「l-i-a-m another -ugly heart-」
「それでも、わたしはジュードが笑っててくれる方がいい」 朗らかに笑ってきっぱり言い切る少女が眩しい。 どうして、そんなにひたむきに追いかけていられるのだろう。 不安になりはしないのだろうか。 想うだけでいいなんて嘘だ。 想い返してほしいし、自分だけの人でいてほしい。 ――――『努力はする。だから急かさないで……』 思い出される苦しげな蜜色の瞳。 逸る心を押し込めているが、これもいつまで持つかわからない。 この想いが我儘だと、強引で自分勝手だと、わかっている。 だけど、お願いだ……不安にさせないでくれ。 与えられる優しさを知るからこそ、俺からそれを奪う全ての可能性に、俺は怯え続けているんだ。
エリーゼから言い渡された刑罰により、グレンを預けた俺は、カラハ・シャールの市場入り口で、ある人物を待ち続けていた。 商売繁盛でにぎやかなのはいいが、人と待ち合わせる場所としては最悪極まりない。 見落とすまいと街の入り口をじっと見続けること数分、ようやくお目当ての人物が姿を現して、俺は小さく息を吐いた。 いつものように動きやすさ重視の服装と、お気に入りのヘッドドレス、見間違えようがない。 「レイア!」 「あーっ!アルヴィン!わざわざ迎えにきてくれたの?」 「お姫様の厳命でな」 片手を上げてぱたぱたと走ってくるのは、底抜けに明るいジュードの幼馴染、レイアだ。 挨拶代わりに軽く手を打ち合い、それが綺麗に決まれば自然と笑い合う。 久しぶりといえば久しぶりなのかもしれないが、仕事の都合上、この半年の間に3,4回は顔をあわせているので、そこまで久しぶりという感覚はない。 むしろカン・バルクに缶詰状態のローエンの方が、よっぽど会えてないだろう。 「あれ、ジュードは?」 「エリーゼ姫に持ってかれた」 「じゃぁ先に歓迎会始まってるかも。急がなきゃ!」 ひらりと踵を返して中央広場方面へ向かうレイアの足取りは、喜びと期待に満ちて軽く弾む。 実は、今回エリーゼ主催のジュード歓迎会を提案したのはこの少女だ。 それもこれも、この連休に俺がカラハ・シャールへジュードを連れて行く、という話が伝わってしまったせいだが。 ジュードに恋するレイアには絶対に伏せておこうと思っていたのに、いったいいつバレたんだ。 たぶんエリーゼあたりなんだろう、と思い至れば強く批難もできない。 彼女にはずいぶん弱みを見せてしまったし、旅の仲間だった女性陣のパワフルさに、頭が上がらないせいもある。 ほとほと格好悪い自分に少し項垂れながら、スキップしそうなレイアの後を追う。 「ジュード元気にしてるかなぁ?久しぶりに会うもんね、何から話そうかな」 「イラート海停で別れて以来だもんなぁ。あ、手紙のやり取りはしてんだっけ?」 「そうそう、でも手紙だといつも、大丈夫だとか心配しないでとかばっかりなんだもん。今日はとっ捕まえて、根掘り葉掘り聞き出してくれる〜!」 「ほどほどにしといてやれよ。散々引きずりまわしたせいで疲れてるっぽいし」 「そうなの?じゃぁ、今日は早めに寝かせてあげた方がいいね」 「そうしてやってくれ」 ころころ変更される予定に苦笑が漏れる。 レイアは旅の頃から変わらない。 ジュードを優先し、ジュードのために駆け回る。 その姿が微笑ましくて、自分の心境的には恋敵であるものの、なかなかどうして、憎むより先に背中を押してやりたくなる。 まぁそれができるのも、好きになった相手が、容易に陥落させられないとわかっているからかもしれないが。 「それにしても……相変わらず、おたくは優等生大好きだねぇ」 「……っ!…………うん、大好き!」 振り向きざまに、太陽みたいな華やかな笑顔を向けられて、俺は僅かに固まった。 わぁ、可愛らしい。 なんでこの子は、それをジュードの前で素直に出さないかな。 可愛い乙女心ってやつなのかもしれないが、照れ隠しでバシバシしばいてたら、さすがに俺でも恋愛には発展するまい。 「言わないのか?」 「何を?」 「『大好き』」 「……うん……そう、だね……」 「言えない?」 「……かも」 ぱたりと足の止まったレイアは、視線を彷徨わせた後、小さく俯く。 その姿がずいぶんか弱くみえて、俺はとんでもない地雷を踏んだかもしれない、と少々焦った。 「あー……なんだ、その……レイ」 「ジュードをね、困らせたくないの」 「あ?」 「今のジュードに、悩み事増やしたくないんだ。今は源霊匣の研究があるでしょ?だから、わたしの気持ちを伝えて、悩ませたくないの」 喧騒の中でぽつりと零された言葉が、やけに耳にクリアに届く。 「好きだって言ったら、きっとジュードはわたしを傷つけないように答えなきゃ、って色々考えてくれると思う。だけど、今のジュードにとって一番大事なことは、ミラやガイアスと交わした約束のために、研究の地盤を作ることじゃない?わたしのことで悩む時間なんてないよ」 「だから、言えないってのか?」 「……うん」 「けど、お前の気持ちはどうなるんだよ」 「わたしの気持ちは、今のジュードには重荷にしかならないからなぁ。さっき色々言ったけど、結局……たぶん、怖いの。ジュードに、そう思われたくないの」 「レイア……」 彼女が言いにくそうに零した一言一言が、俺の心に重くのしかかる。 レイアが危惧するもの全て、俺は何のためらいもなくぶちまけてしまっているのだから当然だ。 自分が傷つくかもしれない、その恐れだけで閉じていた気持ちも、ジュードの許しを得て自由になった。 思い返せば、全て自分本位な気持ちで振り回している。 ジュードが思い悩むことすら、染まれ落ちろと誘い歓迎するばかりで、レイアのように罪悪を感じることはない。 代わりに苛む感情とこの胸の痛みは、そんな自分の愚かさと浅ましさを責めている。 わかっているさ。 本当にジュードを想うなら、この気持ちは枷以外の何物にもならないということを。 レイアも自然とそれをわかっているから、『言えない』と言い切った。 きっとそれは正しくて、それが本当に好きな相手を思いやることなのかもしれない。 だけど、俺は……。 「わたしは、ジュードの喜ぶ顔が好き、笑ってる顔が好き。悲しい顔も困ってる顔も、見たくない。ううん、そんな顔、させたくない」 「だから、今は見てるだけでいいってか?」 「……アルヴィン?」 幾分トーンの落ちた声に、レイアが不思議そうに俺を呼ぶ。 「じゃぁ、ジュードにモーションかける奴が出てきてもいいのか?最悪、ミラみたいに、アイツに好きな奴ができたらどうするんだよ。ありえない話じゃない。お前……好きだって言わないまま掻っ攫われていいのか?」 「それは……」 「想うだけでいいなんて……自分の気持ちを誤魔化すための嘘だろ?」 そんな綺麗事、人を好きになればまやかしだって嫌でも気づく。 相手を想っての行動だって建前を振りかざして、自分の中で美化された幻の自分を追いかけて。 それで心が満たされるはずがないって、わかっているのに、弱い心は怯えて泣くんだ。 傷つくことが怖くて、受け入れられないことが恐ろしくて、ならいっそ沈黙に沈めてしまえば楽だと錯覚する。 レイアはそうやって逃げている。 そうに違いない。 だから、「そうだ」と一言、頷いてくれればよかったのに。 なのに、どうして……。 「それでも、わたしはジュードが笑っててくれる方がいい」 何故、この子はそうまでして真っ直ぐ人を好きでいられるのだろう。 少女の純粋な恋心に、言い知れぬ憧憬と憎悪がちらつく。 レイアのひたむきな愛情が眩しい。 俺に絶望感さえ与える彼女が憎らしい。 気づきたくなかった。 知りたくなかった。 自分の中にあるどろどろとした感情を、嘘だと否定したかった。 苛み続ける胸の痛みが、自覚を促していたというのに、こうして突き落とされなければわからないなんて。 「ありがとね、アルヴィン」 「ん……?」 「わたしのこと、心配して気遣ってくれたんでしょう?大丈夫!きっとこういうことって、その時が来たら言えるものだと思うんだ」 だから大丈夫、と向けられる温かな笑顔に、心が音を立てて軋む。 どれほど自分が浅ましく醜いのかを思い知らされる。 何度、レイアの心を裏切れば気が済むのだろう。 きっとレイアは、俺が背中を押して応援してくれているのだと思っている。 違う、違う……断じて違う! レイアが見ている俺は嘘なんだ。 俺は、レイアの言い分を否定することで、自分を守りたかっただけなんだ。 ジュードを好きになったレイア。 綺麗で眩しくてひたむきで。 そんな彼女を、俺と同じ場所まで引きずり落としたかった。 所詮、綺麗事をいくら並べても、同じ穴の狢だと。 そして、同じ場所にいるなら、俺の方が圧倒的に優勢なんだと、安心したかった。 キスのひとつもできない少女相手に、俺は本気で優越感すら感じているんだ。 この腕に抱きしめた身体も、何度も重ねた柔らかな唇も、無条件で触れることを許されているのは俺だけで、ジュードは俺のものだと誇示したかった。 最低だ。 純粋無垢な少女相手に、俺は最低極まりないほど醜悪な感情に酔いしれてる。 なのに、どうして、彼女は俺に感謝すら述べる。 こんな俺の醜さなど欠片も気づかないまま、貶めるための言葉すら励みと受け取って。 「……レイア……」 本当の意味で、正しくジュードを愛しているのは、レイアの方なのかもしれない。 その方が、ジュードにとっても幸せなのかもしれない。 だけど…… 「ごめんな」 「わっ!ちょ、ちょっと、謝んないでよ。わたし、別に傷ついたわけでもないんだからね」 「悪ぃ、そうだよな」 「そうそう」 くるりとターンして先を行く背中に、俺は心の内側でもう一度謝った。 悪い ごめん だけど…… ――――「譲る気ねぇんだ」 「んー?何か言ったー?」 「いや?」 思わず零した宣戦布告は、幸運なことにレイアに届かなかったようだ。 早くおいでよ、と急かす声に合わせて、俺は少し歩幅を広げて後を追う。 追いかける歩みに迷いはない。 悪いな、レイア。 俺は一緒に旅してた頃から傷つけてばかりで、どうしようもない奴だってのは自覚してる。 死のふちに瀕するほど重症を負わせ、言葉でさんざん傷つけ、挙句お前の可愛い初恋すらぶち壊す。 だが、俺は誰が相手だろうと、ジュードだけは、何があっても譲ってやる気なんてないんだ。 どれほど俺が醜悪で、捻じ曲がった性格だろうが関係ない。 利用できるものは利用してこそ、意味がある。 レイアは、ジュードを理由に、それをみすみす自分から捨てに行ったのだ。 そんな相手に譲る道理もない。 レイアが恐れたジュードの負担など、俺には歓迎すべきことでしかないなら、なおさら。 ――――『一人で立ってられなくなりそうで困るよ』 追い詰められていたジュードは、あの時確かにそう言った。 弱った心から溢れた本音を、俺が聞き逃すはずもなく、俺はその吉報に心密かに歓喜した。 必死に自分を制しているが、ジュードは間違いなく俺に傾倒している。 それでいい。 このまま誰も入り込めないよう寄り添い続けて、ジュードの気持ちが伴うまで待てばいい。 あとは自然となるようになって、あいつは自分から俺を求めてくれる。 ただ、懸念すべきことは、俺の弱い心が、恐怖に駆られて暗い感情を呼ぶことか。 あぁ、ジュード……早く俺を選んでくれ。 俺からお前を奪いかねないものを。 俺を脅かす全ての可能性を。 この手で排除してしまおうかと囁く闇が、俺を捕らえる前に。 どうか一言。 愛している、と。
* * * * 2012/02/08 (Wed) どす黒い思惑の絡んだ恋バナwwww セリフだけを読むと、ただの恋愛相談なんですけどね。 我が家に、大人しく待ち続ける、紳士で格好いいアルヴィンなんて、いないっ!!!! 失う不安に怯え続ける臆病な人間が、精一杯格好つけてるだけ。 女の嫉妬は恐ろしく、男の嫉妬は醜いものです。 *新月鏡* |