「flower of crown」

 

 

 

きっと優しい声音で呼ぶのだろう。

愛しそうに笑うのだろう。

頭を撫でて、抱きしめて、そして額にキスをくれるのだろう。

 

そのどれもが、エリーゼの記憶にまったくない。
あったとしても、よほど深層部分にあるのか自分の意思で記憶を引っ張り出すことができない。
だから自分の知っている両親のぬくもりが、自分の作り出した願望なのか事実なのかがわからない。
両親を恋しがり懸命に思い出した記憶が、自分を命がけで守ってくれたジャオだったのだから、疑惑だらけだ。
記憶というものはずいぶんとあやふやで確証がないらしい。
しょんぼりと俯いていると、

「小さい頃の記憶だからね。覚えてないのも仕方ないよ」

とジュードが慰めてくれた。
だが、それはそれでなんだか寂しくなってしまう。
今日、白い雪の中で見つけた自分のための花を思い出せば、きっとどこかで覚えているはずなんだと小さな期待に縋らずにはいられなかった。
一緒にすごした場所だって思い出せたのだ。
両親がくれた愛情だって思い出せるはず。
そうやって一心に記憶を探るものの、腕の中に納まっている友達は、悲しそうな顔でこちらを見上げるばかり。
そんなティポを見てしまえば、エリーゼまで泣きたくなってくる。

「どう、して……」

大切なはずなのに。
覚えていたかったはずなのに。
どうして忘れてしまうのだろう。
嬉しかったはずで、大好きだったはずで。

それなのに……。

「……エリーゼ」

膝を折って目線を合わせてくれていたジュードの瞳も、悲しげに揺れる。
優しいジュードは、きっと自分の気持ちを察して心を痛めてくれてるのだろう。
そんな優しい人を困らせたくないのに、喉を競りあがる想いは言葉にならず、大丈夫だと返すことも出来ない。
何か一言でも言えば、きっとそれは涙まで呼んでしまう。
エリーゼがぎゅっと唇を噤んで、泣くまいと耐えようとしたとき、

「エリーゼ」

ぽん、と頭の上に大きな手のひらが触れる。
驚いて見上げると、真摯な瞳とぶつかった。
エリーゼと同じく両親を喪ったアルヴィンが、何を思ってかゆっくりと慰めるように頭を撫でる。
その手のひらはずいぶんと穏やかで、アルヴィンの意図がつかめないエリーゼは目を見開いたまま呆然としてしまう。
ジャオのそれに似て、無骨な手のひらから感じる不器用な優しさ。
不器用なりに真剣に考えてくれて、心配してくれて、守ってくれて。

「泣きたいときは泣いていい。今のお前は……泣くべきだ」

そんな彼が、泣いていいと言う。
じんわりと胸のうちで押し留めていた何かに触れられた気がした。
頭を撫でられるまま、もらった言葉を反芻していると、徐々に熱を孕んむ目蓋に合わせて涙が滲んだ。

「ふっ、ぅ……」

ぽろ、ぽろ、と零れ始めた涙は、一度流れてしまえば止めようがなくなってしまって。
懸命に両手で拭うものの、それすら追いつかずに次から次へと溢れ出る。
手放してしまったティポが、傍で心配そうに見つめているのに、どうやればこの涙が止まるのかエリーゼには見当すらつかない。
冷たい雪に不恰好な水玉模様だけが、ひとつふたつと増えるばかりだ。

「エリーゼ」

不意に、横から伸びてきたジュードの手が、頬に伝う涙をゆっくりと何度も拭ってくれる。
その手に導かれるように歪む視界にジュードの柔らかな微笑みを見止めると、自然と身体が傾いで、エリーゼは気づけばその胸に飛び込んでいた。
押さえ込んでいた嗚咽が口を突いて出て、わんわんと叫ぶように泣き続けていれば、ジュードが優しく抱きしめてくれた。
全身を包む温かさに、より一層声は大きくなって。
宥めるように、促すように、単調なリズムで何度も何度も背中を優しく叩かれれば、もう泣くのを止めようとは思えなくなった。

「ごめ、んな……さい…ごめ……」
「謝らなくていいよ、エリーゼ。頑張ったね。大丈夫……大丈夫だよ」
「うぅ、え……ひっく、うああああん!」

しゃくりあげながらの謝罪さえ、ジュードは優しく受け止めてくれる。
困らせているはずなのに、迷惑なはずなのに。
背中に添えられた手は偉かったね、と褒めてさえくれて。
涙が涸れんばかりに泣くエリーゼが落ち着くまで、ジュードはずっとそうやって抱きしめてくれていた。

 

 

 

あれから泣きつかれて眠ってしまったらしく、気づけばエリーゼはカン・バルクの宿屋のベッドにいた。
ずいぶん時間が経ったのか、窓の外は真っ暗だ。
はれぼったい目蓋をこじ開けて周囲を見回すと、どこか不安げな表情をしたレイアの横顔を見つけて声をかける。

「レイ、ア」
「っ!え、エリーゼ、目が覚めたんだね!大丈夫?寒くない?熱は?身体は?だるかったり痛いところはない?」
「あぅ、レイア……いっぱい言われるとわかんない、です」
「あ、あぁそうだよね、ごめん……」

エリーゼを倒してしまいそうなほどの距離を慌てて離し、レイアは失敗失敗、と頭をかく。
実際、ベッドに乗り上げんばかりの勢いで詰め寄られていたのだが、身体を心配してくれるレイアの気遣いにエリーゼは笑みを零して返した。
控えめながら翳りのない笑顔に、レイアもようやく納得してくれる。

「よかった」
「レイア、ありがとうございます。えと……心配かけて、ごめんなさい」
「ホントだよね!アルヴィンがエリーゼ抱えて帰ってきたときは、血の気が引くほど心配したんだから」
「ごめ」
「エリーゼが無事なら、それでいいよ」

申し訳なさに再び謝ろうとしたエリーゼを遮るようにそう言うと、レイアは晴れやかに笑って返した。
明るいレイアの笑顔は、エリーゼの好きな笑い方だ。
元気を分けてもらえるような屈託のない笑顔に、「ありがとう」を添えて同じく笑顔で返せば、レイアは嬉しそうに頷いてくれた。
と、そこへ。

「目が覚めたようだな、エリーゼ」
「元気そうで安心しましたよ」
「ミラ、ローエン!」

嬉しさに、とっさにベッドから抜け出そうとすると、すかさず横から制止の手がやんわりと添えられる。
びっくりして振り向くと、叱るような顔をしたレイアがいた。

「エリーゼは、今日一日ベッドで寝てなきゃダメ!」
「え?でも……私……」
「元気そうに思えるかもしれませんが、エリーゼさんが思うよりずっと、エリーゼさんの身体は疲れているのですよ」

戸惑うエリーゼに、ローエンはゆっくりとそう説明してくれた。
泣きつかれて寝てしまったのだと思っていたが、どうやら溜まった疲れと精神的なショックが重なって体が限界を訴えていたようだ。

「私も丁度、この寒さで腰痛が酷くなってきたところです。今日は一日ゆっくりするようにと、先ほどミラさんがおっしゃってくださいました」
「ローエンも?」
「はい、私もです。ではさっそく、一緒にお茶を飲みながらゆっくりくつろぎましょうか」

こだわりにかけては右に出るものがいないローエンが、うきうきとした様子でお茶会の提案をしてくれる。
ついでに、「いい茶葉を見つけたんですよ」とエリーゼだけにそっと教えてくれた。
今からとっておきのお茶を用意しに行くのだろう、物腰柔らかな動作でローエンは部屋を後にした。

「ローエンのお茶か……うむ、楽しみだな」

ふふふと笑ってひとりごちるミラを見上げて首を傾げる。

「ミラも、ここでお茶を飲むんですか?」
「む?いけなかったか?」
「えと、そうじゃなくて……」
『エリーゼは、嬉しいんだよねー!』
「そう、です」

いつものことなのに、それを自分で言葉にするのはちょっと照れくさくて、ティポを抱きしめて俯く。
何故だろう、皆いつもと同じで変わらないはずなのに、なんだか違って見えてしまう。
何処がどう違うのかと問われると困ってしまうのだけれど、エリーゼは、すごく温かな場所を与えてもらっているように感じていた。
そう感じるのは、自分の心が弱っていたからかもしれない。
くすぶった感情に戸惑いながら、顔を上げられずにいると、

「お目覚めの気分はいかがかな、エリーゼ姫?」
「アルヴィンまで……どうして……?」
「眠り姫が目覚めたって聴かされちゃあ、騎士としては馳せ参じるもんだろ?」

まぁ慌てて来るほどじゃないがな、と呟くアルヴィンに、エリーゼはぽかんとしてしまう。
レイアとローエンの気遣われっぷりに気圧されていただけに、アルヴィンのカラッとした物言いが新鮮だった。
だが、僅かに乱れていた髪をさりげなく手櫛で整える動作を見つけて、何でもなさそうに装う彼の裏側を垣間見る。
じっと見つめて、こちらを向いた時ににこりと微笑めば、上や左右に視線が泳ぐのだから、おそらく間違いはないのだろう。
別に隠さなくてもいいのに、と考えていると、

「ずいぶんすっきりした顔だな、お姫様」
「あ……」
「いいんだよ、あの時は泣くことがお前のやるべきことだったんだ」
「……はい。あの、アルヴィン」
「ん?」
「教えてくれて……ありがとう、です」

ぽそっと呟くようにそう告げると、アルヴィンは一瞬目を見開いた後、肩をすくめて「どういたしまして」と返してくれた。
あの時、エリーゼが心のままに泣くことができたのはアルヴィンのおかげだった。
泣くべきときなのだと教えてもらったからこそ、今のエリーゼは心穏やかでいられる。
もし気づけずに我慢し続けていれば、もっと酷い状態になって、皆をたくさん困らせていたかもしれない。
そう思うと、アルヴィンには自然と感謝の念が溢れる。
似たような痛みを知っているからこそ、彼の言葉はとても強くエリーゼに響いたのだ。
大きな声で言えない気持ちを、届けばいいなと願いながらもう一度「ありがとう」と心のうちで唱える。
そんな、じんわりとした温かい気持ちにまどろんでいると、

「あ、そうだ!」
「ひゃっ!」

突然レイアが両手をぱん、と叩いて立ち上がった。
あまりに唐突な行動にびっくりして、アルヴィンから慌ててレイアの方を振り向くと、ぱさりと頭に何かが降って来た。
把握の追いつかない行動の数々に、おろおろとしてしまう。
だが、目の前にいるレイアが誇らしげに立っているため、エリーゼは意を決して恐る恐る頭の上に乗っかっているものに触れる。
かさりと鳴る音が耳に届いたとき、視界の端にひらりと白いものが落ちてきた。

「レイア、これって……」

手に取って見つめるそれは、真っ白な花びらだった。
控えめに香る匂い。
甘く、優しく、心をくすぐるその花を、エリーゼは知っている。

『エリーゼの花だっ!』
「!」

ティポが歓喜に叫ぶ名前は、紛れもなくエリーゼの記憶にあった花の名前だった。
そっと自分の頭から下ろしたものは、たくさんの花で編みこまれた冠。
不枯の花を礎に、等間隔に配置されたプリンセシアのつぼみと花びらが華やかさを添えている。
どういうことだろうと、一生懸命考えながらも答えを求めてレイアを見つめれば、レイアは陽だまりのような笑顔を湛えて答えてくれた。

「あのね、私、エリーゼに元気出して欲しくて……何かしてあげられないかなってずっと考えてたんだ。あの時さ、過去を思い出せたらいいなんて決めつけて、結局エリーゼ泣かせちゃったし」
「そんなこと……」
「思い出せなくても、エリーゼの大切な思い出が傍にあればいいのになって思ったの。だから、私なりに形にしてみたんだ。アルヴィンに手伝ってもらいながら作ったんだけど、初めてだから、ちょっと不恰好なのは許してね」
「レイア……アルヴィン……」

ゆっくりと2人を交互に見つめるものの、返す言葉が思いつかない。
嬉しくて、嬉しくて、2人にありがとう、と嬉しい、をたくさん伝えたいのに、また言葉が出てこない。
想いがたくさん溢れるばかりで、どうしたら伝えられるだろうと懸命に考える。
そんなエリーゼの表情が、贈り物をもらったにしてはずいぶんな表情だったのだろう、不思議そうにミラがエリーゼに問いかける。

「どうしたエリーゼ?」
「う……嬉し、い…ん、です。でも……」
『泣きたくなるー!悲しくないよ?何でー?エリーゼはすっごくすっごく嬉しいのに、何で涙が出そうになるのー?』
「不思議、です」

自分に起こっている不可思議な異変をどう伝えようかと考えていると、ティポが身体を左右に揺らしながら一緒に悩んでくれた。
嬉しいのに、泣きたくなる。
悲しくないのに、涙が出る。

「それはアレだ。嬉し泣き、というやつだろう」

不意に、エリーゼとティポのあやふやな説明を受けたミラが、思いついたようにそう言った。
『嬉し泣き』について、本で得た知識をわかりやすく噛み砕いて教えてくれる。
悲しいときに限らず、気持ちがいっぱいになると人は涙が出るらしい。
嬉しいときも涙が出るのはごく自然なことで、それくらい嬉しかったって証拠なんだとわかると、安心したあまり今度は涙の代わりに笑顔が零れた。

「泣くほど喜ばれるとはねー!作ったかいがあったね!」
「ホントによかったなぁレイア。俺も根気強く教えたかいがあったってもんだ。何度挫折しかかったことか……」
「あー、何それ!アルヴィンだって、説明下手すぎてわかりづらかったんだからー!」
「あの、レイア、アルヴィン……素敵なプレゼント、ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げて、言い合い真っ最中の2人に笑って返す。
エリーゼの改めての感謝にくだらないやり取りがぴたりと止んで、レイアは満面の笑みを返してくれて、アルヴィンは照れ隠しなのかわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
やっぱり友達は、一緒に仲良くが一番だね、とティポを笑い合う。

「……私からも何かやった方がいいのか?だが私は何ももってな……ん?あぁそれでもいいのか?……ふむ……。エリーゼ、ちょっと」
「……ミラ?」

突然盛大な独り言を始めてしまったミラが、エリーゼの名前を呼んだ。
ベッドの端に腰かけ、ひらひらと手招きする。
意図がわからないまま、ふらふらと誘われるように身体をミラの方へ傾けると、そっと温かな指先が頬に添えられ、額に柔らかな感触がふわりと触れる。
数秒の出来事だったが、それはとても慈愛に満ちた気配でエリーゼを包み込む。
すっと離れたミラの綺麗な瞳と視線があえば、目の眩むような微笑をくれた。
何が起こったのかわからず、目を白黒させていると、

「精霊の主マクスウェルの祝福だ。受け取ってくれ」

と、ミラは綺麗な微笑を湛えたまま、エリーゼの頭をよしよしと撫でた。

「私には何もないからな。これくらいしか」
「ミラっ!」

弁解を述べ始めたミラにタックルするように抱きつき、ぎゅうっと力いっぱいにしがみつく。

「そんなことないです!すごく、嬉しい……です!」
『ミラ、大好きー!』
「おいおい、お前たち、そんなにくっつくと身動きが取れないよ」

少し困ったようなミラの声も、言葉とは裏腹に優しく響いて。
肩に添えられた手のぬくもりが、エリーゼに絶対的な安心感を与えてくれる。
たくさんの人にこんなに優しさをもらうことなどなかった。
なのに、今日だけでどれだけ嬉しい気持ちをもらっただろう。

 

「……なんか僕たち入りづらい予感がするんだけど」
「むむむ、私としたことがタイミングを見誤るとは……」
「どうしようか?」
「蒸らし時間はまだありますが、渋くなってしまってはせっかくの茶葉が」
「ははは……ローエン……」

声を潜めた呆れ気味な声としわがれた声がドア越しに聞こえて、エリーゼはミラに抱きついたままドアをじっと見つめる。
その視線に気づいたアルヴィンが静かにドアノブを引くと、エリーゼの予想通りの人物たちがティーセットを持って立っていた。

「ジュード、ローエン、バレバレです!」
「おや、わかっちゃいましたか」
「あはは。やっぱりエリーゼには敵わないね」
『エリーゼにかかれば、何でもわかっちゃうからね!』

くるくると回りながら誇らしげに宣言するティポを見て小さく笑った後、トレーを抱えて入ってきたジュードたちに視線を合わせる。
最初に入ってきたローエンのトレーには、大きなティーポットにミルク、角砂糖の詰まったシュガーポット、小皿にはスライスされたレモンが乗っていた。
その隣には6つのティーカップ。
その数は当然、お茶会の参加人数で、エリーゼがきらきらと期待に満ちた視線をティーカップに注いでいると、目が合ったローエンにぱちりとウィンクされてしまった。
ローエンにかかれば、エリーゼの気持ちは簡単にわかってしまうのかもしれない。
今日一日ベッドで過ごしなさい、と言われて、ちょっぴり寂しい気持ちになったのにも、きっとローエンは気づいていたのだ。
魔法使いみたいなローエンを尊敬の眼差しで見ていると、

『「あっ!ケーキ!」』

ローエンに続いて入ってきたジュードの手元に気づいて、ティポと合わせて大きな声を出してしまった。
小ぶりな可愛らしいケーキが、綺麗に着飾ってお皿の上に鎮座しているのを見つけてしまえば、エリーゼのときめきは止められない。
白いクリームに繊細なチョコレートの造形、一番目を引く赤いイチゴは均一にスライスされていてとても綺麗だ。
見せて見せてと手を差し出すと、テーブルまでトレーを運んだジュードが、エリーゼのベッドまで一皿持ってきてくれた。

「はい、エリーゼの分だよ」
「わぁぁぁぁ……!」
「ケーキ、好き?」
「はいっ!大好きです!綺麗……」

食べるのがもったいなくらいのケーキを目の前に、目を輝かせて見とれていると、ジュードは嬉しそうに微笑んだ。

「エリーゼのお気に召したなら、よかったよ。何処まで凝っていいか悩んでたんだ」

女の子の好きなデザインって難しいんだよね、と零したジュードに、エリーゼは弾かれたように振り仰ぐ。
ジュードに穴が開くのでは、と思うほど驚愕の眼差しで凝視する。

『これ、ジュードが作ったのー!?』
「ホントに……?」
「え?もちろんそうだけど、何か問題でもあった?」

こてん、と小首を傾げるジュードの後ろで、一斉に衝撃を受けた声がざわめく。

「嘘……売り物じゃないの!?」
「もう店に並んでてもおかしくないレベルだよな、これ?」
「えぇ、ジュードさんの腕前は、シャール家のパティシエすら驚くと思いますよ」
「あぁ実においしそうだ…じゅるる……ジュードなら、いつでも嫁に行けるな」
「ミ、ミラ……?僕はお嫁さんもらう方なんだけど……」

ローエンが魔法使いなら、ジュードはお菓子作りの神様なんじゃないだろうか。
そんな夢いっぱいの眼差しを受けているとは知らないジュードは、褒められてるのか褒められていないのか微妙だと肩を落とす。

「でも、ジュードはどうしてケーキを作ってくれたんですか?」

嬉しい反面、特別なことなど何一つなかった今日だ。
素直に疑問を口にすると、ジュードはにっこり微笑んで人差し指でとんとんと指差した。
つられて落ちるエリーゼの視線の先には、自分の膝上にちょこんと乗っているレイアとアルヴィンが作ってくれた花の冠。

「今日を、エリーゼの記念日にしてみるのはどうかな、って」
「記、念……日?」

聴き慣れない言葉をうわ言のようにくり返せば、ジュードは小さく頷いた。

「エリーゼが、両親との絆を思い出した日でしょう?だから、この日を記念日にしてみたらどうかなって思ったんだ」
「そうすれば、もう忘れることもないよね!特別な記念日だもん。記念日が来るたびに、大事な記憶を思い出せるよ」
「私の……記念日?」

レイアが自分のことのように意気込んで話すことを、エリーゼは夢でも見ているような心地で聴いていた。
だって、どんなことも少しずつ忘れてしまうって。
覚えていたいことも、忘れてしまうって思っていたから。

「特別な一日だから、忘れることはないだろうしな」
「毎年、同じ霊節が訪れるたびにパーティをしましょうか。プレゼントも用意して、たくさんお友達を呼んで。きっと大切な思い出がたくさんできますよ」
『一番トクベツなエリーゼの日!』
「あぁそうだ。両親の願いを、愛情を思い出す……大切な日だよ」

ミラの一言に、あの雪の中でくれた花言葉を思い出す。

 

かけがえのない宝物

幾幾年も健やかに

 

自分の両親が願ってくれたエリーゼの幸せ。
同じように、この記念日は、きっと皆でエリーゼを励まそうと考えてくれたに違いない。
何よりそうやって想ってくれることが、エリーゼには一番嬉しかった。
自分の大事なものを、一緒に大事にしてくれる人達が考えてくれた、エリーゼのための記念日。
これ以上のプレゼントがあるだろうか。

「……うっ…」
『エリーゼは泣き虫だなー』
「っ!違っ……ティポのバカっ!これは嬉し涙だって、さっきミラが言ってました!私泣き虫じゃないっ!私の……私の大事な記念日は、笑って過ごすの!」

ごしごしと目をこすって叫ぶように断言すると、横にいたティポが目の前にやってきてにっこりと笑った。

『うん、今日はエリーゼの日だもんね。笑顔が一番ー!』

あっけらかんと言うティポを、ぽかんと見つめる。
口をぱくぱくと開けて混乱していると、レイアはおかしそうに笑って、エリーゼの膝元にあった花冠を再びエリーゼの頭の上に乗せた。
ローエンが紅茶の準備をしてくれて、アルヴィンがあらかじめ用意してくれていた小さいテーブルにエリーゼの分のティーセットが置かれる。
エリーゼのベッドを囲むように椅子を移動させるジュードと目が合うと、心落ち着かせる柔らかな笑顔を向けてくれて。
そんな自分を取り囲む世界を、ミラが愛しそうに見つめている。

 

それは、エリーゼがずっと望んでいたもので。

両親を想像して、何度も心に描いていた温かさで。

きっと、両親が望んでくれていたものだ。

 

――――……私、ちゃんと知ってたんですね

 

 

「エリーゼ、生まれてきてくれてありがとう」

ティータイム直前で仲間たちから告げられたその言葉に、エリーゼはその日、最高の笑顔を返した。

 

 

 

 

 

 

* * * *

2011/10/24 (Man)

いまだかつてないほどの長さで申し訳ない。
6人いればこうなるとわかっていたはずなのに……orz
だが、何処で切れというの!?
とりあえず、メンバーが家族に見える。


*新月鏡*