「A*J×ICO -8-」

 

 

 

風の唸り声。

 

肌を打つ冷たさ。


地を震撼させる雷鳴。

うっすらと目を開けても、温かな光が差し込むことのない暗闇。

 

冷たい地面に倒れ伏していたアルヴィンは、おどろおどろしい騒音に目を覚ました。
ゆっくりと上体を起こして立ち上がるが、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されたように気持ち悪くて、なかなか意識がはっきりとしない。
ここはいったい何処なのか。
つきん、と痛むこめかみを押さえて辺りを見回すと、自分が大きな横穴の洞窟にいることがわかった。
洞窟の入り口近くに倒れていたせいか、入り込んできた豪雨の欠片に衣服はしっとりと濡れている。
外の様子を窺うも、紗の幕のように降る雨と、時折空を白く染める雷鳴が、猛り狂った荒波と踊るばかりだ。
吹き荒ぶ嵐の声。
湿った空気は粘るように肌を舐め、爽やかさの欠片もない。
ぼんやりと現状把握に思考を費やすが、どうにも何か足りなくて、アルヴィンは靄がかった意識のまま、両の手をじっと見つめた。
土に汚れ、黒ずんでしまったボロボロの両手。
血が通っているのかと疑ってしまうほど、冷たくなってしまった指先。
自分の手は、こんなにも真っ黒で冷たかっただろうか。
そう疑問を抱いた瞬間、他人事のような感覚が一気に覚める。

「、ジュード……!」

音にすれば、欠けたものの重さを実感する。
はっとして面を上げ、周囲をくまなく見渡してみるが、望んだ姿は何処にもない。
試しに大声で呼んでみても、洞窟に反響するアルヴィンの声に応えてくれるものはいなかった。
ぽつんと佇む暗がりの中、何も掴むことのない右手がやけに不安を煽る。

「……ジュード」

自分を救い上げようとしてくれていた白い指先を思い出す。
今までずっとアルヴィンが呼びかけ、促し、掴み、その手を引いてきた中で、唯一ジュードが自らアルヴィンを救おうと手をとってくれた瞬間だった。
自分ひとりじゃろくな行動も取れず、体力もなかった非力な手が、この命を繋ぎとめてくれて。
己の限界ぎりぎりまで、ジュードは懸命に救おうとしてくれた。
身体が得体の知れない現象に侵されようとも、この手を掴んでいてくれたのだ。
そして、おそらく、手を離したことすらも。

「俺の、ため」

薄黒い影の幕が届く前に解かれた指先。
その意味を考えれば、ジュードの傾倒しすぎる思いやりに胸が詰まる。
影の幕を追って結晶化していたジュードは、同じ状態に巻き込まないようにアルヴィンの手を離したのだ。
泣きそうな顔で、それでも微笑んで。
急激に遠ざかるジュードの微笑を思い出せば、こちらまで泣きたくなってくる。
薄れる意識の中、逆巻くように吹き荒れる風に乗せて届いたジュードの声も、耳の奥で響き続けて。
意味はわからなくとも、その声音の切なさに胸が熱くなる。
ボロボロになっても、出口へ導こうとしたジュードのことだ。
きっと、この身の無事を願われたことだけは確かなのだろう。
ならば、アルヴィンとて、こんなところでぼうっとしてるわけにもいくまい。
一人で動けないジュードと一緒に帰るために、アルヴィンは今までどんな場所へも向かっていったのだ。
だから、答えは、もちろん。

「行くか」

奥の見えない洞窟を睨みつけて、アルヴィンはぐっと奥歯を噛み締める。
外の景色に背を向けることに、迷いはなかった。
何も持たぬ泥だらけの両手をパンパンと打ち払って、ぱちんと頬を引っ叩く。
使えるものは、己の身体のみ。
正直に言えば、武器すら持たない状態で、あの人外の女からジュードを奪還できるとは思えない。
だが、それでもアルヴィンはジュードの元へ向かわねばならないと感じていた。
理屈ではない。
ジュードは今までずっと、アルヴィンの傍にいたのだ。
一緒に外へ出ると約束したのだ。
助けに行く理由はそれだけで十分。
自分の隣にジュードを迎えに行く、ただそれだけの想いがアルヴィンを突き動かす。
揺るぎない絶対の想いを胸に抱き、アルヴィンは岩肌のむき出しになった洞窟へ足を踏み出した。
転ばぬようにバランスをとりながら奥を目指す。
そうして道なりに進めるだけ進み続けると、ふと前方からどこかで聞いたことのある単調な音が聞こえてきた。
がたがた、ごとごとと繰り返し、ぶれることが一切ない。
さらに距離を縮めれば、今度は滝のような激しい水音が重なって、より一層騒がしくなる。
徐々に大きくなる音に急かされるように、アルヴィンは足早に駆け抜けた。
それは小さな予感が急きたてる淡い期待。

まさか。

もしかして。

やっぱり。

期待していたのは、この城の構造と自分の現在地。
放り出されて倒れていた場所は、どう考えても城を支える崖の一部だったため、アルヴィンは、運がよければ洞窟が城の内部と繋がっているかもしれない、と短絡的に考えていたのだ。
逸る期待を押し込めつつ、駆ける足を速めて十数秒、アルヴィンはぽっかり空けた空間に飛び出した。
がたがた、ごとごと。
広々とした真っ黒な洞窟の中、軋んだ音を立てながらゆっくりと動き続けるそれは、巨大な歯車だった。
轟音を立てて落ちる3本の滝が水車を動かし、その動力で連結した小さな歯車が回り、さらに次の歯車の動力へ。
大小さまざまな形で複雑怪奇に組まれた歯車たちは、一つの建物のようにそびえ立つ。
首が痛くなるほど見上げた歯車に、アルヴィンは自分が既に城の内部にいることに気づいた。
視点が違うせいで初めて訪れた場所に見えるかもしれないが、この歯車の塔はジュードと2人で崖から見下ろした歯車に違いない。
上から見下ろしていたときは、一番上の部分しか見えず、こんなにも巨大で複雑な歯車とは思いもしなかった。
嵐という悪天候により暗闇の帳が下りてしまったせいで、ずいぶんおどろおどろしい様子だ。
しかし、この造りを見る限り、上から見下ろしていた時にアルヴィンが予測したことは、あながち間違いではなかったようだ。
おそらくこの城は、歯車の動力によって装置が起動しているのだろう。
ジュードが見せた魔法のような仕掛け以外は、全て城の内部に歯車を始めとした原始的な機械仕掛けの骨組みが編まれており、それを接触させたり離したりして起動と停止をコントロールしているのだ。
水門で見た水車もまた、生命を育む役割よりも、仕掛けを維持することに重きを置いたものだったのかもしれない。
そんなことを頭の片隅で考えている間も、アルヴィンの足は止まらず進み続ける。
歯車を通り過ぎ、洞窟を撫でるように坂になっている道を行き、雨ざらしになった崖を慎重に進んでいくこと十数分。
長い、長い道のりの先に、古びた巨大なパイプが現れた。
人が数人乗ってもまだ余るほどの広い幅で、アルヴィンがいる崖から向かいの崖へと伸びている。
洞窟で目覚めてから初めて見つけた金属物は、まるでアルヴィンを橋渡しするためにあるかのように、豪雨に打たれたまま鎮座していた。
巨大な歯車のあった崖から伸びる巨大なパイプ。
先ほどの歯車を利用して汲み上げられた水の動力が、このパイプを伝ってどこかへ向かっている。
どこへ繋がっているか。
それは、もちろん。

「一番重要な場所、だよな」

水滴の滴る髪を掻き上げて、口の片端を引き上げ笑う。
沈黙を守る時忘れの城が、唯一明らかな意思で連れ戻そうとしたジュード。
マクスウェルの後継者ともなれば、おそらく、この城の何より重要な存在だろう。
ようやく、ジュードへ繋がる確かな道が現れた。
活路が見えたことに嬉しさがこみ上げ、また確かな意思も燃え上がる。

「ジュード……」


――――必ず、連れ戻す


嵐の中、アルヴィンはぎゅっと拳を握り締めて、橋渡しをするパイプへ足をかける。
滑りそうになる足を必死に踏ん張り、横殴る風にバランスをとりながら進み続けると、暗いトンネルの先に忌々しいほど見慣れた古めかしい城の様相が現れた。
中央に太い柱を一本立てただけの空間は、塔のように天井が見えない。
びしょぬれになった身体を冷たい隙間風になぞられて、思わずくしゃみが出た。
押さえ込んだ小さなくしゃみすら、ぐわんぐわんと響く広い内部。
いったい何の場所なのか、辺りを見下ろしてもよくわからなかったが、試しに一番下の階層へ下りるとデジャヴに襲われた。
中央の柱には1対の石像の扉。
そこから伸びる唯一の道は、外の洞窟へと繋がっている。

「……ここは……」

ぽつりと無意識に零れた声が震える。
忘れもしない。
この場所は、アルヴィンが時忘れの城へ連れてこられたときに、一番最初に見た石像の扉だ。
あの時は、厳かな口調の男に拘束されていて、付き従う女が大剣を抜き放ち扉を開くのを黙って見ているしかできなかった。
引きずられるようにこの石像の向こうにあるエレベーターに乗せられ、上の階層で棺へ放り込まれ、そして逃げ出した自分はジュードに出会ったのだ。

「戻って、来たのか」

絶望に似た感慨深さに、しばしその場から動くことができなかった。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかず、ジュードを思い描いて自分を叱咤する。
この先にジュードがいるというのなら、まず行く先を遮る忌まわしい石像の扉を開かねばならない。
現状打破へ思考を切り替え、無駄と知りつつ鎮座する石像の扉を引っ張ったり叩いたり蹴飛ばしたりしてみる。
ジュードが難なく開けてくれていたため、簡単に開くものだと認識し始めていたが、ジュードがいないとなると、これほど強固な扉もあるまい。
一向に開く兆しの見せない扉の前、どうにもこの身一つではどうしようもないと区切りをつけ、アルヴィンは外の洞窟へ踵を返した。
船着場となっている洞窟だ、何か道具があるかもしれない。
そんな一抹の期待を抱いて洞窟内をくまなく探る。
打ち上げられた一隻の船に人の姿はなく、流され溜まった木片や折れた石柱が散らばるばかりで、使えそうな道具など見当たらない。

「ちくしょう、何かないのかよ!」

焦燥に苛立ちがこみ上げ、思わず天井を仰いで喚いたとき、アルヴィンの視界に何か光るものが引っかかった。
ぱちりと瞬きをして、慌ててその光る何かへ視線を振った。
細く、人の道行きを拒むようにひっそりと作られた上り坂の先、青白い光が僅かに見える。

「なんだ?」

その光に引き寄せられるように、アルヴィンは足元の危うい道をゆっくりと登る。
一歩、また一歩と近づけば、その光は希望となってアルヴィンの前に姿を現した。
小さな祭壇の上に横たわる、青白い光を帯びた瑠璃色の大剣。

「これって……」

恐る恐る手にとってみるが、この手が弾かれることも、何か異変が起こるということもなく、ただ静かに納まっている。
躊躇いに押されて、ためすつがめつ観察するが、見間違いようがない。
贄を導く女が、エレベーター前の石像の扉を開くために掲げた大剣だ。
何故、この城の重要な鍵が、こんなちっぽけな祭壇に放置されているのか。
違和感のありすぎる展開に、困惑に顔をしかめてしまう。
だが、たとえ罠であろうと仕組まれたことであろうと、アルヴィンの行動に何ら変わりがあるはずもなかった。
違和感を好都合だと割り切り、アルヴィンは石像の扉の前に駆けていき、迷わず瑠璃色の剣を掲げた。
白い光が刀身に宿り、それに呼応して石像も白く輝く。
地鳴りを上げてゆっくりと開かれる扉に、アルヴィンはごくりと唾を飲んだ。
不安がないと言えば、嘘になる。
恐怖がないのかと問われれば、あると答える。
それでも、

「待ってろよ、ジュード」

この先へ、行かねばならない理由がある。
エレベーターを使って、さらに上の階へと上っていけば、その先は棺がびっしりと埋め込まれた大広間だ。
ぎゅっと剣の柄を握り締め、エレベーターに乗り込んだアルヴィンは、キッと迫り来る天井を睨みつける。
最初は不本意で訪れた場所だ。
だが今は違う。
自分の意思で、あの忌まわしい場所へ戻るのだ。
譲れない、大事なものを取り戻すために。
アルヴィンは上階で止まったエレベーターから降り、慎重な歩みで広間へ向かった。
しんと静まり返る大広間は、最奥に線対称の階段があり、2階の部分が祭壇のようになっている。
だが、どれだけ見渡しても、相変わらず棺だらけで気味が悪い。
そんな中、部屋の端に無造作に転がる棺が目に留まった。
壊れてしまった棺。
いや、壊れてくれた棺。

「全部、ここから始まったんだよな」

この城で起こった全ては、この棺が壊れてから始まった。
ジュードとの出会いも、大冒険な逃走劇も、そして、今ここにいる事実も。
そこまで思うと、アルヴィンは慌てて頭を振ってもやもやとした感情を追い出した。
さっきから、妙に感慨深くなっていけない。
深い藍の輝く大剣を握りなおして己を奮い起こし、アルヴィンは広間を進んでいく。
すると、進行方向の先、2階の祭壇のところで、何かがぞわりと蠢いた。
垣間見た黒ずんだそれは、見慣れてしまった何か。
息を潜めて足早に階段を上り、階段の影から祭壇をそっとのぞき見る。
部屋の中央、アルヴィンの予想と違わぬ黒い影が6体ほど、一部分に固まってゆらゆらと佇んでいた。

(何だ……?)

影の中心に何かいる。
何かを取り囲むように立つ影に、違和感を覚えて、アルヴィンは目を凝らした。
ゆらゆらとくねる影の隙間。
ちらりと垣間見えたそれを見た瞬間、身体は既に動いていた。

「離れろ!」

手にした瑠璃色の大剣を振りかざし、取り囲んでいた影を無我夢中で切り捨てた。
ふわりと後方へ逃げる影すら追撃で霧に還し、背後に降り立った影も振り向きざまに薙ぎ倒す。
わっと消え失せた影に視線をやることなく、アルヴィンはすぐに祭壇の中央へ駆け寄った。

「ジュードっ!」

そう、影に取り囲まれていたのは、ジュードだったのだ。
だが、アルヴィンがいくら必死に呼びかけても、ジュードは返事どころか微動だにしなかった。
全身を藍色の澄んだ結晶が覆い、まるで繊細な彫刻のようにも見える。
ジュードは、橋の上でアルヴィンを助けようとしていた時のまま、結晶化してしまっていたのだ。
僅かに身を乗り出した姿。
差し伸べられたままの手。
ジュードの肩を掴んだ手のひらから体温が伝わってくるはずもなく、凍りついた形だけが生々しく映って痛ましい。
するりと肩から腕へ滑らせ、ゆるく開かれたジュードの手をそっと握る。
あの時、この手を救い出せていたなら。
そんな後悔に胸が詰まる。
だが、感傷的になっていたアルヴィンの背後で、再び不穏な気配が揺らめいた。
振り返ると、無数の影がさわさわと騒ぎ立て、こちらを窺っているではないか。
そのうち数対は、ふわっと近寄ってきては、試すような動きを見せて再び距離をとる。
おちょくったような動作に、アルヴィンは溜まりに溜まった激情が爆発した。

「お前らのせいだ……お前らがいるからっ!」

乱暴に放り出していた剣の柄を握り、影の群れへと突っ込んでいく。
一気に四散する影を追い、ただ目の前の影を葬ることのみを考えて剣を振るう。
都合のいいことに、瑠璃色の大剣は影にとても有効らしく、触れるだけで影は容易く形を失い、霧に溶けて消えていく。
それでも絶え間なく現れる影に、アルヴィンの憤怒は拍車をかけた。
ジュードの怯えた顔を思い出せば、恐怖を与えた全てが憎く、自分の無力さが腹立たしい。
手のつけられない感情に身体を預けてしまえば、理性など一つも残っていなかった。
何十体と葬り、意識が本能に翻弄されて十数分。
影で埋め尽くされた真っ黒な視界が、元の広間の静謐さを見せ始めた頃、ふとアルヴィンに冷静さが舞い戻ってきた。
影を切って捨てるにも飽き始め、激情もずいぶん吐き出された故に、戻ってきた理性。
その理性が、アルヴィンに最初に告げてきたのは違和感だった。

「……え?」

目の前の影を薙ぎ倒し、明けた視界の先。
整然と並ぶ棺に、ぽつ、ぽつ、と青白い明かりが灯っていた。
石像のように色味のない姿で佇むだけだった棺が、今は光を帯びている。
それに気づいて慌てて見渡すと、広間にびっしりと並ぶ棺の中、光を帯びた棺がいくつもあった。
それも、端から順に点灯するのではなく、ランダムに光る棺が佇んでいる。
影を切って捨てながら、歓迎できない嫌な変化に戸惑っていると、霧散した影が目の前をよぎっていった。
人の形を失い、ふわふわと黒い霧が流れていく。
害のなくなった影に用はないはずなのに、アルヴィンは何故か目が逸らせなかった。
違和感の正体がその先にあるような気がした。
いや、予感にも似た警鐘が知らせていた。
どくどくと脈打つやけにうるさい拍動を抱えながら、呆然と黒い霧の行方を追っていると、黒い霧はゆっくりと棺へ吸い込まれていく。
そして、間を置かずして、ふわりと青白い光が棺に灯った。

「おい……ま、さか……」

予感に抱いた仮説が、最悪な形で証明された。
証明された事実に、よくよく現状を観察すれば、見えなかったものも見えてくる。
思い出せば、この祭壇を訪れてから、アルヴィンは一度たりとも影から攻撃を受けてはいなかった。
翻弄するように近寄ってきたり、背後に迫られたりはするものの、アルヴィン自身を害する行動はひとつもとっていないのだ。
城内で逃げ回っていた頃の異形の影は、容赦なく攻撃を仕掛けてきたはずなのに、ここにはびこる影には『攻撃』という明らかな敵意がない。

何故、アルヴィンを攻撃しないのか。

何故、影を屠れば棺が光を帯びるのか。

何故、ここの影だけが、はっきりとした人の形を取るのか。

そこまで考えてしまうと、アルヴィンの視線は自然と床に転がる棺に移っていた。
壊れた棺。
それは本来、誰が納まるべきだったのか。

「そういう、ことかよ」

攻撃もせず、かといって棺に大人しく納まることもない影たち。
その影たちの行動に、アルヴィンは漠然と望まれているような気がした。
自分は今、影を一撃で葬ることのできる大剣を携えているのだ。
そんな危険な存在の前に、何故攻撃もせず姿を現していられるのか。
答えは、自ずと導かれる。

「……わかった。全員、俺が責任持って消してやる!」

腹から声を張り上げて、アルヴィンは再び大剣を構えて影に突っ込んでいった。


自分に望まれたのは、死だった。


同じ贄だからこそ、望みやすく、またアルヴィンも理解できてしまったのだ。
物語に出てくるマクスウェルなんてわけのわからない存在に命を委ねるくらいなら、同じ立場だったアルヴィンに『人として』殺して欲しいのだろう。
なんて大役だ。
役目の重さに奥歯を噛み締めながら、我先にと眼前に躍り出る影を切り上げ、葬り、薙ぎ払う。
瑠璃色の刀身が翻るたび、黒と藍の色が混ざって悲嘆を誘うようだ。
誰も、自分が贄になることなんて望んでなどいなかった。
突然の託宣が、この人達から希望を奪い、人らしさを奪い、影へと姿を変えてしまった。
残酷すぎる仕組みに気づいて、どうして抗わずにいられるだろうか。
自由と瑠璃の大剣という、最大限の好機を手にしたならなおのこと、このまま見て見ぬフリなどできなかった。
ジュードのことも含め、明らかになる己の役目。
こみ上げる感情に胸を詰まらせながら、それでもアルヴィンは剣を振るい続けた。

「俺が、ケリをつけてきてやる!だから、安心してあの世に行きやがれ!」

一際大きな声で叫びながら、最後の影を葬り去る。
ざわめきが嘘のように消えうせ、ようやく広間に静寂が落ちる。
青白い光一色をまとう棺がずらりと揃えば、地響きを立てて祭壇の奥に階段が現れた。
どうやら、贄の影たちが先へ続く道をくれたらしい。
ふぅっと細く息を吐いたアルヴィンは、広間から祭壇まで戻ってくると、中央に鎮座するジュードの前に跪いた。
差し伸べられたままの手をそっと握り締めて、冷たい額に自分の額を押し当てる。

「ジュード」

あらゆる感情を内包して、大切な名前が転がり落ちた。
ジュードに伝えたいことなど、挙げれば後を絶たず、キリがない。
それに、物言わぬジュードに一方的に告げたとて、それまた意味を成さないことなど、わかりきっていた。
だから、アルヴィンは決意のみを口にする。

「ちょっと行ってくるわ。理由、増えちまったし」

ここにきて、二重三重に戦う理由が増えてしまった。
ジュードを救うためだけに訪れた忌まわしい場所で、明らかになった自分の使命感。
自己満足の自分本位で凝り固められた使命感だが、それでもアルヴィンは構わなかった。


約束をした。


ジュードと。

贄の影たちと。

何より、自分自身と。

なら、それだけで人外の女やマクスウェルに挑む理由は十分だろう。
重たい腰を上げて、後ろ髪引かれる思いを切り捨てる。

「待っててくれ、ジュード。必ず、一緒に帰ろうな」

最後に少しだけ振り返ってそう言うと、アルヴィンは大剣の柄をきつく握り締め、最上階を目指した。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/07/26 (Thu)

アルヴィン一人旅。
あの寂しさ半端ないよね。
んで、祭壇の54対1の戦い、あれを考えるとここへ行き着いた。
どう解釈するかは人それぞれだろうけれど。

さってとー、次回はついに決戦だー!


*新月鏡*