「Shall you love me? -request-」

 

 

 

順調に手続きや相談を済ませた僕は、約束どおり五の鐘が鳴るちょっと前にホテルを訪れた。
王都ゆえごった返す人の中から、見知った彼を見つけられるかどうか不安だったが、そんな心配も杞憂に終わった。
ざわめくロビーの中で、ひとり静かに壁にもたれかかって立つアルヴィンは、不思議と目を引いて、引き寄せられるようにふらふらと歩いていけば、気づいた彼が小さく笑って右手を挙げてくれた。

「さすが優等生、時間通りだな。それで?手続きとやらは済んだのか?」
「うん。兵の警備室でちょっと事情聴取みたいなことあったけど、それ以外は概ね良好ってところかな」
「ふーん」

アルヴィンから訊ねてきたわりに、何故かやたら興味なさそうな返事を寄こされた。
らしくない反応に少し戸惑いながら、話題が面白くないのかと軌道修正を試みる。

「夕日に染まったイル・ファンってすごく新鮮に映るよね。僕びっくりしちゃった」
「夜域だったしな」
「夕日のイル・ファンも綺麗だよね」
「そうだな」

これも食いついてこない。
ちゃんとこちらを向いて話しているにもかかわらず、話を続けようという意思が感じ取れない。
それならばと、さらに話題を変えてみる。

「みんな今頃どうしてるかな?」
「夕飯でも食べてるんじゃないか?」
「う……うん、そうだね……」

そうだろうけど、もっとないの!?
こう、レイアはお母さんに叱られてるんじゃないかとか、エリーゼはドロッセルさんと今後について楽しくお話してるんだろうねみたいな会話の発展が!
アルヴィンのことだから、ばらばらになった仲間のことを気にしたり、どうしてるかなって考えてるんだろうなと思っていたから、まさかここまで食いついてこないとは予想外だ。

「そ、そういえば、アルヴィンの用事は済んだの?」
「まーね」

こうなればと、触れずにおこうと思っていた話題にも触れてみたが、これもダメらしい。
返事はするものの、とりあえず右から左へ流すような対応しか返って来ない。
もうそろそろ、一人で会話してるみたいで寂しくなってきた。
これじゃ、後でじっくり悩み相談会を目論んでいた僕の狙いは上手くいきそうにない。
落ちる思考に合わせてやや下がる視線を流し、これも無駄かな、と思いながら音にしてみる。

「えっと……じゃぁ、明日には帰っちゃうのか」
「んーどうかなー?」

……どうかな?
どうかなってどういうこと?

「……アルヴィン?」
「何?」
「今日、おかしくない?」

さすがにこれは酷すぎる。

「全然おかしくないよー?いつもどおり、優しく頼れるいい男だろ?」
「…………アルヴィン」

茶化すようにおどけてみせるアルヴィンが、いつものように調子よく肩を抱いてくるので、僕は低く唸るように名前を呼んだ。
腕の中に納まりながらも放たれた僕の怒気まじりの声に、さすがにまずいと感じたのか、向けられていた視線があらぬ方向へ右往左往し始め、次いで矢継ぎ早に話し始めた。

「あ、そーだ、飯!もういい時間だし俺、飯が食いたいなー!ジュード君、早く部屋戻ろうか」
「ちょ、まっ、て……アルヴィン!」
「待たない」

肩を掴む手の強さと、急激に冷えた声音に身体が凍る。
理解の追いつかない戸惑いにそろっと自分の肩を抱くアルヴィンを見上げると、予想以上に真摯で切実な瞳があった。
どうして、そんな目をするのだろう。
じっと真意を探るように見つめ続ければ、ふいに顔を逸らされた。
ゆらりと揺らぐ瞳の奥に、あと少しで明確な答えを見つけられそうだと思ったのに、なんだか拒絶にも見えて不安がこみ上げる。
押し黙ってしまった僕を一瞥して、アルヴィンは思い出したかのように僕を引きずってエレベーターに乗り込み、ボタンを手早く押してドアを閉めてしまった。
動き出したエレベーターを止める術は僕にはない。
さらに困ることに、何故か掴まれた肩は解放されず未だ抱きこまれたままだ。
一体何が起こっているのかと目を白黒させている間も、アルヴィンはずっと無言で、ドアの上に設置されてる階層番号が点滅して移動するのを追っていた。
いったい何階なんだろうと、つられて見上げれば、移り変わる点灯番号は最上階まで到達した。

「え?」

ぽん、と軽やかな音で到着を告げたエレベーターは静かにドアを開き、アルヴィンはそれに合わせて僕を促す。
合わない歩幅を必死に合わせてエレベーターから降りれば、区切りのないガラスの向こうに美しいオルダ宮が佇んでいた。
イル・ファンの一等美しい景色を閉じ込めた絵画ような展望に、思わずほうっとため息が漏れる。
ついで好奇心に任せて辺りを見回すと、静寂に包まれたふわふわの廊下が横に伸びており、エレベーターを挟んで対称に二つ扉があるだけ。

「こっち」
「わっ!」

ぐいっと急に方向転換を促され、慌てて足を捌こうとしたものの失敗してよろけてしまう。
こけそうになるのを必死に耐えるも、どうにも捌ききれず慌ててアルヴィンのコートにしがみついてしまった。

「ご、ごめん……」
「……いや、悪ぃ。大丈夫か?」
「うん、平気」

ようやく肩から大きな手が離れたので、こちらも掴んだままだったコートをそっと放す。
皺になった部分を何度か伸ばして、ぽんぽんと叩けば、僕の動作をきょとんとした表情で見つめるアルヴィン。

「皺になっちゃった……」
「いいさ、これくらい」
「でも……」
「だったら、おたくにしてほしいことがあるんだけど……お願い叶えてくんない?」
「お願い?」
「そ、お願い」

こっち、と再び促されたので、今度は素直についていく。
オートロックの扉を前に、黒いキーカードを差し込むと、緑のランプが点滅してかちりと音が鳴った。
手馴れたように中へ入るアルヴィンがドアを全開にして招き入れてくれたので、おそるおそる足を玄関まで運ぶ。
真っ暗な部屋の中できょろきょろと見回していれば、後ろ手にドアを閉めたアルヴィンが灯りをつけてくれた。

「わぁ……!」

目の前に広がる一等客室は、最上階だけあって綺麗に整えられ、それはそれは見事なものだった。
期待に心逸らせながら隣に立つアルヴィンを見上げれば、苦笑するように笑って「どうぞ」と返してくれたので、僕は高揚感を抑えきれずに部屋の中へ駆け込んだ。
まず目に飛び込んできたのは、大型のソファが中央に鎮座するリビングと、清潔感溢れるダイニングテーブル。
区切りのない部屋に広々と設置されているため、やたら広く感じる。
その右側に視線を振れば、ぴかぴかのキッチンがあった。
客室にキッチンがあることに驚いたが、たぶん大人数でパーティとかするお客さんとかがこういった部屋を使うのかもしれない。
キッチンの隣は寝室になっているらしく、がちゃりと開けたドアの向こうに大きすぎるベッドが2つ並んでいる。
きっと僕やアルヴィン、ローエンが並んで寝ても余裕だろう。
今度は左側を見てみようと踵を返し、リビングにあるドアを開ける。
広々とした洗面台とトイレ、ついで防水加工のドアを隔てて大きなユニットバス。
映画か何かでよくある大富豪の家にありそうな、そんな感じの造りだ。
さらに奥にあるのは、

「え、プール?」
「すごいだろ。まぁこの時期は風邪引くから使えねーけど」

仰天してしまっている僕の頭の上から、アルヴィンがそう話しかけてきた。
好奇心のままにあちこちぱたぱた走り回る僕が相当面白かったらしく、くくっと喉で笑うアルヴィンを前に、僕はちょっと恥ずかしくなる。
でも、ようやくまともに話す気になってくれたのかと安心する方が強くて、自然と笑い返していた。

「おたくへのお願いはこっち」

促すように逆方向へ歩き始めた背中を追って、再びリビングへ戻ってくると、大人しくついてきた僕に向き直ったアルヴィンは、人好きのする顔で笑う。
どうしたのかと小首を傾げれば、すっと半歩下がって背後が見えるようにした後、彼は唐突に切り出した。

「俺の好きな料理、作ってほしい」
「…………そんなことでいいの?」
「それがいいの」

ぽかんと見つめる僕に、いたずらが成功した子供みたいな笑顔で彼はそう言った。
もっと難問を突きつけられるかと思っていただけに、アルヴィンのお願いがずいぶん小さく見えてしまう。
料理なんて、旅の道中常にやってきたことだし、変わり映えもしないというのに。

「もしかして、それが目当てでこんな高い部屋とったの?」
「察しがいいなぁジュード君」
「別に、下の厨房借りれば」
「それじゃぁダメなんだ」
「……なんで?」
「なんでも」

わざわざお金をかけてこんな大層なキッチンつき客室を用意しなくても、いつもどおり厨房の片隅を借りて調理させてもらえばいいのにと思ったが、どうやらそれではダメらしい。
梃子でも意思を曲げなさそうな彼の態度に、これ以上は無駄だと判断を下す。

「まぁ……アルヴィンがいいなら、別にいいけど」
「んじゃよろしく」

理由はよくわからないが、これがアルヴィンにとって重要なことだというのは何となく感じて取れて、僕は素直に受諾した。
ただ、やけに嬉しそうに笑う彼が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2011/11/30 (Wed)

まぁ、王道な流れです。


*新月鏡*