「I'll be your home -jealousy-」
「おたくってさ、嫉妬とかしないわけ?」 長らく居座っていたベッドから抜け出して、遅めの昼食を摂っていた時、俺は何気なくそう訊いてみた。 そう言わしめた原因は、ジュードが零した「自由度」の話。 目の前でお行儀よく咀嚼をくり返している優等生は、異常なくらい相手に合わせる生き方が定着している。 そして、それが今や俺に一身に向けられ注がれている。 俺としては、むちゃくちゃ満たされすぎて幸せ絶頂なわけだが、示された事柄を疑問に思わないこともない。 ジュードは、俺がジュード以外の誰かを抱くことを肯定して話していた。 これも俺を想っての言動だと理解しているし、自分を押し付けるような行動はしてこないとわかっているから、別におかしな違和感はなかった。 だけど、少しくらい嫌がったり、嫉妬するなんて感情はないのかな、とちょっとした好奇心は拭い去れないわけで。 なんでもないように問いかけたはいいが、もぐもぐと口を動かしたまま一言も発しないジュードの反応は少し怖い。 「ジュード?」 「……嫉妬、してほしいの?」 「え、いや、しないのかなーっていう興味本位な疑問なんだけど」 「んー……たぶん、一般的に言われてる感じの嫉妬だと難しいかも」 そう言うと、サラダに刺したフォークの柄を揺らしながら、テーブルに肘をついて考え込む。 何、一般的以外の嫉妬方法ってあんの? あれか、ヤンデレとかそんな感じか。 でもヤンデレとジュードが繋がらないので、怖くはあるが想像がつかない。 だってこいつは俺の周囲を守りこそすれ、破壊するなんてことは絶対にないからだ。 そうでなければ、俺のために俺が他者を抱くことを容認するなんて発言出てこない。 「んじゃさ、俺が浮気とかしたらどうする?」 「するの?」 「いや、たとえ話だよ」 「そうだね……いつもどおり過ごして、前みたいになるんじゃない?」 「……それすら受け入れるってのか」 ちょっと期待したが、ジュードの返答に少しいじけそうだ。 我儘や嫉妬深い奴は面倒だけど、ここまで放任主義だと執着しているのが俺だけみたいで、それはそれで寂しい。 俺ばかりが好きで仕方なくて、こいつの周囲を管理下に置きたくなる感情に囚われるのが、異常なことのように思える。 個人的に、これは一般的な嫉妬だと思っていたが、俺も相当おかしいのか? 「アルヴィン、僕は『前みたいになる』って言ってるんだよ」 「だから、何でも受け入れ」 「そう、受け入れて諦める。寂しいとかつらいとか、全部見ないフリをする。痛くてもそのうちわからなくなるし、慣れてしまえば何も感じない。自分を騙していれば自然と根本的な原因すら見えなくなって忘れてしまう。期待しない。抗わない。僕は僕のなすべきこと以外何も見ない」 ――――『きっと、少しずつ壊れていくね』 穏やかな微笑を湛えて淡々と零された言葉に、凍りつく。 どうしてそんな簡単なことに考え至らなかったのか。 あまりのことに、頭を殴られたような衝撃すら感じて困惑する。 そうだ、こいつは諦めることが生きる術だった。 自分の意思を沈めることで、周囲と調和をとってきた。 誰かを愛せば、その誰かのために自分を殺すこともわかっていたはずだ。 ミラとの約束のために、一時期危ない精神状態まで陥っていたのは記憶に新しい。 彼女を敬愛する故に、自分にも同じかそれ以上の制限をかけて追い詰める。 ジュードの危うさの根底を知りながら、何故俺は失念していたんだ。 「ねぇ、アルヴィン」 ゆっくりまばたきをひとつして、甘い蜜色が愕然とする俺を見つめる。 「そんな僕を、アルヴィンは裏切れる?」 柔らかな声音は、どこまでも甘ったるい。 優しさの滲み出る笑顔と吐き出された言葉のギャップに、絶望と歓喜のない交ぜになった奇妙な感覚に襲われる。 無理だ。 俺はジュードを裏切れない。 裏切る気なんて元からないが、こんなくだらない疑問すら二度と抱かない。 いや、正確には、その考え自体、全く起こらなくなるのだろう。 ジュードが向ける感情は、嫉妬なんて可愛いもんじゃない。 依存なんて軽いもんじゃない。 もう別次元だ。 どうしよう、何のためらいもなく持てる全てを与えてくれるこいつが、どうしようもなく好きだ。 おそらく無自覚なんだろうが、ジュードが、俺を選ぶことに慎重になっていた本当の理由はこれだと思った。 なるほど、ここまで分け与えるなら、安易に選べなかったのにも納得がいく。 そしてまた、これほどの重圧で心を雁字搦めにするなら、『傷つけたくない』と臆病になるのも理解できる。 俺にしてみれば心地いい重さで、不安を感じないから丁度いいのだが。 「やるなら、僕を殺す覚悟でやってね。きっと同じくらいアルヴィンもぶっ壊れるから、遊び心でやるとつらくなるよ?」 「必要ねーよ、んな覚悟。そんな日なんて一生来ない」 「だったらこの会話も不要だったね」 「そうだな、悪かった」 「悪くないよ。むしろ嬉しかった」 物騒な会話のわりに、ジュードは本当に嬉しそうに笑って俺を見る。 抑圧されすぎた過去の反動で、俺たちは相当狂った感覚で生きているらしい。 あぁ本当に、ジュードに会えてよかった。 ここまで俺を満たすやつなんて、早々お目にかかれるもんじゃない。 運命なんて安っぽい言葉じゃ表せない廻り合わせで出会った愛しい存在。 無数の偶然の上に成り立った奇跡、と飾り立てて余りあるほどの希少価値だ。 「受け入れてくれてありがとう、アルヴィン」 「こちらこそ。俺を愛してくれてありがとな、ジュード」
* * * * 2012/03/17 (Sat) そんじょそこらの他人にすら、あれだけ心砕くなら、愛するただ一人へ注がれるジュードの感情は凄まじいものだと思う。 ジュードの感情を『一人で』受け入れるとすれば、強靭な精神を持つ懐の広い人か、飲み乾すほど愛情に飢えてる人じゃないと無理なわけで。 つまり、アルジュは丁度いいね、っていう話。 *新月鏡* |