「a love affair -1-」

 

 

 

たったひとつの知らせが、自分の中の予定調和を狂わせる。

穏やかな日々を。

甘やかな時間を。

静寂だった心を。

楽しみにしていたはずの手紙が、巨大な不安を呼び込むことになるなんて、誰が予測しただろう。
嘘だと思いたかった。
よりにもよって、忘れかけていた頃に突きつけられるなんて。
あまりに出来すぎた展開に、種を撒いた過去が憎らしい。
宣言にも似た予告は2年前。
己の穿った牽制が、まさか2年の時を経て逆襲しに来るとは思わなかった。
身も凍るような思いに、広げた便箋を皺が寄るほど握り締める。
動揺に力の加減が上手くいかないせいか、過分に加わった力で手が震えた。
ぎりっと奥歯を噛み締めながらフリーズしかかった頭をフル稼働させ、これからどう動くのが最良なのかを割り出す。
今は、悩む時間すら惜しい。
だが、落ち着け。
最重要項目にするべきものはなんだ。
そのために必要なことはなんだ。
考えろ。
考え、決断したなら、動け。
苛立つ感情を必死で抑えながら、端的にはじき出した回答に一度大きく深呼吸し、そして叫んだ。

「ユルゲンスっ!」
「な、なんだいアルヴィン、いきなり大声なんか出して?」
「緊急事態だ、帰る!」
「え……?」

ユルゲンスの声を叩き落すように、力任せに閉じた扉の音を置き去りにし、待機していた相棒へ駆け寄ると、騎乗と同時に空へ舞い上がる。
周囲にいた仕事仲間が、口々に何か騒いでいたが、そんなもの気にかけている余裕はない。
事は一刻一秒を争うのだ、構っていられるか。
手紙の到着は、1旬以上前。
来訪予定の時刻は、今日の夜。
そして今は、まばゆい朝日がシャン・ドゥを白く染めている。

「あぁもう最悪だ!」

今日まで手紙に気づかなかった自分も、読んだタイミングも、そして、手紙をよこした相手にも腹が立つ。
勢い余って、手に負えないこの現実すら恨みそうだ。
なんでよりにもよって仕事場宛てに手紙を出すんだ、ありえないだろう!
たぶん、仲間内専用のシルフモドキがタイミング悪く別の誰かのところにいたんだろう。
加えて、俺が世界中飛び回ってるから、出した本人よかれと思ってのことなんだろう。
そんな状況、考えなくてもわかる。
だが、今の俺からしてみれば最悪極まりないタイミングと嫌がらせでしかない。

「くそっ、マジで恨むぜ、レイア!」

ごうっと風を巻き上げて矢のように空を疾走するが、これでも間に合うかどうかわからない。
早く、速く、疾くと願うしかなくて、逸る鼓動を抑えることもできず、俺は焦燥感に苛まれたまま、離れた国にいる最愛の人の元へただ急ぐ。
身を裂くほど心を分け与える想い人は、ただでさえ突き放すなどできない人間なのだ。
それが自分の大事な幼馴染ともなれば、どれほど心かき乱されて苦しむことか。
2人分の感情に板ばさみになりながら、誰一人傷つけまいと苦悩し、胸を痛めることだろう。
あいつの人となりを知る人間なら、誰だって容易に想像がつく。
そんな姿を思い描けば、こちらまで連動して胸が痛むのだから、どんなに些細な苦痛だろうと可能な限り遠ざけたい。
我儘でいい。
自己満足でいい。
鳥籠だ、牢獄だと、他人から指を指されようが知ったことか。
本人が触れることを望んでようが、俺はそれすらねじ伏せて遠ざけてやる。
知らなくていい。
知ってほしくない。
あいつが揺らぐことなく瞳に映すのは、俺だけでなくてはならないのだから。

「頼む、間に合ってくれっ……!」

祈るように呟いて、グレンの手綱をきつく握り締める。


――――『ジュードに会ったら、ちゃんと言うよ!』


俺がやっとのことで手に入れた平穏は、可愛い文字が綴るたった一文で瓦解した。

 

 

 

Dear Alvin

やっほー!レイアだよ。
この前は無理やり配達頼んじゃってごめんね、すっごく助かったよ。
あ、そうそう、もう知ってるかもしれないけど、この前源霊匣の研究、ひと段落したんだって。
ジュードが手紙で教えてくれたんだー♪
微精霊の源霊匣だけでも、リーゼ・マクシアでの長期間の安定にはまだ課題があるって言ってたけど、ひと段落はひと段落だもんね。
実用化に向けての……なんだっけ、見通し?っていうのもできたみたい。
あれから3年だもん、やっとジュードの頑張りが形になったって感じで、わたしも嬉しいっ!
それでね、お祝いも兼ねて、来旬の休日に会いにいこうと思うんだ。
わたしは4日滞在予定にしてるんだけど、エリーゼは、2日後に来てくれるって。
一緒にハイ・ファンのホテルに泊まる約束なんだ♪
アルヴィンも都合よかったらおいでよ!
やっぱりこういうのは、みんなで一緒にお祝いした方が、ジュード喜ぶもんね!

あ、そうだ、これはエリーゼにも内緒にしてたことなんだけど……アルヴィンには知らせておくね。
色々心配してくれてたし、相談にも乗ってくれたし。
あのね、わたし……ジュードに会ったら、ちゃんと言うよ!
「大好き」って、ずっと言えなかった告白、ちゃんとするんだ!
忘れちゃったかもしれないけど、前にアルヴィンが「言わなくていいのか」って心配してくれたの、ずっと心に残ってて……。
やっぱりアルヴィンの言うとおり、言わないままっていうのは、嫌だったみたい。
もうあれからずいぶん経っちゃったし、ジュードにはもう好きな人いるかもしれないけど、言わないよりずっといいよね。
ジュードがひと段落したって聞いて、わたし、今なら言えるような気がしたの。
だから、頑張るっ!
まだちょっと怖いけど、上手くいくよう応援しててね!

From Leia

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/04/11 (Wed)

基本的に、我が家のアルヴィンは卑怯です。
正攻法で勝てるなら、もっと自信家であるべきだからね。
恋敵決闘編開始。


*新月鏡*