※雰囲気がややいかがわしいんで、少しでも苦手な方リターン推奨。

 

 

 

「a love affair -4-」

 

 

 

どれくらい、時間が経っただろう。
ひんやりと冷たいはずの床さえ、ずいぶん生ぬるくなってしまった。
倒れ伏したまま、煌々と灯りの降り注ぐ部屋にひとり。
みぞおちに喰らった痛みもどこかへ行ってしまって、ただ、他人事みたいな身体の重さだけを感じてる。

投げ出された腕。

何も掴めなかった指先。

追い縋れなかった足。

どれひとつとっても、動かすにはあまりにも億劫だった。
鉛の枷でもつけられてるんじゃないか、と思ってしまうほど、淡い意思じゃ動かない。
生活感に溢れた部屋は、世界中のどの場所より温かで優しいはずなのに、今は不思議と何も感じない。
むしろ、全部俺からほど遠く、手を伸ばしても掴めないんじゃないかとか思ってしまう。
こんなに近くにあるのに。
こんなにも遠い。
たった一人を失ったがために、俺の心は徐々に腐り始めていて、どんどん奈落へ沈んでいくようだ。
懐かしい絶望感に身を晒しながら、いなくなってしまった姿を思い描く。
今頃、何をしてるだろう。
泣き崩れてずたずたに心裂かれた少女に、優しい優等生はどう接しているのだろう。
涙に濡れる彼女をうっかり抱きしめてやったりしてないだろうか。
あぁ、やりかねない。
エリーゼですら身の内に迎え入れるように抱きしめていた奴だ、大事な幼馴染とくればそれも自然とできてしまうだろう。
恋心を抱いてる相手にそんな行為、うかつにも程がある。
特にジュードは、泣き縋られて突き放せる人間じゃない。
突き放せないことをいいことに、ジュードの優しさにつけ込んで泣けば、あいつは簡単に絆されてくれる。
なんだ、やっぱりレイアも俺と同じ側の人間じゃねぇか。
何が違うんだよ。
なんで俺じゃなくてレイアを探しに行っちまうんだよ。
いっそレイアなど見つからなければいいのに、なんて悪足掻きに等しい劣悪な願望すら浮上する。
最低野郎は何処までも行っても最低らしい。

「ジュード……」

たまらず呼吸に交じって名を呼ぶが、かすれた呼び声に答える者はいない。
広すぎる部屋に空しく落下する音ばかりが、さらに俺を孤独にする。

戻ってくるって、いつ?

後どれくらい待てば帰ってくる?

寂しさに苛まれて、子供じみた馬鹿馬鹿しい問いかけすら胸中に渦巻く。
不安を煮詰めれば、より現実味を帯びた不安が現れて、もう希望すら見えない。

希望って、何すりゃ抱けるの?

どうすればこの不安を払拭できんの?

ジュードが戻ってくれば、全部リセットできる?

でも、戻ってきたジュードが最悪のセリフ吐いたらどうすんの?

何の保証もない関係は、いつ壊れてもおかしくなくて。
レイアとの絆をぶち壊してきた今、なし崩しにジュードまで失ってもおかしくないのだ。
ジュードがレイアを大事に思ってることは、旅の道中からずっと知ってて、そんな彼女を傷つけた俺を、ジュードは許してこなかった。
きっと、二度目はない。


あぁダメだ、俺、きっと死ぬ。


独り、腐り果てて死んでいく。
ジュードをこんな形で失えば、もう俺の心は生きていけない。
ぎゅうっと喉を締め上げる息苦しさに呻いて、縮こまるように背を丸める。


怖い。


寒い。

 

たすけて……――――

 

 

 

 

 

沈み込む意識の端、がちゃん、と打ち鳴らす金属音に目が覚める。

扉の閉まる音。

鍵をかける音。

衣擦れの音。

そして、徐々に近づくかすかな足音。

 

「アルヴィン」


殊更優しい呼び声を聴いた瞬間、俺の中の何が吹き飛んだ。
触れよう伸ばされた手を強引に引き寄せて、バランスを崩した身体を床へ押し付け、覆いかぶさる。

「わっ、」

驚愕に見開く瞳を無視して、無防備に晒された唇に自分のそれを重ねて舌をねじ込む。
ぬるりとした口腔を蹂躙して、逃げ遅れた舌を絡め取り吸い上げれば、突然の刺激にびくりとジュードの身体が揺れる。
あたたかい……。

「っ……んっ!……ふ、……」

苦しげに歪める表情など見たくなくて、目を伏せがちにして感覚だけでジュードを追い立てる。
ジュードの身体は熱帯びて温かく、凍えていた自分を溶かすようだ。
だが、足りない。

もっと。

もっとだ。

失望されたこの身ならば、もう懸念することなどあるまい。
ジュードの感情など全て無視して、己の見栄も捨て去って、本能のままに求めて奪えばいい。
心が伴わないままでもいい。
この柔肌に俺の存在を刻み込んで、切り離せなくなくなればいい。

「はっ、あ……痛っ、アル、んンっ」

ぶつっ、と音を立てて仰け反った首筋に噛みついて、抵抗を口にする前に濡れた唇を再び封殺する。

ジュードは俺のだ。

どんなことがあろうとも、こいつは俺のものだ。

自覚だけが強まる感情に歪な終わりをもたらすなら、せめて身体だけでも繋ぎとめておきたくて、俺はがむしゃらにジュードの柔らかな唇を喰らい続ける。
一方的なキスに翻弄されているジュードは、息も絶え絶えになりつつあるが、その瞳から抵抗の意思が消えることはない。
消え去らない不安を重ねるように、溢れる唾液を流し込んで口づける。
上手く飲み込めず、溢れた唾液が口端からつと零れて顎先を伝うが、ジュードはそれを拭いもしない。
潤んだ密色に上気した薄紅の頬と甘い吐息。
なんという色香だ。

「っあ……は、ぁ……」

扇情的な光景に自然と気が昂り、口端から零れる唾液を舐めとって再び口を塞ぐ。
次第にキスだけでは足りなくなって、掻き抱く腕はそのままに、空いた左手でジュードの身体を太ももから首筋までゆっくりとなぞり上げた。

「っ!アル、ヴィ……んっ!」

危機感と熱を孕んだ声が制止をかけるように俺を呼ぶが、視線を逸らしたままの俺には何も見えない。
聞こえない。
艶めいたジュードの声だけが聞きたい。
だってもう後がないんだ。
だったら、道化の恋の餞に、ほしいだけもらってもいいと思わないか?

「ジュード」

お前が俺を望むなら、俺は望まれるだけ優しく抱いてやれる。
俺ならレイアより貪欲に求めて愛してやれる。
なのに、何がダメなんだ?
俺の何がいけない?

悲しい。

空しい。


イライラする。


きゅっと胸の締め付けられるような感覚に眉根を寄せて奥歯を噛む。
苦しい。
こんなにも苦しいんだ。
きっと、お前が足りないせいだ。
ぽっかり空いた胸のうちに、埋めるべきものが足りないせい。
欠けてしまったものを探し求めるように、俺はジュードの熱を追いかける。
荒くなる呼吸と性急な熱気に促され、きっちり止められたシャツに手をかけた瞬間、

「ふっ!」
「ぐっはっ!」

思いっきり足蹴を喰らって吹っ飛んだ。
どたん、と重い音を立てて床へ尻餅をついてしまったが、それより見事に蹴り入れられた箇所が鈍い痛みを訴える。
本日二度目となるみぞおちへの襲撃は、ハンパなくつらい。
呼吸が止まらなかっただけ救いだ。

「うぐ……えっ、ふ……」

吐くに吐けない嘔吐感に頭がぐらぐらして、腹を抱えるように身を丸めるが、多少楽になるだけで一向に治まってくない。
痛みと吐き気と、何よりジュードからの拒絶に視界が滲む。

やっぱりダメなんだ。

やっぱり俺じゃダメなんだ。

一気に冷水を浴びせられたような感覚に、感じていたはずの熱が失われていく。
最後の我儘すら許されないほど、俺はジュードに拒まれているのだ。
レイアを傷つけたことを考えれば当然なのだろうと頭ではわかっていても、痛いと泣き叫ぶ心が俺の思考を絶望めいた黒へ塗り替える。
縋りたくても縋れない。


俺は完全に、ジュードを失ってしまった……。


「くっ、……う……」
「ったく……」

呆れたようなジュードの声に、みしりと心が軋んだ。
立ち上がる動作の緩慢さが、あまりにもだるそうに見えて、俺と対峙することが億劫になるほど嫌われたのだと思い知る。

見たくない。

顔を伏せたまま、ぎゅっと目を閉じて世界を隔絶する。
耳も塞いでしまいたかったが、痛む腹を押さえるだけで精一杯。
軽い衣擦れの音と近寄る足音に、じわじわと恐怖が駆け上る。
離れるなら、俺からがよかった。
ジュードに引導を渡されるくらいなら、嘘でも俺からジュードを切り捨てる方がいい。
それもできないなら、いっそ、今ここで死んだほうがマシだ。
絶望感に打ちひしがれていると、頑なに伏せた俺の頬に白い指先が添えられ、顔を上げさせられる。

「馬鹿だね、アルヴィン」

柔らかく、鼓膜を撫でるような声。
ジュードお決まりのセリフになりつつある罵倒は、どこまでも優しさに満ちていて、俺は予想だにしない展開に把握が追いつかない。

「え……?」

戸惑いに揺れる視線をなんとか定めようとするが、それより先にしなやかな腕が首へ回され、唇を食むような甘い口づけが降る。
吐息ごと絡めて味わうようなキスは、ひどく温かくて心地いい。
硬直して目を白黒させている俺を誘うように、ジュードの唇はゆっくりと触れ、焦れるような時間をかけて離れていく。
時間感覚を麻痺させるような口づけに、まどろむような気配が訪れて、自然と目蓋が柔らかく落ちた。
じんわりと心の内側で広がる安心感に、ふわふわと意識が霞んでいく。

なんだろう、これ。

ジュードの行動の意味がわからない。
容赦なく足蹴にしてまで拒絶しておいて、何故今こんなにも優しいキスを与えてくれるんだろう。
そんなことを考えている間も与えられるキスは、どこまでも慈愛に満ちていて、荒れ果てた心を潤すようだ。

(ジュード……)

これが餞別だというなら、どこまで優しく残酷な奴なんだ。
こんなことされたら、やっぱり縋りたくなってしまう。
好きで、離したくなくて。
やっぱり、愛しくて仕方ない。
どうせなら、今この瞬間に死ねたらいいのに。
くだらない願望は尽きもせず、愛しさばかりを自覚する。
俺の激情がキスの効果で凪いだ頃、ジュードは小さな音を立てて唇を離すと、至近距離で俺を見つめたままふわりと笑った。

「大丈夫だよ、アルヴィン」
「……ジュード……?」
「そんなに怖がらなくても、僕は離れていかない」

俺は、はにかむように笑うジュードを、ぼんやりと見つめるしかできなくて。
実感の湧かない感覚に、ジュードの言葉を信じられずにいた。
ジュードが家を飛び出してからずっと、この身を苛んできた不安や絶望が色濃く残っていたせいか、今はどんな優しい言葉も夢物語のようにしか感じない。
そう、目を醒ませば全部夢で、酷い現実が口を開けて待っているんだって。
そんな俺の不安を見抜いたのか、ジュードは仕方がないな、と小さく息をついて俺の首に手を回したまま一気に引き寄せてきた。
引っ張られる力の強さに、慌てて床へ手を突いて衝突を免れる。
床に転がったジュードの上に覆いかぶさる羽目になった俺は、いきなり変わった視界にただ戸惑うしかなかった。
身体を引き離そうにも、ジュードの腕ががっちり首を固定してるため離れられそうにもない。
ジュードの意図が読めずに、どうしたものかと途方に暮れていると、ジュードは優しげな微笑を湛えたまま口を開いた。

「おいで、アルヴィン」

その声が、あまりに穏やかで、俺は一瞬何を言われたのかわからなかった。
だが、

「アルヴィンが実感するまで、抱いててあげる」

甘やかな声音で落とされた追撃に、これこそ夢なのではないかと思った。
先ほどまで力いっぱい拒絶していたジュードが、もしかして俺を受け入れようとしてくれてるのかもしれない。
そんなあるはずのない淡い期待すら抱いてしまって、慌てて自分で否定する。
安易に期待するな。
どう足掻いたって意に添わない現実に裏切られれば、期待した分だけ俺は傷を負う。
そうとわかっているのに、どうして……愛しげに見えるジュードの瞳に縋りそうになる。

「お前、俺のこと嫌って……」
「そんなこと言った覚えないよ」

期待するまいと絞り出した声をばっさりと切るジュードの声に澱みはない。

「だって、レイアを」
「アルヴィン」

まだ言い募ろうとする俺を遮って、ジュードは試すように上目遣いで俺を見た。

「今、この場で口にする名前は、それでいいの?」

その問いに、今自分がどれほど野暮な話を持ち込もうとしたのかに気づく。
普段自分から求めてこないジュードがお膳立てしたこの状況を蹴ってでも、これは今話すべきことなのか?
困惑はまだ解けない。
疑問も何一つ解消されてない。
だけど、

「…………ジュード」
「なに?」

ことりと首を傾げて寄こされた蜜色の瞳は、俺を熱く見つめるばかりで、首に絡んだ腕も解かれることはない。
夢のような状況を、信じていいんだろうか。
まだ踏ん切りのつかない心を抱えて揺れ続ける。
だが、白い首筋にかかる黒髪が滑り落ちて、先ほど乱暴に噛んだ痕が露になった途端、忘れかけていた劣情が音を立てて燃え上がる。

「ジュード」

信じて、いいのか?
そんな感情が顔に表れていたのだろう、組み敷かれたジュードは薄く笑みを刷いて誘う。

「いいよ、おいで」

その笑みの艶やかさに、俺を引き止める躊躇いが吹き飛んだ。

「ジュード」

輪郭をなぞるように滑る指先に促され、赤みを帯びた唇に自分の唇をそっと寄せる。
しつこく乱暴に扱っていたせいで、ずいぶんはれぼったくなってしまったが、柔らかな温かさは変わりない。
夢うつつに揺れる俺は、先刻の荒々しさなど忘れはてたように恐る恐る触れるしかできなくて、焦れるような時間をかけて少しずつその感触を実感へ変えていく。

「……俺、の……」
「うん……全部、あげる」

優しく応えてくれる仕草に、じわじわとこの身に熱が灯り、目頭が熱くなる。

「っ、ジュード……」

顔を隠すようにジュードの白い肩に埋めて、たまらず細い身体を抱きすくめる。
やんわりと抱きしめ返される手のぬくもりに、俺はようやく帰ってこれたような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/05/10 (Thu)

イメージしろっ!
いきなり、某ブログで規制かかるレベルのいかがわしい雰囲気ですみません。
でも、今までどおりキスまでしかしてないんだぜっ!
ジュードに「抱いててあげる」を言わせたかっただけの話。
悪いね、変態で!!!!


*新月鏡*