「You are so sweet -a symbiotic relation-」
たくさん話して、たくさん聞いて。 横になったベッドの上。 「俺がいればお前は必ず生き残る」 「うん」 「お前がいれば俺は死なんて望まない」 「……うん」 包み込む体温と心音。 僕を抱きしめる腕の重さ。 それら全てが穏やかな眠気を呼んで、意識が緩やかに誘われる。 「共生、だな」 そうなのかな。 そうなのかも。 うん、それも悪くないな。 落ちる意識に、声にできたかどうかはわからなかった。
「僕って、そんなに死にそう?」 「は?」 なんでもない日常会話を話すように問いかければ、ノーヴェはぽかんと口を開いて僕を凝視した。 僕は今、ノーヴェと一緒に昼食を食べている。 ノーヴェは、昼休憩も忘れて研究考察をまとめていた僕を探し出し、わざわざ誘いに来てくれたのだ。 昨日の僕の様子を見て声をかけてくれたようで、ずいぶん心配をかけてしまったと申し訳なくなる。 だが、そんな気持ちも数分と経たずに吹き飛んでしまい、先ほどの疑問が口を突いた。 「ななな何だよ!いきなり縁起でもないこと言いやがって!」 「あ、ごめんね。昨日アルヴィンにそう言われたのが、ちょっと気になって」 「師匠が?」 「うん。僕は死にそうな奴なんだって」 スプーンの端を口先にくわえたまま、ことりと小首を傾げて昨日の出来事を掻い摘んで伝える。 『たすけて』と零した後、僕は逃げ出したくなるほどアルヴィンに問い質された。 眠気にうとうとし始めても解放されることはなく、ベッドに連れ込まれ、寝落ち対策も万全な状態で続行されてしまったのだ。 深刻なことからくだらないことまで、たくさん話した。 後半、ほとんど何を話したのかあまり覚えていないけど、それでも今までに類を見ないほど長時間、じっくりと言葉を交し合ったような気がする。 そのせいか、不思議なことに今朝の目覚めはとてもすっきりとしたもので、目覚めて最初に見た寝顔に小さく感謝した。 疲れていたはずなのに、僕が寝入るまでずっと付き合ってくれていたアルヴィン。 揺り動かしても起きなかったので、そのまま寝かせて家を出たのだが、さすがに今頃起き出しただろうか。 少し意識を離しながら、ノーヴェに再度同じ質問をしてみる。 「どう思う?」 「……どう思うって言われてもなぁ……お前と師匠ってどんな会話してんだよ」 意見を求めたのに、何故か批難を浴びてしまった。 僕らの会話がそんなに変わっているような気はしないのだが、ノーヴェにはそう聞こえなかったらしい。 「いきなり死にそう死ななそうとか話さないだろ、普通!」 「そう?」 「そうなんだよ!」 頭をぐしゃぐしゃ掻きまわしながら項垂れてしまった友人を見つめながら、僕はスープ皿にスプーンを戻した。 僕だって死にそうだとかそんな話をする気は全くなかったのだが、アルヴィンが言い出してしまったのだから仕方ない。 彼は、『生きる』ということに人並みならぬ思いを抱いている。 その強い生への執着故に、アルヴィンは僕の在り方に不安を覚えるのだろう。 彼は言った、「俺は死にたいと望んでも死ねない類の人間だ」と。 そしてこうも言った、「お前は死にたくないと望んでも死ぬ奴だ」と。 真逆のベクトルで作用する互いの生き方を、彼はそう表現した。 眠りに半分持っていかれた意識の中で、何故かその会話だけは強く印象に残っていて、今でもはっきり思い出せる。 『共生』だと言ったあの声が、話の物騒さを裏切るほど甘くて優しかったことも。 ぼんやりと思い出していると、小さくため息をついたノーヴェが口を開く。 「……でも、師匠の言いたいこともわからなくはないけどな」 「わかるの?」 「お前と親友してんだ、そりゃわかるさ」 「え、もしかして、僕が悪いの?」 「悪いっていうか……危なっかしいっていう方が正しいかなー。お前、一人にすると絶対何かしら事故ってそうなんだもん」 からからと茶化して笑う友人のセリフに、僕は一瞬凍りついた。 思わずノーヴェを穴が開くほど凝視してしまって、慌てて視線を逸らす。 彼の言ったことは、昨日アルヴィンに重く囁かれた言葉とあまりにも酷似している。 ――――『お前は、一人で死にそうだから心配だ』 そう、アルヴィンは僕に言った。 不安に揺れた声で。 僕を離すまいと抱きしめて。 自分の零した言葉に怯えさえして。 ノーヴェとアルヴィンはどこか似ていると思っていたが、まさかここまで同じことを言われるとは思わなかった。 呆気に取られてうろたえるものの、そんな僕に気づかないノーヴェはさらに言葉を継いだ。 「お前の傍にやたら人が寄ってくるのは、そのせいじゃねーの?」 「危なっかしくて目が離せないって?幼子じゃあるまいし……」 「んーでも近いな、そんな感じ。結構お前の周りって人多いんだぜ。善意か悪意かは置いといて」 「そうかなぁ?」 「実際そうなんだよ!ジュードが一人のときって、研究に没頭してる時と家に帰る時だけじゃねーか。俺が知る限り、それ以外は絶対誰かと一緒にいるか、絡まれてるかの2択だな」 指摘されて自分の近辺を振り返ってみるが、なんだか実感が湧かない。 言われてみればそうな気もするし、違うような気もする。 だが、明確な否定ができるほど、確かに一人でいることは少ないような気もするのだ。 ついでに巻き戻された旅の記憶の中ですら、僕は本当の意味で『独り』になったことはなかった。 最初から、ミラがいた。 アルヴィンが連れ出してくれて、エリーゼの手を引いて、ローエンが加わってくれて、レイアがついてきた。 みんなとはぐれた雪原では、目覚めてすぐにミュゼがいた。 それからは決して一人になることはなかった。 どれだけ自暴自棄になっても、レイアがずっと傍にいてくれた。 異界の中でばらばらの経路を進む時だって、すぐにミラと合流できた。 僕は、本当の意味で『孤独』を知らない。 ――――だから、か アルヴィンは、僕を必死に繋ぎとめようとしてくれる。 彼の言葉どおり、僕は一人になればあっさり死んでいく類の人間なのだ。 死に瀕する度に、必ず救いの手が入るのはそのせい。 周囲が自然と死から守り、僕を『孤独』から遠ざけてくれていた。 「……そっか」 「なんだよ、自己解決か?」 「うん」 「何かよくわかんないけど、解決したならよかったな」 「ありがとう、ノーヴェ。お礼に今度ごちそうするね」 「マジで!?」 やりぃ!とはしゃぐ親友に、僕は心が温かくなる。 こういう人達に囲まれているから、僕は生きてこられたのだろう。 お人好しでお節介なのは、必要とされたいから。 必要とされたいと願うのは、自分を見失わせる『孤独』を恐れているから。 きっと、そういうことなのだ。 自然と微笑みながら、ふと思い起こされるまどろみの声。 ――――『俺がいればお前は必ず生き残る』 「共生、ね」 誰より孤独を知る故に、彼は必ず僕を守ってくれるのだろう。 苛烈なまでの愛を囁きながら、僕を引きとめ生かすのだろう。 「優しい言い訳だね、アルヴィン」 明確な答えを返さない僕への優しい言い訳。 一方的な利益を与えるばかりの片利共生でありながら、彼は嬉しそうに笑うのだろう。 晴れ渡った青空を見上げれば、薄衣を広げた雲が流れていく。 さわさわと心地よく騒ぐ葉擦れの音に耳を傾けて、ゆっくりと瞳を閉じる。 何故か、無性に彼に会いたかった。
* * * * 2012/01/02 (Man) ジュードがアルヴィンの言い分を半分しか思い出さないのは無意識。 自分が相手に与える利益を一切考えないから、お節介でお人好しなんだと思う。 アルヴィンにとっては、「お前がいれば俺は……」のくだりが本音なのに、報われなさ過ぎるw そろそろアルヴィンに落とされてくれないかなー、と思いながら続く。 *新月鏡* |