「Shall you love me? -Let's start-」

 

 

 

物事が動くときは、とても慌しいものだ。
まどろみから目覚めた朝の穏やかさなど、今は幻のように吹っ飛んでしまった。

「おたくはどれがいいと思う?俺は、この間取りなんていいんじゃないかって思うんだが」
「……あのさ、アルヴィン」
「ん?あぁそうか。心配しなくても、俺の知り合いの伝手で破格の物件探してもらったから、値段はそう高くないぜ?」
「いや、そうじゃなくて」
「なら交通の便か?研究所に近い場所だから問題ないと思ったんだが」
「だからそうじゃなくて!なんで僕が引越し前提なの!?しかもここにある物件、ぱっと見る限り一戸建てしかないけど」
「今おたくが住んでるとこ、俺と2人だとちょっと狭いだろ?それに、隣人とか上下階の住人とかに邪魔されたくねーもん」

もん、って……いい大人が可愛い子ぶった口調で拗ねても可愛くない。
眼前に広がる惨状にげんなりしつつ、僕は肩を落としてため息をついた。
朝、この客室を出るときは、昨夜見たシンプルかつ豪奢な部屋だったのに、何故夕方になると乱雑とした部屋になっているのか。
机の上や床の上には、これでもかと覆いかぶさり散らばる用紙。
そのどれもに細かな図形と値段と条件が書き込まれている。
ためしに足元にあった一枚を拾い上げると、やたら広いリビングが特徴の一戸建て物件だった。
乾いた笑いを堪えつつ、何故こんな状況になっているのかと、無駄だと知りながら思案してみる。
物件比較に夢中なアルヴィンは現状を説明などする気がなく、とにかく今日中に新居を決めようという意気込みだけがはっきり目に見えるから、僕はどうしたものかと悩み続けるしかなくて。
とりあえず、わだかまる心の捌け口として、鼻歌交じりに物件チラシを眺める背中に狙いを定める。

「アルヴィン」
「おっとぉ!そうはいかないぜ!」

凄んで構えたものの、アルヴィンはすばやく立ち上がって、間取りのチラシを持ったまま僕から間合いを取った。
さすがに学習してくるか。
アルヴィン相手にこの距離を考えると、一息で間合いを詰めるのは難しい。
渋々ながら諦めて構えを解くと、これ見よがしにため息をついて口を開いた。

「あのね……僕は、今住んでるところから出るなんて一言も言ってないんだけど?」
「一緒に住もうってことは、別のところに移り住むってことだろうが」
「僕は、アルヴィンが身一つでこっち来るんだって思ってたのに……」
「え、なに、その嫁に来いみたいなセリフ。俺がおたくを嫁にもらいたいんだぜ?わかってる?」
「なっ何言ってるのさ!僕は男だよ!?お嫁さんになんてなれないよ!」
「くくっ、そこ突っ込むところ?」

僕としては譲れない問題なのだが、アルヴィンに楽しそうに笑われてしまった。
面白おかしいといわんばかりに彼は喉を震わせて笑っているが、こっちは本当に笑い事ではない。
嫁どころか彼女すらまだだというのに、僕が一足飛びに嫁入りなんて冗談、父に知れたらお小言どころの騒ぎではなくなる。
さらに加えて、アルヴィンと父さんは折り合いが悪いから、どれほど激化するのかも予想できないのだ。
僕とレイアの故郷ル・ロンドを訪れる度に、大人2人による無言の睨み合いが行われていたのは記憶に新しい。
たいてい数秒やって終わるので、僕たちは気にしてこなかったが、仲がいいわけではないのは確実だ。
きっとエレンピオスに関わることでのいざこざなんだろうけれど、詳しく聞ける空気ではなかったのでよくは知らない。
そんなことを考えていると、ひとしきり笑い終わったアルヴィンが表情を柔らかくしたまま僕を見つめてきた。

「んじゃ言い換えるわ。ジュード君がほしい。俺のものになって」
「またそうやって」
「言っていいって言った」
「それは、そうだけど……」

嬉しそうに笑みを湛えたまま、愛しそうに向けられる瞳を真正面から受けられなくて、僕はふいっと視線を逸らした。
突っぱねるほどの迫り方や求愛じゃないから、この微妙な距離にどう対処したものかと戸惑いばかりが去来して困る。
どうやら昨日の今日で、アルヴィンはもう距離感を掴んでしまったらしい。
僕がどこまでなら受け入れて、どこから線引きしてくるのか。
その測りがたいはずの心の距離を、彼の長所は事もなげに掴んでしまった。
本当に、アルヴィンの洞察力と観察力にはほとほと感服する。

「ずるいなぁ、もう」
「大人はずるいもんだって言っただろ?」
「いじわる」
「褒めるなよ、照れるだろ?」
「褒めてないよ」
「だったら褒めてくれていいんだぜ?」
「調子に乗らないで」

ぺし、っと見下ろしてくるアルヴィンの額に手のひらで軽く叩く。
そのまま隣に腰を下ろして、散らばった物件チラシを一枚一枚拾い上げた。

「どんなとこがいい?」
「どうせ今の場所はダメなんでしょう?」
「愛する人との夢のマイホーム、なんて素敵だろ?」
「個人部屋とかほしいよねー」
「あれ!?おたく、親睦深めるために俺と一緒に住む気なんだよな?なぁ!?」

何でどうしてとしがみついてくる大きな身体にぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、僕は手に取った物件を眺めやる。
あ、この物件いいかも。
少し丘になってるところだから、たぶん今僕が住んでるとこより景色もいいはずだ。
しかも、新築じゃなくて中古物件の最新の情報とくれば、強気で値切ればもっとお買い得になりそう。
自分は値切りスキルゼロでほいほい流されるタイプなので、ここにローエンやミラ、せめてレイアがいてくれたらどれほど助かるだろうか、と思わず考えてしまった。
自分の能力のなさを少し残念に思いながら、この値切りはアルヴィンに任せようと決めて、いまだ縋りつく彼に向き合う。

「アルヴィン、これはどう?」
「ん?どれ?」

もそもそと僕の肩口に埋めていた頭をもたげて、アルヴィンはチラシを覗き込んだ。

「ふーん……なかなかいいんじゃない?意外と広そうだし。後で見に行くか」
「そうだね。実際見て良さそうだったら、これ値切れるところまで値切ってくれる?僕じゃ難しいと思うから」
「あー、そういやおたく、服買うのすら店員の押しに負けて」
「余計なこと言わない」
「うぐっ……口が滑りましたごめんなさい」

余計な口をきく人にすかさず肘鉄を喰らわせ、うずくまって呻くアルヴィンを他所に、僕はまだまだ散らばっているチラシを手に取り集めていく。
いい物件も見つけたことだし、もう散らかしまわる必要もないと判断したからだ。
あちこち散らばってるおかげで、回収するにも時間がかかる。
手にする用紙を数えるのも億劫になり始めた頃、ふと束になりつつある物件チラシに目をやって気づいた。
それから、一緒に集めてくれる背中をじっと見つめていれば、僕は自然と顔が綻んでしまう。
アルヴィンは、どうしてこうピンポイントで僕の心をくすぐってくるのだろうか。

「ジュード君、そんなに見つめられるとちょっと困るんだが……何、俺に惚れちゃった?」
「ううん」
「あっさり否定するかよ」
「でも、一生懸命考えてくれてありがとう、アルヴィン」
「…………お、おう」

金縛りにあったみたいに固まって一気に赤面する姿が、微笑ましくて仕方ない。
この腕に抱えている用紙の数だけ、彼は駆け回って探してくれたのだろう。
僕なんかのために無理難題の条件を吹っかけて、頼み込んで、手に入れてきてくれたのだろう。
何枚も重なり合う紙の重さは、彼の思いやりの形。
気づいてしまえば、もう文句ひとつ言えやしない。
まったく、どうしようかこの気持ち。

「……可愛いなぁ」
「だからさ、何度も言うけどおたくのが可愛いんだって」
「どこが?」
「そうやって、ちゃんと気づいてくれるとことか」

言い終わらぬうちに、視界が翳って唇に柔らかな感触が触れる。
まばたきひとつで遠のいたアルヴィンの顔は相変わらず赤らんでいて、飛び火するように僕まで顔が熱くなった。

「好きだぜ、ジュード」
「……知ってる」

こんな時に仕掛けるキスが照れ隠しだと気づくのも、もう少し先のこと。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2011/12/16 (Fri)

とりあえず告白編終了。
次!試行期間編もしくは返答編


*新月鏡*