「猫日和3」

 

 

 

うちのミラ様は、どうやらこの界隈を牛耳るボス的存在らしい。
野良にしちゃ、やたらお上品な身のこなしだとは思っていたが、なるほど『威厳』ってやつがそうさせていたのか。
そんな今更な事実に気づいたのは、早めに片付いた仕事帰りの日。
今日はスムーズに事が運んだと浮き足立ってたのもあって、ちょっとくらい寄り道と、普段通らない道を通った。
途中、酒屋に寄って、お気に入りの銘柄の酒とつまみを購入。
がさがさと袋の音を立て、若干スキップしそうな上機嫌さで歩いていると、不意に猫の鳴き声がした。
その音に釣られて通りかかった空き地を見てみると、猫がわんさかたむろしているではないか。
何、ここ溜まり場?
俺にとってはオアシスとも言える空き地に、そろっと近づき、物陰から様子を見る。
傍から見たら怪しい奴にしか思えないが、そのときの俺はちっとも気にならなかった。
それより、先ほど鳴き声を上げた猫を探して、右へ左へと視線が動く。
自分の機嫌のよさと似たり寄ったりの、えらく嬉しそうな鳴き声だ。
何かしら美味しいシーンが見れるかもしれない。
だが、真っ先に見つけたのは、鳴き声の主ではなく、積み上げられた木箱の上に悠然と佇む一匹の猫だった。

「ん!?……まさか、ミラか!」

ぐっと声を潜めても、驚きが勝って思わず声が漏れた。
落ちる夕日に照らされた毛並みが、赤の映える金色に輝く。
美しい毛並みを誇張するように、ミラは優雅に尻尾を揺らめかせ、魅力的な大きな瞳でゆるりと階下を見渡していた。
それは王者にも似た威厳を放っている。
なるほど、ボスポジションか、ミラ様やるねぇ。
などと思っていると、見慣れない猫が一匹、ぴゅうっと風のごとき速さでミラに駆け寄っていった。
銀というか灰色というか微妙なラインの毛並みの猫だ。
そこそこ手入れが行き届いているらしく、こちらも日の光を受けてきらきらと光に照る。
ぼんやりと見守っていると、銀色の猫は、口にくわえた何かをミラの前に置いた。
どうやら献上品らしい。
やべぇ、うちのミラ様どんなけ偉いの。
だが、差し出された献上品に一瞥くれただけで、ミラはひとつも興味を示さない。
少しは何かしらアクション起こしてやりゃいいのに、なんて女王様だ。
無碍にされた好意に哀愁を感じてしまって、俺は銀色の猫に少なからず同情した。
だが、銀色の猫はそれでも嬉しいらしく、周囲の猫たちには目もくれず、こまごまとミラに付き従う。
完全に手下というかボスに忠実な部下だ。
しかし、ミラに対して従者を徹底している割に、やたら周囲に威張っているように見えるのは何故なのか。
他の猫が近づこうものなら、すぐに割り込み、何かしらひと悶着あって、やはりミラの傍に侍るのだ。
なんか、あの猫面白いな。
何とはなしに興味が湧いた俺は、しばらく観察することにした。
それから10分ほど眺めていたのだが、その間もずっと銀色の猫はミラにあれやこれやとつきまとい、健気すぎるほどの献身振りを惜しみなく発揮するものだから、俺はとうとう口元を押さえて泣きそうになった。
家ではジュードがすげなくされてると思ってたけど、ジュードに対する態度の方がずいぶん優しいものだったらしい。
改めてそう感じるほど、ミラの態度はそっけない。
それとも、あの猫とはそういうやりとりが当然になっているのだろうか。
それなら当人同士の幸せというもので、俺の同情など要らぬお世話なんだろうが。
悶々と小さなことを考え込んでいると、俺の思考を絶つ小さな鈴の音が聞こえた。
どうやら他の猫たちにも聞こえたらしく、ぴくりと耳が揺れる。
ちりんちりんと可愛らしい音を立てて近づいてくる黒猫は、間違いなくうちのジュードだ。
まだ小さいので、迷子にならないようにと俺が首輪をつけたのだ。
おかげで、ジュードが動くたび、首輪についた小さな鈴が愛らしく鳴る。
今日もジュードは可愛らしい。
しみじみと浸っている俺には気づかず、ジュードはまっすぐミラに向かって駆けていく。
だが、そんなジュードの前に、突然銀色の猫が行く手を阻むように立ちふさがった。
きょとんとするジュード。
同じくぽけっと口を開けてしまう俺。
しかし、そんな俺たちを他所に、銀色の猫はぴんと背筋を伸ばして、あらん限り上から目線でジュードを威圧する。
加えて、脅すような唸り声まで上げくれば、穏やかな気持ちもすっ飛んだ。
ジュードはというと、まじまじと銀色の猫を見上げて、その脇をするりとすり抜ける。
だが、それを阻止するようにまたもや回り込まれ、進路を阻まれてしまえば、小さく2.3歩後退る。
ちらちらと忙しなく銀色の猫を見上げている様子からすると、少し困惑しているようだ。
そんなジュードの態度に、優位だと思ったのか、阻む猫はたしたしと尻尾を地面に打ち付けてふんぞり返る。
ちょ、何あの猫、うちの子になんであらん限りの敵意向けてんの!?
ジュードに対して偉そうに威張り散らす銀色の猫の姿に、最初に感じた同情心も消滅する。
猫が好きとはいえ、うちの子一番なのは当然だ。
しかも、他の猫への威嚇行動とは一線を駕していれば、なおのこと。
何とかミラの元へ行こうと試みるジュードをことごとく阻む猫に、苛立ちを感じこそすれ、可愛いなどとはもう言うまい。
ギャラリーと化している周囲の猫たちすら、ぴりぴりとした緊張感で見守っている。
これはなんだか嫌な空気だ。
そうこうしているうちに、ジュードも痺れを切らしたのか、瞬発力を活かして横へ駆けた。
すぐさま追いかける猫を翻弄するように駆け回り、ジュードは隙をみて包囲網枠からすり抜ける。
出し抜かれた銀色の猫は、それが相当頭に来たのか、即座にジュードを追い、激しく唸って腕を振り上げた。
まずい。

「ジュードっ!」

物陰から足を踏み出し、思わず叫ぶ。
だが、俺が予想した嫌な光景は訪れなかった。
ぱちりとまばたきしたときには、既に銀色の猫は地に伏しており、眼前の脅威が小さなジュードに及ぶことはなかったのだ。
俺が無駄に伸ばした手すら宙を掻いて、なんだか偉そうな猫と同様に無様な気がする。
しかし、何故一瞬の間にそんな展開になったのか。
呆気に取られた光景に、慌てて情報収集を試みると、その全ては悠然と佇むミラのせいだと気づく。
偉そうな猫がジュードに危害を加えようとした瞬間、ミラが銀色の猫の上に容赦なく飛び降り、それはもう拍手したくなるほど見事に踏み台にしたのだ。
もちろん、踏み台にされた猫は予想外の衝撃にあっけなくぶっ倒れ、ミラはそんな無様さをよそ目に華麗に着地をしてのけた。
さすがミラ様、やることが違う。
てし、っと銀の毛並みに右足を乗せるミラの追い討ちに、どうやら偉そうな猫も抗う気持ちを失ったらしい。
意気込みをぼっきりへし折られたのか、起き上がる様子すらない。
それを少しだけ憐れに思う俺は、結局猫にはとことん甘いのだろうか。
そんな悲哀を混ぜて眺めていると、足元でちりんと音がして、温かな体温が足に触れる。

「ん?」

見下ろせば、ジュードが身を寄せて俺を見上げていて、視線が合うと小さく鳴いた。

「あれま、おたくどうしたの?ミラ様の雄姿はちゃんと見てたかー?」

ひょいっと拾い上げて視線を合わせてやれば、もう一度小さくジュードは鳴く。
もしかして、俺が呼んだからこっち来た、とかだったりして。
だったら最高に可愛いじゃないか!
ミラ一直線のはずのジュードの行動に、幸せすぎる勝手な想像が湧き起これば、頭が一気にお花畑と化す。
数回頬擦りしてから腕の中に抱き込んでしまうと、ジュードはもぞもぞと居心地のいいポジションを探し、落ち着く場所をすぐに見つけて収まる。
うぅん、やっぱり可愛い。
ミラには申し訳ないが、可愛いすぎる子猫ちゃんを今すぐは手放してやれそうにない。

「にしても、あの猫にイチャモンつけられて、おたくも災難だったな」

よしよしと撫でてやれば、気持ちがいいのか目を細める。
くぅ、こんなに可愛いうちの子に危害を加えようなんて不届き千万、許せん。
あの威張り散らした偉そうなあの猫、今度うちの子に何かしようってんなら、ただじゃおかねぇからな。
ふつふつと収まらない苛立ちを持て余しつつ、いい加減煩わしい猫を形容するのも面倒になってきた。

「そうだな……威張ったむかつく猫ってことで、今度からあいつはイバルって呼ぶか。名前までむかつく感じでいいな、忘れそうにないわ」

酷いネーミングセンスを発揮しつつ、俺はぽかぽかする腕の中を眺める。
なんて癒し効果なんだ、ジュード。
明らかに蕩けたような顔をしているに違いないが、周囲のことなど見えていない俺には幸せの絶頂だ。
そうして傍から見れば気味悪いほど浸っていると、不意に足元を何かが撫でるように触れる。
つと見下ろせば、優雅な尻尾が揺れていた。

「ありゃ、今度はミラ様?格好よかったなぁおたく、まるでジュードの王子様だ」

べた褒めの賛辞を送ってみたが、興味なさそうなミラはつんと視線を逸らして帰宅への道をゆっくりと歩いていく。
空き地の溜まり場にも目もくれず、迷いない足取りで先を行くミラの姿に、俺はふと腕時計へと視線をやった。
あぁそういえば、もうそんな時間か。
もうすぐいつもの帰宅時間である。
ずいぶん長いこと猫の溜まり場観察をしていたらしい。
しかし、とても有意義な時間だった。
ミラとジュードが普段どこで何をしているのかを垣間見ることができたのだ。
これからは時間を見つけて様子を見にきても楽しいかもしれない。
気まぐれな寄り道の思わぬ功績に、俺はにやけそうになる顔を必死で隠して帰路に着いた。

その後姿を、イバルが恨めしげな視線で見つめていたことなど、知る良しもない。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/09/27 (Thu)

ジュードがミラのとこに来たのは、帰宅時間をお知らせするためだったりする。
オカンだからwwww

瑠胤様へ。
さて、覚えておいででしょうか。
その節は、『猫威張る、いや猫イバル』のピンポンダッシュなコメントありがとうございましたw
思わずリクエスト欄に入れるくらいには、私の個人的なツボに入りましたよwwww
あまり威張り散らした感じには書けませんでしたが、楽しく書かせていただきました。
コメント、ありがとうございました!


*新月鏡*