「a spotted rose -a preface-」

 

 

 

薄らとスモークに煙る空の下。
拡散する陽光はひどく頼りなく、鳥の鳴き声ひとつ聞こえない。
代わりに耳障りなノイズが遥か下方に騒めくばかり。
しかし、高層ビルの最上階ともなると、そんな喧騒の真っ只中にありながら異質な穏やかさを演出する。

「その情報は確かか」

窓際で地上を眺めたまま、振り返らずに背後にいる男に問いかけた。

「確証はないが、それなりの有力筋からだ。私は見過ごしていい話ではないと思う」
「確認する価値はある、か。俺にはそんなものを気にかける暇などないんだがな」
「何を言う。長い長い抗争の果て、ようやく落ち着いたんだ。火種は完全に潰すべきだ。でないと、私たちが築こうとしている安定が再び揺らぐ」
「貴方は本当に心配性だな」

神経質なまでの忠告に、苦笑が零れる。
自分より幾分年上だが、志を共にする者として長らくつき合いのある人物からの忠告だ。
心に留めておいて損はないだろう。
しかし、自分にはその忠告以上に関心のあるものがあった。

「すまないが、確証もない情報より、俺には源霊匣の方がよほど気にかかる」
「黒匣の代替品か。しかし、源霊匣は不安定で使い物にならないと聞いているが?」
「安定させる方法があると提言している人物がいるそうだ。それも、リーゼ・マクシアに」
「リーゼ・マクシア?あの突然現れた辺境の地か」
「得体のしれない奴らの言うことを信じるのか、とでも言いたげだな。だが、その方法が利用できるとしたら、源霊匣の完成度は一気に跳ね上がる。聞いてみる価値は十分だろう?もう長年、費用をつぎ込んできたんだ。行き詰まりを見せ始めた研究に人々が関心をなくす前に、我々は源霊匣の実用化を実現しなければならない」

異国への嫌悪を滲ませつつ、利益価値とコストを前面に出して答える。
源霊匣。
長年使い続けてきた機械-黒匣-の次世代機とも言える代物だ。
黒匣の利用が年々荒廃の進むこの世界と密接な関係があったという事実。
その事実を世界中が知ったのは数年前のことだ。
10年以上前から、仮説として議論は交わされていたが、立証するには時間がかかり、数年前にようやく公言できるレベルの確証を得たのだ。
目に見える形で示された壊滅の兆し。
源霊匣がこの世界の未来にかかわるものともなれば、不確定要素の強い情報など自分の身に関わるとはいえとるに足らない。
源霊匣の研究成果は、誰より早く手にしなければならない。
人々が望む一歩先の技術は、一番最初に提示したものこそ最大の利益を得る。
低迷する社会的な外聞を好転させ、利益すら大いに見積もれるなら、手を尽くさない理由がない。
加えて、源霊匣の完成と実用化に成功すれば、たとえ火種が舞い込もうとも周囲がこちらを守るだろう。
社会貢献の実績とその重要な立ち位置にいる人物を排することに、民衆や派閥が黙っているはずがない。
転覆を謀る者が、所在も知れなかった人物ならなおさらだ。
薄く笑みを刷いていると、長い沈黙を守っていた友人が声を上げた。

「君の考えはわかった。私も協力しよう」
「あぁ、いつもすまないな」
「気にするな。君と私の仲だろう?」
「違いない」

振り返り、背後に佇む友人と向かい合ったところで、友人は傍に待機していた従者に昼食の準備を促した。
相変わらず、この友人は絶妙なタイミングでほしいものを提供してくれる。
確かに、こんなに穏やかな時間なのだ、ゆっくり未来を語り合うにはちょうどいい日和だろう。
とろりと注がれるワインレッドに、男は満足げに笑った。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2013/07/18 (Thu)

お家騒動編、始動。


*新月鏡*