「Shall you love me? -intertwine with-」

 

 

 

長かったようで短い旅路。
その道中、常に誰かが傍にいた。
温かな感覚に慣れてしまった人間が、何を求めるのかはよくわかる。
彼も自分も、あの場所が拠り所だったから。

 

 

恐怖の宣告をやってのけた後、僕はアルヴィンにひとつ提案をした。
それは、この王都イル・ファンで一緒に生活してみないか、ということだ。
離れることを恐れていた彼に試行期間を設けたものの、これからの生活パターンを思うと会うことすら困難になりかねないと判断しての提案だった。
やるべきことが山積みで、最悪研究室に引きこもる可能性すらありえる人間を相手に選んだアルヴィン。
そんな彼に対する僕なりの最大の配慮だ。
帰る場所が一緒なら顔を合わせるくらいはできるだろうし、待ち合わせやら何やらでごたごたするより時間も有意義に活用できるだろう。
こういった思惑を内包した提案だったのだが、それを説明するより先に、彼は輝かんばかりの笑顔で即承諾してくれた。
あれだけ青い顔をしていたというのに、今はうっとりとした視線が虚空を彷徨っている。
何を想像しているかは知らないが、妄想の中の僕が無事でいてくれることを願うしかない。

「じゃぁ、お互いにルールを決めておこうか」
「あらま、さっきのアレより過酷な縛りプレイをお望み?優等生だと思ってたのに、案外過激だねー」
「……『抱きつき禁止』、と。ほら、さっさと離れてよアルヴィン」
「今から有効なのかよ!?それはさすがにダメ、俺死んじゃう。ウサギは寂しいと死んじゃうんだぜ!」
「エリーゼみたいなこと言わないの」

備え付けのテーブルから拝借したメモ用紙に条件を書き込んだ後、僕はぐいぐいと押しやって抱きしめるようにひっつく長身を追いやった。
だが、結構強い力で引き剥がそうと試みているにも拘らず、アルヴィンの腕は僕を捕らえて離さない。
しつこいくらいぴたりと離れないので、少々諦めじみた感覚に苛まれる。
さらに加えて、ティポを凌駕する程うるうると泣きそうな顔をされれば、僕の戦意はがた落ちした。
いい大人がこんな顔して縋りつくもんじゃないだろうに。
戦意喪失の果てに力を抜くと、その隙をついてアルヴィンが僕の手からペンをもぎ取った。
僕が書き込んだ条件に乱雑に二重線を引くと、すぐ下にさららさと何かを書きこむ。
左利きのため、アルヴィンの腕で隠れてしまったメモ用紙に何が書かれているのかわからなかったが、書き終わったそれを見て僕は血が沸騰しそうになった。

「え、ちょ、アルヴィン!僕はそんな条件呑まないよ!」
「さっきまで許してくれてたじゃねーか。これは絶対譲らないからな」
「アルヴィン!」
「ダーメ。俺に禁欲生活させといてそれはないぜ。はい、優等生への条件はこれに決定な」

ぐるぐると書き足された条件を丸で囲み終わると、ペンを取り返そうともがく僕をまたアルヴィンが羽交い絞めにした。
動きを完全に封殺されては、さすがにペンひとつ取り返せない。
わかってはいたけど、この体格差が悔しい。
だが、それより問題は条件だ。
改めてその文字を見れば、じわじわと熱が上がってきて頬が熱い。

「顔が赤いぜー、どうしたんだ優等生?」
「うぅぅ……いじわる、いじめっ子、性格ひねくれてるよ!」
「はいはい、褒め言葉ありがとー」

ちゅ、と耳元にキスされて身体が硬直する。
本来の調子を取り戻したアルヴィンは相当性格が悪くて、絆されて許すんじゃなかったと密かに後悔した。
書き込まれた条件は、『キスとハグに抵抗しないこと』。
たった一度の油断がこんなところで奇襲をかけてくるなんて思いもしなかった。

「どうする?条件呑むならペン返してやるけど」
「…………」
「あっそ。じゃぁこのまま俺の気が済むまでキスハグの刑続行な」
「わー!呑む!呑むから離して!」

これ以上の接触はさすがに僕もいたたまれない、と慌てて声を張り上げる。
正直呑みたくはなかったが、いざとなれば仕掛けられる前に回避すればいいんだ。
そうだ、それしかない。
伊達に集中回避を会得してるわけじゃないんだ、アルヴィンに背後に回られた瞬間を狙って避ければいい。
できるできないじゃない、やらなきゃアルヴィンに持って行かれる。
危機感と決意にじっと考え込んでいると、少しふてくされたような声が降ってきた。

「そんなに嫌なのかよ」
「……アルヴィンはさ、こういうの恥ずかしくないの?」
「ないよ?好きな奴に好きって身体で示して、何が恥ずかしいんだよ」
「そうやって愛想振りまいて女の人たくさん泣かせてきたんだね」
「ぐっ……そんな目で見んなよ。過去のことじゃねーか」

この男に関わって絆された女性全員に同情する。
プレザさん、今ようやくあなたの想いを身に沁みて理解しました。
彼女が僕にくれた忠告も、アルヴィンへのあてつけ半分、彼女なりに僕を想っての言動だったんだろう。
僕だって、過去の自分に会ったら「この男には気をつけろ」って言いたくなる。
「甘えたで移り気で寂しがりって、相当面倒くさい性格してるよね」って言ってやろうかとも思ったが、こんな嫌味を言ったところで、「でも、傍にいてくれるんだろ?」なんて嬉しそうに笑うんだろう。
予想が容易すぎて言う気にもなれない。
はぁ、とこれ見よがしにため息をついて、こちらを見つめて微笑むアルヴィンと再び条件決議を開始した。
あれこれと言い合いながら次々と条件が書きこまれていき、いつの間にかメモ用紙は2枚にわたっていた。
ちなみに、僕は丸で囲まれた条件の横に『ただし、過度の接触は禁止』とこっそり書き足しておいたのだが、アルヴィンはそれに気づかなかったらしい。
後でショックを受けるだろうが、これくらいの抵抗は許してほしいところである。

 

「よし、こんなものかな?」
「……なんか、俺だけ縛り酷くないか?」
「そう?むしろアルヴィンの方がよっぽど束縛したがりな気がするけど」

白紙に列挙された文字を眺める限りでは、アルヴィンの要求の方が細かいように思われる。
門限は何時、何かあれば即連絡、何もなくてもこまめに連絡、隠し事をしない、無断外泊言語道断などなど、旅の間ですらなかった項目がびっしり書き込まれている。
過保護な親の言い分にすら見えてくるほど細かい。
旅のときは、僕が彼を上記の項目で叱っていたはずなのだが、日常が返って来ればものの見事に逆転したようだ。

「えー、俺束縛するタイプの恋愛嫌いだけど?」
「自分は嫌でも、相手には求めちゃうんでしょう……臆病なんだから」

本当に、彼は臆病だ。
無条件で離れず傍にいてくれる人に出会ったことがなかったせいで、何の見返りもなく人は傍にいてくれないと思ってる。
だから、いつ離れてしまうのかと怯えて、許される限りの条件を求めて、それでも湧き起こる不安から相手を雁字搦めにしてしまうのだろう。
ふとプレザさんが言ってた『根なし草』の言葉が思い出されて、僕は少し目を伏せる。
アルヴィンだって、どこか地に足をつけて安心したかったに違いない。
でもこの世界にそんな場所はなかったんだ。
20年もの時間を費やしても見つけられなくて、ようやく見つけた居場所は自由になったその日に四散して。
これだけは手放せないと追いかけて心から選んだ相手は、今から陥落させなければならず、なおかつ世間的に色々問題点ばかり抱えている。
そこまで考えて、今日何度目になるかもわからないため息が漏れた。
アルヴィンならもっといい人だっていただろうに。
女性には困らない男の人が、何故よりにもよって僕みたいな人間を選んでしまったのか。
いくら考えたところで、それはアルヴィンにしかわからないんだろうけど。

「他に、何か要望は?」
「もっとお願いしていいの?」
「言ったでしょう?望みをもっと言ってほしいって」
「んで、叶うかどうかは別、と」
「もちろん」

何かあるかと首を傾げて問いかければ、アルヴィンは少し考えた後、そっと僕の手を取った。
まだ少し冷たいその手に、じんわりと僕の熱が溶けて馴染んでいく。
攫われた手からアルヴィンへ視線を向ければ、真っ直ぐ射抜くような目とぶつかった。

「ジュード」
「何?」

真剣さに満ちた声に、不意を突かれて身体がこわばったが、必死に平静を保って応える。
こうやって真摯な眼差しで見つめてくるときのアルヴィンは、整った顔立ちの格好いい大人になるから、普段との差異にまた戸惑ってしまう。
いつだって、こうしていれば格好いい男の人のままなのに。
僕は、ミラだけでなく年上の仲間にそれぞれ違った憧れを抱いている。
アルヴィンの場合、心の察し方や話術もあるのだけれど、『大人の男の人』であることが何より憧れの対象だった。
同じ男としては、女性にもてるくらい格好よくありたいと思うもので。
やたらともてるアルヴィンは、性格に難ありでも格好いいし男らしい。
さらに女性の扱いに長けていて、痒いところに手の届くような配慮を事もなげにしてみせる。
まだまだ子供な性格や線の細い自分の身体を思うと、僕は彼の存在が羨ましくて仕方ないのだ。
なのに……

「愛してくれ……俺だけを」

悲しいかな、僕はその憧れの『大人の男性』を武器に現在進行形で口説かれている。
心中複雑すぎるものの、真っ直ぐ見つめる熱い瞳に見惚れてしまいそうになるのも事実で困惑する。
アルヴィンは、雰囲気で人の意識を絡めとるのが上手すぎるのだ。
そんな僕の気持ちなど知りもしない目の前の男は、熱烈な告白を繰り返して求めてくるから、さらにどうしたものかと頭が痛い。

「なぁ」
「試行期間」
「わかってる。でも、いくらでも願って、望んで、言っていいって言ったのお前だろ?」
「……」

自分が彼に望んだ言葉をそのまま利用して詰め寄られる。
触れていた手を手繰るように引き寄せられて、自然と傾いだ身体をアルヴィンの胸に手を押し当てて支えれば、見上げたすぐ先に甘い微笑。

「なぁ……俺を選べよ、ジュード」
「……は、放して……」
「無理、放してやれない。頼むから、俺を好きになれよ」

甘えるような声が耳元で囁く。
ぞくりとするほど甘ったるく、意識を優しく絡め取るような声音。
底なしの深淵を覗き込むような危機感がこの身を駆ける。
逃げよと頭の中で警鐘が鳴り響くのに、見つめる瞳がそれを許さない。

「や、やめ……」
「やめない。欲しがれって唆したお前が悪い」
「……っ」
「ジュード、お前がほしい」
「…………な」
「ん?」
「何事も、過ぎたるは及ばざるが如しってローエンが言ってた!」

ぎゅっと目を瞑って僕は身体を奮い起こすように全力で叫んだ。
それと同時に思いっきりアルヴィンを突き飛ばし、僕はさっと距離をとって縮こまった。
突き飛ばされた彼は背後にあったソファの脚の角で相当強く頭を打ったらしく、痛みに唸りながら悶えている。
だが、そんなことも気にならないくらい、僕は自分の状態に困惑していた。
触らなくてもわかるくらい顔が熱い、うるさいくらい心臓が拍動してる、これ以上は本当に危ない。
掴まれてた手が震えて、止めすぎた呼吸が乱れっぱなしだ。
武身技で迎撃する余裕もまったくなかった。
雰囲気って怖い。
これからは、この雰囲気も全力で回避だな、と心に決めて幾分治まってきた熱に深呼吸をして気持ちを整える。

「ってぇ……これ何回目だよ。心も身体もマジ痛ぇ……」
「アルヴィン」
「……はいはい今度は何ですか?どうせ俺は調子に乗っ」
「努力はする。だから急かさないで……一時の感情でアルヴィンのこと選びたくない」
「…………ジュード」

じっと訴えるように見つめれば、意図に気づいたアルヴィンは自棄になりそうな口調を引っ込めた。
見つめ返す瞳には憤りより困惑の色が滲んでいて、僕は彼に酷いことを強いるのだと改めて思った。
安心できる心の拠り所を見つけてしまった今、離れたくない、失いたくないと切に願うアルヴィンの気持ちは痛いほどわかる。

だけど……


「……間違えたくないんだ」


零れ落ちる声が、こんなにも頼りなく部屋に響く。

「この気持ちを間違えたら、アルヴィンは絶対に傷つくんだよ」

叫びそうになる声を必死に押しとどめて、ゆっくり送り出すようにそう告げる。
僕にとってアルヴィンは本当に大事な人だから、この選択を間違えたくない。
たとえ拒絶のように見える距離で彼に無体を強いるとしても、こればかりは譲れない。
間違ってしまったら最後、僕たちの関係は崩れて、大事にしてきた絆が途絶えるのは目に見えて明らかだ。
『僕が』ではない、『アルヴィンが』壊れた絆を維持することに耐えられなくなる。
急かされるまま彼を受け入れたとして、その気持ちが偽りなら、いずれ軋んで壊れていく。
逆に、今拒絶して、後々本当は違ったのだと気づいたときにはもう遅い。
僕を選んでしまった彼が中途半端に僕を失うことは、支えにしたものを失うことと同じなのだ。
ひどく傷つき消失に倒れ伏したまま、またこの世界に失望する。
人間不信どころか二度と心を開かなくなって、いずれアルヴィン自身が壊れてしまう。
ハ・ミルの時みたいに、絶望の中で殺してくれと願う瞳なんて見たくない。
あんな傷つけ合いは一度きりで十分だ。
思い出される痛々しい過去の残像に、競り上がる悲しみが胸の内側で暴れまわる。
躊躇いがちに伸ばされた腕に縋るように身を投げて、この想いが伝わればいいとひたすら願った。


「相手の気持ちが伴わなければ、意味がない……そう教えてくれたのはアルヴィンでしょう?」

僕がエリーゼにしようとしたこと。

僕がレイアに強いてきたこと。

自己解釈で完結してしまっていた僕を、一番怒ったのは彼だ。
誰かのための行動も、その『誰か』の意思がなければただの自己満足。
それを誰より毛嫌いしていたから、アルヴィンは僕を疎んでいた。
その事実を知ったときはショックだったけど、とても大事なことを彼は僕に教えてくれたのだ。

相手を思いやる、その本当の意味を。


「…………悪ぃ」
「僕もごめん。でも、わかって。もうアルヴィンのこと傷つけたくないんだ」
「……お前はいつもそうだ」

苦しげに霞んだ声に思わず顔を上げれば、頬にひとつ雫が落ちてきた。
見上げた表情は苦痛に耐えるように歪んで、それでも堪えきれない感情が涙にすり替わって降り注ぐ。

「アルヴィンが泣かないでよ」
「だったら、もっと大事にしろよ」

沁み入るような声音と共にぎゅうっと守るように抱きしめられて、うっかりこちらまでもらい泣きそうになる。
アルヴィンは、『何を』とも『誰を』とも言わなかった。
だけど、それは何となく僕自身を指しての言葉だと思った。
培われてきた思考回路をいきなり変えるのは難しいことで、どうしたって僕は自分を犠牲にしがちになる。
それは身体中に染み渡った癖みたいなもので。
旅を経て譲れない部分では抗うことを覚えたけれど、それ以外はまだまだ流されてしまうのが今の僕だ。
そんな僕の在り方を、アルヴィンはこんなに怒って悲しんでくれている。
僕は、なんて幸せな人間で、恵まれているんだろうか。
温かな腕に抱かれたまま、僕はひとつだけ確かなことを口にした。

「……どっちを選んでも、僕は絶対にアルヴィンを独りにはしない。それだけは約束する」
「あぁ……」
「だから今は」


――――どちらも選ばず逃げることを、どうか許して


そっと肩口に額を押し付けて願えば、彼は小さく頷いて返してくれた。
僕がもっと大人であれば、優しい人をこんなに苦しめることもなかっただろう。

 

それだけが、悔しくて仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2011/12/13 (Tue)

ジュードが返答を先延ばしにした理由の話。
攻めがやられっぱなしもダメかと思って迫らせたんですが、見事拒否られました。
アルヴィンごめーん。
んで、わかりづらいと思うので蛇足として、アルヴィンの「大事にしろ」の理由。
ジュードが傷つけまいとしていたのはアルヴィンだけで、同じ傷を負うだろう自分自身を当然のように除外していたから。


*新月鏡*