてるかどうかはちょっとわかりませんが(笑)
笑ってくださるシーンがあればいいなー!と思います。
こちらも書かせていただいてる間、とても楽しかったですVvv
心躍るリクエストをありがとうございました!


*新月鏡*