「Shall you love me? -supper-」

 

 

 

トントン、コトコト。
忙しない音は騒がしく、広い作業台とコンロの上で鳴り響く。
シチューを煮込んでいる間に、サラダを手早く作り、合間を縫ってデザートも作る。
大きなキッチンをぱたぱたと小走りにあちらこちらへ走り回る間、僕にこんなお願いをしてきたアルヴィンは、コートを脱いだ状態でリビングのソファでくつろいでいる。
何してるんだろう?とちらりと見やると、向こうもこちらを見ていたらしくばちりと目が合った。
何か用かと首を傾げてジェスチャーで問うも、ただ柔らかく笑って見つめるばかりで何も言ってこない。
実はこの一連のやり取りを、かれこれもう3回は繰り広げていて、僕はどうしたものかと少し悩む。
邪魔する気はないから作業してて、とでも言いたいのだろうか。
口で言えばいいのに、憶測だけじゃ何もわかりやしない。
とりあえず、目の前の作業を完遂しようと気持ちを切り替えて、シチューが焦げ付かないように丁寧に掻き混ぜる。
それから30分ほどして、ようやく仕上げの盛り付けに取り掛かった。
そこへ、

「手伝うぜ」
「え?」
「テーブルに並べるんだろ?それ、持って行けばいい?」
「あ、うん、ありがとう」

いきなり現れたアルヴィンが、呆気に取られている僕の手からひょいっとシチューの入った皿を奪っていった。
どうやら本当に手伝う気らしく、次から次へと運ばれる皿が丁寧にセッティングされていく。
大皿に盛られたサラダを中央に、シチューと前菜のワンセットが向かい合って置かれ、アルヴィンの席にはワイングラスとボトルが並んでいた。
最後に、焼きたてのパンをバスケットに盛ってテーブルに置けば、手料理感溢れるディナーは完成した。

「デザートもあるけど、それは後でいいよね?」
「あぁ。にしても、こうも美味そうな晩飯用意されると、ちょっと感動しちまうわ」
「おだてたって、これ以上は何も出ないよ?」
「あらら、すげないこと」

がっくり肩を落とすアルヴィンに小さく苦笑して、2つのグラスに水差しで水を注ぐ。
ひとつをアルヴィンに差し出し、もうひとつを自分の席へ。
座って待ち構えているアルヴィンに急かされるように、向かい合って座ったところで食事は開始された。

「んー!やっぱりおたくの作る料理はうまいわ」
「そう?気に入ってくれて嬉しいよ」

一口ぱくりと食べたアルヴィンが、綻ぶような笑顔と共に「おいしい」と零してくれれば、僕はそれだけで作ったかいがあったな、と嬉しくなる。
料理って、こういう笑顔のためにあるんだろうな、なんて思えて自然と微笑む。

「あぁ〜、マジうまい。どうやったらこんな風に作れるんだ?」
「普通に料理本通り作れば、誰だってコレくらいできるよ」
「いやいや、だったらどうしてレイアがあんなになっちまうんだよ。あの破壊力ハンパなかったぞ」
「うぅん……レイアは昔から味覚がちょっと変わってるから……でも、美味しいのは美味しいんだよ?ただ味が、奇抜というかユニークというか……」
「……それ、フォローになってねーからな」

そんな懐かしい話に花を咲かせながら、夕食の時間は緩やかに過ぎていって、テーブルの上にあった料理があっという間になくなった。
お互いに笑みの絶えない食事だったと思い返せば、またつられて笑みが零れる。
さてもう一仕事と、僕は食器を片付けのに合わせて紅茶を用意し、デザートの準備も整えていく。
茶葉をティーポットで蒸らしながら、温めたティーカップを2つと、ミルク、砂糖を添える。
ワイン片手にほろ酔い気分なアルヴィンは、やっぱりそんな僕の行動をじっと見つめるばかりで、またあのときのようなやり取りがちらつく。
視線が合って、小首を傾げて、笑いあって。
最初こそ不安ばかり募ったが、なんだか心に溶ける優しい気配に、今は不安など欠片もなかった。
ただ、笑い返してくれるアルヴィンが本当に柔らかく笑うから、そればかりが嬉しかった。

「さぁ、デザートにしようか」
「待ってました!」
「まったく、アルヴィンったら子供みたい」
「いやぁ、ジュード君の作るデザートって専門店に匹敵する出来栄えだろ?それに今日は俺のリクエストだ。ってことは、楽しみにしないわけがないだろ?」
「あまり期待しないでよ?」
「そりゃぁ無理な相談だな」

互いにじゃれあうように笑いながら、デザートを囲んでお茶を飲む。
アルヴィンが一番にリクエストしてきたデザートは、彼が一番思い入れのあるピーチパイ。
それをねだられたとき、僕は少し躊躇った。
彼の思い出の中で大事にされてきた味と、僕の作る味はきっと違う。
その差に彼が悲しまないかどうかが気がかりだった。
一番大切な人との思い出に、アルヴィンが傷つかなければいいと願うしかできなくて、祈るように作り上げた。
きっと、何を食べても彼は「おいしい」と返してくれるに違いない。
それがわかるから、僕は少し躊躇ったのだ。

「ジュード?」
「何?」
「おたく、今何考えてた?」
「アルヴィンのこと考えてたかな」
「あー……何か気ぃ遣わせそうだから、やっぱ先に言っとくわ」

そう言ったアルヴィンは、視線を宙へ彷徨わせながら頭を掻いて僕に向き直る。

「俺はな、『ジュードの料理』が喰いたかったの」
「……僕、の?」
「そ、おたくの」

ぴしりと指で指し示される先には僕しかいなくて。
僕を見るアルヴィンの瞳が酷く優しく揺らぐから、それが嘘偽りのない本当なのだと思い知る。

「どうして?」
「知りたい?」
「……うん、教えてくれるなら」
「じゃあ、あとでゆっくり教えてやるよ。今は食後のデザート食おうぜ」

冷めちまう、と言われて、そういえば紅茶がずいぶん冷めてしまったかも、と一瞬焦ったが、温かなカップに守られた紅茶からはまだ湯気が立ち上っている。
ティーカップを温めておいて正解だったらしい。
淹れ方を教えてくれたローエンには、今度お礼を言っておこう。
ようやくデザートにありついたアルヴィンは、僕の想像通り、「おいしい」と沁み入るような声で言ってくれた。
僕の予想と違うことといえば、想像もしなかった甘い笑顔が向けられていたことだった。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2011/12/04 (Sun)

ほのぼの食事風景。
ジュードが明らかに狙われています。


*新月鏡*