「change the world」
手放したくないと願っても、この手をすり抜けるものがある。 そういったものを、ずっと見届けてきたからよくわかる。 どれだけ願っても、どれだけ望んでも、奇跡が降って来ることなんてひとつもなかった。 願いひとつ叶うことなく、選択肢はいつだって限られていた。 違う道を選べたなんて嘘だ。 どんなに綺麗事や理想論を並べても、あの瞬間に取るべき道はひとつしかなかった。 捨てられるはずがない。 最愛の母を捨てて生きられるはずがない。 心許さないとはいえ、血の繋がる肉親が傍にいれば、たとえ利用されるのだとわかっていても選ばないわけがない。 子供ができることなんて高が知れてる。 こんなおとぎ話に出てくる異世界じゃ、より一層動けるはずがなかった。 「最初はな、この世界は俺が嫌いなんだって思ってたんだ」 心もとない声が鼓膜を揺らす。 あまりにもおぼろげな声色に、ジュードは弾かれたように顔を上げた。 それに合わせるように、傍らにあった長身が傾いてそっと肩に頭が寄せられる。 甘えるように擦り寄るしぐさは、彼が好む動物によく似ていた。 「綺麗だったよ、この世界は」 「拒絶されたって感じてたのに?」 「あぁ……綺麗すぎて、怖かったんだ。世界は綺麗に完成してるのに全部俺から切り離されてて、何処も俺と繋がってる気がしなかった」 か細く零された声にあわせて、からん、とグラスの氷が音を立てる。 呑みかけのアルコールはずいぶん溶けた氷で薄められてしまっているが、彼はそんなことどうでもいいらしい。 自分に頭を預けたままぴくりとも動こうとしない。 うかがい知れぬ表情を声色から想像しながら、ジュードは彼に合わせて殊更静かに言葉を紡ぐ。 「きっと心細かったからそう感じたんじゃないかな?ずっと苦しかったんでしょう?」 「……苦しい?」 「うん」 小さく頷いたあと、ジュードはひとつ呼吸を置いて、アルヴィンが何も話してこないことを確認してから言葉を継いだ。 「お母さんのこともこれからの生き方も……全部自分で背負って生きていかなきゃならなくて、そうやって生きていける自信も何処にもなくて、誰にも頼れなくて……」 ゆっくりと自分の考えをなぞるように、語りかけるように音を吐く。 アルヴィンが最後まで嘘をつき続けた理由を、その本当の気持ちを、ジュードが真に理解することはきっとない。 しかし、その理由に添う人の想いが、リーゼ・マクシアとエレンピオスでまったく異なるとは思えなかった。 理由を知れば、想いを垣間見ることは出来る。 誰かの想いを追えば、自分の心も不思議と痛んだりするのだ。 近しい人であればより強く、深く、感傷を刻む。 そして、ジュードにとってアルヴィンが『仲間』であれば、答えはひとつだ。 「背負う重さを知ってるからこそ、アルヴィンはずっと苦しんだんだと僕は思う」 「……そんな、綺麗なもんじゃねぇよ」 「言い訳にはしない、か」 「優等生は俺を良いように見すぎなんだ。俺は卑怯で嘘つきな大人なんだぜ?」 「じゃぁその言葉も嘘なんだね?」 何気ない問いかけに会話がぷつりと途切れて、アルヴィンの肩が小さく揺れた。 「ジュード」 からかうな、といささか怒気の含まれた声が諌めるように飛んでくる。 「僕は、僕の経験で言ってるだけ。嘘つきだっていうけど、それ以上にアルヴィンは僕に本当の言葉もくれる。それを僕は知ってる。嘘をつかれて、『酷い!もう知らない』って思ったこともたくさんあった。でも、だから……今の言葉の本当の意味だってわかる」 「ふぅん……何だよ、言ってみな?」 「え、言っちゃっていいの?」 「なんだー、言えないのか?啖呵切っといてジュード君格好悪ー」 「もう!茶化さないでよアルヴィン!」 「あ、ちょ、お前!」 頭の乗っかっていた肩を軽く下げてすばやく後方へ退けば、支えを失った頭は重力に沿って落ちる。 完全に力を抜いていたらしく、そのままバランスを崩したアルヴィンは、身体ごとジュードの膝上に着地した。 「自業自得だね」 「んだよ……せっかく良い気分だったのに」 「ごめんごめん、怒らないでアルヴィン」 もぞもぞと動く頭に手を当ててそっと撫ぜれば、ぶつくさ呟いてた不満の声が自然と静まる。 起き上がると予想していたものの、アルヴィンは落ち着く場所を見つけてしまったのか、膝上の頭の重さが解消されることはなかった。 予想外にされるがままのアルヴィンの頭を見下ろし、触れたままだった手のひらを興味本位で再び動かす。 少し硬い髪質をゆっくり梳かすように、一度、二度とくり返す。 どこまで許されるんだろうか、そんなことを思い始めた時、 「なぁ……ホントの意味って何だよ」 膝上から小さな声が零された。 今が夜で、人手の少ない場所でなかったら、きっと聞こえることはなかっただろう。 それくらい、小さな声だった。 「誰も傷つかないようにって……アルヴィンが、自分だけじゃなく僕も守ろうとしてくれてるってことかな」 「……なんだよそれ」 「僕が信じて抱いた期待を壊さないように、傷つかないように先回りして釘を刺してくれたんだよね?」 「ははっ、俺ってそんなに心優しいキャラだっけ?」 ジュードの言葉に、アルヴィンはころりと膝上で仰向けになると、力ない笑みを零しつつ、ごく自然な動作で左腕を宛がい視界をさえぎった。 おかしくて仕方ない。 優等生の勘違いにも程がある。 この青少年は、どれだけ人を疑うことを知らないんだ。 受け入れることばかり優先して、相手の行動は好意的に受け取って、そうやって自分自身を犠牲にしていることにも気づかないのだろう。 そんなジュードが、理解しがたく腹立たしいんだと叫んでやれたらどれほど楽だろう。 もっと行動を疑って 酷い奴だと詰って お前のせいでと責めてくれればいい そのほうがずっと楽だと、そこまで考えて、ふと我に返る。 もしかすると、こうやって何食わぬ顔で自分といるのが、ジュードなりの罰なんだろうか、と。 「アルヴィン」 不意に、甘い声音が呼びかける。 柔らかな印象しか与えない優しい呼び声は、今までの思考の中のジュードと見下ろしているであろうジュードの差を明らかにする。 純粋に人を信じ続ける故の行動なのか、それとも全てわかった上での行動なのか、もはや判別するのは難しい。 「もう、手遅れだって気づかないの?」 「何が?」 「……本当は寂しがりやなのに、損な性格だねアルヴィン」 小さく笑って、ジュードは止めていた手で再びアルヴィンの髪を撫でた。 未だ顔を見せようとしない頑なさの裏に垣間見えるのは、彼の不器用な優しさと、置き去りにしてきた寂しさ。 一人で生きることを選び続けてきたアルヴィン。 ただそれだけに、今回の出会いは相当な負担と転機になることだろう。 そして叶うことなら、変わって行くきっかけを、自分に一番最初に見出してくれれば良い。
「釘を刺す真意を見抜いてる相手に、牽制は無意味だよ」 ジュードの甘い忠告は、アルヴィンの耳に不思議と心地よく響いた。
* * * * 2011/10/24 (Man) 初アルジュ(?)小説! たぶん最終決戦直前辺り。 夜にお酒飲んでまったーりな場面で、ぐだる子供な大人と大人になりたい子供の話 甘ったるいだけじゃなくて、ちょっと寂しく感じていただけたら大成功。 言いたいことの1/3も伝わらないこの文才のなさorz *新月鏡* |