「lie and truth」
会話が途切れてどれくらい経っただろうか。 ジュードは自分の置かれた状況に、どうしたものかと頭を捻っていた。 自分の膝上で身じろぎひとつしないのは、話がしたいと持ちかけてきたはずの人物で、すっかり眠りの森に誘われてしまっている。 だが、ここ最近のアルヴィンの表情を思い返せば、気持ちよさそうに眠る彼を起こす気にはなれなかった。 自然と目に留まる穏やかな寝顔は、久しく見なかったものだ。 心和む寝顔をじっと見つめていると、軽いノックが耳に届いた。 「どうぞ」 「すまないジュード、明日の予定なんだが……」 静かに開いたドアから現れたのは、ジュードが憧れてやまない女性、ミラだった。 ミラは優雅な動作で足を踏み入れると、ジュードの膝元にある姿を認めて小首を傾げる。 「アルヴィンは寝てるのか?」 「うん、ついさっき」 「ふむ……」 近寄ってきて、静かに寝息をたてるアルヴィンを確認した後、納得したようにミラはひとつ頷いた。 「解決策を少しは掴めたのだな」 ほっとしたように零された言葉に、ジュードは瞬きをした後、ミラを見上げた。 「ミラも気にしてたんだね」 「まぁな。自業自得とはいえ、向き合う覚悟を持ってついてくるのなら無碍にもできまい。ただ、何故こんな状態になっている?」 「えーっと……不可抗力?」 今までの流れを説明するのもどうかと思えて、ジュードは苦笑と共にうやむやに答える。 ミラがこれしきのことを気に止めるとも思えなかったが、その予想はあたっていたらしい。 特に興味を引かなかったのか、それはそうと、と別の話題を持ち出した。 「これなら心配する必要などなかったな」 「もしかしてミラ、アルヴィンのことで話があったの?」 「ん?あぁそうだ、よくわかったな。さすがの君でも打ち解けるのはまだ先かと思っていたし、世界の未来をかけた戦いに支障が出ては困るからな。明日一日様子を見ようかと思っていたんだが……杞憂で済んだようだ」 よかった、と柔らかく微笑むミラに滲み出る慈愛の気配を感じて、ジュードは温かな両腕に抱かれているような安心感を覚えた。 ミラは本当に愛しそうに人を見る。 揺るがない信念は、時に人の目には酷に映ることもあるが、こうして直に彼女の想いを感じていれば、その心は尊いものだと実感できる。 そんな眩しいくらい高潔な彼女に憧れ、近づきたいと望んだ気持ちは変わらない。 だからこそ、 「僕だって、いつまでも決断を誰かに委ねる子供じゃないよ」 後ろをついて歩く時期はもう終わった。 「ふむ、そうだったな。だが、君は嘘をつかれたと、こいつにずいぶん腹を立てていたように思ったが、違ったか?」 「色々、腹が立ったのは違わないよ。でも、こんなに自分を責めてる人をさらに責め立てるなんて僕にはできないよ」 「なるほど、君らしいな」 「アルヴィンは自分で自分を罰してる。だから僕たちに不用意に近づいてこないんだと思う。僕たちも気まずくて近寄りがたかったし。でもそれがミラに心配かけてたんだね」 ごめんね、と小さく謝れば、気にするな、と優しい声が返ってくる。 本当にミラの懐の大きさには頭が下がってしまう。 これも、多くの人間の在り方を知ってきたからこそなんだろうか。 整った顔立ちを見つめてぼうっと惚けていると、不思議そうな視線が寄こされた。 「どうした?」 「う、ううん!なんでもない!えっと、それにね、アルヴィンが僕に決定的な嘘をついたのは、たった一度だけだって気づいたから……責めるのも違うような気がしてきたんだ」 「一度?」 「うん、たった一度の嘘が最後まで続いてたんだ」 『アルクノアの仕事はもうしないって、約束してくれる?』 そのたった一つの約束だけが、「誓うよ」という嘘で返されてしまったのだ。 そして最悪なことに、この嘘が一番因縁にまみれた根深いものだった。 自分を犠牲にして守ってきた最愛の母と望んだ遠い故郷。 リーゼ・マクシアで新たに得た仲間。 その板ばさみに、彼が唯一ついた裏切りの嘘。 「思い返せば、アルヴィンは何一つ言葉にして返してくれてなかったんだ。いつもはぐらかして、肝心の確約は絶対口にしなかった」 カン・バルクでもそうだった。 「嘘はイヤだからね」と釘を刺した自分に、彼は「お前らが俺を信じてくれてるのは知ってる」と返したのだ。 あの後のアルヴィンの行動に、アルヴィンなんて!と激怒したのは記憶に鮮明に残っている。 あの時はただ、悲しかった。 自分の期待に添う行動を返してくれないアルヴィンに、裏切られたと傷ついた。 だけど、それは自分が抱いた期待であって、彼が確約したものではなかった。 今まで裏切られたと思うことはたくさんあったけど、彼が明確に『嘘』をついたのはあの闘技場の時だけ。 全部、自分が一方的に彼に抱いた期待に傷ついていただけだった。 アルヴィンは、目的に差支えがない範囲で、最大限の配慮を与えてくれていたのに、自分はそれに気づかず一方的に詰った。 目的や思惑が違えば、自然と一緒に歩むことも難しくなることだってある。 エレンピオスを想うアルヴィンが、故郷を捨てることができないなら、どう足掻いても食い違う部分が出てきて当然だった。 今になってようやく知った事実と、変わろうとしている彼を見て、どうしてまだ足りないと責め苦を負わせることができるだろう。 「僕には、できないよ」 知ったゆえに、わかってしまった。 わかってしまえば、もう突き放せない。 もしアルヴィンが起きていたら、それがジュードの甘さなのだと忠告してくれたことだろう。 「それが、君の決めたことなのだな」 「うん。アルヴィンが向き合おうとしてくれるなら、僕はそれに応えなくちゃいけない。これからも一緒に歩いていくんだから」 「ならいい。私もこれ以上首を突っ込みはしないよ」 よしよし、と幼子を褒めるように頭を撫でられて照れくさくなる。 離れてゆく手のひらを名残惜しく感じてしまうが、代わりに穏やかな気持ちが胸の内側に残った。 払拭された少しの不安は、向き合う先の不安。 頭を撫でたミラの手は、不思議とジュードの中に巣食っていた不安を取り除いてしまったようで、明日への懸念は欠片も見当たらない。 ミラの手は魔法の手だなぁ、などと思っていると、 「大丈夫だよ、ジュード。君は君のやりたいようにやればいい。今度こそ、アルヴィンも応えてくれるだろう」 自信に満ち溢れた笑顔が後押ししてくれる。 こうしてミラが見守ってくれているなら、案外すんなり上手く行くんじゃないか、なんて楽観的に考えてしまうあたり、ずいぶんミラに甘えてしまっているようだ。 「ありがとう、ミラ」 安堵に微笑んで返せば、ミラは満足げに頷いて踵を返す。 来たときと同じように静かにドアを開き、優しい声で「おやすみ」を置いて去っていった。 誰もいなくなった扉から、いまだ健やかに眠り続けるアルヴィンに再び視線を落とす。 さて、どうやって現状を脱出しようか。 明日の対応策を練るより先に、片付けなければならない一番の難題がジュードの膝上に残っていた。 「ローエンが戻ってくるまで、待つしかないか……」 呟く声は何処までも柔らかく部屋に響いた。
* * * * 2011/10/24 (Man) ちょっとだけ加筆修正。 動画で屑だなんだと言われがちの彼ですが、見返せば見返すほど、アルヴィンが完全にメンバーを裏切る嘘ついたのは闘技場のあれだけだった気がします。 否定も肯定もしない彼に、メンバーが想像で物を言って納得してたんじゃない?って。 アルクノア関連の嘘は、必要最低限の軽い言い訳ばっかでしたもんね。 擁護するわけじゃないけど、期待して失望するのは大概勝手なもんだよなーと思って。 *新月鏡* |