「Linkage」

 

 

 

『釘を刺す真意を見抜いてる相手に、牽制は無意味だよ』

 

その言葉を聴いたときは、特に深く考えることなどなかった。
ただ不思議と心地よく、安心するような感覚にまどろんで、無意識に肩肘張った力が抜けたような気がした。
勘違いもはなはだしいことに全部許されているような錯覚さえ抱き、アルヴィンはその日、うっかりそのまま意識を手放してしまった。
そう、目の前で雑魚敵相手に殺劇舞荒拳を繰り出している青少年の膝上で。
やってしまった感に後悔の念が押し寄せて、自分の不甲斐なさに辟易する。
さらに、言葉をくれた相手の真意を掴み損ねているので、余計に頭を抱える羽目になっているのである。
普段使わない思考回路をフル稼働させて考えるのは、結構骨が折れる。
煮詰まりつつある意識に唸っていると、

「アルヴィン、交代だ!」
「あいよ」

鮮やかな黄金色の髪をなびかせた精霊王の指示が高らかに飛んできた。
その声に、アルヴィンは颯爽と剣を担ぎ、勢いよく前線へ躍り出る。
駆ける勢いを殺ぐことなく一閃し、がら空きになる懐に掻い潜ってやってくる敵を銃撃で一掃する。

「さて、お仕事の時間だ」

雑念を振り払うように、さらに薙ぐ。
そこへ、

「手伝うよ、アルヴィン」

とん、と軽いステップで黒い影が舞い降りる。

「ジュード……」
「牽制は無意味だって」

昨日言ったでしょ?と戦闘中にも関わらず、背後に現れた小柄な気配は小さく笑って返してきた。
まったく空恐ろしい奴だ。
そう毒づくものの、ごく自然に共鳴の繋がる感覚に安堵している自分を見つけて、ばつの悪い気分になる。
しかし、抗うことなく身を委ねれば、これ以上の安心感を与える存在もないような気がした。

「ガードされたら俺に言え」
「うん、頼りにしてる」

一呼吸のうちにそれだけ告げると、再び眼前の敵殲滅に思考を切り替える。
硬い外装を叩き割り、銃撃で足元を撃ち払えば、間髪いれずに重い拳が叩き込まれる。
自分の思うままに振る舞いながら、ほしいと望むときに望む行動を与えられる心地よさ。
ずっと感じてきたはずなのに、意識して感じると全く違う印象を与える。
昨夜感じたまどろみにも似た安心感。
もっと、と願う心に反して、鮮やかに決まる技の数々に戦闘はあっさりと終わってしまった。

 

「お疲れさま」

大剣を地面に突き刺し銃のセーフティをかけていると、先ほどの共鳴パートナーであるジュードが駆け寄ってきた。
少し息を乱してはいるものの、その表情は晴れやかで、自然とこちらも笑みが零れる。

「おたくも、ずいぶんやるようになったじゃないの」
「こうでもしなきゃ、追いつけないからね」
「あぁ、なるほど」

ちらっと視線を振って、先ほど的確な指示を飛ばしてきた精霊王を見止める。
ジュードが敬愛してやまない精霊王-ミラ・マクスウェル-
凛とした面立ちと迷いのない決断、加えて揺るがない意思を宿した麗人。
眩しいほどに自己を確立している彼女は、アルヴィンとは真逆の遠い存在であり、ジュードとは違った意味でアルヴィンの中の真理を乱す人物だ。
ぼんやりとミラの姿を追っていると、視線に気づいたジュードが声を上げる。

「もう、違うったら!」
「何が?」
「僕がさっき追いつけないって言ったのは、アルヴィンのことだよ」
「俺?またどうして……」

話が見えずにきょとんとしていると、がっくりと肩を下げたジュードが重いため息をついた。
何か間違っただろうか。
ジュードの予想外の反応に、焦燥感を掻き立てられた心が騒ぐ。

「アルヴィン、自分がどれだけ戦いに慣れてるか自覚してる?」
「まぁ、傭兵稼業してるし?おたくよりは経験してるだろうな」
「だったら、技量の差は歴然じゃない?」
「あぁ……」

ジュードが言わんとしていることにたどり着いて、ようやく納得する。
ずいぶん一緒に戦い続けていたから忘れがちだが、ジュードやレイア、エリーゼといった子供組は、本来こんな場所にいるべきではないのだ。
そんな彼らが、戦場を駆け巡ってきたアルヴィンを基準に動くとなれば、相当な努力が必要なのは火を見るより明らかである。
いつもはアルヴィンがサポート側に回っていただけに、そういった配慮を失念していたようだ。

「悪ぃ、無理して俺に合わせようとしてくれてたのか。次からは」
「アルヴィン!」

こっちが合わせるから、と言いかけた言葉を遮られる。
咎めるような呼び声は、責めるような、それでいて悲しんでいるような印象を与えた。
驚いてジュードを見つめれば、そこには少し眉根を寄せて訴える瞳があり、アルヴィンは自分の想像と食い違う反応に戸惑う。

また、間違えた。

何処が?何が?さっきの言動の何処に過ちがあった?

とっさに記憶を回想するも、肝心の問題点がわからない。
足元から這い寄る冷たい感覚に身体が凍りつき、扱いなれたはずの銃がずっしりと重く感じる。
息苦しさを感じ始めたとき、

「このままでいいよ。僕がアルヴィンに合わせて動けたらって思ってただけだから」
「……え?」
「アルヴィンの負担にならない戦い方ができればいいなって、ずっと前から思ってたんだ。だから、今のままでいい……ううん、今のままがいい」
「ジュード……」

無意識に零した呼び名によほど安堵が満ちていたのだろう、呼ばれたジュードは嬉しそうに、照れくさそうに笑った。
その笑顔に、凍りついていた感覚がじわじわと戻ってくる。

「大丈夫、間違ってないよ」

囁くように告げてくれる彼に思わず伸びる手。
そっと大事な壊れ物を手にするように、閉じ込めるように抱きしめる。
代わりに手放された愛銃が音を立てて地面に落ちたが、もう心はそれどころではなかった。
堰を切って溢れる感情に言葉が追いつかない。
嘘だらけの繕う言葉は容易く口を突いて出るのに、どうしてこういった時に限って喉が詰まったようになるのだろう。
突然抱きしめられて固まっていたジュードから、ふっと力が抜けるのを感じることに嬉しさがこみ上げるからたまらない。

「アルヴィンって本音で話すの下手だよね」
「慣れてないんだ」
「知ってる」
「だからって……あんまり、甘やかしてくれるなよ」

溺れてしまう。


ぽんぽん、と背中をあやすように叩かれるから、本当に甘えてしまいそうだ。
子供扱いしてきたジュードにあやされる自分を思い描いて、絵面的にアウトだな、と思い至るものの、どうにもすぐには手放せそうになくて困る。
把握の追いつかない気持ちに困惑しつつ、抱きしめ返される心地よさにまどろんでいると、

「あー!ちょっと何してんのよジュード!」
『アルヴィンがジュードを襲ってるー!』
「ダメ、です!」

遠くから元気のいい声と批難に騒ぐお子様たちの声が聞こえてきた。
あらら、いいタイミングだこと。
ばたばたと慌しく近づく足音に、名残惜しくも抱きしめていた身体を引き離す。

「少しずつ慣れていけばいいよ。僕と一緒に」

何を、と聞かずとも、共鳴しっぱなしの状態では何となく感じ取れてしまって苦笑する。
さっきは失敗したのに、ジュードの瞳に宿る温かさをちゃんと見れば、間違いではないとはっきり判る。

「頼りにしてるぜ、ジュード」
「うん」

こうして自分を真っ直ぐ支えてくれる仲間がいるなら、もう二度と居場所を失うような間違いも犯すことなどないのだろう。

隣で微笑むジュードに、アルヴィンは確かな絆を感じていた。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2011/10/24 (Man)

『Linkage』ということで、繋がりを意識してみたアルヴィンの話。
本音で話すの難しくて、自分なりに試行錯誤してんだけど間違ってしまって怖くなる、みたいな葛藤を書きたかった。
やっぱり、想うことの1/3も伝わらない……orz


*新月鏡*