「beside you」

 

 

 

増え続ける秘密。
それは日を増すごとに、ひとつ、ひとつ。

本当は、許されないことで。

本当は、二度と会えない人だった。

穏やかな世界は温かさに満ちていて、循環する魂を見守り続けていればよかった。
それだけで、よかったの。
傍には共に生きてくれる人がいて、たくさんの精霊に囲まれて、私はとても幸せだった。
だけど、拭い去れない想いもあって、一人こっそり抜け出す日々。
行って何になるかといわれれば、きっと何にもなりはしない。
話すことも、触れることもできないまま、ただその背中を見つめるだけ。
でも、それでも足繁く通ってしまうのは何故かしら?
何度もくり返した疑問だって、結局答えは出ないまま。
今日も変わらずその背を追って見つめ続ける。

今日のあの人はとても疲れているようで、時折瞼が重く落ちる。
隣にいた老人が休息を取るよう促すまで、誰一人彼の様子に気づかない。
人よりちょっとだけ強面なせいで、威厳ばかり手前に出るせいかしら。
少しの言い争いをした後、根負けしたその人は、玉座の袖から別室へ続く回廊へ足を向けた。
それを追って、もちろん私も別室へ向かう。
回廊から見える外の景色は、銀世界と言ってもいいほどの白さで、きっと肌を突き刺すほど寒いのだろう。
ぼんやり他人事のように考えていると、窓越しに燃える紅を見つけて驚いた。

休まないのかしら?

とりあえず、白にぽつりと佇む姿を追って外へ出る。
精霊界と人間界の狭間のような場所にいるとはいえ、やんわりと肌に感じる冷たさ。
こんなところに弱った身体のまま立っていては、風邪を引いてしまうだろうに。

人って、何を考えているのかわからないわ。

どれくらい冷たいのかと、興味本位で白い地面に触れてみるも、曖昧な感覚に寂しくなるだけだった。
こんな狭間から抜け出して、この身を人間界へ移動させれば、その冷たさに身体が振るえて寂しいどころではなくなるのだろうけれど、それでもそれだけは決してできないと首を振る。
これは、重ねる秘め事の代償であり、自分なりの最後のけじめだった。
自分への甘さを許した分だけ、つらくなるとわかっていながら、その一線だけは越えまいと心に決めたのだから。
掴めもしない白い結晶を見送って、ゆっくりと視線を上げると、紅い衣のその人は、縁側の柱に目を閉じて寄りかかっていた。
そっと近づいて覗き込むと、遠めで見たよりくっきりと疲労の色が表れていて。
心配のあまり、無意識に指先で隈ができてしまった目元をなぞる。
すると、閉じていた目がぱちりと開いてこちらを見たので、思わず呼吸が止まった。
黄昏色の瞳が、視えるはずのない自分を見ているような気がして、身を引くことすら緊張が伴う。
彼のいる人間界に音すら伝えられない存在でありながら、何故か彼なら気づいてしまうのではないかという危機感から、移動するにも動きがぎこちなくなってしまった。
少しパニックに陥りながら、彼の背後にあった曲がり角へなんとか滑り込み、逸る心臓を落ち着かせる。

まったく心臓に悪い人だわ。

ぎゅっと両手を胸に抱き寄せるように縮こめて、祈るように目を瞑る。

「…………」

僅かに身じろぎをして周囲を窺う彼の様子に、なんだか本当にバレてしまったような気がして困惑する。
一度は人の身以上の力を宿したことのある人だ。
他の人間ではここまで危惧するようなことはないが、彼が相手となれば話は別で、もう不用意に近づけない。
だが、こちらの思惑など知らない彼は、何かを探すようにゆっくり辺りを見回す。
そして、その視線が縁側の曲がり角でぴたりと止まる。

「…………ミュゼ?」

その声に、堪えきれない想いが溢れ出て、瞼が熱くなる。
重く響く声音は、包み込むような安心感すら与えてくれて、顔を覆う手のひらを雫が伝った。

どうして、気づいてくれるのかしら。

見ることも、触れることも、会話することすらできなくなったこの私に。

私には、これ以上の幸運などないはずなのに、どうして貴方は気づいてくれるの?

 

『……ガイアス』

目を伏せて再び雪景色へ戻った視線が、どこか愁いに満ちていて。
閉じこもるような背中を見つめていた私は、いてもたってもいられなくて、そっとその背にこの身を寄せた。

ダメだとわかっていながら。

無意味だとわかっていながら。

それでも今このときだけは、この人に寄り添っていたかった。

 

深々と降る白い結晶を、ふたりぼっちで眺めるだけのささやかな時間。
結局その後、彼は一言も声を発することなく、眠りに落ちた。
こんな寒い場所での眠りは、身体にはよくないと、少しだけ周囲に干渉してしまったが、後で素直にミラに怒られるだけで済むなら安いものだ。

『人の命は短いもの……無理をしてはダメよ、ガイアス』

稀に見る安らかな横顔を見つめたまま、届くはずのない願いを謳う。

 

 

どうか今しばらくの我儘を許してください。

 

彼が、目を醒ますまで……


彼が、誰かを必要とするまで……

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/02/15 (Wed)

ガイミュゼなさすぎて、衝動的にむしゃくしゃしてやった。
もっと増えればいいと思うのだよ!
ミラジュが遠恋なら、ガイミュゼだってこんなだろうよっ!!!!
ギャグ化すると、とんでもないバカップルになってくれるんだがな……それも書けたらいいな……。


*新月鏡*