「Shall you love me? -presentiment-」

 

 

 

晴れ渡った景色を眺めて、遠く世界の果てに思いを馳せる。
リーゼ・マクシアに降り立って、みんなと別れて、僕はようやく旅が始まった最初の地へ還ってきた。
軽やかに船を降りれば、見違えた景色に未来への期待が膨らむ。
夜の帳は失われ、あるべき姿に戻った王都。
本当は、ミラと一緒にこの世界の変化を直に感じて喜び合いたかった。
でも、戦って、傷ついて、最後まで僕を導いてくれたミラはもう傍にはいない。
一番近くて遠い場所から、僕らと共に世界を守ってくれている。
見上げたままの空に彼女の存在を思い描いて目を閉じてみる。
こうして悠長にしていれば、『君らしいが、私たちにはなすべきことがある。感傷に浸るのもほどほどにな』なんてミラに言われそうだ。

「さて、これから忙しくなるね」
「だな」

両手を組んで大きく伸びをした後、隣で佇み同意してくれた長身を見上げる。
後ろからついて船を降りたアルヴィンが、同じく空を眩しそうに眺めていた。
散り散りになった仲間のうち、僕と一緒にイル・ファンへ戻ってきたのはアルヴィンだけだ。
本来なら、僕はここに一人でいる予定だったのだが、紆余曲折あって何故か彼と共にいる。
異界から霊山に戻された僕らは、イラート海停でみんなばらばらの船に乗る手筈になっていた。
レイアはル・ロンドの海停行き、ローエンとエリーゼはサマンガン海停へ。
僕はもちろんイル・ファンへ向かう予定で、アルヴィンも当然ラコルム海停だと思っていた。
だけど、アルヴィンはイル・ファンに何か用事があるとか言って、結局同じ船に乗り込んできて理由も聞けぬまま出航した。
そして今現在、2人して夜域を失った空を見上げているという状況だ。

「アルヴィンはこれからどうするの?」
「んー……おたくはどうすんの?」
「もう、訊いてるのは僕だよ。質問を質問で返すのはどうかと思うけど?」

覗き込むように見上げれば、すばやく視線をそらされ、できもしない口笛を吹くマネで誤魔化された。
まったく、相変わらず調子がいいんだから。
一向に答えそうにないアルヴィンに小さくため息をつくと、仕方ないと見切りをつけて口を開く。

「僕はこれから復学に関して話し合わなきゃならないだろうね。手続きとか研究の方針とか、論文もまとめてしまわないと……まだまだ課題は山積みだね」
「戻って早々大忙しだな」
「やりがいがあっていいじゃない?」

ひとつひとつ指折り列挙していくだけでも、自分がなさねばならないことは両手で足りない。
それでも、挑みがいのある使命感すら湧き起こっていて、抑えきれない高揚感に自然と笑みが零れる。

ミラがくれた世界のために。

ガイアスが信じてくれた未来のために。

そして何より、僕らが手を取りあって生きるために。

ぎゅっと手のひらを握り締めて頷いた後、改めてアルヴィンを見上げる。
だが、見上げた先にあった表情に目を見開く。
ばちりと視線が合った瞬間にその表情は引っ込んでしまったが、この目に焼きついた余韻はなかなか拭えない。

「どうした?」

呆然と見つめ続ける僕に、アルヴィンが訝しそうに目を細める。
その声に夢から覚めるようにはっと我に返れば、予想以上の至近距離にアルヴィンの顔があって思わず身体がこわばった。
まじまじと見つめてくる瞳に、僕はしどろもどろになりながら慌てて言葉を取り繕う。

「あ、えっーと、……ね、ねぇ!アルヴィンって今日、イル・ファンに泊まっていくの?」
「ん?……あぁ……そうだな。そうなるかな」
「だったら、医学校の用事が済んだら、遊びにいっていい?」
「構わねーよ。ま、俺がいればの話だけどな」
「じゃあ、五の鐘が鳴る頃には行くからホテルのロビーで待っててね、約束!」
「は?約束って……おいジュード!」

茶化すように大きな背中をぽんぽんと軽く叩いて、にっこり微笑み返した後、僕はすばやくアルヴィンに背を向けて脱兎のごとく逃げ出した。
置いてけぼりをくらったアルヴィンが僕を呼び止めようとしたが、またあとでね、と軽く手を振る余裕すらないので黙殺する。
早くアルヴィンから離れないと、まずいことになりそうな気がした。
一瞬にして消えた遠く虚ろな瞳と寂しそうな表情が、ずっと脳裏から消えない。
そして見た瞬間から湧き起こっている、もやもやとした気持ちもなくならない。
振り返ることなく中央広場まで駆けてくれば、少しは治まりも見せたが、それでも完全に消え去ることはなかった。
あのまま傍に居ると、どうにも離れられなくなる予感がしてなりふり構わず逃げてきたものの、置き去りにした彼が気がかりで仕方ない。
わざと見ないフリしてなんでもないように振舞ったが、きっと自然な動作には見えなかっただろうし、そこを突かれたら答えに困る。
次に会うときまでにアルヴィンが忘れてくれますように、と小さく願いながら、改めて足をタリム医学校へ向ける。

本当は、時間が許すなら今すぐ引き返してゆっくり話したいのが本心だ。
だが、自分にはやらねばならないことが山ほどあることも事実。
だから、後で会う約束を取り付け時間を確保した上でさっさと用事を済ませてしまう方が、ゆっくり話し合うにしても気にならないし合理的だと判断した。
間違ってはいないし、それでいいとも思う。
だけど、アルヴィンの行動が不安を抱かせ、心を逸らせる。
イル・ファンに泊まるのかと訊いた時、アルヴィンには珍しく、ぽかんとしたように目を瞬いた後、数秒思案してうんうんと頷いていた。
普段のアルヴィンなら、とっくに頭の中で予定が組みあがっているはずで、あんな素振りを見せることはなかったに違いない。


――――何か悩み事でもあるのかな?


アルヴィンの中でくすぶる何かが、彼に異変を起こしているのかもしれない。
あっという間にとんとん拍子で仲間はみんな散り散りになったんだ。
孤独を一番恐れる彼が、今どんな気持ちを抱えているのかはわからない。
だが、自分ひとりで憶測を立てて考えたって解決するはずがない。
きちんと聞き出して、向かい合って話さなければ。
何となく確信めいた予感を胸に、早く彼の元に戻ろう、とだけ決めて医学校へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2011/11/28 (Mon)

見切り発車で唐突に始まるED後の話。
ちゃんとアルジュに落とそうと思って。


*新月鏡*