「a love affair -5.5-」
騒がしい生活音が、不思議と素通りしていく。 テーブルにちょこんと乗ったココアも、ずいぶんぬるくなってしまったかもしれない。 人の行き交いが多いハイ・ファンのカフェテラスで待っているよう指示を受けて、早くも20分ほど経った。 長いとは思わなかったのは、それだけ考えることが多いせい。 もちろん、相手の外出準備の時間や移動時間も加味すれば、短いとも思わなかった。 少し遅めの朝の話。 泣き暮れて過ごした夜を越えて、わたしが降り注ぐ朝日に思い出したのは優しいジュードの顔だった。 せっかく約束したのに、勝手にすっぽかして心配までさせて、挙句目の前でぼろぼろと泣き崩れてしまった昨日。 荒れ果てた気持ちが落ち着くまで傍にいてくれた彼の表情を、わたしはあまり覚えていなかった。 今思い出すジュードの表情が穏やかなのは、わたしの願望なのかもしれない。 相手の気持ちを汲み取ろうとするジュードは、すぐに相手の痛みを背負ってしまうから。 アルヴィンとわたしのために、決定的な線引きをする時ですら、わたしの気持ちを思って傷ついたに違いない。 本当は、フラれた私の方が痛いと泣いていいはずけど、もう何年も培ってきた習慣のせいだろうか、微笑みながら心痛めてくれただろうジュードを思えば、『平気だよ、大丈夫!』と伝えてあげなくちゃ、と思ってしまう。 そう思い至れば、いつまでもぐずぐず枕を涙で濡らしているわけにもいかなくて、わたしは10の鐘を過ぎた頃、ジュードの家を訪ねたのだ。 気まずくなりそうな未来予想はあるし、気遣われるというのもはっきりわかっていた。 けれど、それでもわたしはジュードに言わなければならないという使命感に駆られていたらしい。 今にして思えば、ジュードにつらそうな顔をさせたくないという願望と、ジュードとの関係を悲しいままで放っておきたくないという深層心理が働いたからかもしれない。 でも、そんなわたしの気持ちとは裏腹に、実際玄関の扉から姿を現したのは全くの別人だった。 「っ、レイア……」 「……アルヴィン」 そう、呼び鈴に応えて扉を開けたのは、わたしを切り捨てると宣言したはずの人。 どうして、アルヴィンがこんなところに。 溢れる疑問は後を尽きないが、驚愕のあまり何一つとして言葉にならない。 お互い目を丸くして見つめあい、しばしの沈黙になんともいえない気分になる。 「……ここ、ジュードの家、だよね?」 「…………あぁ」 頭がぼさぼさで、今しがた起きたと言わんばかりのいでたちに、自分の立っている場所を確認するべく訊ねれば、静かな肯定が返って来る。 確かな事実を手にしてなお、予想外の人物の登場に、せっかく組んだ予定ががらがらと崩れていく。 まだ心の整理が上手くできてない状態のまま、アルヴィンと会うつもりはなかったのに。 激しい動揺に揺られながら、気休め程度に間を持たせる言葉を慌てて探す。 「……えっと、……ジュード、は?」 「悪ぃ、今は会わせてやれない。たぶん、昼頃には自然と起きてくるだろうから、それまで待ってくれ」 「え?今、10の鐘すぎてるんだよ?ジュードがまだ起きてないなんて……まさか、ジュードに何かあったの!?」 「いや、まぁ心配するほどのことじゃないが……色々とあるんだよ」 「色々って何?心配しないわけないじゃない!中にいるんだよね!?」 「ちょ、待て、落ち着け!」 扉の隙間から部屋の中を覗き込もうとすると、アルヴィンが慌ててわたしの肩を掴んで押し出した。 「それよりレイア、ちょっと話せないか?」 「話題を逸らさないで!ジュードに何かあったってわかってて、じっとなんてしてられない!」 「っ、だから待てって!どうしてこう、お前らは……」 じたばたと暴れたところで現役傭兵の男の人には到底敵うはずもない。 だけど、必死に叫んだなけなしの声に、アルヴィンは瞬間眉根を寄せて顔を歪めた。 つらそうに歪んだ表情に意表をつかれたわたしは、思わぬ相手の変化に魅入られてしまって、抵抗もうやむやに消えていく。 一瞬だった。 だけど、はっきり見えた感情の色は、わたしの脳裏に鮮明に残って。 とても、寂しそうな顔だった。 苦痛というより、悲哀を含んだその瞳に、自分のほうがひどいことをしてるんじゃないかって、錯覚まで起こしそうで、わたしはその錯覚を追い出すように小さく頭を振った。 「あのな、その『色々』の説明も兼ねて、場所を変えて話をしようって言ってんだよ。俺とは顔も合わせたくないだろうけど、少しでいい……時間をくれ。もしその気があるなら、ハイ・ファンのカフェテラスで待っててくれないか。仕度が済んだらすぐ行く。それから、ちゃんとジュードにも会わせるから安心しろ」 まくし立てるように言い募ったアルヴィンは、一方的に要件を述べた後、こちらの返答も聞かずに静かに扉を閉じてしまった。 閉ざされた扉を前に、反発すら許されなかったわたしはしばらく立ちつくしかなくて。 胸に抱いた目的を何一つ達成できないまま、予測不能な展開に不安がこみ上げる。 ジュードに対しての答えは既に出てしまって、あとはわたしがジュードとどういう関係でありたいか、だけを決めればよかったのに、まさかアルヴィンが出てくるとは思わなかった。 ジュードのことばかり考えて逃げ回っていたせいで、いざアルヴィンをどうしたいのかと問いかけても、自分の中にまだ明瞭な答えがない。 一番問題のある関係を、わたしはどうしたいのだろう。 重ねられた裏切りと、傷跡と、そして出し抜かれた恋心。 酷い、最低、卑怯者。 色んな批難が渦巻くが、嫌いなのかと言われれば、何故か『嫌い』という決定的な一言には違和感を感じてしまう。 もやもやとした感情を抱えながら、煮え切らない思考を持て余して。 一つも決定的な意思など存在しないまま、結局わたしはハイ・ファンのカフェテラスに足を運んだ。 向き合う覚悟があるのか、といわれれば、ないような気がする。 だけど、言いたいことは尽きることなく渦巻いて、どれから話せばいいのかわからないくらい溢れて。 何となく、アルヴィンが望んだように、自分も彼と少し話してみたいのかもしれない、と思ったのだ。 席について時計の長針が25分を過ぎた頃、人の増えた中央広場を眺めていると、不意に視界に影がかかった。 「レイア」 呼ばれて振り返り、見上げた先には朝見かけただらしない姿はなく、いつもよく見るアルヴィンがいた。 ただ、見慣れない印象を受けて、わたしは少し戸惑った。 違和感の原因を探ってよく見れば、彼が仕事用スタイルではなく私服で現れたからだと気づく。 そういえば、アルヴィンとは仕事ついでにル・ロンドへ寄ってくれたときに会うばかりで、彼の私服姿を見るのは久しぶりかもしれない。 ぼんやりとそんなことを考えていると、向かいの席についたアルヴィンは小さく息を吐いた。 「待っててくれて、ありがとな」 ほっとしたような、僅かに気の弛んだ表情に胸を突かれる。 散々自分を傷つけた相手に、何を同情しているのか、と思いはしたが、彼の危惧するものが自分の中にもあるような気がして、頼りない批難が霧散する。 自分の中の気持ちに葛藤し続けている間、アルヴィンは手早く注文を済ませてわたしに向き直った。 「で、何から話せばいい?」 「ジュードに何があったの?」 「あー……、それな」 とん、と人差し指でテーブルを叩いて一拍。 そろりと視線が宙を舞って、ちらりとこちらを見ると一度目を閉じて見据えてくる。 あまりに違和感のあるアルヴィン仕草に、こちらまで緊張してしまって、ごくりと唾を飲む。 「あいつ、寝たのが明け方なんだ。だから、自然と起きるまで寝かせてやりたいんだよ」 「え……?でも、片付けなきゃいけない仕事は終わったって言ってたから、昨日食事の約束してたのに……まだそんなに仕事あったの?」 「……」 「……」 「…………」 何だろう、この沈黙。 「全部説明してくれるんじゃなかったの?」 追い討ちをかけるようにそう突けば、アルヴィンは僅かな躊躇いに身体を強張らせた後、はぁっと大きなため息をついた。 昨日、なりふり構わず言い合った仲とはいえ、女子を前にその態度はどうなのだ。 「……仕事じゃない。全部、俺のせい」 「ジュードに何したの!?」 「何ってお前…………あぁそうか、言ったところで、普通は想像つかねーもんな」 テーブルに片肘を突いて額に手を当てるアルヴィンを睨みつける。 さっきの態度といい、人を小ばかにしたような態度といい、今のわたしにはアルヴィンのほんの些細なことが癇に障ってしまうようだ。 剣呑とした視線を送り続けていると、視線に気づいたアルヴィンが慌てて姿勢を正した。 「そう睨むなよ。おおっぴらに言えないようなことはしたが、これだけは断言する。あいつを傷つけるようなことはしてない」 「ホントに?」 「なんで、好きな奴をわざわざ傷つけるんだよ?俺にそんな趣味はねぇよ」 「……でも、言えないことなんでしょ……話すって言ったくせに」 「その悪意に満ちた熱い視線止めてくんない?むしろ、なんで伝わんないのか、俺の方がわかんないんだけど。昨日ちゃんと言ったはずだろ?」 「わたしのが意味わかんないし」 批難したいのはこちらなのに、逆に批難し返されてぷくっと頬が膨らむ。 「そんなにむくれるなよ。認めたくないのはわかるけどな……普通、相思相愛の人間がいれば自然とすることがあるだろ?俺とジュードで想像つかなきゃ男女の恋人同士でもいい。ちょっと想像してみろよ。ひとつしかないだろ?」 呆れるような声音に一瞬苛立ちが湧き起こったが、促された言葉に葬り去りたい声が引っかかる。 恋人同士が自然とすること? たとえば抱きしめたり、キスしたり……? そこまで行き当たった瞬間、昨日のセリフがフラッシュバックする。 ――――『抱きしめて、キスして、お前の知らないその先も……』 その、先……。 「……っ!」 かっと一瞬にして身体中発火するような熱に染まり、慌てて顔を隠すように頬を両手で覆う。 な、な、何、何、何よ、嘘、嘘。 「う、そっ……」 「昨日も言ったがホントだって。でもまぁ、それなりの知識があるようで助かったわ」 それも説明しなきゃいけないのかとひやひやした、と零されてさらに羞恥心を煽られる。 濁した言葉と、遠まわしの示唆と、わたしの反応の肯定。 想像なんてちっともできないけれど、それは正しく伝わって。 そ、それは、確かにおおっぴらには言えないだろうことだけは納得した。 けれど、未だに2人の関係のリアルさを信じられない。 羞恥に染まった熱もなかなか去っていかないし、何よりまともにアルヴィンの顔を見ることができない。 これからどう話をしろっていうの? 居心地の悪さに、頬を覆って俯いたままそわそわとしていると、同じ空気を味わってるだろう彼が居住まいを正して、こほん、とわざとらしい咳をした。 「……あー……その、なんだ……俺からも言っておかなきゃいけないことがあるんだが……」 「……何?」 「悪かったな、レイア」 ころり、転がる音に、ぱちりと瞬く。 「……謝らないんじゃ、なかったの?」 「あぁ、ジュードについて謝る気はない。けど……お前に打ち明けるにしても、もっと他に言い方があったはずだと思ってさ。それを、感情的になりすぎて……お前に酷いことを言った……。だから、それについては謝りたかったんだ」 予想外の謝罪に思わず顔を上げれば、やや目を伏せた彼が窺いがちにこちらを見ていた。 「でも、散々言ったアレが、本音なんでしょ?」 「あぁ、本音だ」 「だったら同じじゃない」 「そうかもな。俺の、自己満足だ」 苦笑気味に笑う彼の表情は、下がったままの眉をさらに下げる自虐的な嘲笑。 その表情に、治まっていたはずの苛立ちがふっと湧き起こって、ぎゅっと唇を引き結ぶ。 何、その態度。 何、その神経逆撫でするような笑い方。 それが嫌。 それが嫌い。 わたしを突き落としておきながら、どうして昨日のあの時からずっと、アルヴィンが傷ついたような顔をするの? 憎めないじゃない。 散々酷くされたのはこっちなのに、そんな顔をされたら嫌いになれない。 なんて卑怯なんだろう。 謝らないでくれたなら、もっと、ずっと、彼を最低最悪な悪役に仕立ててあげれたのに。 いつだってアルヴィンは、わたしの望む完璧な悪役を演じてくれない。 「っ、許してないから」 「……それでいい」 「なんで、反論しないの?」 「なんで、反論しなきゃいけない?レイア、お前は優しすぎる。俺がお前なら、まずこの場にいることすらありえないんだからな」 ほら、またそうやって、わたしの悪意を殺いでいく。 真正面から挑むように向き合ってくるようになったアルヴィンを、どうしてわたしが耳を塞いで突っぱねられると思うの? 卑怯だよ。 ずるいよ。 いつだって、アルヴィンはわたしの行動を見越して先手に打って出る。 後手のわたしが選べる道なんて、ホントは決まっているんでしょう? アルヴィンが意図するもの以外を選ばないように、わたしが気づかないうちに選択肢を削いでいくのでしょう? 今も、昨日も。 そして、ずっとずっと前ですら。 彼がわたしに許す選択肢は、わたしが気づいたときにはもうほとんどなかったのだろう。 きっと、彼がジュードに恋した時点で、その罠はさりげなくわたしを蝕んできたのだ。 「……やっぱり、わたしじゃ敵わないんだ……」 「何だよ、いきなり」 「アルヴィンはさ、ミラを好きだったジュードの心を変えたんだよね?信じたくなかったけど、ホントはそれだけで、十分わかってたんだ。わたしには……ジュードの気持ちを変えるなんて、できなかったから……」 諦めたのは、ミラたちと旅した頃。 そのときから、わたしはアルヴィンに敵いっこなかったんだ。 ジュードの『一番』には絶対になれない。 そう気づいたから、『好き』すら口にできなくて、深く心の奥底へ沈めてきたのだ。 もう、あのときから気持ちがアルヴィンに負けてたんだ。 自分一色に変えてやろうなんて思えなかった時点で、わたしは……。 「……おい、何言ってんだよレイア」 「だから……」 「違う、そうじゃない」 俯いて、膝上に置いた両手をぎゅっと握り締めていると、僅かに焦ったような声が降り注ぐ。 その声が会話にそぐわずおかしく聴こえて、怪訝に顔をしかめながら視線を上げれば、真摯な瞳がひたとこちらを見据えていた。 「ジュードの一番は今もミラだろうが」 目を覚ませ、と言わんばかりの強い口調に、頭から冷水を浴びせられるような衝撃を受ける。 「……え?」 ぱちぱちとまばたきをくり返し、アルヴィンを凝視する。 何、なんて言ったの? ぽかんと薄く開いた口が塞がらない。 困惑に思考を奪われたまま揺れていると、念を押すような追撃が降る。 「ジュードは今でも、ミラを一番愛してる」 「え……だって……アルヴィン……」 「いいか、レイア。今ジュードの前にミラが現れて、『共に来い』と手を差し出せば、あいつは迷うことなくその手をとる。躊躇いなくミラの隣に立って、ミラと共に生きる」 「でも、ジュードはアルヴィンを選んだんじゃ……」 「あぁ、選んでくれたよ。だから、ミラの手をとったそのときは、『追って来い』って平気で言ってのけるだろうぜ」 とん、と区切るように人差し指でテーブルを叩いて。 意識を全て攫っていくような確信に満ちた瞳が、わたしを見つめて笑う。 「俺が追いかけることを、あいつはわかってるから……俺を振り返ることなくミラの手をとるんだ」 そう言ってこの上なく嬉しそうに、誇らしげに微笑む彼は、どこまでも自信に満ち溢れていて、わたしは声を失ってしまう。 どうして、そんなに喜色に満ちた優しい顔で笑っていられるのだろう。 昨日はあれほどジュードを奪われることに怯えていたのに、どうしていとも容易く攫っていくミラを誇らしげに思えるの? 嫌じゃないの? 今自分の立っている場所が、ジュードが一番に好きでいてくれる場所じゃないってわかってて、どうして笑っていられるの? 悔しくないの? 悲しくないの? 「……それで、いいの?」 「それが自然だ。俺は、ミラを見つめ続けるあいつに惚れたからな」 軽やかに空を駆けるような声音は、澱みなく澄み切っていて。 風が吹き込むような晴れやかさで嬉しげに笑うから、彼が心の底からそう思っているのだと実感する。 ――――あぁ、どうしたって敵いっこないんだ 爽やかさすら感じる柔和な笑みに、今まで漠然としていた敗北感がしっかりと心に形を描く。 アルヴィンは、わたしよりずっと大人だったんだ。 年齢とか外見とかそんなものじゃなくて、内側の柔軟さが彼を大人の男の人だと知らしめる。 子供っぽいようなところがあるから、変に年齢以上の親近感を抱いてしまいがちだが、彼は間違いなくわたしよりずっと年上なのだ。 愚直なまでにひとつの方法を取り続ける幼い恋愛ではなく、多角的で変幻自在な恋愛の形。 たった一つの絶対的な好意を求めるのではなく、望んだ人の『特別な好意』を求めた愛し方。 頑なに跳ね除けてきた昨日のやり取りに、彼の子供っぽさを感じていたが、実際に幼かったのは、わたしのほうだったんだ。 じわりと目頭が熱くなって、慌ててぎゅっと目蓋を閉じる。 このまま目を開けていると、余計なものが零れてしまいそう。 「レイア?」と僅かに不安に揺れた声がわたしを呼ぶけど、それにすぐに応えられるほどの気丈さなんてなくて。 俯いたまま黙っていれば、それを察した彼は口を閉じて待っていてくれた。 その優しさすらわたしの胸を鋭く突くから、やっぱり嫌いになれないし、どう足掻いても勝てないのだと悔しさが滲み出る。 そうしてしばらく沈黙し、少しだけ心に余裕ができてきた頃。 そのタイミングを見計らったかのように、アルヴィンは躊躇いがちに口を開いた。 「……あの、さ…………これは、俺の我儘なんだが……」 あまりに言いづらそうに言葉を濁す様子に、疑問を抱いて見つめれば、今度はアルヴィンが耐えるように俯いてしまった。 そわそわと身体を動かして、「えー」やら「あー」やらもごもごと言うべきセリフを模索する。 そんなアルヴィンの様子をぼんやりと眺めているわたしは、先ほどの敗北感から精神的ダメージを受けすぎて、もうこれ以上は何も言われても驚くことはないような気がしていた。 だが、 「できれば、俺は、……レイアとは、変わらず、仲間のままでいたい」 「……っ!?」 勢いよく面を上げた彼の一言に、一瞬思考が吹っ飛んだ。 今、この人は何を言ったの? なんか、すごく都合のいいこと言った気がするけど、わたしの聞き間違い? ノーガードでボディブローをまともに喰らったような衝撃に、ぐわんぐわんと頭の中が揺れ続ける。 しかし、言い放ったアルヴィンにはこちらの様子を気にする余裕もないらしく、まくし立てるように後追いの言葉が連なり続ける。 「虫のいい話だってのはわかってる。何調子のいいこと言ってんだって思うのもわかってる。自分勝手で振り回して、どうしたって俺はお前を傷つけるしかできないし、今まで散々酷い目にあわせてきた。それを許してほしいわけじゃない。でも……望んでいいなら、俺は、お前とは仲間のままがいい」 「……何を言ってるか、わかってるの?」 「わかってる。でも、俺の本心だ」 今度は目を逸らさず射抜いてくる瞳に、アルヴィンの『本心』が光を得る。 言葉どおり、アルヴィンは本気でそう思っているのだ。 ジュードを奪い去っておきながら、わたしといがみ合い続けるでなく、縁遠くなるわけでもなく、今までと変わらない距離でいてほしいと。 あまりに自分勝手な願望に、呆れを通り越して尊敬の念さえ抱いてしまう。 開いた口が塞がらないとはこのことだ。 「コレが最後だ、もう二度と言わない。あとは……レイア、お前の好きにしてくれ。俺はそれを受け入れる。ただし、ジュードを奪うつもりなら容赦はしない。それは、何があっても譲らない」 念を押すようにくり返される本音と宣戦布告。 真正面から鋭い切っ先を突きつけてくるようなアルヴィンの態度に、敗北感を実感してしまったわたしはただひたすら呆然とするしかなくて。 思えば、こうしてアルヴィンが自分勝手な願望を曝け出してくるのは、初めてかもしれない。 肩にアルヴィンの弾丸を受けて以来、彼は今までずっとわたしの様子を窺い続けて、わたしの願いにそれとなく添うような動きしかしてこなかった。 そんな態度に仕方ないと思いつつ違和感も抱いていたが、ここまでがらりと態度を変えられると、いっそ清々しさすら感じてしまうから不思議だ。 元から嫌いになりきれないし、憎みきれない心も重ねて、より拍車がかかるよう。 「ずるいなぁ……もう」 ため息をつくように、ぽつりと愚痴が転がり落ちる。 本当に、なんてずるい人だろう。 形を得て落ち着いてしまった敗北感に、初恋は諦めるしかなくて。 嫌いになれない気持ちは、強く望まれてしまえば絆されてしまって。 こんなに自分勝手で卑怯な男を、ずるいと言わずして何というのか。 そして、それもいいかな、と少しでも思ってしまった自分が情けなくて。 馬鹿だな、わたし。 「何か言ったか?」 「別にっ!自分勝手で厚顔無恥な上に不遜で最低な卑怯者だって言ったんですーっ!」 べーっ、と思いっきり舌を出して、これ見よがしな嫌味を大声で言い放つ。 だが、それを受けたアルヴィンは苦笑するだけで、これといった反撃にはならなかったらしい。 なんて小憎らしいことだろう。 薄っぺらな憤慨を露にして、わたしは大きく両腕を組むと、背もたれにどかりと身体を預けた。 「…………すぐには無理。……もう少し、待って……」 「……いくらでも。お前の望むだけ、待つさ」 彼にしてみれば、思いがけない好感触の返答だったのだろう。 途端、嬉しげに笑ってくるアルヴィンに、ぷくっと再び頬を膨らませて、ふてくされたような態度をとってしまうのは許してほしいところだ。 むしろ、この自己中屑男がっ!と引っ叩かなかっただけでもありがたいと思えばいい。 本当なら地べたに這いつくばって、土下座でお願いしてきてもいいくらいなんだから。 そんな高飛車な文句は後を絶たず、当り散らすように荒れすさむ言動も尽きはしない。 だけど、 「レイア」 「何よ?」 「考えようとしてくれて、ありがとうな」 囁くように零した声と優しげな笑みは、どこまでも安堵に満ちて。 嫌でもわかってしまう彼の心の機微に、やっぱり敵わないなぁ、と思った。
* * * * 2012/05/21 (Mon) 嫌いになれないって、案外つらいものです。 レイアとアルヴィンの違いは、好きな人の一番になりたいと望む心と、好きな人に特別愛される存在でいたいと願う心の差異。 *新月鏡* |