「a love affair -2.5-」

 

 

 

もっと早く、動いていればよかったのかな。

もっと素直に、言っていればよかったのかな。

 

小さな頃から好きだった。

笑う気配が優しくて。

繋いだ手が温かくて。

好きで、大好きで、傍にいたくて。

 

なのにどうして。

 

「ジュード……」

 

わたしは、同じ人に2度目の失恋をした。

 

 

 

 

 

驚愕の事実は突然に、わたしの恋心と決意を壊しに来た。
信じたくなかった。
ずっと好きだった人と、励まし続けてくれていた人が、自分の知らないところでその手を取り合ってたなんて。
そして、励ましてくれてるんだと思っていた言葉すら、違うと告げられ、目の前が真っ白になった。
目の前で苦しげに叫ぶアルヴィンの、わたしは何を見ていたのだろう?
いくら嘘だと言い募っても、全て事実だと突き返され、否定するだけの隙も与えてくれない。

抱きしめて、キスをして、その先も?

ジュードとアルヴィンが?

想像の追いつかないことばかりを注がれて、困惑と驚愕にただ揺れる。
だって、2人は男同士だし、年の離れた親友じゃなかったの?
恋人が見せるような甘いやり取りをする2人など、今まで一度も見たこともない。
一緒にいた時だって、いつもみたいに肩を組んで笑い合うくらいだった。
旅の頃と変わらず、アルヴィンがジュードをからかって、それを仕方ないなって顔したジュードが嗜めてて。
わたしの記憶の中では、特別な行動など一切してなかったはず。
けど、何度もくり返される所有の叫びは荒々しく、自分のよく知るアルヴィンの姿からはあまりにも遠く余裕がない。
そのことだけでも、彼が心の底からわたしの告白を危惧しているのだと思い知るには十分で、それだけで事実を体現しているようだった。
でも……。

「だったら……2年前の言葉は、何だったの?」

あの時、彼は確かにわたしの背中を押してくれていた。
言わないままで苦しくないはずがない、と。
押し込めた気持ちはどうなるんだ、と。
一番欲しかった慰めを、彼は切々と訴えてくれた。
自分の気持ちをわかってくれる人がいる。
それがとても嬉しくて、わたしはそれだけで、ジュードの周囲が落ち着くまで口を噤んでいられた。
痛い、つらいと沈んだときに、気持ちを汲んでくれる人がいてくれる心強さは、とても励みになるのだから。
だけど、その言葉が励ましではないなら、一体なんだというのだろう。
ショックに苛まれながら、真意を知りたくて訊ねてみるも、返ってきたのは相手の謀略などではなく、自分の愚かしさを突きつける言葉ばかりだった。
アルヴィンが示す2年前の可能性。
その僅かな可能性を、わたしは自分から捨てに行ったのだと、彼は言う。
そして、捨てずに縋った自分が、望みどおりジュードを手にしたのだと、勝者にあるまじき余裕のなさで言い放つ。
望みを叶えたはずの彼の態度が、わたしの存在に酷く怯えているように見えておかしかった。
だが、失笑もつかの間、

「ジュードは俺のだ」

念を押すように言い切られ、奪いに来るなら殺すとまで脅されたような気がして、堪えていた感情が堰を切ったようにあふれ出す。
づきりと突き刺す胸の痛みが苦しい。
大好きな人を奪われたから?
信じてた気持ちを裏切られたから?
真相の掴めない自分の気持ちに翻弄され、ただひたすらに心が痛い。
いっそ、これが彼の謀略によって築き上げられた結果ならよかったのに。
そうすれば、この苦痛を全て彼にぶつけてしまえるのに。
よりにもよって、どうして今までのスタンスから外れてまっとうに仕掛けてくるのか。

恨むに恨めない。

憎むに憎めない。

酷いよ……。


「心の中で、笑って見てたの?」

わたしの気持ちを知りながら、わたしの知らない場所でジュードを攫っていった人。
あなたは、こんなわたしを、惨めだと、無様だと、笑っていたの?
じわりと滲む視界に涙を堪えて待っていると、幾分落ち着きを取り戻した声が降る。
自己嫌悪の滲み出るような薄暗いトーンで、ぽつりぽつりと零される本音は弱々しい。
頼りなく項垂れる仕草に、彼が本心を吐露しているのだと、自然と思えた。
わたしの存在が眩しかったのだと、彼は言う。
それは、自分が嫌になるほどだったのだと。
本当に遠く眺めるような眼差しと、痛みを堪えるように歪んだ表情を向けられてしまえば、わたしはそれを否定する気にもなれなかった。
わかってしまった。
同じ人を好きになったため、彼の言葉に何一つ嘘がないのだ、と。
彼は本当に、自分を嫌うほど、わたしがジュードへ向ける感情を眩しく感じていたのだ。
だからこそ、アルヴィンは、ずっとわたしを恐れていた。
わたしに対する後ろめたさと罪悪感に、『自己嫌悪』を重ねてしまえば最後、自分は動けなくなると、彼自身がよく知っていた。
だから、

「純粋な駆け引きをしてやるほど、お人よしじゃねーよ」

その言葉の通り、彼は見事にわたしを出し抜いてジュードを奪っていったのだ。
わたしを自然と遠ざけ、会っても変わらない態度を見せ、そしておそらく、誰よりジュードの傍にい続けた。
犠牲を当然とするアルヴィンだからこそ、彼はあっさりわたしを切り捨てて、望みどおりにその手にジュードを得たのだ。
だが、またひとつ疑問が残る。

「……いつから?」

そう、彼はいつからジュードを特別な目で見ていたのか。
旅をしていた頃を思い出しても、そんな片鱗を見たことはない。
男同士の気安い空気みたいなものはあったが、ジュードがミラへ向ける視線や、ミラがジュードへ向ける視線に滲み出る、特有の甘さはなかったはずだ。
ずっと一緒に旅をしながら、ジュードとミラの間にある視線に悔しい思いをしてきたのだから、それは間違いないはずで。
だが、アルヴィンからの返答に、わたしは自分の認識の甘さを思い知った。
彼は、わたしの予想を裏切り、カン・バルクからシャン・ドゥへ帰ってきたときがきっかけだと言う。
嘘だと、心の内側でとっさに否定したものの、彼に偽る必要性がないことに気づけば、じわじわと嫌な汗が滲み出た。
まさか、そんな……。
与えられた返答を噛み締めて、カン・バルクでの出来事を思い出すものの、きっかけらしいきっかけなど……。


――――「お前、なんで泣いて……」


記憶の片隅、戸惑う声が問いかける。
引きずられるように再生される記憶の流れに澱みはない。
あの時、アルヴィンの行為にジュードがいたく心を痛めていた。
仲間の間に不穏な空気があって、非常に冷ややかな疑惑が渦巻いていた中で、ジュードだけが、アルヴィンに切り込んで問い詰めたのだ。
稀に見るジュードの様子に、男同士で気心知れた人の裏切りは耐えかねるものなのだろう、としか思ってなかったが、問い詰められていたアルヴィンは違ったらしい。
あの時、あの場所で、ジュードが見せた切実な感情に、彼は特別な感情を抱いてしまったのだという。
旅の段階で言えば、まだナハティガル王さえ倒していない頃だ。
それから激変する長い旅を思えば、培われてきた感情が気の迷いでないことくらいわかる。
一度は本気でジュードを殺しにかかってきたのだ。
その重すぎる過去を超えてまで、アルヴィンはジュードを求めたということになる。
そして、その想いを打ち明けたのが、旅を終えたばかりの頃だとすると……。

「じゃぁ……2年前、カラハ・シャールで会ったときは……」

2年前、変革の日を迎えて半年。
ジュードの長期休暇に合わせて、エリーゼと歓迎パーティーの計画を立てた日。
そして、アルヴィンが私の気持ちを汲んでくれた日。
あの時、もう既に……。

「だから、いいのかって訊いただろ?」


――――『好きだって言わないまま掻っ攫われていいのか?』


そう彼が訴えてくれた言葉の本当の意味を、わたしは今になってようやく理解した。
あの言葉は、アルヴィンなりの遠まわしな譲歩だったのだ。
わたしの気持ちを知る故に、機会を与えようとしてくれていたのだ。
そして、その譲歩を、臆病なわたしはジュードを理由に自分で突っぱねた。
そういう、ことだったんだ。
励ましていないというアルヴィンの叫びも、これでようやくわかった。
彼の言うとおり、恋敵相手に励ましなどなかった。
ただ、仲間としての気遣いだけが、その言葉を言わしめたのだ。
仲間として、わたしを大切にしようとしてくれていたからこそ、彼はわたしに後ろめたさと罪悪感を感じている。
そして、

「……ジュードのこと、……好き、なの?」
「好きじゃ足りねーよ……この世の誰より、愛してる」

わたしを切り捨てることを躊躇わないほど、アルヴィンはジュードのことが好きなのだ。
わたしの恋心以上に独占的な欲を込めて、簡単に『愛してる』と言ってのけてしまうほど、彼には日常的な感情で。
溢れる恋情にうっとりと目を伏せながら、感じ入るように視線を流す仕草は、誰に想いを馳せているのかを嫌でも見せつける。
あぁ、もう……本当に、取り返しがつかないくらい、2人の関係は深いんだ。
つけ入る隙などないのだと、言葉で突きつけられるよりずっと鋭く胸を抉られる。
信じたくないのに、動かしようのない事実は彼の瞳にこそ宿って。

「お前をむちゃくちゃ傷つけたとは思ってる。だけど、俺は謝らない」

愛しむ感情を潜めた眼差しが真っ直ぐわたしを射抜き、断言する。

「ジュードだけは、譲れない」

そのたった一言に、わたしの意思は崩れ落ちた。
押し留めていた涙さえ溢れ、零れて、地面に滲む。
両手で拭うことすら忘れて、ぼろぼろと零れる涙をそのままに、立ちつくすしかなくて。
短い別れを告げた背中が消えてしまっても、わたしはそこを動くことができなかった。

 

 

 

好きで。

大好きで。

一度は諦めた人だった。

 

それでも、やっぱりまだ好きで。

ただ一言、あなたが好きだと、言いたかっただけなのに。

 

 

「うっ、く……う、あぁぁぁぁ……っ」


崩れる身体はただ嘆く。

 

 

 

言えなくなってしまった『好き』

誰にも伝えられなくなった言葉は、何処へ行けばいいの……?

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/04/18 (Wed)

レイア視点。
言葉より、態度で傷つくこともあるものです。


*新月鏡*