「You are so sweet -refuse to concede-」

 

 

 

噂話と嫌味って、どうしてこうもピンポイントで人の神経を逆なでするのだろうか。
耳を貸すまいとしても、自然と鼓膜を振るわせる。
反応するまいとしても、心が痛いと泣き叫ぶ。
こんなものを、押し殺す以外にどうやって処理していけばいいだろう。
仮面を被って、演じて、何の効果もないのだと思い知らせるまで、きっとこの拷問のような言葉の雨は降り続けるものなのだ。
抗えばいい、そう思いもするのだが、それと引き換えに失うものを思えば動けもしない。

 

譲れないと思う一言を零されるまでは。

 

 

 

午後から再開した実験の目処が立ったのは、もう夕暮れも過ぎ去り、幻想的な夜が本格的に深まる頃だった。
研究を手伝ってくれていた学生たちに、もう遅くなるから早めに帰宅するようにと指示を出して、僕はレポートをまとめにかかった。
晩ご飯の約束をしていたノーヴェは、僕がレポートを書き終るのを待ってくれていて、その間、自分の研究レポート課題に勤しんでいる。
先ほどまで、見たことのない装置を前に触ってみたりいじってみたりと、はしゃいで大変だったことは伏せておく。
今日は、バランさんから譲り受けた装置の試験運転を行っていた。
環境も全く違うこの場所で上手く作動するかを確認し、リーゼ・マクシアに適応した数値の入力調整をデータを取りながら続けること鐘4つ。
もっとかかるかと思っていたが、早い段階で適応範囲が絞れて助かった。
ひとえに機械といっても、繊細な作業をするものはデリケートだ。
何度エラーを出されて困ったことか。
それをようやく乗り越えた今、研究への初期準備はあらまし終わったことになる。
明日からは本格的に研究に取り組めそうだと思えば、少し嬉しくなった。
書き終ったレポートから視線を外して装置を見上げていると、不意に騒がしい声が耳をつんざく。

「おいお前ら、珍しいこともあるもんだ!ジュード先生がまだお帰りになってないぞ」
「何、機械いじり?医療工学の研究より機械工学のほうが向いてるんじゃないか?」
「にしても何ですかあの得体の知れない機械。よく持ち込めたもんですね」
「言ってやるなよ。あれで大層な研究するらしいんだからさ」

嘲笑う声が三者三様で吐き出され、静かな実験室が一斉に騒がしくなる。
現れたのは言うまでもなく、散々嫌味を言って馬鹿にしてくる三人組、ビリーとアラン、そしてデヴィッドだ。
また面倒くさいことになりそうだと、好調だった機嫌が急降下する。
ちなみに、ちらっと横目で見たノーヴェの顔には、明らかな敵意と嫌そうな表情が張り付いていた。
思わず口を開きかけたノーヴェをそっと制して、小さく頭を振る。
無言で帰宅の準備を始めれば、僕の意思を読み取ってくれた彼は、同じようにノートを鞄にしまい始めた。

「大層な研究って言っても、見たことも聞いたこともない話だろ?」
「何でしたっけ……『源霊匣』とかいう機械を代用して精霊術を使う、でしたっけ?わざわざ精霊術を使わないなんて高尚な人の考えることは理解に苦しみますね」
「新王の目を引くために、わざわざ異世界とつながりを持って無意味な研究してるに違いないぜ」
「言えてる、それで贔屓されるならうまくやったもんだ。貶められるこっちの身にもなれってんだよなー」

沈黙の間も絶え間なく注がれる悪意。
僕が成そうとする源霊匣の研究は、ことごとく彼らの示した言葉によって阻まれている。
精霊術を基盤としているリーゼ・マクシアで、『精霊術を使わない』という選択肢は基本的にありえないことだと思われてしまう。
この世界の人達からしてみれば、『呼吸をせずに生きる』のと同じくらい異常なことなのだ。
むしろ、今のリーゼ・マクシアは、空の向こうにあるエレンピオスにすら拒絶反応を起こしている状態なのだから、この異色の研究に悪意や嫌悪を抱かれるのは仕方のないことなのかもしれない。
それに、似たような事象が、エレンピオスでも起きていると、バランさん伝いに聞いている。
まだ向こうは黒匣という機械で慣れ親しんでいる分だけ、救いがあるだろう。
受け入れることもこちらよりずっと早いことは、予測するに容易い。
だが、僕らが成し遂げようとしていることは、両世界に浸透して初めて成し得ることなのだ。
理解されない苦痛を味わいながらも、この難問に押しつぶされるわけにはいかない。
どんなに回避してもいずれ出会う壁ならば、なおさら。
だから対抗できる言葉のない現状は、ひたすら耐え続けなければならない。
悔しさにぎゅっと唇を噛み締めたとき、

「贔屓って……ちゃんとガイアス王はジュードの研究を理解して後押ししてくれてんだから、それは贔屓じゃねーだろ!」
「ノーヴェ!?」
「止めるなジュード!お前の研究がどれだけ突拍子のないことでも、お前がそれを選んだことにはちゃんと理由があるんだろう!」
「……っ!」

きつく刺さるようなノーヴェの信頼に、僕は大きく目を見開いた。
ここまで真っ直ぐ信じてくれる人はなかなかいない。
分野が違えば内容は伝わりづらいし、『常識』が強固であればあるほど打破することは難しい。
なのに、ノーヴェは僕を信じて怒ってくれる。
この三人組に対して事を荒立てれば、ノーヴェだって報復を受けるとわかっているのに。

「おぉいやだ、感情的になればどうにかなるとでも思ってるのか?大人の世界を知らない無知なお坊ちゃんはこれだから困る。誰に向かって物を言ってるのかわかっているのかな?」
「あぁ、学者の風上にも置けない根暗バカ3人に、だな」
「き、貴様っ!」

ノーヴェが感情に任せて暴言を吐けば、デヴィッドは顔を真っ赤にして怒りを露にした。
アランがデヴィッドを制止しているが、殴りかかりそうな気配さえして気が気ではない。
罵り合いに発展する言葉の応酬に、僕はノーヴェに向かって声を荒げた。

「ノーヴェ、これ以上はダメだって!」
「そうそうジュード先生のほうがよほどわかっていらっしゃる」

下卑た笑いを振り切るように一度目を瞑り、もう一度ノーヴェの腕を取るも、ノーヴェはまったくこちらを見ない。
必死に両腕を捕らえて、自分の身体でデヴィッドたちとの間に壁を作るが、きっと力で押し切られたら引きずられる。
どうやって止めるかを目まぐるしく考えている間も、悪意と嫌悪の雨は止まない。

「新王ガイアスが、異常な研究を理解している?それこそ都合のいい夢ですよ。学者を理解するのは同じ学者ですら難しいというのに」
「そうそう、あの空に浮かぶ異世界の説明すら、おとぎ話上にしか存在しない精霊の主マクスウェルの関与だなんだと戯言をおっしゃる方だ。本当に理解できてるかどうか怪しいね」
「ジュード先生が、吹き込んだんじゃないの?やたらマクスウェル信仰に好意的な様子だし。宗教問題を純粋な学問の場に持ち込まないで欲しいなぁ」
「こんな子供に唆される新王もたいしたことないんでしょうね」
「ナハティガル王がご存命であれば、こんなことにもなってなかっただろうに」
「まったくだ。この世界が脅威に晒されることも」

「黙れっ!」

どん、と心臓を揺さぶるほどの怒声が部屋中に響く。
落雷のように轟いた一言は、嘲笑と見下しに弛んでいた声をかき消し、圧倒的な静寂を呼び戻す。
まるで、嵐の前の静けさにも似た緊張感に肌がひりつき、指先さえ震えてしゃんと立っていられない。
我先にと競りあがる言葉さえ、焼け付いた喉に引っかかって出てこない。
異常なまでの震えに、ノーヴェですら硬直して僕を見つめてきた。

「知りもしないくせに」

あぁそうだ。
彼らは何も知らない。

「聴こうともしないくせに」

真実を探さず、見ることも、聴くこともしようとしない。
ただ、与えられた表面上のみで相手を罵る。
下劣で最低な言葉を口にしながら、それがどういった意味を持つのかわかっていない。

「貴方たちにどうこう言われる筋合いはない!」

ノーヴェを掴んでいた指先を解くと、僕は押し込めていた声を張り上げ、睨みつける。
殺気すら孕んだ視線を前に、ビリーは数歩後退り、他の2人はけたたましい音を立てて机にぶつかった。
その反動で体勢を崩し、よろよろとへたり込む。


もう、全部やめよう。


「僕のことが気に入らないなら気に入らないで構わない。いくらでも詰ればいいし、嫌味も言えばいい」

この人達の前では、自分を押さえ込まない。

「憎ければ憎いと言えばいい」

媚びることも、受け入れることもしない。

「罵倒しようがなんだろうが、気が済むまで言えばいい。だけど……」

これは譲れない。
これだけは決して譲ってはいけない。

「ガイアスとマクスウェルを貶めることだけは許さない!」

吼えるように怒鳴れば、僕の怒りに触れた空気が震える。
一歩前へ踏み出せば、唯一立ったまま持ちこたえていたビリーが同じく一歩後退った。
三人は驚愕に目を見開きながら、僕から視線を逸らせないまま怯え続ける。
しかし、怒りに囚われ冷静さを欠いた僕には、もはや配慮など存在しない。
感情に後押しされるまま、畳み掛けるように口を開く。

「ガイアスが、エレンピオスに肯定的だと本当にそう思ってるの?彼は自分の意思を曲げて、未来のためにあの世界を受け入れてくれたんだよ!本当なら、エレンピオスの脅威を全て取り除く気だったんだ!」

そうだ、それを僕たちの信念を貫くために捻じ曲げさせた。

「源霊匣の研究だって、ガイアスは一度切り捨てようとした。そんなガイアスが、今は僕を後押ししてくれる。その意味がわかる?決して、貴方たちが語った夢物語でも、僕に唆されたわけでもないっ!」

本来なら、国の憂いを全て取り除き、民に不安を与えることのない世界を作ることが彼の野望だった。
なのに、ガイアスは僕たちのために猶予期間を与えてくれたのだ。
その思いを、一番わかっていなければならない国民が批難するなんてあってはいけないことなのに、何も知らない彼らはただ罵る。

「マクスウェルのことにしたってそうだ。マクスウェルは憂いていた……共存してきた愛する人間たちが、自分から死に急ぐことを。変わらない愚行を。あの人は誰よりずっと悲しんで怒ってたんだ!」

ひたすら慈しみ、愛してくれる存在を、あれほど悲しませながら、僕たちはその恩恵を知らずに生きすぎた。
存在を否定しながら、都合のいいときだけ頼り縋って。
夢だ幻だと蔑ろにして、与えられるものばかりを貪ってきた。

「先に裏切り、死を選んでいたのは人間だ。警告に耳を傾けず、危惧される可能性を見なかった。その結果が貴方たちの嫌悪するエレンピオスだ。リーゼ・マクシアだってあのままでは滅んでいくばかりの世界だった。救いようのない両世界に、マクスウェルは可能性を残してくれたんだよ?」

立ち会ったものしか知りえないことだ。
こんな言葉をいくら投げかけたところで、受け入れられるはずがないこともわかっている。
だけど、言わずにはいられない。
源霊匣を浸透させることと同じで、人は根底にある理由を知らなければ受け入れられない。
新王への不安も、マクスウェルへの不信感も、拭い去る術を目に見える形で示せないなら、僕は何度でも言おう。
何度でも、伝えよう。

「おとぎ話なんかじゃない。マクスウェルはっ……ミラは、こんな僕たちをずっと愛してくれてたよ。信じて、くれてるんだよ……」

彼女がどれほど深い想いでこの世界を守ってくれているのか、守られている人々が知らないことが悔しい。
ただの一度も揺らぐことのなかった深い慈愛を、自然と感じ取っていたはずなのに、どうして知ろうとしてくれない。

「僕たちがこんなじゃ……ミラ、悲しむよ」


泣かせたくない。

笑っていてほしい。

晴れやかな気高い微笑で、見守っていてほしい。

堰を切ってあふれ出す感情に、ぎゅっと両手を握り締める。
まだ、山ほど伝えなければならないことがあるのに。
譲れない反論もたくさんあるのに。
思いに反して震える声は、言葉を詰まらせて音にならない。

 

「馬鹿だなー、ホント」
「っ……!」

止めようのない感情に俯きそうになった視界が、一瞬にして暗くなる。
それと同時に届いた声は、ここにあるはずのない声で、僕はとっさに把握できずに呆然としてしまう。
ぼんやりとした頭で視界を遮る腕を退け、振り返れば、そこには予想に違わぬ人がいた。

「……アル、ヴィン?」
「おたく……俺の言ったこと、ちゃんとわかってたんじゃなかったの?」
「え、なんでここに……?」
「穏便に済ませてやろうと思ったんだが……やっちまったもんは仕方ねーか」

ぽんぽんと頭を撫でられて、ぽかんとしてしまう。
何故、彼がここにいるのだろうか。
ここはセキュリティーが厳しく、関係者でも手続きが必要なくらい出入りの厳しい場所だ。
一般人のアルヴィンが平然とここにいる理由がわからなくて困惑するが、当の本人は気にする風もなく視線を前へ移行する。

「あのさー、そこの三人組。ひとつだけ質問なんだけど」

場違いなのんびりとした声を発しながら、アルヴィンはさりげない動作で僕の前に背を向けて立った。
呆気に取られた表情で突如現れた謎の男を見やっている三人からは、ほとんど僕の姿は見えないだろう。

「ちゃんと未来に責任取れるんだろうな?」
「は?」
「え?」

投げかけられた問いを受け取れ切れず、背中を向けられているはずの僕も思わず声を上げてしまった。
さらに、彼の声が穏やかでありながら硬い印象を与えるから、余計に困惑が僕を手招く。
第三者の乱入ですら驚くことなのに、その第三者が問いかける疑問は酷く重い。
あまりの急展開にデヴィッドたちは僕以上に困惑を隠せないようだ。
そんな三人を前に、アルヴィンは少し真剣みを帯びた声音で言葉を継いだ。

「わかってないようだから言っとくけど、エレンピオスは現在進行形で滅びかかってるし、リーゼ・マクシアだって無限に精霊術を使える保証はない。この優等生がやろうとしてることは、両世界の未来に起こる最悪の事態を回避するための研究だ。それを阻止しようってんだから、それ相応の覚悟があるんだろうなって訊いてんの」

後ろ手に示されて、きょとんとしてしまう。
少し瞬いて、そっと見上げた背中がひどく大きく見えて仕方ない。

「両世界の滅亡は、既に示された起こり得る可能性だ。おたくらみたいな奴が、それを深く考えもせず否定することで、遠い未来の人間が苦汁を舐めさせられ死んでいく。その未来の人間は、きっとおたくらを恨むだろうぜ。それを受ける覚悟はあるんだな?」

ここにきて、ようやく僕は彼の言わんとしていることを把握して息を呑んだ。
前を向き始めはしたものの、アルヴィンは今も世界と過去を憎んで恨んでいる。
根深い憎悪は、彼の生きてきた全てに直結しているため、何かとついて回る感情だ。
それは彼の叔父であるジランドも同じだった。
マクスウェルとしての感覚で「選んだのはお前たちだ」と詰ったミラに、彼の叔父ジランドは言ったはずだ。
自分ではない、と。
悲嘆と怨恨に身を焦がしながら、彼はそう言った。
魂の奥底から否定するように叫ぶ声は、ずっと心に残っている。
確かに、選んだのはジランドたちではない。
遠い過去、2000年も前の昔の人達が『拒絶・否定』したことで起こった惨劇のシナリオ。
生きるために足掻き続けたジランドを、僕は心の底から憎むことなんてできなかった。
突き動かす根底をわかってしまえば、どれだけ許しがたい行為を行っていても、憎むなんてできなかった。
この手に委ねられた源霊匣の研究は、あの人も希望を見出していたのだから。

だからこそ、アルヴィンはビリーたちの言動を許せないのだろう。
ビリーたちの否定は、彼にしてみれば遠い過去に下された選択と同じなのだ。
だが、それを知らないビリーは怯えを無理やり押しのけ、声を荒げる。

「覚悟だ?そんな屁理屈、通用するか!遠い未来より今の危険性を教えてやってるんだよ!」

投げるようによこされた返答に、アルヴィンの気配がすっと冷える。

「それが、優等生の研究を批難すること、ね。おたく、俺がさっき言ったこと思い出せよ?こいつの研究は世界の危機回避のために必要な研究だ。それを踏まえてもう一度言う、選んだ責任を取れるんだな?助かるはずの人間が死んで、滅びるはずのない世界が滅ぶ……その結果を背負えるんだな?」
「…………」
「おいおい深刻そうな顔だなぁ。そんな難しく考えんなよ。あくまで可能性のひとつだ。無責任な否定によって、両世界が滅亡ーっていうな」
「……何が、言いたい。はっきり言え!貴様は俺たちに何をさせたいんだよ!」

とうとう耐え切れなくなったビリーが解放を求めて折れた。
憔悴しきった表情を見れば、もう彼らがアルヴィンに敵対する意思がないのはっきりわかる。
彼らなら反論する言葉もあっただろうが、それらをいくら重ねても、僕の前に立つ男を陥落させるのは難しいと思ったに違いない。
目障りな奴を貶してからかう『遊び』がまさかこんな事態になるなんて、彼らは考えもしなかっただろう。
勝敗の決した会話に、アルヴィンはうっすらと笑った。

「簡単なことさ。最悪な可能性が存在している間は、その可能性を否定しなきゃいい。源霊匣の研究はそのための保険だ。無駄になればそれで良し。関係のないおたくらは、気にせず自分の研究を続けりゃいい」

な、簡単だろ?と笑い声さえするのに、アルヴィンの目はきっと笑ってない。
死角になっているため見ることは叶わないが、その目に合った怖い顔しているに違いない。
だってこんなにも背中に寒気が走るのだから。
震えを抑えようと自分の腕を抱けば、急に伸びてきたアルヴィンの手に肩をつかまれ引き寄せられた。

「ってなわけで、これ以上うちの大事な優等生にちょっかいかけないでくんない?こいつの後ろには厳つい覇王がいるし、美人で怖い精霊の主もいるんだぜ。それに……俺もおたくらに何するかわかんねーよ?」

脅し文句を並べながら、アルヴィンはにこやかに微笑んだ。
にっこりと爽やかな笑顔を貼り付けて言うセリフじゃない。
その証拠に、恐怖の笑顔を拝んでいるビリーたちはさぁっと血の気の引いた真っ青な色で震えている。
しかし、僕自身には真逆の効果が表れた。
本気の脅しを仕掛けるアルヴィンに驚きはしたものの、肩を抱き寄せられたあの瞬間に、張り詰めていた緊張が解け、余計な力が一気に抜けた。
僕の肩を抱く腕は、何があっても絶対に守ってくれる。
そうとわかっていれば、これ以上安心できる場所もあるまい。

 

「じゃぁ話も終わったことだし……よっと」
「わぁっ!」

安堵のあまり少し寄りかかっていると、急にふわりと身体が宙に浮いてアルヴィンの肩に担がれた。
突然のことに目を白黒させている僕を他所に、アルヴィンはポケットからカードを一枚取り出すと、それをノーヴェに向かって差し出した。

「ノーヴェ、ちょっと優等生借りるわ。先にこの店入って待ってろ」
「え、あ、はい」

僕が吹っ切れた辺りからの急展開に、今の今まで呆然としていたのだろう。
寄こされたカードすら、ノーヴェはぽかんと眺めるばかりだ。
そんな親友に小さな罪悪感を抱くものの、その背後に人集りができていれば、意識の彼方へ吹き飛んだ。
いつの間にか、実験室にはたくさんの人が集まってきていて、どうしたのかと好奇に満ちた視線が何対も突き刺さる。
いくら8の鐘を過ぎた辺りで人が少ないとはいえ、ここは王都にある研究施設。
軽く1クラス分の人はいる。
そんな人数を前に担がれた状況はまずいと、慌てて広い背中を叩いた。

「ちょ、何してるのさ!下ろして、アルヴィン!」
「あぁそうだ、忘れるとこだった」

何度も暴れて意思を示すものの、アルヴィンは何処吹く風。
僕を無視して、思い出したかのように戦意喪失に震える三人組を指差すと、意味深な笑みを刷いた。

「おたくら宛に、後日素敵な招待状が届くぜ。楽しみにしてな」

にやにやと笑いながら捨て台詞よろしくそう告げると、楽しげに人集りを掻き分けドアへ向かって歩いていく。
もちろん、僕を担ぐ腕が弛むこともない。


あぁ、視線が痛い……。


「下ろしてってばぁっ!」

 

なけなしの声を振り絞った願いも、軽やかな笑い声に空しく散った。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2012/01/06 (Fri)

王子様が助けに来たら、嵐になったっていう話。
「意地があんだろ、男の子には!」っていう熱い名台詞を胸に書いてみた。
揺るぎない信念って、いうなれば意地でも通す自分の心……『譲れないもの』だよなって思って。
ジュードがミラ様とガイアス好きすぎて……アルヴィン、なんかごめんwwww


*新月鏡*