「love-in-a-mist -Let's make a trip-」

 

 

 

イル・ファンを発って、まず最初に訪れたのは、精霊の加護に満ちた村ニ・アケリアだった。
ミュゼの襲撃を受けてボロボロになっていた風景は、人の努力によって見違えるほど美しい景色を取り戻していた。
焼け爛れていた家屋は綺麗な木目を生かした朱塗りに変わり、痛々しい焼け跡を残している木々の傍には新芽が寄り添って。
隆起しひび割れた地面もならされ、初めて訪れたときにに見た精霊紋が流麗に描かれている。
そんな村の様子を見下ろし、ほっと胸をなでおろしていると、

「会って来いよ」
「え……?」

アルヴィンの一言に、一瞬「誰に?」と思ったが、向かっている先がミラの社だと気づいて、僕は目を見開く。

「アルヴィン……」
「本当は霊山の山頂まで行ってやれればよかったんだけど、予定があるから今回は社で勘弁な」
「どう、して?」
「こうでもしなきゃ会いにも来れないだろ、おたく。いい機会だからさ」

俺も会いたかったし、と朗らかに付け加えてくれる声に、胸を突かれる。
確かに、変革の日に別れたきりで、彼女が暮らしていたこの場所まで来ることなどなかった。
心に想い描き、目に映る自然の景色にミラの影を見ることはあっても、彼女の腕に抱かれた場所へ訪れることは、日常に戻ると難しくなってしまった。
それを、気にかけてくれていたのかと思えば、それだけで心が震える。
歓喜と、感謝と、溢れる温かな感情に、僕はアルヴィンの腰に回した腕に少し力を込めてしがみついた。
どうして、この人はこんなにわかってくれるんだろうか。
自分のためだと言い訳と建前を振りかざしながら、彼は結局、僕を想って行動してくれる。

「……ありがと」
「どういたしまして」

後ろ手に優しく頭を撫でられて、また少し心が弱くなる。
本当に、アルヴィンは甘やかすのが上手い。
慣れてないから、そんなに甘やかさないでと願っても、きっと角砂糖みたいな優しい言葉でやんわりかわされてしまうんだろう。
本当に、優しくて酷い人だ。

しんみり切なくなるような感情に揺られながら、ようやく到着したミラの社は、初めて訪れたときと何も変わってはいなかった。
こまめに掃除されているのか、とても綺麗な状態で維持されていて、ここにいればまた彼女に会えるんじゃないかと錯覚するほど清廉とした空気を纏っている。
いつ来ても、この神秘的な雰囲気は変わらない。
彼女は確かにここにいた。
今は、一番近くて遠い場所で見守ってくれて、変わらぬ慈愛を注いでくれているのだろう。

この世で誰より敬愛する精霊の主。

君は、今笑っているだろうか。


「久しぶり、ミラ……」


思わず零した言葉は、静けさにやんわりと溶けて消えた。

 

 

 

気の済むまで居続けること半の鐘。
ミラへ別れを告げて社を出れば、アルヴィンは再出発のためにグレンの様子を窺っていた。
その後姿を眺めながら、僕はこのデートの目的がちょっとわかったような気がした。
漠然と、アルヴィンは、縁のある地をもう一度訪れるつもりなのかもしれないと思ったのだ。
あの時の旅をなぞるように、大事な思い出の場所をひとつひとつ訪ね歩いて。
そうして僕たちが通り過ぎたの景色を、心に刻んでいくつもりなのかもしれない。
ぼんやりとそう予測しながら、今度は自分でその予測を否定する。
そんな夢見たいなこと、できるはずがない。
なぜなら、僕たちが旅した場所は、世界中と言っていい広大さなのだ。
その範囲は、たった1旬で訪ねきれるものではない。
だから、まさかね、と思っていたのだが、

「よくわかったな」

とあっさり返されて、驚愕に凍りつく。

「うそ……」
「いやー、さすが優等生。ミラ様の社に来ただけで簡単にバレるとは思わなかったぜ」
「え、でも……だって」
「平気平気、グレンがいれば何処へだってあっという間だ」

僕は、アルヴィンの行動力を舐めてかかっていたのかもしれない。
そうだよ、ワイバーン持ち出してきた時点で、なんで気づかなかったんだ僕は。
何の規制もない空を飛び回る気満々じゃないか。

「んじゃ、次出発するか!」

呆然と佇む僕を抱え上げてグレンに乗せると、何事もなかったかのようにアルヴィンも騎乗して、再び大空へ舞い上がる。

「またな、ミラ様!」

片手を大きく振り上げ別れを告げる楽しげな声は、どこまでも明るく響いた。

 

 

 

そんなこんなでニ・アケリアを発った僕たちは、途中キジル海瀑で小休憩と称してしばらく美しい景色を眺め、ハ・ミルの村で昼食を摂ることにした。
変革の日以来訪れていなかったハ・ミルも、ずいぶん復興が進んでいて、元通りとはいかないまでも、村らしい穏やかな賑わいをみせていた。
和やかな雰囲気でのびのびと過ごす人々の表情は、どこまでも生き生きとしていて眩しく映る。
ミラが愛しげに眺めていた風景を取り戻した村は、とても優しく平和に満ちていた。

「いい村になったろ?」
「うん。びっくりしちゃった……こんなにたくさん人が来てくれたんだね」
「ド田舎だけど、景色は一等だし、空気も食物も美味い。老後住むにはいい場所だと思うぜ」
「じゃぁ、よぼよぼのお爺さんになったら、アルヴィンここに住む?」
「それもいいなー。あ、けどおたくさー、よぼよぼはねーよ。この逞しい身体見てみろよ?絶対ねーわ」

穏やかでのんびりとした空気に触れて、食事をしながら交わす会話もずいぶんのんきなものになってしまって。
雰囲気に呑まれた僕は自然と気が弛んでしまったのか、人目を気にすることも忘れてしまっていたらしい。
後ろから僕を囲むように手すりに手をついていたアルヴィンに身体を預けて、美しい山並みの景色を心ゆくまで眺めていた。
そのことに後々気づいて、顔から火が出るほど恥ずかしくなったのは秘密だ。
記憶から抹消したい。
何してるの僕。

そんな気恥ずかしい思い出が増えたハ・ミルを発ち、次の目的地へ訪れたときは、もう夜の帳が降りかかった頃だった。
暗い夜も跳ね除けるほど活気に溢れた街、シャン・ドゥ。
商売に賑わう声は明るく、夜にも関わらず人がごった返すように行き交っており、さすがリーゼ・マクシアで一・二を争う商業街といったところだろう。
イル・ファンではこうはいかない。
あの街は、やたら品格を重んじるせいで上品さが先を行き、活気という名の賑わいなどほんのり感じる程度に留まるのだ。
そのせいか、イル・ファンでは聴くことのない元気な掛け声につられてきょろきょろと見回してしまい、なかなか目的地にたどり着かない。
アルヴィンを見失わないようについて行きつつも、目移りしてしまうのは仕方のないことで。
そんな僕の好奇心の高さを知っているのか、アルヴィンは少しでも距離が開けば振り返ってくれる。
彼の過保護ぶりに少し笑みを零しながら、僕も離れれば自然と彼の袖を引いて追いかける。

「毎日こんなに人が多いの?」
「あの頃より増えたけど、だいたいこんなもんだな」
「にぎやかだよね……夜眠れるかな」
「今日は眠れるだろ。ずいぶん振り回したし」
「確かに。すごく楽しかったけど、久しぶりにちょっと疲れたかも」
「晩飯キャンセルして宿行くか?」
「お腹もすいてる」
「んじゃ我慢な」
「うん」

じゃれあうように言葉を交わしながら大通りを抜けて、小さなわき道を歩いていくこと数分。
僕はアルヴィンの道案内で、こじんまりとした一軒の食事処へとたどり着いた。
中へ入れば、酒場も兼ねているのか、店の外見を裏切る盛況ぶりだ。
体格のいい男の人たちが、ジョッキ片手に飲み比べをしているところを見て少し心配になったが、アルヴィンに腕を取られて引きずられればその意識も薄れていく。
人並みを縫うように歩いて、奥のテーブルに向かうと、

「よう、来たぜー」

遠慮なく店内を進み、彼が片手を上げた先に見知った姿を見つけて驚いた。

「ユルゲンスさん!」
「やぁ久しぶりだね、ジュード君」

所狭しと並んだディナーを前に、穏やかな笑顔で迎えてくれたのは、アルヴィンの仕事仲間であるユルゲンスさんだった。
どうやら、アルヴィンが休暇中に僕を連れてここへ来るとわかって、ユルゲンスさんは夕飯のお誘いをしてくれたらしい。
席について軽い挨拶を交わせば、積もりに積もった話は後を絶たずに出てくるもので。
ゆったりと食事をしながら、近況報告から始まり、イスラさんのことや、立ち上げた運搬商業の話など、アルヴィンが絶対口にしない話をユルゲンスさんは聞かせてくれた。
彼は、僕に心配させまいと危険を伴う仕事の話はしてこないので、ちょっとした裏事情を聞けたような気分になる。
アルヴィンがいい格好しいなのは今に始まったことではないが、彼の努力を知るいい機会だと思えば、アルヴィンには悪いが暴きたくもなるのが好奇心だ。
そんな暴露話がされている中、当の本人は他の仲間に引きずられて別のテーブルへ拉致されていた。
僕から引き離されたアルヴィンの機嫌は急降下していたが、仕事仲間とわいわい騒いでいる姿は子供のようだ。
文句や容赦のない言葉の掛け合いも、決して嫌ではないのだとふとした表情が物語る。
そんな普段見ることの叶わない彼の姿に、僕は小さく笑みを零した。


――――よかった


心の底からじんわりと湧き立つ安堵。
偽りなく騒ぎ合える人たちに囲まれているアルヴィンは、失っていた本来の彼の在り方を体現している。
ささやかで大切な人の営みを求めていた彼が、さまざまな呪縛から解放され、念願叶ってその手に掴んだものだ。

「彼、いい顔するようになっただろう?」
「はい、本当に。少しほっとしました」
「ジュード君、これからもアルヴィンのことよろしく頼むよ」
「え?」
「立ち直ることができたのは君のおかげだと、耳にたこができるほど聴かされているんだ。だから、俺たちの行き届かないところは、どうか支えてやってくれないか?」

優しげな笑顔と真摯な眼差しに、僕はとっさに応えて返すことができなかった。
だって、まさか仕事仲間にまでそんな話してるなんて思わないじゃないか。
立ち直るきっかけが僕だなんて初耳だ。
何かしたっけ?と目まぐるしく記憶を遡るものの、出てくる記憶は、アルヴィンを伸したり反撃したりとろくでもない。
何パターンも出てくるあたり、相当酷い仕打ちしか僕はアルヴィンにしてない。
一体何処に、彼を立ち直らせた出来事があったのか。
結局探し当てることもできず、腑に落ちない感情を抱えるも、返事をしないわけにもいかない。
じっと待ってくれているユルゲンスさんに、僕は数秒思案した後、思うことを素直に答えた。

「えっと、僕のほうこそアルヴィンには助けられてばかりなんで、自信ありませんけど……僕でよければ、お手伝いさせてください」
「ありがとう、ジュード君」

その時に見せたユルゲンスさんの嬉しそうな笑顔がやけに印象に残って、僕は、アルヴィンがこの人たちに心から大事にされているのだと思った。

 

それから、数鐘。
食事を終えてユルゲンスさんたちと別れた後、僕たちは宿泊先へと向かっていた。
秘密の暴露とアルヴィンの普段の表情に満足して赴く僕とは異なり、何故かアルヴィンの足取りは重かった。
それは目的地へついても続行され、ずるずるふらふらと歩きながら予約していた部屋へ入った途端、我慢していた何かが切れたのか、突然アルヴィンは声を上げた。

「あいつらマジありえねぇ!行くんじゃなかった!」

ベッドに沈み込みながら、デート中なのに仕事を請け負わされたと嘆くアルヴィンに、僕は苦笑を漏らした。
ユルゲンスさんたちも、僕とアルヴィンを見て、まさかデート中だとは思うまい。
仕方ないことだが、アルヴィンはどうにも許せないらしく、俺の幸せな時間を返せと恨み言までぶつぶつ呟き始めてしまった。

「頼りにされてる証拠だよ」
「いいように使われてるだけだろ」
「そんなことないよ。アルヴィンだから、頼んでくれてるんでしょう?」
「違ぇよ、行くついでにって言われたし」
「でも結局受けちゃったんだ?」
「…………だって」
「頼りにされちゃ、断れないもんね」
「………………」

しょんぼり背中を丸めるアルヴィンの隣に、そっと腰掛けてその背を撫でる。

「僕ね、アルヴィンのそういう優しくて頼りになるところ好きだよ」
「…………ジュードぉぉぉ!」
「はいはい、よしよし、いい子いい子」

がばりと抱きつかれた勢いに負けて、二人まとめて雪崩れ込むようにベッドに沈む。
大型犬を髣髴とさせるアルヴィンに、どうしようもなく心くすぐられて仕方ない。

面倒だけど放っておけなくて。

たまに見せる子供っぽい甘えが可愛くて。

 

ホント、どうしよう。


どんどん嵌るばかりで抜け出せない。

 

自分の情けなさを持て余しつつ、その夜、僕は沈み込んでいるアルヴィンの盛大な甘えの餌食になった。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/01/31 (Tue)

距離と日にちの計算とか、無理。
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*新月鏡*