「all indulgence with you」

 

 

 

「おたくって、いつになったら甘えてくれんの?」

寂しげな表情でそう問いかけられた時、この人は一体何を言ってるんだろうか、と思った。
なぜなら、彼は現在進行形で僕を甘やかしているからだ。
ぎゅっと抱きしめられて、優しく撫でられて、挙句この上なく甘いキスまで与えられた僕は、今まさに甘えの大盤振る舞い状態である。
にもかかわらず、何故かアルヴィンはそんなことを口にした。
理由がよくわからなかったので、素直に答えてみようと腕の中で向き直る。

「甘えてる、つもりだけど?」
「は?」
「え?」

互いの疑問符が交じり合う。
何でそこで驚くのかがわからない。

「いや、だから、結構アルヴィンには甘やかしてもらってる気がするんだけど……」
「え、俺、おたくに甘えられた記憶あんまりないぜ?」
「あぁ、それね……」

言わんとしていることをようやく把握した僕は、ふてくされるように尖った彼の口元を見て笑った。
なんだ、大変なことに繋がってるのかと思ってちょっと不安になったけど、杞憂で済んだようだ。
だが、彼のほうはそうではないらしく、未だ疑問符を掲げて僕に詰め寄る。

「自覚あんの?」
「あるというかなんというか……僕が動くより先にアルヴィンが甘やかしてくるから、僕からお願いすることってあまりないんだよね」

口端に人差し指を押し当てて視線を流す僕に、アルヴィンは信じられないといわんばかりの表情で凍りついた。

「……まさか、おねだりしてくれるジュード君を見れる絶好の機会を、俺、自分で壊してる?」
「何、そのいかがわしい言い方」

この人の言葉はいちいちい怪しい方面に行きがちだな。
そんなだから、エリーゼに「変態さんは、嫌い、ですっ!」なんて力いっぱい拒否されるんだって、いつになったら気づくんだろうか。
「アルヴィンにセクハラされましたっ!」と駆け込んでくるエリーゼを宥めるのも、何度目になるかわからないほどだ。
ついでに、拒絶されるたびに半泣きでエリーゼに嫌われたと落ち込む彼を慰めるのも、ずいぶん手馴れてしまった。
甘やかしたい、一緒にいたい、って気持ちが前面に出るようになったのはいいことだが、彼のセクハラまがいの言動だけが、未だに治らない。
僕相手ですらこんな有様なのだ、女性に対しては完全に訴えられたら負けるレベルなので、そろそろ自重してほしいところである。
そんなことをしみじみと考えている僕とは違い、アルヴィンは難問にぶち当たった受験生のような表情で苦悶していた。
僕が甘えてこないって、そこまで悩むレベルの話なの?
思わず出そうになるため息を押し込めて、あらぬ方向へ考え込んでいるアルヴィンの袖を軽く引く。

「たとえば、だよ」
「ん?」
「何となく人肌恋しいというか、抱きしめて欲しいなぁって思うときあるじゃない?」
「あるな」
「そんなときね、必ずアルヴィンが抱きついてくる」
「…………え?」

ぽかんと見下ろしてくる瞳に、にっこりと笑いかけて見つめ返す。

「だから、アルヴィンが自然と察して叶えてくれるんだって。建前も掲げてね」
「建前?」
「あれ?言ってて気づかない?『悪い、ちょっと抱きしめたくなったんだ』って、自分のためにやってることなんだって、よく言ってるんだけど」
「…………マジか……馬鹿じゃねーの俺」

愕然とするアルヴィンに、僕はたまらず笑ってしまった。
僕に対して、彼はよく無自覚だなんだと言ってくるが、彼のほうも相当無自覚な行動が多い。
特に、甘えることに関しては、彼のほうがよほど積極的で無自覚だ。
自分から行動を起こすことに慣れてない僕からすれば、相手を望んだときに望まれること以上に満たされるものはない。
その点で言えば、アルヴィンは本当に理想的なタイミングで僕を求めてくれるのだ。
気を遣わせてるかも、という懸念が頭の片隅を掠めても、本気で僕に甘えたがってる姿を見せられれば、そんな懸念など不必要なのだと思い知る。
だから、彼が僕に与える建前は、本当に嬉しく、心地いいのだ。

「甘えてるよ、ちゃんと。ただ、アルヴィンが僕の甘えやすいように甘えてきてくれるだけ」
「なんか、損した気分だ」

しょぼん、と俯いてしまったアルヴィンを励ますように、僕は少し背伸びをして抱きしめる。

「僕はなかなか素直に言える自信ないから、アルヴィンが察してくれるとすごく嬉しいよ」
「…………可愛いこと言うなよ、キスしたくなるだろ」
「言ってないよ。今だけね、思う存分どうぞ」

抱きすくめる腕に添いながら、優しく降りてくる唇を迎え入れる。
甘ったるい口づけをかわしながら、彼が抱いていた不安の可愛らしさに愛しさばかりが募って仕方ない。
あれだけ僕を甘やかしておきながら、甘えてくれない、って拗ねるなんて思わなかった。
僕が求める以上に求めて欲しがっているとも聞こえて、彼の強欲さに少しときめいてしまう。
呼吸の浅さと高鳴る心音に頬が熱くてのぼせそうだ。

「やっぱおたく、むちゃくちゃ可愛いわ、……たまんねぇ」

熱を孕んだ瞳で見つめてくるアルヴィンが、そう甘く囁いたかと思えば、再びキスの雨が降り注ぐ。
アルヴィンの方が可愛いよ、なんて言えるはずのない言葉をキスに込めて、僕は求めてくる腕に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/05/19 (Sat)

ナチュラルデレ、という言葉をジュードに贈ろうと思う。


*新月鏡*