「solar midnight -Dealings-」
それは、最後の交換条件だった。 明確な言葉など何一つなく、ただ、俺とミラとの間に交わされた契約みたいなものだった。 もともと雇い主と雇われ傭兵って建前だったし、俺たちらしいと言えばらしい。 だが、これはどういうことだ。 遠く広がる美しい海景色は茜色に照らされ細波を寄せるばかりで、同じく鏡のように上空を包む赤も変わりない。 「断界殻が消えてない……」 海から這い上がって、もう十分すぎるくらいの時間が経っているはずなのに、望む世界は影も形も見当たらない。 マクスウェルが死ねば、断界殻も消滅するはずで、帰りたいと焦がれ続けた故郷が見えるんじゃなかったのか。 そのために俺は、利害の一致したミラの気持ちを優先したのに、どうして世界はそ知らぬ顔で目の前にある? 強く響く動揺に、息が詰まって苦しい。 そっとスカーフを緩めて気道を確保しようとしても、あまり効果はないらしい。 息苦しさに顔をしかめつつ背後で僅かに揺れる気配を感じて振り返れば、未だぼんやりとしたジュードがそこにいた。 海の中で溺れるまでミラを追いかけた青少年。 無我夢中でその背中を追い、引きずり上げたジュードが息をしていなかった時はぞっとした。 俺が、ミラにしてやれる最後の契約。 それすら守れないのかと自分を呪いさえした。 明確な音や文字になったわけではなかったが、あの時交わした視線はミラを止めるだろうジュードを遮り、生きてこの場を脱出することを望んでいるような気がしていたから、俺はそう捉えて実行した。 ミラを止められるかもしれないたった一人をねじ伏せて、イヤだと叫ぶ子供に残酷な結末を与えた。 だが結果はどうだ? 俺が最悪な役割を請け負う代わりに、言い訳になる世界を彼女は用意していたはずなのに。 この目の前に広がる景色はいったいなんだ。 「これじゃ俺……何のためにミラを見殺しにしたんだ?無駄死にだ……」 そうだ、俺はミラを見殺しにした。 わかっていながら死にゆく彼女を止めなかった。 ミラが自分の想いを曲げることはないと知っていたし、あの場で動ける人間なんていやしなかった。 そんな言い訳を作ろうと思えばいくらでも作れるが、その程度の言い訳が俺の中で通るわけがない。 俺はミラを見殺しにした。 嫌だと思いながらも、結局止めようとはしなかった。 あの時ミラを引き止めるために最後まで抗い、声を荒げ続けたジュードだけが、彼女の死を手放しで悼んでいい。 何かが欠落してしまったジュードの瞳をしばらく見つめて、俺はその傍を通り過ぎた。 全部、無駄だった。 俺のしてきたことも、ミラの貫いた想いも。 滑稽すぎて笑えてくる。 命懸けの契約すら、この無情な世界は許しはしなかった。 「アルヴィン……?」 弱々しく心もとない声が後ろ髪引くように寄こされるが、俺は振り返ることができなかった。 もうこいつらがいる場所を居場所とする最大の理由がなくなってしまったし、ジュードは俺をきっと恨む。 あの時、ジュードは最後までミラを救えると信じていたに違いないんだ。 その可能性を、ミラと俺のために捻じ曲げ叩き折った。 ミラに心酔しきっていたジュードが、ミラを見殺しにした俺を許すはずがない。 今は放心状態でももともと聡い奴だ。 事実を把握したら最後、もう二度とジュードは俺を許さない。 そうと判っていながら甘んじて受け入れるなんて、俺にはできない。 どんな目で見られる? どんな言葉を投げられる? 考えただけで恐ろしくなった。 今まで散々やってきておいて、自分の根底にある『大義名分』を失ったらなし崩しのガタガタで、向き合うことなんてできない。 振り返ることなく逃げるように海停を後にすれば、目の前に広がる間道に佇む人間が本当に俺独りになった。 「馬鹿じゃねーの……」 望んだことは叶いもせず、望まないことばかりが現実になる。 情けなくて涙が出そうだ。 今まで願い続けた全てを失った。 誰より大切だった母さんはもういない。 一番の目的だった故郷にも帰れない。 気に喰わなくともこの世界で唯一の血縁者を喪った。 偽りながらも確かに仲間だった女を見殺しにした。 そして…… ――――『アルヴィン』 俺の心を信じて抱きしめてくれてた甘い声も、もう聞こえない。 希望も何もありはしない。 結局この世界は俺が大嫌いで、俺が憎くて、俺から何一つ残さず奪い取った。 こんな酷い結末……ありかよ。 世界が俺を心底憎むように、俺だってこんな優しくない世界大嫌いだ。 なんでこんなことにならなきゃいけない? 俺がいったい何したって言うんだよ。 普通に穏やかな日常過ごして一生をまっとうできたはずなのに、どうして俺はリーゼ・マクシアに落とされた? 理不尽さに振り回されながらも、多くの代償を支払いながら俺なりに必死に生きてきたんだ。 全部背負うって決めて、言い訳はしないと固く誓って。 どんな犠牲にも涙ひとつ流さず、感情は胸の奥に仕舞い込んで耐えてきた。 俺が泣いていいはずがない、そう思っていたから。 だが、これだけ背負ってもこの世界はまだ足りないというのか。 いったい何が足りなくて、何を俺に求めてる? 「もう……こんな世界たくさんだ……!」 無意識に押し殺した声が呻く。 俺を動かす理由が見当たらない。 俺と繋がることのない綺麗な世界だけが目の前に広がっていて、押し込めていた孤独が足元に這い寄る。 拳が痛みを訴えるほど握り締めても、この胸に湧き起こる苦痛には程遠い。 声を上げて張り裂けんばかりの想いを泣き叫んでしまえたら、どれほど楽になるだろう。 なぁ、こんなくだらない世界を作り上げた神様がいるなら、今すぐこの場で俺を殺してくれ。 もう無理だ。 これ以上は耐えられない。 背負えない。 そうして激情の波に耐えて強く願っても、やっぱりこの世界は綺麗なまま何もしてくれはしなかった。 行く当てもなくふらふらと歩いても、何処へ行けばいいのかわからない。 つらいんだと、苦しいんだと心は泣くほど喚いているのに、身体は生きることを望み続けるから、俺はどうしようもない感情を抱いたままシャン・ドゥへと足を向けた。 ここから一番近い宿屋がたまたまシャン・ドゥだっただけで、特に思うことはなかったが、もしかしたら俺の中に微かに残る帰巣本能がそうさせたのかもしれない。 もう、誰もいるはずがないのに。 待つ人のいない場所へ帰りたいなど思いはしなかったが、結局自分には何処にも居場所がなかったんだと気づいて視線が落ちる。 無性に冷たい感覚が胸の奥底を撫でていって、また寂しさだけが俺に寄り添う。 がらんどうになった心を抱えたまま、たどり着いた宿屋のベッドへダイブすれば、自然と意識が遠のいた。 そういえば、連戦続きな上にやたら強い精霊術を浴びすぎたな、とぼんやり思う。 もうどうでもいいことだ。 俺がこのまま目覚めることなく死んだとしても、この世界は困らない。 悲しまない。 悼まない。 だけど、 ――――こんな俺でも、死ねばジュードは泣いてくれるんだろうな 身体を横たえシーツに埋もれながら、閉じた瞳の奥に黒の面影を思い出す。 恨んで、憎んで、赦しはしないと言いながら、それでもあいつはこの世界で唯一、俺のために泣いてくれる気がする。 いつも、誰かのために心砕くやつだから。 いつか見た涙に滲んだ瞳を思い出してふっと力なく笑うと、強張っていた体から力が抜けた。 こんな時でも、自分から逃げて遠ざけたはずのジュードの存在に救われてる。 「……ホント、情けねー……」 外界から遮断するようにシーツを引っ被り、くだらない願望に慰められながら、俺は静かに眠りに落ちた。
翌朝、目的を失ってしまった俺は、アルクノアの残党について探りを入れようと考えた。 ジランドによって歪められてしまったアルクノアの目的だが、俺のように故郷に帰りたいと切実に望んでいる奴がいないわけではない。 そいつらがどう動いているのかを探れば、もしかするとエレンピオスへ帰る糸口も見つかるかもしれないと思った。 甘っちょろい考えだが、やらないよりマシだ。 無理やり見つけた最後の目的を、これ以上奪われるわけにはいかない。 全部失くしたんだ、これくらいしがみついたっていいだろう。 気を抜けば投げ出し自暴自棄になりかねない自分を、何だかんだと理由をつけて叱咤する。 安定しない気持ちを抱えたまま、自分の伝手を頼りにアルクノアの動向を探るために奔走した。 だが、探れば探るほど、自分が考えていたよりずっとアルクノアは崩壊していたという事実しか手に入らない。 統率者であるジランドを失った烏合の衆は散り散りになり、それを一掃するように巧みに捕縛エリアを広げるガイアスの勢力。 飛空艇を使って何とか故郷へとも考えたが、如何せん、エレンピオスとリーゼ・マクシアを隔てる壁をぶち壊すクルスニクの槍は、真っ二つになったジルニトラと一緒に海の底だ。 飛空艇一隻掻っ攫ったところでエレンピオスに帰れない。 やっぱり断界殻を消滅させる以外に方法はないのだと思い知るまで、そう時間はかからなかった。 試行錯誤し始めて5日目には、この足りない頭で考えた可能性がものの見事に全滅した。 この世界に屈するわけにはいかないと自分を奮い起こして足掻いてきたが、その都度返される現実が俺を絶望へ押し込める。 もう本当にどうしていいかわからない。 これ以上足掻きようがなく、リーゼ・マクシアという異世界で独り生き続ける覚悟もない。 その証拠に今自分のいる場所は、アルクノアの残党の一部が寄せ集まってる飛空艇のうちのひとつだ。 イラート海停付近に身を潜めていたのを見つけて、情報収集のために乗り込んだが、それが本音なのか建前だったのかは考えないでおく。 状況を覆すような情報でも転がってればいいと僅かに期待しながら赴くも、俺の予想と異なり、この船に集まる連中は戦力外のやつらばかりだった。 後方支援型の組織らしく、明らかに非戦闘員な奴や女子供までいるときた。 エレンピオスに帰れないと嘆く声ばかりが充満していて、引きずられそうになるのを必死で耐える。 望んだ成果が見込めなかった上に、不安定な心のど真ん中を抉られるなんてたまらない。 早々に広間を出て狭い廊下をゆっくり歩き、人手の少ない場所を探してみる。 額に手をやり弱腰になる思考を振り払うために小さく頭を振ると、突如自分の乗っている飛空艇が大きく揺れた。 着水している状態とはいえ、この揺れは波で起こされる程度の可愛いものではない。 弾かれるように甲板へ飛び出して危機に張り詰める船上を見回すと、ここにいるはずのない姿が目に飛び込んできた。 「……ミュゼ……」 やや上空で、優雅に微笑む大精霊は、仲間とはぐれた時にジュードが連れて帰ってきたミラの姉。 何故彼女がここに?という疑問は、隣にあった小さな護衛艦が飛沫を上げて沈むことで払拭された。 「お前……」 「こんなところで会うなんて、あなたも相当不運ですね」 返される視線には再会を懐かしむ温かさなどなく、無機質な感情を湛えて見下す瞳があるばかり。 こいつは、敵だ。 本能的にそう判断し、緊張に強張る身体を宥めて、姿勢を低くしすばやく動けるように構える。 「何が目的だ」 「アルクノアをひとり残らず殺しにきたの」 「何だと?」 「断界殻を消そうとするような危険な連中、野放しにできるはずないでしょう?」 楽しげに微笑みながら、ミュゼはしなやかに腕を伸ばした。 ゆったりと空気をなぞるように泳ぐ白い腕に合わせて、巨大な重力波がまたひとつ護衛艦を押しつぶした。 爆音を上げてへしゃげた残骸が水底へ沈み、跳ね上がる飛沫が雨のように降り注ぐ。 「無力な女子供まで殺す気なのか」 「だからそう言ったじゃない。断界殻を知ったものは全て殺さなければならないの。この世界の要である断界殻を守ることは、私のみに課せられた大事な使命。だから、あなたは邪魔せず大人しくここで死になさい」 強まる語気に呼応するように、広げていた腕が自分にめがけて振り下ろされた。 ミュゼを囲むように出現していた重力球が、その意思に添って各々軌道の読めない動きで急降下してくる。 ステップを踏んでとっさに後退すれば、めきめきと音を立てて自分がいた場所に大きなくぼみができていた。 さらに追撃してくる球体を屈みながらかわし、懐から抜いた銃で迎撃するも、あまりに数が多すぎる。 このまま避け続けるのは無理だと判断し、俺は声を振り絞るように叫んだ。 「やめろ、ミュゼ!」 「いまさら命乞いでもする気かしら?」 無様に逃げ回る俺を眺めながら口元に手を当ててくすくすと笑うミュゼに、背中があわ立つような危機感が強くなる。 だが、自分の命がかかっているため、ここで引くわけにもいかなかった。 一時の感情で殺してくれと望みはしたが、俺はこんな死に方を望んじゃいない。 相手が聞く耳のあるうちに、何とか状況を変えなければ。 「聞け!最初から俺たちは、エレンピオスに帰れるなら断界殻をどうこうしようなんて思わなかった!俺は……俺たちはただ故郷に帰りたかっただけだ!お前ほどの大精霊なら、向こう側に行く術だって何か知ってるんじゃないのか!?」 「…………さぁ、どうかしら?」 「お願いだ、教えてくれ!どうすれば向こうに行ける?帰れさえすれば、俺たちは二度と断界殻なんてものに近づこうなんて思わねーよ!」 「エレンピオスへ帰れたら、二度と断界殻には干渉しないというのですか?」 「もちろんだ」 嘲るように首を傾げるミュゼに、俺は必死で食い下がった。 ミュゼに語った言葉は嘘ではない。 この飛空艇にいる連中は、偉大な統率者でもなければ積極性に溢れる人間でもない。 そこから一番遠い場所にいる一般人の集まりだ。 そういった奴らばかりなのだから、エレンピオスに帰りさえすれば、二度とリーゼ・マクシアに関わろうとは思わないだろう。 自分から危険に首を突っ込むなんて馬鹿な真似する奴がいるとすれば、イカレた頭の持ち主か相当な物好きに限られる。 もしイカレた物好きが現れたら、ミュゼが討つ前にこの手で葬ってやってもいい。 ぎゅっと拳を握り締めながら、値踏みするように眺めるミュゼを睨み続けた。 無言の重圧につと冷や汗が流れたが、今ここで少しでも揺らげば可能性に繋がる駆け引きが無駄になる。 主導権を奪われた劣勢状態で我慢強く待ち続けていると、ふっとミュゼが微笑んだ。 「でもダメ。人間の言葉なんて信じられるはずがないでしょう?」 「なっ……!」 二の句が告げなかった。 あれだけ思わせぶりな態度をとっておきながら、彼女の決断は自分の主張を根底から否定している。 「あの場所にはクルスニクの槍以上の黒匣が溢れかえっている。緩やかに死にゆくことを判っていながら、黒匣を使い続ける傲慢な人間が甘受するとは到底思えない」 「……じゃあ、どうすれば信じる?」 「…………ふぅん……諦める気はないのね、あなた」 ミュゼはそう言って、口元に手を当てて視線をしばし虚空へ彷徨わせた。 何かしらの思案をめぐらせている間、俺は祈るような気持ちでミュゼを見上げ続ける。 これほどの大チャンスを見逃し諦めるほど馬鹿じゃない。 おそらくミュゼはエレンピオスを行き来する方法を知っている。 俺の問いかけを否定してこなかったのがその証拠だ。 俺のはぐらかすやり口と似てる分、わかりはしたが駆け引きしづらい。 この手に切札と呼べるカードが存在していれば、また状況は変わっただろうに。 小さく歯噛みしながら緊張の中静かに待ち続けていれば、ミュゼは何か思いついたのか、瞳に無邪気な輝きを湛えたまま、背筋の凍るような満面の笑み浮かべてこちらを見下ろし言い放った。 「では、ジュードたちを殺してきてください」 冷たい雫が細波ひとつない水面を打つ。 ――――今、俺はミュゼに何を言われた? 呼吸すら奪われるほど一瞬にして凍りつく身体は、もはや意識と感覚を切り離されているようだ。 聞き間違ったのかと、うろたえる視線を必死に定めながらミュゼを見上げれば、綺麗な微笑を湛えて冷淡に見下す視線とぶつかる。 「ちょうどよかったわ。私にはまだなさねばならない用事があるの。向こうにも困ったことが起こってるようだし、逃げ回る人間を追いかけるのもそろそろ面倒になってきたのよ」 「……っ」 「別に、私はここであなたを殺してしまってもいいのだけれど……どうします?」 柔らかな声が、奈落へ引きずり込むように絡まり耳に残る。 あぁ、どうして……この世界はどうしてこんなに無情なんだ。 そんなに俺が憎いのか。 それとも、俺の望みがこれほど犠牲を必要とする無茶な願いだっていうのか。 どこまで俺を引きずり落とせば気が済むんだ。 選べやしない選択をいきなり突きつけて、選ばないことも許さない。 ――――……最悪だ 「早く決めてもらえます?私も時間が惜しいのよ」 「……ジュードたちを殺せば、エレンピオスに帰してもらえるんだな?」 「えぇ、帰してあげるわ」 「…………商談成立だ。その言葉を忘れるなよ」 「あなたこそ、違えたらどうなるか……わかっているわよね?」 脅すように念を押して微笑んだ後、ミュゼは本当に他にやることがあったらしく、思っていたよりずいぶんあっさりと身を引いた。 興味が失せたといわんばかりにそっぽを向くと、ふわりと舞い上がりカン・バルクの方へ飛び去っていく。 海面と平行に泳ぐように飛び去る影が消えるまで、俺は微動だにできなかった。 恐怖から解放された船上のあちこちで安堵が湧き起こる頃、ようやく凍りついた指先に感覚が戻ってくる。 よろめくようにふらふらと手すりに身体を預けると、覗き込んだ海面には表情を失った情けない男の顔が映った。 酷い、悪夢だ。 「……ミラ」 彼女なら、こんな取引何のためらいもなくぶち壊したに違いない。 だが、俺には無理だった。 目的なくこの地で生きることを選べなかった。 20年の犠牲を経て、最後の最後で一番でかい可能性を見つけてしまった。 故郷に帰るという目的のために失ってきた多くを思うと、この可能性を捨てるなんてできなかった。 「悪ぃミラ……やっぱ俺、お前みたいにはなれねーよ」 命を懸けてまで果たす使命なんてない。 遠く思いを馳せる故郷だけが支えだった。 どこにでもいる、脆くて弱くて情けないちっぽけな人間だ。 ずるずると床に膝を折れば、後悔と不甲斐なさで胸の奥が抉られるようだ。 ミラが命懸けで守った奴らを、同じく守られたはずの俺が殺しに行く羽目になるなんて。 見殺しどころか彼女の想いまで無にする愚かしさだ。 「……ジュード…」 かすれた声で縋るように呼んだ名前も、誰に届くこともなく風が攫う。 生きる代償に、世界は俺を孤独にする。 凍えながら沈んでいく俺の心は、どこまで落ちていくのだろうか。 明るく降り注ぐ陽光が、今は何より憎かった。
* * * * 2011/11/22 (Tue) ジルニトラ後〜ミュゼと取引まで。 そこはかとなくアル→ジュな精神でアルヴィンのジュード傾倒角度がアップしております。 いや、にしてもホント、この人やたら不憫な境遇過ぎて泣きそうになったわ! よくもまぁ……心折れなかったな、アルヴィン。 中編になりそうな後編(予定)に続く。 *新月鏡* |