「love-in-a-mist -gypsy of love-」

 

 

 

バランさんとの夕食を終え、僕たちは翌日、リーゼ・マクシアへ戻ることになった。
本当なら、もう1泊する予定だったのだが、急遽予定変更したらしい。
追い立てるようにカラハ・シャールへと逆戻りさせられてしまい、僕は慌しさに首を傾げていたが、アルヴィンが申し訳なさそうに謝ってくるので問いただす気も起きなかった。
そんな忙しない予定変更に流されながら、僕たちは預けていたグレンに乗ってイル・ファンへと帰って来たのだ。
5日ほど離れていた我が家は、なんだか久しぶりな印象を受けてしまって落ち着かなかったが、リビングでくつろぐ頃にはほっと一息つくほど穏やかな気持ちになっていた。

「なんか、帰って来たーって感じするよなぁ」
「確かに……なんだか不思議な気持ち。アルヴィンって、いつも帰ってきたらこんな気分なの?」
「んー……おたくが感じてるのと同じかどうかはわかんねぇけど、たぶんそうなんじゃないか?俺は、今回愛しの優等生と一緒だったから、新鮮な気分だけどな」
「そうなの?」
「一緒に長期間家から離れたことないだろ?」
「そういえばそうだね」

いそいそとソファの隣へ身を寄せてくるアルヴィンに指摘されて、くるりと思考をかき混ぜる。
確かに、ミラたちと旅をして以来の遠出だ。
特殊な伝手を持つアルヴィンだからこそ可能になった広範囲デートは、とても楽しく、有意義なものだった。
この1旬の休暇期間で通り過ぎた景色は数知れず、デートと呼ぶより旅行と言った方が正しい気がするが、僕に色んなことを教えてくれた大切な思い出だ。

「あ、そうだ。ねぇ、アルヴィン」
「ん?」

だが、そこにもひとつ、残った疑問がある。
主要な場所を飛び回っておきながら、一番外せない場所を素通りした理由だ。
一番外せない場所、僕とは切っても切り離せない場所。

「なんでル・ロンドには行かなかったの?」
「…………やっぱり気づくか」
「気づいちゃったね。訊かない方がよかった?」
「よかったって……まぁダメってことはないけど……なぁ……」

言いづらそうに言葉を濁すアルヴィンに首を傾げながら、じっと見つめていると、その視線に耐えられなかったのか、アルヴィンはがっくりと肩を落として項垂れた。

「あそこには、ディラックがいるだろ」
「うん、いるね」
「わかんない?」
「仲が悪いから顔合わせたくない、とか?」
「残念、それ以上の理由」

父さんとアルヴィンの折り合いが悪いのは、ミラと旅していた頃からよく見ているので、それが理由かとも思ったが、どうも違うらしい。
今までずっとエレンピオス関連のことで、揉めてたんじゃなかったのか。
それ以外の理由が見当たらなくて、眉根を寄せて考え込んでいると、アルヴィンがため息を盛大に吐き出した。

「……ディラックがいる街で、おたくにちょっと過激なスキンシップなんてできねぇだろ」
「…………」
「そんな目で見んなよっ!それに、万が一俺がおたくにモーションかけまくってるってバレてみろ、絶対引き離されるだろう!」

そうなったら俺生きていけない!と、目の前で嘆く男をどうしてくれようか。
もっと深刻な理由があるんじゃないかと、ちょっと心配した僕の気持ちを返して欲しいんだけど。
あまりに残念すぎる理由に、失笑を吐き出したまま引きつる顔が戻らない。
何だろう、僕はアルヴィンに夢を見すぎていたのだろうか。
ちゃんと彼自身を見ようと決意して、現在進行形で見ていたつもりなのだが、まだ足りないのかもしれない。
とりあえず、意識を切り替えなければと頭を振って、いまだめそめそと、引き離された後の恐怖予想を嘆くアルヴィンに向き直る。

「それって、アルヴィンが、父さんの前で疑われるようなことしなきゃいいんじゃないの?」
「おたくを前に、俺ができるはずないだろ!」
「力いっぱい断言しないでよ!」

何言ってるのこの人。
というか、どんな目でいつも僕を見てるんだろう。
なんだかよくない予感に困惑していると、いきなり両肩を掴まれた。

「ジュード、ひとついいことを教えてやる。俺はこれでも必死に耐えている。現に、今、まさにこの瞬間!」
「え……嘘、だよね?」
「ぶっちゃけ、今すぐ抱きしめたい」
「……う、ぁ……ストレートに言うようになったね」
「俺がこんなに素直に言えるようになったのも、全部おたくのお・か・げ。ついでに正直に言うとだな……一緒にいるときは、だいたいそんなこと考えてる。こう、ぎゅーっと抱きしめて、色んなとこにキスして、いちゃいちゃして……」
「…………」
「おいおい待て待て離れんな、誓って何もしない。今はっ!」
「……今は、ね」
「あぁ、今は、な」

ということは、この場限りの誓いか。
どれだけ軽い誓約と理性なんだ。
どんどん残念さが際立ってくるアルヴィンに、僕は徐々に悲しい気持ちを抱き始めてしまう。
あぁもう、何故こんなにどうしようもない人なのだろう。

「まぁ、ディラックだけが理由ってわけでもないんだがな……」
「そうなの?」
「そうなの。結局無意味だったけどさ」

突っ込むことも諦めてしまうほどの潔い残念さに圧倒されていると、アルヴィンは、やや後ろめたそうに小声で付け加えた。
父さんだけが理由じゃないってどういうことだろうか。
アルヴィンの瞳を覗き込むように見つめるも、彼は口ではなく距離を開いて視線を逸らした。
どうやら言いたくないらしい。
何となく気になって、視線を追うように身体を横に曲げて下から見上げると、ちらっと一瞬視線が合って再び逸れた。
なんだか面白い動きだ。

「そ、そんなことより、ジュード君。今回のデートはどうでしたか?」

追いかける視線に耐え切れなくなったのか、僅かに上ずった声が話題転換を仕掛けてきた。
デートをプロデュースした本人にしてみれば、とても気になることなのかもしれない。
ただ、なんで敬語?と頭の隅でちらっと思ったものの、そこを突っ込んだところでたいした会話にならないので、僕は素直に答えた。

「うん、楽しかったよ」
「評価の程は?」
「あぁ、それね」

そういえば、デート当日に評価云々の話をしたような気がする。
えっと、確か……王子様かどうか、だったっけ?

「んー……そうだね、アルヴィンは魔法使いじゃなくて、吟遊詩人だったみたい」
「より一層使えないジョブチェンジ!?」
「魔法使いは僕だったし、やっぱり物語の主人公やるだけあって、王子様って早々お目にかかれないみたいだね」
「何かもう、色々つらい」

両手で顔を覆って、しょんぼりと丸まってしまった背中に、思わず苦笑してしまう。
そんなに王子様にこだわらなくてもいいと思うのだが、どうやら彼は変なところで理想が高いようだ。
そろりとやや被さる形で正面から背中を撫でて、慰めるように言葉を継ぐ。

「王子様だったら、あんなデート思いつけないよ」

箱庭で育った王子様が、あんなに自由に振舞える世界旅行の計画なんて、立てられるはずがない。
きっと、上品な庭園を巡って、綺麗に整備された場所を歩いて、完璧に整ったディナーを食べるばかりのデートになるのだろう。
それはお姫様にはとても魅力的なのかもしれないが、僕にしてみればとても窮屈な印象を受けるのだ。
何処へ連れて行ってもらっても、僕の目に映る景色は、とても美しく大切なものになるのだから、特別に作られた場所など必要ない。
それに、今回彼が世界の景色を見せたことに、僕は別の意図も感じているのだ。
イル・ファンから出ることのない僕に、変革後の世界と現状を見せるために、わざわざこんなハードなスケジュールを組んだのではないかと。
今回見た景色を知っているのと知らないのとでは、きっと研究への姿勢も変化が現れる。
変わった世界と変わりゆく過程と、自分に託されたものの必要性。
それを目に見える形で示されてしまえば、実感しないわけがない。
僕のなすべきことが、とても大切なことなのだと、彼が背中を押してくれたのだから、もうそれだけで僕の胸は温かくなる。
結局、色んな思惑が絡んでいたって、根幹はとてもシンプルなのだ。
連れて行ってくれる場所なんて、どんな場所だってよかった。
たったひとつ、彼の気持ちが伴えば、それだけでこんなにも満たされるのだから。

「いいじゃない。スポットライト浴びるような主人公より、無名で全然知られていないけど、ここ一番っていうときに絶対に必要な登場人物の方が、僕は好きだよ」
「吟遊詩人が何の役に立つんだよ」
「誰より物語の核心を知ってる人だよ?見聞は誰より優れていて、世界中に語り継ぐ。役に立つか立たないかは、きっと人それぞれだよ。吟遊詩人っていう存在は、物語の核心を歌うだけで十分重要な役割なんじゃないかな」
「……そうかぁ?」

僅かに顔を上げて訝しがる彼の頬を両手で包み込んで、真正面から微笑みかける。

「そう思っておきなよ。僕は好きだって言ってるんだから」
「う……ま、まぁ、そう言われちゃ……悪い気がしないのは、確かだな」
「単純」
「うるせ」

つんと唇を尖らせるものの、さっと朱の混じる頬が可愛くて、さらに笑みが深まる。
素直なんだか、素直じゃないんだか。

「でも、誰も知らない物語なら、予測不能でずっと楽しそうだよね」
「優等生のくせに、意外に波乱を好むタイプか?」
「決められた道を歩くの、嫌いなのはアルヴィンの方でしょう?」
「あぁ、ぶっ壊したくなるな」
「ぶっ壊すって、吟遊詩人は竪琴しか持ってないでしょ?」
「んじゃそれ叩きつけて壊すかな」
「ふふっ、冒険小説みたいに、歌で空気を振動させて壊すとか空想じみた壊し方じゃないんだ。過激な吟遊詩人だなぁ、もう」
「でも、好きだろ?」
「現実的で嫌いじゃないね」
「だったら、何も問題ねーな」

背中に腕を回して甘えるように抱きついてくるくせに、口から出る言葉が物騒で仕方ない。
吟遊詩人だというのなら、それ相応に抒情詩でも歌っていればいいのに、どうやら彼の持つ竪琴は破壊活動に耐えられる強度を持つようだ。

「じゃぁ、過激な吟遊詩人は、いつになったら歌うのかな?」
「お前が望めばいつなりと。お前限定で愛の詩を歌ってやるよ」

耳元に囁く声は、どこまでも甘く響いた。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/03/03 (Sat)

王子様不在でしたwwww
PTメンバーでやるなら、ミラが王子で、エリーゼがお姫様だと思うわけですよ。
んで、タイマン戦チートな武闘派魔法使い(見習い)と、口より先に手が出るクラッシャー吟遊詩人と、これまた武闘派エンジェル白魔法師と、最強魔法と頭脳を携えてる魔道師か。
全員魔道系と思わせといて、魔法使うより先にボコるわけですね、勝てる気がしねぇ!
ラスボスだろうガイアスは、果たして勝てるのかw
まぁ、そんな感じで心情整理編完結(え。
次、返答編へ続く!

余談。
『love-in-a-mist(黒種草) 花言葉』
夢路の愛情・とまどい・困惑・当惑・夢を抱く・不屈の精神・叶わぬ恋・夢で会いましょう


*新月鏡*