「love-in-a-mist -Would you go out with me?-」

 

 

 

自分にも青天の霹靂のような事件から、無情にも3節が経った。
それも、ごくごく普通に何の変化もなくあっという間に。
少しばかり夢を見ていた自分に項垂れたくなる。
自覚したからといって、

「好きだよ、アルヴィン」
「やっと……やっと俺に応えてくれたんだな、ジュード!」
「僕、気づいたんだ……もうずっと前からアルヴィンのことが好きなんだって」
「ジュードっ!愛してる、もうお前を離さないぜ!」
「うん、そのままずっと抱きしめて離さないで」

なんて、恋愛小説のようにとんとん拍子の急展開などありえなかった。
物のたとえで少し考えてみたが、正直このやり取りもおかしいだろう。
何、そのノリ。
ずっと離さないでって……物理的に無理だよ。
あまり読みもしない恋愛小説にどれだけ毒されているんだ僕は。
思わず額に片手を当てて自分に呆れる。
弁解しておくと、恋焦がれるようなもどかしい感情は確かに僕の中に存在する。
ただ、何故か夢みたいな甘ったるさはない。
そんな感覚を抱えて悩み続けていれば、甘ったるい未来の想像より、アルヴィンを選んだ時のデメリットがじわじわと僕を問い詰める。
実は、ここ連日、空飲みの連続だった。
今日は、アルヴィンがいるのでそんなことはなかったが、昨日までの空飲み回数は凄まじい記録だ。
アルヴィンがいない、そうやって気づけば気づく分だけ、さりげなく寂しさが僕に寄り添う。

静けさは好きだ。

一人の時間も嫌いじゃない。

だから、気づかなければいいものを……机に鎮座しているマグカップが少々恨めしい。

 

「どうしろってのさ……」

広いリビングのソファで、新しく淹れて来たレモンティーをちびちび飲みながら、いじけるように呟く。
たぶん、僕のたった一言で、停滞していた物事は急速に動いてがらりと姿を変える。
わかっている。
ただ、それを言う勇気というか覚悟がない。
この感情が走り出せば、間違いなくアルヴィンは無傷ではいられない。
彼らしくあることが、変革の日から変わらぬ僕の願い。
この身を這う寂しささえ、それを害するものになると知っていれば、僕はなおさら動けない。
もういっそ開き直ってやろうか、とも思ったが、それはそれで問題だ。
こうして袋小路に陥っている思考回路に、ノーヴェに相談しようかなと一瞬思いもしたが、頭を振って即却下した。
僕が相談したところで、恋の相談ならアルヴィンを頼ればいいって言うに違いない。
なんせ師匠と崇めるほど、恋愛ごとに関しては信頼を置いているのだから。
最悪、ノーヴェ経由で発覚して、なし崩しになることもありうる。
それは全力で回避したい。

「どうしたものかなー」
「何がー?」
「あ、おかえり、遅かったね」
「ただいま、愛しの優等生」

買出しから帰って来たアルヴィンに、ぎゅうとソファの後ろから抱きしめられて、少し驚く。
周囲の音に全く気づかないほど考え込んでしまうのは、僕の悪い癖だ。
ミラは、「それだけ集中できることも珍しい。卑下することはない」って言ってくれてたっけ。
でもやっぱり、ちょっとは気をつけたほうがいいよね。

「ノーヴェに広場で捕まってよー。あいつの彼女紹介された」
「そういえば、今旬の末は予定があるって嬉しそうにしてたね……なるほど、デートだったんだ。可愛い子だったでしょう?」
「確かに可愛かったけど、俺の好みとはちょっと違ったかなー」
「別にアルヴィンの好みは訊いてないよ」
「おいおいそこは、『アルヴィンの好みの人ってどんな人?』『知りたい?』『知りたーい!』『答えはー、ジュード君!』みたいなやり取りに発展してだな」
「夢から醒めなよ」

しゅ、と空気を切る音と共に、左頬すれすれに右ストレートを打ち込めば、騒がしい唇がぴたりと一文字で閉じた。
どうやら、アルヴィンも相当恋愛小説に毒されているらしい。
目が覚めたかと微笑みながら問えば、ものすごく小刻みに首を縦に振って頷いてくれたので、打ち込んだままにしていた右腕を下ろす。
きっとアルヴィンのことを好きな女の子なら、そんな会話に発展したんだろうけど、残念、好きでも僕はそんなこと言わない。
アルヴィンには、僕に夢を見てほしくない。
相手に見る夢は、いうなれば期待の表れ。
アルヴィンが抱く期待と僕自身にズレがあればあるほど、僕はアルヴィンを失望させる。

だから、そんな幻想見てほしくない。

 

「ジュード?」
「あ、ごめん……ちょっとぼーっとしてた」
「……お前」
「心配しすぎ。アルヴィンは過保護だね」
「そりゃ、好きな奴には過保護になるさ」
「僕だけって言いたいの?」
「だけ、とは言わない。でも、お前専用の過保護さはあるな」

甘やかしなら突っぱねてやろうかと思ったが、さすがアルヴィン、口説いてくるか。
本当に、彼と過ごせば過ごすほど、この人の口の上手さには舌を巻く。
決して嘘は言わず、だが相手の意識に刻む言葉を的確に選んでくる。
自分を好印象で強く刻み込むためにはどうすればいいのか、アルヴィンはよくよくわかっているのだろう。
悔しいが、術中に嵌っているので嫌というほど思い知る。
差し出される甘い誘惑に酔ってみたいと、眩暈さえ起こしかけているのだから。
だが、そんな手で簡単に落ちてたまるかという、微妙な張り合いの気持ちも手伝って、僕は様子を窺うように見つめてくる視線を振り切ってソファに座りなおした。
無視を決め込みゆっくりマグカップのレモンティーを飲んでいれば、隣に座ってきたアルヴィンからだらしない気配を感じる。
どうせ、僕が照れているとか勘違いしてにやけてるに違いない。
うん、きっと間違いない。
だってやたら距離が近い上に、僕の腰に手が回されている辺りが、アルヴィンの下心を代弁している。

「近いよ」
「近寄ったから当然だろ。にしても、いいよなーノーヴェの奴」
「可愛い彼女がいて?」
「いやいや、なんでそっち!?デートが羨ましいに決まってんだろ!」
「デート?」
「あれ?なんでおたく、そこで首傾げちゃうかな?」

こてんと首を傾げて見上げれば、同じく不思議そうな瞳が僕を見つめる。

「アルヴィンは、デートしたいの?」
「したいよ」
「じゃぁする?」
「する」

なんだこの会話、と思いもしたが、アルヴィンは僕が思いのほか乗り気なことに気をよくしたのか、嬉しそうに擦り寄ってくる。
ごろごろと喉を鳴らす猫のような甘えっぷりに、変な意地っ張りも飛んでいってしまって、僕は包み込むように腕を回して寄せられた頭を撫でた。
もう、だからどうして、アルヴィンの些細な仕草がこんなに可愛く見えるのだろう。
おかしい、こんな図体でかい男の人に可愛いってなんなの。
これが恋愛小説にある恋の魔法とでも言うのなら、即解除していただきたいものである。
だが、髪を撫でられて気持ちよさそうにしている表情を見てしまうと、本当にどうしようもなく可愛く見えて悪循環に陥るわけで。
これはまずいと少し慌てる。
恋の魔法の悪循環から脱出するために、僕はアルヴィンから視線を外し彷徨わせた。

「えーっと……あ、そうだ、来節に長期休暇があるんだけど、そのときでいい?」
「んー、むしろそこがいいな。実は、俺もおたくに合わせて1旬丸々休みとった」

あれ、おたくの連休だよな?と壁にかかっているカレンダーを指し示されて見てみれば、数字を横切る赤いラインが7本。
1旬連なるそれは、僕が自分の予定を書きこんだものだ。

「仕事、波に乗り始めたばかりでしょう?いいの?」
「いいんだよ。むしろ今まで無理させてすまない、なんて言われたんだぜ?それに、風場の時期の休暇は集中するから、休日の仕事量自体ずっと少なくなんの」
「そうなの?」
「そうなの」

なんだかユルゲンスさんに申し訳ない気持ちになるが、自信満々に大丈夫だとアルヴィンが言い切るので、それを信じないのも悪いだろう。
僕が首を突っ込む話でもないし。
あっさりそう割り切ると、もう一度カレンダーを見やった。
何だかんだでこの半年、休日のほとんどをアルヴィンと過ごしている。
さっきのやり取りを思えば、アルヴィンが僕に合わせて休んでいたのだろう。
ユルゲンスさんの次に責任者扱いされている彼が、そんなに簡単に僕の休みと合わせられるとは思えない。
きっと、知らないところでその対価を払っているに違いない。
無理だって絶対にさせてる。
でも、それを見ないフリしていてあげることが、彼にとっていいことなのだろう。
あれこれと脳内予定に浮き足立つアルヴィンを見ていれば、追求することが無粋なことだとよくわかる。

 

「んじゃ、来節の休暇楽しみにしてろよ」
「うん、エスコートよろしくね」
「お任せあれ」

ウィンクを投げる楽しげな表情に、僕も自然と顔が綻ぶ。
アルヴィンとの正式なデートなど初めての試みで、どんな風になるのか僕には想像もつかない。

一般的に思い描くデートになるのか。

それともオリジナリティ溢れるデートになるのか。

 

さて、百戦錬磨のお手並み、とくと拝見させていただきましょうか。

 

 

 

 

 

 

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2012/01/18 (Wed)

心情整理編開始。
ただのデート回です。


*新月鏡*