「sugary fingertip」

 

 

 

冷えた空気に息が白む頃。
等間隔に並ぶ街灯に照らされた2つの影を寄り添わせ、暗い夜の帰路につく。
この時間を俺はとても好ましく思っていて、会話のない足音だけの空間を感じながら隣にジュードの存在を確かめる。
つかず離れずの距離にジュードがいると思うたびに、独り占めした気分になって気持ちがいい。
高揚感溢れる小気味良い靴音を重ねて歩いていると、つ、と袖を引かれた。
引き留めるだけの力ないそれに、半歩遅れて歩くジュードを振り返る。
すると、

「あ、ごめん」

と、小さな謝罪と共に、腕に触れた指先が怯えたように素早く引っ込んだ。
そんな動作を見るたびに、どうして真っ先に謝罪の言葉が出るのだろうと、俺は毎回首を傾げる。
不快に思うほど嫌なら、簡単に触れてしまえる距離を自分が許すはずがない。
なのに、苦虫を噛み潰したような表情で俯くジュードは、いったい何を失敗したと思っているのだろうか。
基本的に、ジュードは甘えるのが下手だ。
気を許して身を預けるように甘えてくれるのは、あの手この手でぐずぐずに解いて陥落させた時だけで、それ以外は鋼の精神と理性で要塞堅固に塗り固められ、自分に甘さを許す素振りをほとんど見せない。
出会った当初から抜け出せないジュードの在り方は、仕方ないという諦めと、不安を孕んだ心配を湧き起こす。
本音を言えば、甘えてほしい。
健気に求めてくるジュードをこれでもかというほど甘やかして、周りが砂糖を超えた甘さに胸やけ起こすくらいイチャイチャしたいと思うのは常だ。
だが、ジュードがその手の触れ合いにひどく苦手意識を抱いているというのも十分理解している。
きちんと理解しているからこそ、ジュードが心地よいであろう距離を俺は保ち続けているのだ。
そして、ジュードがそのことに引け目を感じているのも知っている。
こちらとしては、別にジュードが苦手だと言うのなら、無理にゼロ距離に縮めなくてもいいと思っているのだ。
ジュード自身が微妙な距離感を嫌だと思い、心から変わりたいと願うなら話は別だが、そうでないなら無理して変わる必要もない。
それに、こっちから甘えたり距離を詰めたりしないのは、それなりに余裕がある時だけだ。
仮に、俺がコントロール不能な飢餓状態に陥れば、ジュードがどれほど制止をかけようが、こちらが勝手に距離を縮めてしまうに違いないのだ。
手放してやれるときくらい、じれったくなるような心地よい距離感を楽しみたい。
一歩踏み込むだけで変わる表情を見ていたい。
ジュードは、ほんの少しの距離を縮めるだけで、初心な乙女のように顔を赤らめて恥じらう。
その姿は、何度見ても可愛らしく愛おしい。
そう端的に感想を抱くくらい、恋愛沙汰に免疫のないジュードに自分は心底参っているのだ。
ジュードの一喜一憂を楽しんでいる側としては、これくらいの距離で接している方が刺激的でいいのかもしれないとすら思えるほどだ。
だが、そんな俺の心情など露とも知らぬジュードの表情は、やってしまったと後悔の滲む色に変貌しており、俺は思わず苦笑する。

「どうした?」
「えっと、なんとなく、つい……嫌だったよね、ごめ」
「いや、別に?」

こともなげに答えて返せば、俯いていたジュードがぱっと面を上げて見つめてきた。
予想外の返答だとでも思っているのか、まじまじと見つめる瞳が丸く見開かれている。
そんなに信じられないことだろうかと思い、俺は両手を軽く広げて見せた。

「何なら抱きしめてやるけど?」
「え?」

ぱちり、と瞬く丸い瞳を閉じ込めるように、ジュードの頭に手をまわして引き寄せる。
すっぽり腕に収まる身体は驚きに固まっており、より一層抱き込めば息をのむ音がした。

「ア、アルヴィン?」
「よしよし、ジュード君は可愛いねぇ」

あやすように頭を撫でてやれば、そわそわと忙しない動作も徐々に落ち着いてくる。
まだ多少慌ててはいるものの、ジュードは抜け出すそぶりも見せずに腕に抱かれてされるがままだ。
みるみるうちに頬の赤みが耳まで伝染し、黒髪に朱色がよく映える。
頬をすり寄せれば、縮こまるように震えるから可愛くてたまらない。
不安に揺れるジュードの仕草は、いちいち自分の劣情をくすぐってくるので理性で押しとどめるのに毎度少々骨が折れた。
だが、それを差し引いても募る愛しさは何より勝る。
何を怖がっているのかは知らないが、もっと求めてくれても構わないと何度言えば伝わるだろう。
俺に求めることを許したなら、ジュード自身にも求めることを許すべきだ。
まぁ、それが簡単にできていれば、こんなじれったい距離感などあるはずもないのだが、そのことを考慮してもジュードは俺に遠慮が過ぎる。
十数秒たっぷり経ってから恐る恐るといった具合に縋りつかれれば、その思いはますます強くなる。
わがままを押し込めた傷つきやすい子供。
俺にはもったいないくらいの愛情深い存在。
自分を飢えから解放する唯一の人。
文句のつけようがない愛しい人にひとつだけ俺が望むとしたら、必死に抑え込んでいる溢れるほどの寂しさを示してほしいということだけだ。
言葉にするのが難しいというのなら、言葉にしなくて構わない。
ジュードが難色を示す行動をこちらから無理強いするつもりは一切ない。
ただ、今みたいに、どうか、少しだけ触れてほしい。
僅かでいい。
袖を引くほどの力もなくていい。
こちらが気づけるくらいのほんの小さな仕草がほしい。
それがないと、こちらはどれほど想っても、笑顔に潜む寂しさに気づいてやれやしない。
肌が触れるか触れないか。
そんなか弱い指先があるだけで、俺はその手を引き寄せられる。
ジュードが俺の寂しさを拭い去るように、俺は寂しさごとジュードを抱きしめて一緒に泣いてやれるのだ。
密やかな願いを託して少しだけ力を込めて抱きしめれば、肩に頭の重みが預けられる。

「嫌かもとか変な心配するなよ。これはお前だけの特権なんだからさ」
「僕だけの、特権?」
「そ、いつでも俺に触れて独占していい権利」

まだ赤みの残る耳元に明るく軽やかに囁けば、もぞもぞと蜜色の瞳がこれまた絶妙なアングルで見上げてくる。
計算されてるのではないかと疑いたくなるほど凶悪な愛らしさである。

「いいの?」
「あぁ」
「嫌じゃない?」
「嫌じゃない」

そう断言すれば、数秒吟味するように沈黙した後、ジュードがするりと抱擁を解いた。
体温を奪う冷たい空気が横ぎれば、この腕にもう一度愛しい熱を取り戻したいような気分になるが、ここは大人しく我慢する。
こういう時こそ、ジュードの意思を尊重してやりたい。
そんな劣情と理性を悶々と激突させていると、口元に手を当てて考え込んでいたジュードがこくりとひとつ頷いた。
どうやら納得のいく結論が出たらしい。
その結果が俺にとっては大変好ましい前向きなものであるのは、いまだジュードの頬に差した朱色が証明していた。
面を上げて見上げてくる蜜色の瞳に、俺は特別優しい気持ちを乗せて微笑む。

「……じゃぁ、ちょっとだけ」

そう言ってちょこんと触れてきた指先を、俺は包むようにそっと握り返した。

 

 

 

 

 

* * * *

2013/12/10 (Tue)

「くくっ、ホントジュード君は可愛いねぇ」
「……やっぱり離して」
「照れ隠しするジュード君も奥ゆかしくて可愛いなぁ」
「うぅ……、ア、アルヴィン、あのね、本当に恥ずかしいから、手、離して……!」
「無理な相談だな」
「お願い!」
「ダーメ」
「〜〜っ、アルヴィンのバカっ!」
「はいはい、わかったわかった(ホント可愛いんだけど、何この生き物)」

そんな帰り道。
長編にアルジュ成分が足りなさ過ぎた衝動で書いた。
精神的に弱ってる時のジュード君は本当に可愛いですよね。
普段ならすぐさま技かけて伸してしまうところなのに、そこに頭が回らないんですよ。
ホント可愛い。


*新月鏡*