「a love affair -2-」

 

 

 

一仕事終えた相棒を鞭打つ勢いで駆けたおかげか、俺の懸念はまだ成就されてはいなかった。
待ち合わせ場所にしている中央広場に、見知った後姿。
噴水の前で、立ち話に花を咲かせている少女を見つけて、俺はほっと安堵に似たため息をつく。
相当びびってる自分にやや苛立ちながら、すくみがちになる足を叱咤して、足早に駆け寄った。

「レイア!」
「あ、あれ、アルヴィン!?うそ、都合つけて来てくれたの!?」
「あぁ……まぁ、無理やりな。それより、ちょっといいか?」
「え?でも、……」

言い澱むレイアは、ちらっと先ほどまで話し込んでいた相手を気にする。
俺は急いでんのに何処の誰だよ、とやや苛立ち任せに視線を振れば、かなり見知った顔がいた。

「あんたか……久しぶりだな、プラン」
「えぇ、お久しぶりですね」

3年前、ジュードと共に同じ教授の下で学んでいた看護士で、ア・ジュールの元スパイ。
今は亡きアグリアの侍女として育ち、アグリアとレイアの関係に、おそらく一番心砕いていた人物だ。
そのせいもあってか、変革の日以来、彼女とレイアは気の置けない仲となっているらしい。
リーゼ・マクシアがガイアスによって統治された今では、彼女もスパイ活動を辞め、医療の志を貫くためにタリム医学校でそのまま勤務しているのだと、ジュードから聴いたことがある。

「あー……話し込んでるとこ悪い、レイアを貸してくれ」
「大した話もしてないんで、どうぞ気にしないでください。アルヴィンさん、急ぎの用事がおありなんですよね?」
「……まぁ」

問いに濁す俺を、プランは鋭く観察するように見つめてきた。
普段の俺なら、世間話や挨拶程度の軽い会話をするだけに、その気遣いが欠如した様子を見抜いたらしい。
さっきからさりげない動作で注意深い視線を俺に向けてくるあたり、洞察力に関しては、諜報部員に抜擢されるだけのことはある。
油断のならない視線に、じっと牽制を込めた一瞥を投げれば、彼女はそっと目を伏せてレイアへ顔を向けた。
これ以上踏み込むな、という俺の意思に、すばやく気づいたのか。
こちらの意図することを即座にわかってくれるのはありがたい。

「じゃぁ、レイアさんまた今度、ゆっくりお茶でもしましょうね」
「うん、ごめんね、プランさん!」

少し寂しさと罪悪感の差した表情で、レイアはプランに軽く手を振った。
レイアの見送りににこやかに応えて、彼女は俺の傍を通り過ぎる。
その数秒、

「冷静な言動を心がけて」

囁くような小声が投げ渡され、俺ははっと目を見開く。
思わず振り返って遠ざかる背中を見つめるが、意味深な言葉をよこした彼女が振り返ることはなかった。
ぼんやりと人ごみにまぎれるプランの背中を見送りながら、与えられた核心を突くような忠告に、僅かに理性が舞い戻る。
思えば、シャン・ドゥを飛び立ったあのときから、既に心は正気を失ったも同然だった。
受け取った手紙に冷静さを掻っ攫われ、迫る時間に心は急き、レイアを前にして完全に自分の目的以外を見失った。
プランはそんな自分の異常さに気づいて、レイアを守るために釘を刺して来たのだろう。
なんとも気の利く女だ。
俺も本題以外のことでレイアを傷つけるのは本位ではないため、彼女の忠告は素直にありがたかった。

「アルヴィン?」
「ん、あぁ……悪い、ちょっと場所変えようぜ。まだ待ち合わせには時間あるんだろ?」

ジュードが来るにはまだ鐘1つ余裕があることを確認して、レイアを港まで連れ出す。
たぶん、待ち時間の間に広場の店を歩き回る予定だったのだろうが、あそこは人の目が多すぎて話にならない。
その点、イル・ファン港には宿屋もないし、港に長々と留まる人間などそういない。
目的を持った人々が行きかうだけの港なら、多少騒いだところで、気にはしても足を止める人間はあまりいない。
それも、無造作に積荷があるだけのひっそりした場所ならなおさらだ。
人目を気にしつつ、望みどおりの場所まで移動して振り向くと、大人しく後ろをついてきたレイアが首を傾げてきた。
純粋な眼差しに胸を突かれ、今更ずきずきと痛みが訴える。

「何かあるの?」

一向に話し出す気配のない俺に痺れを切らしたレイアは、促すように問いかけてきた。
まだあどけなさの残るレイアの瞳に、息苦しさを感じる。
あぁ本当に、もう後には引けないのだ。
そう実感すれば、罪悪感が湧き起こってしまって、足がすくむ。
だが、言わないわけにはいかない。
ぎゅっと唇を引き結んで覚悟を決めるが、望まない展開に自然と声のトーンが落ちた。

「レイア、ジュードに告白するのは止めてくれ」
「え……?」

はっきりと言い切れば、レイアは大きな目をさらに見開いて凝視してくる。
そう、だろうな……。
わけわかんねぇよな、いきなりこんなの言われても。
端的な要求は、彼女のこれからの意思を完全に挫くものなのだから。
僅かに下がった視線の端に、戸惑いに眉根を寄せるレイアが映る。

「な、何言ってるの?……アルヴィンが、言った方がいいって……」
「あぁ、そうだな」

言った。
確かに、言わないままでいいのかと焚きつけた。
だが、あの時と今では状況が違う。

「でも、無駄なんだ。もう間に合わない」
「え……?」
「……ジュードはもう既にミラ以外の人間を選んでる。ジュードに好きな奴がいるんだよ。レイア、今お前が告白したところで、お前が報われることはない。……絶対に、ないんだ」

淡々と告げた言葉に、レイアの顔がショックのあまりくしゃりと歪む。
痛いのだろう。
つらいのだろう。
だが、自分が重ねた言葉の残酷さを、俺が感じることはない。
だからこそ言い切れる。
だからこそ突きつけられる。
お前が報われることはないのだと突き放し、意思を挫くことすら、口を開けばこんなにも容易い。
もし自分がそうされたら、なんて自滅するようなことは一切考えない。
どこまでも冷徹な感情で、レイアを絶望的な現実へ突き落とすことだけを考える。
諦めろ、早く折れろと真っ黒な願望を抱きながら、俺は一歩だけ踏み込んだ。

「だからさ、ジュードを苦しめるようなことは言わないでやってくれ。お前にだってわかってるだろ?言えば、お前を傷つけないようにしなきゃって……お前が守りたいって言ってたジュードが苦しむんだ」
「……で、も」
「もう手遅れなんだ!だから頼む、何も言わずにいてくれ……」

静かに切々と訴えて、俺は小さく頭を下げる。
純粋な恋心を無残に破壊する罪悪感に、自然と取ってしまった行動だった。
自分でも無意識の行動に少し驚いていたが、俺は自分が思うほど冷酷に徹し切れていないのかもしれない。
なんせ相手は、俺の過去史上最大の罪を許したレイアだ。
そのレイアをさらに貶めようとしているのだと考えれば、頭を下げるくらいやって当然なのだろう。
だが、それすら微々たる行動でしか表れないなら、やっぱり俺は相当性根の悪い人間なのだ。
自分本位で、自己満足で、他人のことなんて二の次で。
結局、『俺の世界』さえ平穏であれば、あとはどうでもいい。
じめじめした暗い感情に気落ちしかかっていると、目の前で呆然と佇むレイアが動いた。

「なん、で……?」
「レイア?」
「なんで今更そんなこと言うの?……ダメだってわかってても、言った方がいいってあのとき、……あの時、アルヴィンが言ったんじゃない!」

はっと視線を上げて見つめたレイアの表情は、未だ困惑に囚われていて、理解の追いつかない俺の言動を揺れる声で詰る。
今更、か。
そうだよな、今更だ。
あれから2年も経てば、そう思われても当然だな。
どんな批難も甘んじて受けるつもりだった俺は、自嘲気味に息を吐いてレイアの叫びを受け続ける。
どうせ俺は、それくらいしかしてやれない。
だから、レイアの心行くまで罵倒してもらうつもりでいた。
だが、次の瞬間、

「……報われなくてもいい」

やや涙の滲んだ声音が、俺の想像を簡単に裏切る。

「ジュードを困らせるだけかもしれないけど……でも、わたし、言いたい……ううん、言わなきゃいけない」
「っ……!?待て、レイア!」
「聞かないっ!もう決めたの!」
「レイアっ!」
「やだ、離してっ!」

言い逃げるようにくるりと踵を返す細い肩をとっさに掴み、力任せに引き止める。
まずい、こんな展開予想してない。
絶望しか待ってない現状を突きつければ諦めてくれると思っていたのに、何故レイアはそう前向きに行動できるんだ?
思えばカラハ・シャールの時だってそうだった。
人の感情がどこまでも自分本位で、彼女もそうであるはずなのに、何故か彼女の行動にはそんな我儘さを感じない。
さぁっと血の気の引く身体はがちがちに強張り、レイアの肩をに食い込む指先に過分な力が篭る。

これはダメだ。

このままじゃダメだ。

障害のありすぎる俺では、純粋な愛情を向けるレイアに敵わない。

ぞっとするほど身の凍る感情を必死でいなしながら、俺はレイアを無理やり振り向かせて言い募る。


「ダメだ、行かせない!絶対、言わせない!」
「何でアルヴィンが邪魔するの!?わたしのこと励ましてくれたのに!」
「違うっ!」
「っ!?」

殴り捨てるように否定を叫べば、レイアはびくりと肩を揺らした。

「励ましてない。応援なんてしてない。お前が思うほど……俺は、良い奴じゃない……」
「アル、ヴィン……?」
「頼むから、何も言わず、いつもどおりでいてくれ。今まで何年もずっと変わらなかったじゃねーか。2年前にできなかったくせに、なんで……なんで、今更変えようとするんだよ!一番安定した関係で、なんでいてくれないんだよっ!」
「アルヴィンこそ、なんでそんなに言わせたくないの!?励ましてないって言うなら、2年前のあの時の言葉は何だったの!」

レイアの問いに、俺はぐらりと眩暈を覚えた。
やはり、そこへ戻るのか。
全ては自分が撒いた種なのだ。
これは、あの時、自己防衛のためだけに、純粋な彼女を唆そうとした罰なのだ。
感じたかった優越感も得ることなく、ただ自分の醜悪さを知るばかりだったあの時と同じように、今もまた、俺は自分の醜さを突きつけられ、肯定しなければならないのだ。
見ないようにしてきたのに、知らないふりをしてきたのに。
屑で最低な自分から、ようやく変われたのだと、思っていたかったのに。

「…………」
「もう決めたんだ。たとえ振られるってわかってたって。たとえアルヴィンが止めたって。わたし」
「っ、俺のだ!」

彼女の決意を聞きたくなくて、俺は遮るように叫ぶ。
もう無理だ。
意思の揺らがぬレイアを前に、穏便に済ますことなどできない。
何も知らない頃のまま、穏やかに過ごすなどできない。
最悪でいい。
最低でいい。
どれだけ醜悪なであろうとも、俺は手にした自分の居場所を失えない。

「ジュードは、俺のだっ!誰にもやらない、絶対に!」

ぎゅっと目を瞑って、悲鳴に似た叫びを叩き落す。

「え……?」

自然と離してしまった肩を僅かに揺らして、レイアは目を見開いて俺を凝視してきた。
驚愕、疑惑、困惑、否定。
そういう目をするってわかってたから、言いたくなかった。
一般的にいい目で見られるはずがない感情だと知っているなら、たとえ恋敵でなくても、向けられる視線に責められるような錯覚を感じてしまう。
それが、普段ですら後ろめたさを感じるレイア相手なら、なおさら。
だけど、既に口火は切ったのだ。
和解や回避など生ぬるい手段はとうに消えた。
ならば、選択肢は一つ。

「たとえお前を傷つけることになっても、絶対に譲らない!あいつは俺のものだ!」
「……アル……ヴィン?」

理解不能の境地に追いやられたレイアが、困惑しながら俺の名を呼ぶ。
可哀想だとは思う。
だが、そんな感情ごときで止められるほど、俺の意思は弱くない。
そんなもののために、必死で手に入れたあの場所を失うつもりはないのだ。

「もういい。できればお前を傷つけたくなかったけど……何を言っても無理だってわかった。だったらもう偽る必要もない。俺は最低な屑野郎でいい。だけど、これだけははっきりさせる。お前にジュードは渡さない!」
「ちょっと待って、いったいどういう」
「ジュードは俺を選んだんだよ!ミラでもなく、エリーゼでもなく、ましてや何処の誰とも知らぬ女でもなく、この俺を!レイア、お前のつけ入る隙なんかない。そんな隙など与えてやるか!ジュードは俺の……俺だけのものだ!」
「……なに、それ……」

吼えるように回避し続けてきた事実を突きつけると、レイアは口元に手を宛がい僅かに顔を左右に振る。
何を否定したって、事実が変わるわけでもないというのに。
か弱い否定に冷めた感情すら凪いで、俺は混乱に陥っているレイアを冷淡に眺め続ける。

「う、そ……嘘だよ、ねぇ!?」
「嘘じゃねーよ!それに、無理やりでもない。俺たちはちゃんと心から愛し合ってる。抱きしめて、キスして、もちろん……お前の知らないその先も。俺は全部知ってる」
「……ジュー、ド、が……?」
「これでわかっただろ。お前の告白がどれだけ無駄なことで、ジュードを困らせるだけの言葉なのかを!」
「っ……!」

驚愕と絶望のない交ぜになった瞳が、俺を捉えたまま揺らぐ。
聴きたくなかっただろう、最悪の一言を突きつけたのだから、むしろ崩れ落ちずに立ったままでいるレイアは賞賛に値するだろう。

『ジュードを困らせる』

それは、レイアが一番恐れている言葉。
ジュードだけを見て、ジュードだけを追いかけてきた彼女が、一番嫌うことだ。
負担になりたくないと健気に気丈さを振舞い、世界の命運を賭けた戦いにすら『ジュード』を理由に参戦してきたのだから、彼女にとってジュードという存在がどれほど重いことか。
思いやって余りあるその感情は、今の俺にはとてもよくわかる。
俺にとっても、ジュードはとてつもなく重く大きな存在になったのだ。
想いを培ってきた年月は違えど、この身を左右するほどの存在だというなら、彼女と俺の抱く感情は似たものだろう。
それが、欲にまみれているか、清らかなのか、の違いだけだ。
声なく震える少女を前に、冷め切った思考をめぐらせていると、ぽつりとか細い声が問いかける。

「だったら……2年前の言葉は、何だったの?」

何度目になるかの問い。
彼女を焚きつけ、期待させ、混乱させ、絶望させた俺の言葉。
こんなことなら、あの時、余計なことなど言わずに黙っていればよかった。
俺が恐れのあまりに保身に走ったせいで、傷つかなくていいはずの人が涙を零す。
優しいレイア。
弱い俺のために、何度も傷つき犠牲になる健気な少女。

「……あの頃なら、まだつけ入る隙があったんだ」

そっと目を伏せて、俺は静かに言葉を継ぐ。

「ミラと別れてまだそんなに経ってない頃だ。ジュードの心の大部分は、まだミラの存在が占めてた。つけ入る隙だって、そんなに大きなものじゃない。けど……それでも、まだ可能性はあったんだ」
「……可能、性……」
「お前はそれを自分から捨てた。『ジュードを困らせたくない』って理由でな。だけど俺はその可能性に縋った。ジュードの感情なんて全部無視して、捨ててくれるなと追い縋った。その結果……ジュードは今、俺の手の中だ」
「…………」
「ジュードは俺のだ。俺から奪うっていうなら、たとえあいつに恨まれても俺は……レイア、お前を遠ざける」

真っ直ぐ見据えて言い切れば、レイアの瞳がじわりと滲む。

「わたしの気持ちは、知ってたよね……?」
「……あぁ」
「心の中で、笑って見てたの?」
「いや……お前がひたむきすぎて、眩しくて……自分の性格の悪さが嫌になったよ」
「……どうして、言ってくれなかったの?」
「何でわざわざ恋敵に宣言しなくちゃいけないんだ?俺は、お前が望むような純粋な駆け引きをしてやるほど、お人よしじゃねーよ」

もともと、恋愛に卑怯も何もあるはずがない。
意中の相手を落とし、自分のものにするという自分本位で自己満足な感情のための駆け引きだ。
ただでさえ同性というえげつない壁が存在している俺からすれば、レイアへの宣言などとんでもない自殺行為でしかない。
それでなくとも、レイアと真正面からぶち当たって、正々堂々勝てるはずがないのだ。
加えて、俺は元から正攻法が似合う人間でもない。
裏から手回しして陥れ、より確実な方法で欲しいものを手に入れる。
ただ、今回はジュードが相手だったから、そこに誠実さを全面に出さなければならなかったのだが、やってみればそれほど難しいことでもなかった。
ジュードを真似て、利益など関係なく自分の存在全てを相手のために使えば、それだけで簡単に事が運んだ。
だが、それで安心できるほど、俺は余裕のある人間じゃない。
排除できるものはすべて排除し、可能な限り傍にいて好きだと囁き続けた努力の結果が、今なのだ。
俺が必死に編んだ計画を、敵前逃亡したレイアに卑怯だと罵られるいわれはない。
強気な視線で見つめ返すと、僅かに怯んだレイアは視線を逸らして再び問いを重ねた。

「……いつから?」
「自覚したのは、たぶん……カン・バルクで裏切って帰って来たとき。告白したのは、ミラと別れた後、ジュードと一緒にイル・ファンへ帰って来た日」
「じゃぁ……2年前、カラハ・シャールで会ったときは……」
「モーションかけ続けて既に半年。だから、いいのかって訊いただろ?」

弾かれたように顔を上げたレイアに、俺は2年前の言葉を繰り返した。
言わないままでいいのか、と。
その言葉の裏に潜むどす黒い真意に、レイアが気づくことはない。
だが、俺がその言葉を投げたタイミングが、どれほど重要だったのかはわかったのだろう。
後悔の滲む気配に、俺はようやく息をついた。

「他に質問は?」
「……ジュードのこと、……好き、なの?」

ぎゅっと唇を噛むレイアに、俺は同情のような憐憫を感じていた。
同じ人物を好きになったからこそ、彼女が抱く、ジュードへの切実な気持ちがわかるのだ。
本当に、レイアはジュードを好きなのだ、と。
それだけは、誰にも否定できない。
そしてまた、否定する気もない。

「好きじゃ足りねーよ……この世の誰より、愛してる。それから……こんな俺を愛してくれるのも、ジュードだけだ」

沁み入るような心地でそう告げれば、自覚がさらに深まるようだ。
やはり、俺はこんなにもジュードを愛しみ、求めてる。
離れるなど、ありえない。
自覚した深い感情を噛み締めるように、ゆっくりと一度目蓋を閉じた。
あぁ……こんなに残酷な俺を、ジュードは好きだと抱きしめてくれるなんて、幸福すぎて胸が震えてしまう。
甘い夢を見るように数秒閉じていた目蓋を押し上げ、言葉を失ったままのレイアを突き刺すように見据えた。

「お前をむちゃくちゃ傷つけたとは思ってる。だけど、俺は謝らない」

びくりと跳ねるようにレイアの体が揺らぐ。

「ジュードだけは、譲れない」

きっぱりと言い切った瞬間、レイアの瞳から堰を切ったように涙が零れ落ちた。
瞬きを忘れたように、閉じられることのない翡翠の瞳が涙の海に溺れていく。
だが、ぼろぼろと大粒の涙を流し続ける彼女に、俺が言えることなど何もない。
慰めどころか、傷を抉ってトドメを刺す言葉しか持ち合わせていないのだから。
馴れ合いも、レイアとの絆も、これで終わってしまうのかもしれない。
そう思えば、寂しさや後悔すら抱いたが、それを差し引いても、やはりジュードは譲れないのだ。
何かを得るには、必ず同等の犠牲が必要になる。
今回は、ジュードを得るために、レイアを犠牲にしただけ。
言い訳のように自分に言い聞かせ、俺は久しく感じる空虚な冷たさに晒される。

「じゃぁ、な」

感情の篭らない声で泣き濡れたレイアにそう告げると、俺は躊躇いなく港を後にした。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/04/15 (Sun)

潔い卑怯さと大人げなさが輝くアルヴィン。
レイアが可哀想過ぎてつらい……。


*新月鏡*