※「his cruelty」の続きのような話。

 

 

 

「survival factor」

 

 

 

お前がいれば俺は死なんて望まない


お前が死んだら俺も道連れになる可能性大だから

 

 

彼はそう言って何度も縛る。
それは、いっそ脅迫だ。
でも、そうさせてる原因が僕自身にあるから、一方的に彼を批難することもできない。
だから、僕はその言葉を聞くたびに、何度も何度も考える。

 

彼を死なせないための方法を。

 

 

 

背後からにじり寄る足音と気配に、僕は小さくため息をついた。
気は進まないが、今日も心を鬼にしなければならないらしい。
半分は自分のために、半分は彼のために。
きっと泣かせてしまう。
きっと悲しませてしまう。
はっきりとわかっているのに、僕は何度も同じ方法で傷つける。
そして傷つけた分だけ、対価として僕も傷を負う。
でも、それが未来に必要だというのなら、僕は何度も同じ傷を喜んで受け続けるだろう。
他人から見れば、滑稽に見えるかもしれない。
それでも僕には必要なことなのだと笑えば、涙を忘れた僕の代わりに彼が泣いてくれるだろう。
それは、なんて幸せなことか。
うっとりと思い馳せるように目を閉じて、片足を軸にワンステップ右に移動する。
と、視界の左端に現れた左腕が頼りなく宙を掻いた。
次いで、前のめりに傾いだ身体ががくりと折れる。
だが、傾ぐだけで倒れはしない。
最初の頃を思えば、予測が働くようになったのか。
進歩傾向に少しだけ充足感を感じていると、やや後方から唸り声が呼ぶ。

「ジュード」
「なに、アルヴィン?」

遅れて向けられる恨めしげな視線をかわして、僕は鼻歌でも歌うような軽やかさで訊ねて返す。
このやり取りも、もう何回目だろうか。

「おたく、俺のことさけてる?」
「さけてないよ、よけてるだけ」
「一緒じゃねーか!」
「一緒じゃないよ。ちゃんと傍にいるでしょう?」
「ここ最近、俺、おたくに触ってない」
「よけてるからね」
「なんで?」
「なんでだと思う?」

試すように問い返すのもいつものことで、尋ね返された彼は決まって眉根を寄せて沈黙に落ちる。
返される言葉をしっかり予測していながら、その回答を未だ持たないのだ。
それを導き出すために、僕はあと何回同じように彼をあしらわなければならないのだろうか。
本当なら、迷わず甘やかされていたいと思う。
甘え下手を自覚していればこそ、彼の自然な甘やかしは僕にとって最高の誘惑以外の何物でもない。

ほしい。

だけど、それを意思で捻じ曲げる。
なんでもない風を装って、僕の質問に頭を悩まし続けるアルヴィンを見つめる。
幾分しょんぼりとし始めた彼は、まるで耳の垂れ下がった子犬のようだ。
ついつい胸のうちがうずくが、それも必死に押し留める。

「俺、何かした?」

ぽつりと零された問いかけに、僕は苦笑を噛み殺した。
本当に、この可愛い人をどうしてくれよう。
自分の意思を容易くへし折りにかかる凶悪な愛しさを、どうあやして宥めようか。
弧を描きそうになる口端を歪めて、僕はアルヴィンから視線を逸らす。
見るからいけないのだ。

「何もしてないよ?だから直そうと思ってるんだ」
「うん?何を?」

愛情を抑えすぎてそっけなさが際立った僕の返答に、アルヴィンは首をかしげて訝しがる。
そういえば、質問から理由へ発展するのは初めてだ。
これはいい展開かもしれない。
僕は逸らしていた視線を再びアルヴィンへ戻す。

「ねぇ、アルヴィン」

ひたり、見つめ合う。

「寂しい?」
「あぁ、寂しいよ」

間髪いれずに首肯するアルヴィンは、その言葉に偽りない瞳で僕を見る。
揺らぐ瞳の奥に翳るものは、僕もよく見慣れたものだ。

「寂しくて死んじまいそうだから、抱きしめさせて」
「抱きしめなくても死なないから大丈夫。代わりに頭撫でてあげる」

さみしいの、さみしいの、とんでいけ。
軽く口ずさんでやわやわと髪を撫でれば、くすぐったそうにアルヴィンは笑った。
撫でられるのも大好きな彼は、もっとと促すように頭を傾けてくる。

「んー、これもこれでいいんだけどなー……まだ足りないんだよなぁ。もっとこう、密着した感じのがいいんだけど」
「わがまま言わないの」

さりげなく囲いに来る両腕を見つけて、くるりとターンをしながら抜け出す。
目標を掴み損ねたアルヴィンの腕が宙を掻く。
傾いだ分だけ撫でやすくなった頭の上に、再び手を戻せば、嬉しいのと不満とをない交ぜにした複雑そうな視線が僕を見つめた。

「……なぁ……俺のこと嫌いになった?」
「どうして?」
「触らせてくんないし、なんかよそよそしいし……俺のことなんか」
「アルヴィンだから、こうしてるんだよ。他の人ならこんな手間かけてない」
「どういうこと?」

今日は質問が多いね。
そう零せば、だったら理由を教えろと詰め寄られる。
言うのは簡単だけど、言って治るようなものなら苦労しない。
きっと口先だけの注意で促しても、一朝一夕で治ることはないだろう。
容易く治るというのなら、ある意味アルヴィン自身を否定することと同義になる。
彼を構成する過去を、そう簡単に否定できるはずもない。
だから歪みは容易く治らない。
それくらい、彼の『生』の価値観が一般的なラインから遠のいているのだ。
危惧すべきは、抱える歪みに本人が気づいていないことだ。
僕を生かすために、今日のご飯は何?と訊ねるようなお気軽な感覚で、自分の存在を賭けてくる。
あまりにも自分への比重が軽すぎる。
わかってはいるのだ。
旅を終えた段階で、彼が自分の立ち位置を、一番低い位置に整理してしまったことに。
それを、まだ修正の利く段階で、気づいて止めてやればよかったのだ。
だけど、僕自身も目まぐるしい変化を追うことに精一杯で、彼を気遣う余裕がなかった。
そのツケが、関係を織り上げる今の段階になって、大きな綻びを作ってしまっている。
だが、失うわけにはいかない。

「手間を惜しまないってことは、それだけアルヴィンが特別だってことだよ」

やんわりと頭を撫で続けながら、殊更甘く響けと願って囁く。
それと同時に、残酷な仕打ちを許してほしいと心のうちで許しを乞う。
自分が半端に与える甘さと優しさは、得体の知れない刃になって彼の心を抉ることだろう。
正体不明の疑惑に、どれほど憶測が彼の心を蝕むだろうか。

「ジュード」

呼び声が、愛情を求めることに変わりない。
さりとて抱く違和感に不安が囁き、心細い思いをさせているのも間違いない。
しかし、あと少しなのだ。
何かしたか、と自分自身を省み始めているならば、あと少しだけ強く促すだけでいい。

 

「寄り添ってくれるなら、アルヴィンがいい。だけど、それ以上はいらない」

 

僕の告げる端的な言葉を、どう処理してくれるのか。

これ以上は意味がない。

これ以下でも意味がない。

だから、この一言で彼が気づいてくれることを強く願う。
あとは、笑って、見守って、促して、気づく日を待つことが僕の役目。

だけど。

 

「ジュード……お前、……」
「アルヴィンのわからずや」

押し倒すように飛び込み、首に腕を回して縋りつく。
どうやら僕の方が耐えられなかったらしい。
アルヴィンによって初めて与えられたものは数知れず、それらは往々にして僕をぬるま湯に浸すような心地よさで侵食する。
飢えた心を持て余すのは、アルヴィンだけではない。
仕掛ける自分にだって、触れることのない寂しさは、同等の比重で降りかかるのだ。
アルヴィンは、そんなことになどちっとも気づいてやしないのだろうけど。

「僕だって、こんなの嫌だ。もう、つらい」
「おい、ジュー……」

慌てて薄く開く唇に、自分の唇を押し当てて封殺する。
息ごと喰らうような乱雑さで噛みついて、誘うように下唇を舐めれば、引き剥がそう肩にかかった指先が逆方向へ力を込めてきた。
肺を圧迫するほどきつく抱きしめられて、浅い呼吸も奪われる。
情熱的な抱擁などいつぶりだろうか。
自分の全てを根こそぎ攫っていくような荒々しい求愛は、何度体験しても嵐のようだ。

あぁ、失敗した。

頭の片隅でちらつくそれも、数秒たてば溶けて消える。
残ったなけなしの本音を舌先に隠して、息を吐く。

「おねがい……はやくきづいて……」

そんな僕の願いさえ、キスに溺れた彼にはきっと届いていないのだ。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/10/14 (Sun)

『his cruelty』から発展、プチ調教w


*新月鏡*