「thundershower」
雫のカーテンが広がる豪雨の音。 薄暗い部屋の中にカッと閃光が走り、集中していたはずの視界が一気に遮断される。 ぱちりと瞬きをして窓を見やった瞬間、 「わっ!」 どぉんと腹に響くような轟音と共に足元が揺らいだ。 落ちた!間違いなく近くに落ちた! 未だごろごろと唸る雷雨の様子に、僕は慌てて分厚い参考書をばたんと閉じて、隣の部屋へ走る。 ばたばたと普段立てない足音に、隣のリビングにいたアルヴィンは、ビスケットを齧りながら不思議そうに見上げてきたが、彼の困惑など全部無視して隣へすとんと腰を下ろした。 彼の使っていたブランケットを引っ張って足を突っ込み、膝を抱えるようにして座り込む。 温かなブランケットと隣接する彼の体温を感じれば、何とかひと心地ついたような気がした。 「…………」 「…………」 「さっきの、すごかったな」 「ね、びっくりしちゃった」 そんな会話の間も、ご機嫌斜めな天候に合わせて、どぉん、ごろごろと絶好調な雷鳴が轟く。 家に落ちたらどうしよう、家樹だから燃えやすくて困るんだけど。 アルヴィンは、そんな懸念など一切ないのか間延びしたあくびをして、がちがちに固まった僕を見る。 何が言いたいのか何となくわかるが、そこは突っ込んでほしくない。 情けないって自分でも思うし、わかってるし、恥ずかしいし。 そわそわと抱えた膝を撫でさすりながら、何処へやるともなく視線を彷徨わせていると、隣にいたアルヴィンが無造作にマグカップを寄こした。 「ん」 「くれるの?」 「飲みかけだけどな」 「ありがとう、じゃぁ一口もらうね」 「これ、食う?」 「食べる。って、そのビスケット、僕が買ってきたやつじゃないか!」 「新商品だからちょっとギャンブル感覚で開けた。なかなかいけるぜ」 ばりばりもぐもぐ口を動かして消化を続行しているアルヴィンを恨めしげに眺めながら、僕は渡されたマグカップを傾ける。 流れ込むブラックコーヒーは舌に苦く、新商品の甘いビスケットには確かに合いそうだ。 温かなコーヒーにほっと一息ついて、マグカップを返す代わりに差し出されたビスケットを受け取る。 床に無造作に置かれた新聞を何となく手に取り、目に入った天気予報の欄を眺めつつ甘いお菓子に齧りついた。 うん、確かに甘すぎず、果実の粒がいい仕事をしている。 これは当たりだ。 「最近、天候おかしいよね」 「んー……断界殻なくなって急に環境変化したからじゃねぇの?」 「そうだね、それもあるかも……霊勢がなくなったから、使用する精霊術のバランスも変わってるし……」 「ホント、おたくは根っからの研究者だねー」 新聞を広げながら少し考え込んでいると、アルヴィンの腕がするりと腰に絡みつき、そのまま肩に頭を乗せられる。 突然の行動にどうしたのかと視線を振るが、すりすりとすり寄るばかりのアルヴィンが口を開くことはない。 特に害にもならないので、アルヴィンの頭を肩に乗っけたまま、新聞を読み進める。 単調に刻む時計の音と、雨の足音、時折ページをめくる紙の音。 抱きついたままのアルヴィンに、寄り添うように身体を預ける頃、遠く小さな雷鳴が別れを告げる。 「あ、遠くなった」 「だいぶ離れたみたいだな」 最初の一撃と比べれば、ずいぶん可愛らしい音で去っていくものだ。 窓を突き刺す稲光は相変わらず眩しいが、光を追う音の間隔にもうずいぶん離れたことを確信する。 よかった、と胸をなでおろすと、一気に過分な力が抜けていくようだ。 目を閉じて熱を分け与えてくれるアルヴィンの頭に頬を寄せて、しばしの沈黙。 そういえば、最初の一撃以降、何だかんだで雷鳴を気にせずにいられた。 きっとそれも、アルヴィンのおかげなのだろう。 何も言わずに傍にいさせてくれて、穏やかで安心できる場所を作ってくれて。 つい甘えてしまった僕は、なかなかこの場所を動く気にはなれなくて少し困った。 部屋に放置してきた参考書は、ぜひとも今日中に目を通しておきたいものなのだが、如何せん、彼の傍は居心地がよすぎる。 どうしたものかと小さな葛藤をしていると、不意にアルヴィンが頭をもたげた。 「なぁ、ジュード」 「なに?」 「ここで読めば?」 ぱちぱちと目を瞬いて見つめるも、彼のしてやったりといわんばかりの笑みは何処までも確信に満ちている。 人の思考を読むに長けているとは思っていたが、まさか沈黙から僕の思考を読むとは思わなかった。 すごいなぁ、と感心しつつも、アルヴィンの思いがけない提案に嬉しくなって笑い返す。 先回りして差し出してくれた手を払いのけるほど、僕は自分に厳しくない。 ただ…… 「あとちょっとしてから取りにいく」 「ふぅん、あっそ。俺も、あとちょっとしてからコーヒー淹れなおすけど……いる?」 「ミルク多めで」 「りょーかい」 すとん、と肩へ戻ってきた頭の重さにくすぐったい気持ちになる。 まだ、もう少し、傍にいたい。 そんなささやかな甘えを見透かしたように、僕を抱く腕に僅かな力が篭る。 『あとちょっとしてから』なんて、同じタイミングで離れるきっかけを作ってくれるあたりが優しい。 きっと、そんな言い訳を使わないと、このままずるずる先延ばしにして結局動けないって、彼はちゃんとわかっているのだろう。 ――――あぁ、本当に……アルヴィンがいる時間は満たされすぎてる 甘ったるく優しい空間の中で、僕はか細い雷鳴の声を聞いた。
* * * * 2012/03/06 (Fri) ジュード君のデレがなさすぎて、頑張ったけど、望んだ感じでデレてくれないw 何故wwww *新月鏡* |