「The thrown-away letter」

 

 

 

例えば。

仮に。

もしも。


選ぶとしたら。

 

「ジュードの一番好きな奴って誰?」

茜色に染まった夕日が薄暗い夜に侵食され始めた放課後。
まじめに日直日誌を書くジュードを待ちながら、俺はくだらない雑談をする感覚でそう訊いた。
唐突に質問を投げられたジュードは、ぴたりとペンを止め、きょとんとした表情で俺を見つめる。
夕日に溶けて、蜜色の瞳が深く色づく様はとても綺麗で、無意識にじっと見つめ返す。

「一番好きな人?」
「そ、一番好きな奴」

日誌を挟んで向かい合い、頬杖をついたまま同じ音を繰り返す。
完全に意識の逸れてしまったジュードが、ペンの先をとん、とん、とノートに落とすたび、黒い染みがじわりと広がった。
白を侵食する黒い点。
あとどれくらい同じ点を穿てば、白いノートは黒く染まるだろう。

「女子限定?」
「いや?人類全般」
「んー、そんなのわかんないよ。みんなそれぞれ良いところあるし、一概にこの人だって決められない」
「それでもさ、特に仲良い奴とかいるだろ?」


――――たとえば、俺とか


そんな思いを黙殺して、ちらりと流し目で様子を窺ってみる。
だが、

「そうだね、仲よくしてくれる人は確かにいるよ。ミラとか、いい例だよね。学校違うし、立場も全然違うのに、すっごく気さくに接してくれるし」
「……」
「そういうことならエリーゼもそうだよね。ご近所さんって間柄だけど、まめに学校まで会いに来てくれるし」
「…………」
「あぁそういえば、ローエンも当てはまるのかな?この前、お茶をご馳走になったんだ。今度アルヴィンも行く?お手伝い込みだけど」

返ってきた回答は俺の望むものではなく、あらぬ方向へ展開していく。
確かに、言われてみれば、ジュードの挙げた面々はクラスメイト以上に仲がいい。
なんで年齢も性別も違うのにここまで仲が良いんだよ、と嫉妬心を抱いてしまうくらいに、ミラもエリーゼもローエンもジュードと親身に付き合っている。
正直、幼馴染ポジションのレイアを相手取るだけでも相当な壁を感じているのに、こうも様々な連中と仲良しこよしされていると焦りは加速していくばかり。
特にミラの存在は俺史上、最大の脅威でしかない。
誰が見ても、ジュードがミラに憧れと尊敬の念を抱いているのが明らかで、ミラもジュードの眼差しと理想を笑って受け入れているからだ。
別に俺にそんな崇高な感情を向けて欲しいなんて思ってはいないが、ミラに対する感情がいつ恋心へ変化するかと思うと気が気でない。
そう、俺はジュードに特別な感情を抱いている。
もしかしてと思った当初は信じられなかったが、こうして月日を重ねていけば、実感としっくりくる感覚に自覚は確実なものになって。
無意識にミラたちからジュードを遠ざけるように動いていたのだと気づいたときには、さすがに認めざるを得なかった。
俺は、ジュードが好きで、自分独りだけのものにしたいほど焦がれているのだと。
だからこそ、俺は今、ジュードの何気ない返答に、腸が煮えくり返りそうなほどの嫉妬に駆られていた。
淡々と返された回答の中に、何故望んだ名前すら出てこないのか。
期待しただけショックだし、望んだ分だけ腹が立つ。

「なぁ、俺は?」

そう、お前にとって、俺はいったい何なんだ。
不特定多数のクラスメイトと同じ存在なのか。
それともそれ以下の知人程度の認識なのか。
極力行動を共にして、大嫌いな『優等生のお仕事』すらジュードの隣を陣取るために奪い取ってきたのに。
ジュードにとっては、何の意味もないものだったのか。
夕日と憤怒に赤く染まった思考回路を煮え立たせながら、感情的にジュードを押し倒しそうになる衝動を押さえ込む。
そんな俺の激情など露知らず、ジュードは強張った問いの意味を探るように眉をひそめた。
戸惑うように視線が揺れて、拍を刻むことすら忘れたペンが白いノートにじわじわと黒い染みを広げていく。

「え?……アルヴィンは……友達、……だよね?」
「友達、ね」
「……アル、ヴィン?」

僅かに怯えたような声に聞こえるのは、俺の願望のせいなのか。
望みすぎた身体と心が、都合のいいように現実を捻じ曲げて伝えているのか。
ぐらぐらと揺れる嫉妬の炎に身を焦がして、射殺さんばかりにジュードを睨みつける。
その視線に、ジュードがびくりと肩を揺らした。

「俺、お前と友達でいたくないんだけど」
「え……?」

凍りついたように青ざめるジュードをきつく見つめたまま、俺は憮然とした表情で言い放つ。

「それ以上がいい」

友達なんて不特定多数と同じような枠組みで括られたくない。
『特別仲の良い人』なんて、小さな枠組みとはいえ数人いるような範囲にもいたくない。
俺がジュードに望むものは一つだけだ。
俺のために用意された、唯一無二の特別な場所。
それを得るためなら、どんな手段も厭いはしない。
それこそ、大切に大切に培ってきたジュードとの絆とて、ぶち壊しても構わないのだ。
それくらい、俺はジュードを欲してるし、ジュードの特別になりたいし、ジュードを好きで焦がれているのだ。
こんなに切ない恋なんて生まれて初めての感覚で、プレイボーイの讃美が崩壊するほど、扱いあぐねて振り回されている。
傷つけないように、できるだけ穏便に、そう考えてはいるけれど、恋を自覚した心にこそ譲れないものがあるらしい。

気づいて。

わかって。

受け止めて。


そして望むことなら、どうかその手で抱きしめて。

 

息苦しいほど決死の暴露に指が震えて仕方ない。
がちがちに強張った身体から緊張は一向に消え去らず、遠い喧騒が他人事のように漂う。
異様なほど沈黙する教室が、やけに恐ろしい。
その長すぎる体感時間に耐え切れず、言葉を継ごうと俺が口を開きかけた瞬間、不意にジュードが弾けるように笑い声を上げた。
しんと静まった教室に、軽やかな笑い声がころころと転がりまわって。
予想外の展開に、今度はこちらが目を見開く。
置いてけぼりの現実に、ぽかんとしていると、ひとしきり笑ったジュードが温かな微笑を刷いたまま、優しげな眼差しを俺に向けた。

「なんだ、そういうことか。びっくりしちゃったじゃない。もう、驚かさないでよ。『親友』って呼んでほしいってことでしょ?アルヴィンって変なところにこだわるんだね」
「…………」

おいおいおいおい、待てこら、どういうことだ。
こんな解釈ありかよ。
コイツの頭ん中どうなってんだよ!?
人の決死の告白が、びっくりするほど見事な回避でかわされたぞ。
ほっと肩の力を抜いて、未だに小さく笑っているジュードを見ると、本気で俺が『親友』にこだわっているのだと思っているらしい。
あまりのことに、愕然と頭を抱えて呻いていると、ジュードは慌てたように言葉を継いだ。

「心配しないで。アルヴィンはちゃんと、僕の親友だから」

ぽんぽんと肩を撫でられて慰められる。
何、その仕方ないなぁみたいな扱い!?
なんで俺がおかしいみたいな解釈になってんの!?
あれか、俺の告白が遠まわしすぎたのか?
もっとストレートに言った方が、ジュードには効果的だったのかもしれない。
はっと気づいた作戦に、俺は意を改め、真正面からジュードを見つめて言い放つ。

「ジュード、好きだ」
「僕もアルヴィンのこと、好きだよ」
「違う違う!俺はお前のことを特別な意味で好きなんだって!」
「うん、だから僕もアルヴィンのこと、普通の友達以上に好きだって」

うわぁぁぁぁ最悪だっ!
勘違いが訂正できない方向へ突っ走っていってしまったらしい。
これはもうはっきりと口にして言うしかない。

「恋愛感情で好きなんだ!」
「はいはい、冗談もそこまでにして、もう暗くなってきたし、早く日誌書いてさっさと帰ろうよ。あ、アルヴィンは黒板綺麗にしといてね」

がたんと音を立てて立ち上がり、ジュードの肩を掴んで熱視線を送ってみるも、完全に俺の言葉を本気と取らなくなったジュードは、爪の先ほども気にかけない。
それどころか、俺の悪ふざけだと綺麗に流し、淡々と日直仕事を言い渡した後、黒い染みの滲む日誌に再びペンを走らせ始めてしまった。
こうなってはどんな言葉も届きはしない。
悶絶するほど行き場のないこの感情をどうしてくれよう。
ジュードと2人っきりの放課後で、甘いサプライズ現象なんて起こらないかな、とか甘酸っぱい期待に胸膨らませていたはずなのに。
それが何でこうなった!
わなわなと震える身体を押さえつけて、俺は席の隣の窓をぴしゃんと割らんばかりの勢いで乱暴に開く。
校庭にまばらに散らばる生徒の声を聞きながら、大きく息を吸い込んで一言。

「最悪だっ!日直当番なんて滅べっ!」

大音量で吐き出した恨みつらみに、多くの生徒が振り返ったがそんなこと知るか。
本音をまともに受けてもらえないやるせなさと、恋する哀れな男の叫びを聞きやがれ。
だが、

「ダメだよ、決められたことはきっちり守らなきゃ」

オブラートな言葉に包んであらん限りの力で叫んだなけなしの心情すら、大好きな声が風紀委員みたいにお堅いセリフで諌めてきて、あまりの無情さにその場に崩れ落ちる。
どうやら、本日の告白作戦は完全に挫かれたようだ。

 

 

 

夕日がやけに目に沁みる、そんな放課後の出来事。

 

 

 

拝啓、愛しの優等生。

君を想って早数年。

君の隣で『いい人』を演じるのもそろそろ限界です。

どうか早く気づいてください。


敬具。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/06/23 (Sat)

綴った手紙は今日もくずかごに眠る。

報われねぇwwww
というわけで、潔様リクエストの『同級生あるじゅ、現パロで、じゅど君が博愛過ぎて誰かを特別に思うことがなくて、アルヴィンが特別になりたくてあくせくする話』でした。
博愛っていうか、ただの鈍感に仕上がった感じで申し訳ないw
あくせくするアルヴィンは書けたかなーと思いますが、ジュードが……orz
難しいね、パロって。

潔様へ。
この度はリクエストありがとうございました。
こんな感じに仕上がりましたが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。


*新月鏡*