「protection for egotism」

 

 

 

幸か不幸か。
触れる指先に胸が詰まる。
このまま抱きしめてしまえれば、どれほど心満たされるだろうか。
試してみたい。
だけど、

「そんなに強く握っちゃダメだよ」

包帯でぐるぐる巻きになった腕の先、強張った俺の指先を優しく押さえて、罪悪感の滲んだ声が嗜める。
先日の戦闘以来、ジュードはずっとこうだ。

 

あれは重ねすぎた戦闘に、パーティー全体に疲労の色が漂っていた頃。
レイアとエリーゼがずいぶんくたびれていたときに、思わぬ奇襲に遭ったのだ。
いつものように、共鳴したミラとジュードが先陣を切って活路を開き、ローエンの術を中心に、レイアとエリーゼが援護についていて、俺はしんがりを勤めていた。
叩き伏せるだけの余力もなかったせいで、ずいぶんお粗末な逃走劇となってしまったが、それでも何とか逃げ切れるはずだった。
そんなときだ、全体のバランスが崩れたのは。
体勢の立て直しが追いつかないまま、突破口を切り開く要であるミラが、魔物の攻撃に巻き込まれ倒れたのだ。
当然、隊形は崩れ、退路を封じるように取り囲まれるという、圧倒的に不利な状況に追い込まれた。
できる限り術式の展開を妨げないよう魔物を薙ぎ払うが、それでも迫る猛攻は衰えない。
小さく舌打ちした背後で、ミラが倒れたと知ったジュードが、瞬時にレストアに駆けつけたが、さらに悪いことは続くものらしい。
ミラを襲った獣の爪が、今度はジュードに向けられたのだ。

レストアをかけている最中の無防備な背中。

迫る脅威。

気づいたときは、もう何も考えられなかった。
ぱちりとまばたきして正気に戻ったときには、掲げた己の右腕は横一文字に皮膚を引き裂かれ、焼き切るような苛烈な熱が駆け巡って。
遅れてやってくる激痛に奥歯を噛み締め、敵の懐めがけて銃声を連発で叩き込む。
がしゃんと重たい音を立てて右手から落ちたものが何だったのか、それを確認するより先に、ローエンの術式が発動し、あたり一面を洪水のように溢れ出でた水が渦を巻いて薙ぎ倒していく。
相変わらず、洗濯機みたいに綺麗さっぱり一掃してくれるな、などとぼんやり思ったのを最後に、俺はその場に倒れ伏した。

 

そんな失態の色濃く残る記憶から早3日。
深く刻まれた傷口もエリーゼ、レイア、ジュードの3人がかりで癒してもらったし、疲労を訴えていた身体も十分休まり、今では前とは変わらぬ状態にまで戻っていると思うのだが、

「アルヴィンの傷は治癒術で簡単に治るようなものじゃないんだ。表面上は治ってるように見えるかもしれないけど、まだ中の細胞組織が壊れたままなんだよ。力を入れすぎれば傷が開くんだって言ってるじゃない。それに、まだ身体だるいんでしょう?熱だって下がったばっかりなんだから、完全に治るまで安静にしてなきゃ」

と、人の痛みに過敏になりすぎた優等生の長いお小言が、常套句のように返される。
だが、ジュードの指摘する俺の症状は本当らしく、それを証明するように、不自由する俺の傍をジュードは片時も離れようとしない。
熱に意識が朦朧としていた間も、ほとんど付っきりで看病してくれていたらしい。
そして熱が下がった今でもこうだ。
食事にしても、風呂にしても、就寝するにしても、負傷した右腕を極力痛めないような方法を考えてきては、それはもうこまごまと世話を焼いてくれるのだ。
あまりにも過剰な世話焼きに、お前のほうが病気じゃないのかと思いそうになる。
青白い顔をしていればなおさらだ。

「もう平気だって」

軽く笑って、窘められると同時に押さえ込まれた腕をそろりと動かす。
これ以上過保護にされると、自分の箍がどんどん外れていって、理性で押さえ込んでいたものがあふれ出しそうだ。
ジュードが見せる過保護さは、甘ったるくて心地がよすぎる。
だが、その心地よい空間を得る代わりに、ジュードが自身を削ぎ続けていると知っているから、俺は笑って嘘をつく。
本当は平気というには不十分で、未だに熱を帯びた患部はじくじくと鈍い痛みで苛んでくるのだが、それでも、ジュードの浮かない顔を見るくらいなら、俺は嘘つきと罵られようとも、何度でも嘘をついてジュードを欺くだろう。

「せっかく親身に看病してくれてるのに悪いな、ジュード」

そういう人間で、そういう好意の示し方しか知らないんだ。
だから、突っぱねたというのに、ひんやりとした白い指が引き止める。

「ダメだって!嘘ついたって、それくらいわかるよ!アルヴィン、お願いだから……治るまで待って」
「そんな大した傷じゃ」
「大したことあるよ!わかってないのはアルヴィンだ!昨日までどれだけ自分が苦しんでたのか、覚えてないからそんなこと言えるんだ!」

静かな怒声に、僅かに滲む涙の色。

「……ジュード」

俺に対する怒気のせいか、傷を思っての悲痛のせいか。
表情を隠すように俯いてしまったジュードの肩が、微かに震える。
泣いて、くれるのか。
無様な傷跡を悔やんでくれるのか。
一向に面を上げないジュードがたまらなく愛しくて、無意識に空いた左手がそろりと伸びる。
艶やかな黒髪に触れる、その直前、

「、……ごめん、アルヴィンを怒る資格なんてないのに……」

喉につっかえた声がぽつりと落ちて、触れかけた指先が硬直する。
あぁ、そうだった、こいつはこういう奴だった。
俺の負傷の原因は、俺自身にあるというのに……。

「あの時、僕がしっかり気づいてれば……こんな……」
「やっぱり、自分を責めるんだな」
「だって、僕のせいだから」
「違う」
「違わない」

強張った声音は頑なに閉ざして譲らない。
そんなジュードの想いが嬉しい反面、俺は一方的に『責任』を自分だけのものにされるのが腹立たしかった。
この傷は俺のもので、ジュードの勝手な理由だけで片付けていいものではないのだ。
だが、だんまりを決め込んでしまったジュードは、本気で俺の負傷の責を自分のものにしたいらしい。
どこまでも真っ直ぐな意固地さは可愛らしいが、やはり独り占めはいただけない。

「あのな、ジュード。お前はあの時、どういう立場だったんだよ」
「……え?」
「ミラのスレーヴだったんじゃねーの?」
「そう、だけど……」
「ミラが倒れて、お前はミラのフォローに入った、それで正解じゃねーか。それ以上のことに対処しろなんて誰も言ってない。あの時はたまたま俺がフリーだったから、勝手に突っ込んでっただけで、ぜーんぶ俺の自業自得だ。お前のせいじゃない」

ぎゅうぎゅうと腕に抱いて守り続ける『責任』を、優等生が好む理路整然さで取り上げると、ジュードは戸惑うように揺れる。
誰もジュードを責めてはいない。
それをわかって欲しかったのだが……。

「……でも……」

泣きそうな声で追いすがるセリフは、容易に想像できてしまって。

「『ごめん』、か?なぁ、ジュード……俺、それ聞き飽きた」

突き放すようにそう言えば、びくりと揺れたジュードがこれでもかと縮こまる。
今抱きしめたら、間違いなく腕の中にすっぽり納まってしまうだろう。
やってみたいが、捉えられたままの俺の指にはジュードの指先が絡んだままで動かしようがない。
だが、身を小さくすると同時にぎゅっと握りこまれれば、ジュードのドクターストップがかかっていても無茶をしてしまいそうだ。
正直、情けない負傷さえしていなければ、絡んだ指先を引き寄せて、とっくに肩を抱くくらいはしているだろう。
そんな邪な思惑を押し込めて、真摯を装った声音で囁く。

「一番聞きたいこと聞いてない」

甘く秘め事を歌うようにゆったりと音を紡げば、見上げてきた瞳が困惑に呑まれる。
いつも自分の中に原因を求めてきたジュードには、俺の欲しがっているセリフがわからないらしい。
ならば、意図的に導いてやろうと、心の奥底で舌なめずりをひとつ。

「邪魔だった?いらない?余計なことした?」
「そんなことないよ」
「でも『ごめん』って言うってことは、いらないってことだろ?俺の怪我もジュードにはありがた迷惑で、要らぬお世話ってことだろ?」
「違うっ!」
「じゃぁ、何なんだよ?」

力いっぱい否定したジュードに、淡々と投げかける。
だが、瞬時に応える言葉は持ち合わせていないらしく、言葉になり損なった音がぽろぽろと口端から零れるばかり。
普段は饒舌に語るくせに、こういうときはとことん弱いんだよな。

「俺は、ちゃんとわかってる。言ったろ?お前がどう思ってくれてるか知ってるって」

今、ジュードが何を思って、何を感じているか。
揺れ動くジュードの感情の機微は、憶測であれど、間違いではないと確信できる程度には把握できる。
痛いのだろう。
つらいのだろう。
まったく、傷を負った者以上にその痛みを掻き抱くくせは、いつまで経っても治らないんだな。

「だけど……俺のためにと思うなら、お前が俺に言うセリフはそれじゃない」

謝って欲しいわけじゃない。
責めたいわけじゃない。
ただ、一言。

「ジュード……褒めてくれ」


――――失態が生み出した傷跡に、どうか名誉を


情けない姿を晒し、無様に倒れた心と身体を誇れるように。
守りたかった人を守ったんだと思えるように。

「……アルヴィン」

苦しげに吐き出された自分の名前に、こちらまで胸が締め付けられて息苦しい。
俺だって、自覚はしているのだ。
ジュードが自身を責める理由を知りながら、より一層追い討ちをかけるように酷な要求をしているのだと。
それでも、求めてしまうのが、俺の我儘と甘えなのだということも。
絡んだままの指先をそっと深く絡ませて促せば、こくりとジュードの喉が鳴る。
焦れて「早く」と急かしてしまいそうになるが、それでも辛抱強く待ち続けていると、ようやくジュードが動いた。
ゆるりと頭を振って、ゆっくりと俺を見つめる。
精一杯に無理した微笑を浮かべて、絡んだ俺の手を挟むように両手で触れて。

「助けてくれて、ありがとう」

 

 

あぁ、ちくしょう。

 

 

 

幸か不幸か。

 

 

この腕が自由であれば、今すぐ抱きしめて閉じ込めてやるのに。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/06/17 (Sun)

名誉の負傷とか男の勲章って言うけれど、庇われた側にとっては胸えぐられるほど痛いもので。
それでも感謝されたい我儘を、どうか許して。

カナリヤ様リクエスト、『アルジュで、アルヴィンがジュードを庇って怪我をして、甲斐甲斐しくジュードが看病する話』
どちらかというと、アル→→→ジュくらいの勢いですね……アルジュ……?
そして庇うシーンも看病するシーンも一瞬で終わってしまって申し訳ないorz
あれ!?何一つ応えられてなくない!?
申し訳ないです本当に、頂いたリクエストを活かしきれなかったようです。
一応、いちゃいちゃしたのとかも考えたんですが、そういうのは探せばごろごろある気がして、ややビターな感じに。

カナリヤさまへ。
今回何一つ応えられてないっぽいので、「思ってたのと違う!ワンスモア!」とおっしゃっていただければ、リベンジしますね。
ホント申し訳ない。


*新月鏡*