静まり返ったホール。かつては大勢の人でにぎわったであろうここも今は瓦礫に満たされ暗闇に包まれている。誰もいないと思われたそこには二つの人影―――ゼロ≠ニ名乗る仮面の男と名誉ブリタニア人の枢木スザクの姿があった。
「相当手荒な扱いを受けたようだな。奴らのやり口はわかっただろう、枢木一等兵。」 先ほどのジェレミア卿との交渉のときとは打って変わって優しい声でゼロは語りかけた。しかしスザクは瞳をそらし何も言おうとしない。 「ブリタニアは腐っている。君が世界を変えたいのなら私の仲間になれ。」 ゼロの突然の申し出に驚いたようだったがスザクはゼロを強く見つめ返し逆に問いかけた。 「君は、本当に君がクロヴィス殿下を殺したのか。」 人が死んだのだ、スザクにとっては大切なことだったが、ゼロにとっては愚問でしかなかった。 「これは戦争だ。敵将を討ち取るのに理由がいるか?」 皮肉めいて返された答えに納得できるはずもなかったが、スザクには返す言葉がなく、苦し紛れに出た言葉はスザクらしいものだった。 「毒ガスは?民間人を人質にとって!!」 「交渉ごとにリスクは付き物だ。結果的に誰も死んでいない。」 「結果?」 信じられないかのように見開かれた瞳。場違いにも美しいと思った翡翠の宝石が陰り悲しげに揺れる。 「そうか…そういう考えで…」 発せられた声もとても悲しげでゼロは複雑な思いに苛まれる。変わらないスザク。ブリタニア人である自分とは違い、父を日本の代表に持ちながら名誉ブリタニア人となることを選んだ彼。どれほどつらい目にあってきただろう。ブリタニア人には蔑まれ、同じ日本人には裏切り者と罵られ、後ろ指を差されながら生きて―――。 それでも彼は変わらない。彼の心も声も瞳もあの時見せた笑顔も優しさと暖かさに満ち溢れている。悪意の中で生き、闇を知りながらも穢れることのない高潔。なんて強く美しいのだろう。彼がいれば自分は何でもできる。自分が望む世界を創ることができる。彼の望む世界も自分と同じはずだ。誰も理解してくれなくてもきっと彼なら、スザクならわかってくれる。昔のように自分の側にいてくれる。 だが、もし拒絶されたら?―――今彼の瞳は自分を見ようとしない。ただ悲しげに揺れるばかりで…。 ―――そんなはずはない!! そう、そんなことがある訳がないのだ。スザクはいつだって自分の手を取ってくれた。あのスザクが自分を拒むなどありはしないのだ。一抹の不安を払いゼロは手を差し伸べた。 「私のところに来い。ブリタニアはお前が仕える価値のない国だ。」 この手を取ってくれる。そう信じたゼロの希望は無惨にも打ち砕かれた。 「そうかもしれない。でも、だから僕は価値のある国に変えるんだ。ブリタニアの中から。」 ―――変える? 瞬間、ゼロはスザクの言葉を理解できなかった。理解できるはずもなかった。ゼロにとってブリタニアは憎悪の対象でしかない。破壊を望めばこそ作り変えるなど考えたこともなかったのだ。 「間違った方法で手に入れた結果に価値はないと思うから。」 向けられた強い眼差しと言葉にゼロは愕然とした。間違っているとスザクは言った。それはゼロの存在を否定する言葉だった。ゼロを足元が崩れるような不安が襲う。視界は闇に閉ざされ自分がどこを歩けばいいのか、どこに立っているのかさえわからなくなった。信じていた。スザクだけはわかってくれると信じていたのに。だがスザクはこの手を取ってはくれなかった。 ―――なぜ、なぜだスザク!! 暗い絶望がゼロを襲う。 ―――このまま、俺から離れてゆくというのか!! ゼロにとってスザクは光だった。絶望と暗闇に閉ざされていた自分の道を照らし、自分の知らないものを与えてくれた暖かな光。焦がれてやまない大切なもの。それゆえに、ゼロの悲しみは深い。 ―――もう俺の隣にはいてくれないのか? 答えのない問いが頭の中をめぐる。いや、答えはすでに出ている。一度拒んだこの手をスザクが掴むことなどありはしない。頭ではわかっていても心がついていかない。スザクを諦められない。絶望しながらもゼロはスザクを見つめた。そんなゼロの心も知らずスザクは踵を返すとゼロから遠ざかっていく。 「待て、どこへ行く!?」 この手に戻ることはないと知りながら、呼び止めずにはいられなかった。 「後一時間で軍事法廷が始まる。」 静かに語られた事実。それが意味することは一つだけ。 「ばっ、馬鹿かお前は!?あの法廷はお前を犯人にするために仕組まれている。検察官も判事も弁護人も!!」 ―――それがわからないお前じゃないだろう!! 「それでも、それがルールだ。僕が行かないとイレブンや名誉ブリタニア人に対して弾圧が始まる。」 ただ事実を述べるスザクの声には静かな決意が込められていた。こうと決めたらてこでも動かない。自分がどれだけ人から思われているか、考えもしない。そんなスザクがゼロは大嫌いだった。 「だがお前は死ぬ!!」 「構わない。」 スザクの言葉に怒りが込み上げてくる。 「っ馬鹿だお前は!!」 馬鹿なスザク。命を大事にと叫びながら他人のために平気で自分の命を投げ出して、後に残されたもののことを考えもしない。大切な人がいなくなることの悲しみをわかっていない。どんな命でも価値の無いものなんてないのだと、そう言ったのは他でもないスザク自身だというのに。 「昔、友達にもよく言われたよ、この馬鹿って。僕の欠点なんだろうな。」 先ほどまでとは違う昔を懐かしむような優しい声で紡がれる言葉にゼロは驚き目を見開いた。 ―――思い出しているのか、俺を? スザクに馬鹿なんて言っていたのは自分しかいなかった。なら友達とは自分のことなんだろうか。まだ友達だと思ってくれているんだろうか。そう思うと先ほどまでの怒りなど忘れてしまうぐらい嬉しかった。我ながら単純な奴だと笑ってしまうけれど、大切な人が自分のことを大切に思ってくれていることが本当に幸せに思えた。微かな笑みを消してスザクがゼロを見据えた。 「君を捕まえたいがここでは返り討ちだろうからね、どうせ殺されるなら僕は皆のために死にたい。」 強く言い放つとふとスザクは顔を和らげた。 「でもありがとう、助けてくれて。」 ゼロとしての自分に初めて向けられたスザクの笑顔はゼロに不安しか与えなかった。なぜだろう、なぜこんなにも不安になるのだろう。スザクが笑っているのに。 ―――あぁ、そうか。似ているんだあの時の笑顔に… 幼い頃帰り際にスザクはいつも「またね」と言っていた。しかしブリタニアとの戦争が始まり離れ離れになるとき「さよなら、元気でね。」と笑った。寂しそうに悲しそうに、そして何かを覚悟しているような。そのときの自分にはその覚悟が何なのかわからなかったが、今ならわかる。スザクは死ぬつもりだったのだ。あの状況で日本が勝つ見込みはなかった。ならば代表である自分の父が死ねば戦争は終わる。そして嫡子である自分も殺される、幼心にもそう考えたのだろう。今と同じ、皆のために。遠くに租界の光が見える。スザクがその光の方へと歩いていく。 ―――だめだ、そっちへ行くな!! その光はだめだ、飲み込まれてしまう。帰って来られなくなる。また奪われるのか、大切な人をあの国に。 ―――スザクまで奪われてたまるか、もう二度と奪わせはしない!! ゼロは走り出した。大切な人を守る為に。
「スザク!!」 一瞬何が起きたのかスザクには理解できなかった。後ろから急にゼロに抱きしめられる。まるで大切なもののように優しく、しかし腕にこめられた力はとても強かった。 「行くな、行くなスザク…」 耳元で小さく囁かれる声はとても優しくて、自分の大切な幼馴染を思い出させる。 「だめだよ、僕が行かなくちゃ皆が」 「他人なんかどうだっていいだろう、行けばお前が殺される!!」 ゼロの激しい声に言葉を遮られる。絶対に行かせないと言わんばかりに腕に力が込められた。 「苦しいよ、離してくれないか。」 「私のところへ来るのなら離してやる。」 本当にそっくりだ。彼もこんなわがままを当然とばかりに偉そうに言っていた。 ―――やめてよ、もう。 父や大切な人を戦争で失ってから自分はずっと一人だった。だからこんなにも必死に自分の事を案じてくれる人などいるはずがなかった。自分の名前を心から呼んでくれる人などいなかった。名前を呼ばれることがこんなにも幸せなことなんだと思わなかった。だからこそもう呼ばないでほしい。呼ばれたら生きたいと思ってしまう。決意が揺らいでしまう。自分は今死ななければならないというのに。 「そんなこと、出来るわけないだろう。」 「なら離してやるつもりはない。」 言葉の通り腕が緩む気配はない。どうしてゼロはこんなにも自分を止めるのだろう。今会ったばかりだというのに。 「どうして、どうして僕を止めるんだ。君には関係ないだろう。」 瞬間ゼロの手が緩んだ。その隙にゼロの腕から逃れ、ゼロと向き合う。 「関係ないだと…ふざけるな!!お前を助けたのは私だ、お前の命は私のものだ。ブリタニアなどに奪われてたまるか!!」 そういうとまた抱きしめられる。 「…お前まで奪われてたまるか。」 小さく囁く声は震えていて、スザクは余計にゼロがわからなくなる。ゼロが何を思っているのか、何を考えているのかまったくわからない。そんなゼロを知りたいと思う自分がいた。 「ねぇゼロ、仮面を取ってくれないか。」 ゼロが息を呑む気配がした。 「馬鹿か、そんなこと出来るわけがない。」 「わかってる。だから目隠ししてくれて構わない。僕はただ君を知りたいだけなんだ。仮面で隠したんじゃない本当の君を。」 ゼロは少し考えているようだったがしばらくしていいだろうと言った。ゼロは首のスカーフを取るとそれでスザクの目を覆い、仮面を取るとスザクの手を頬へと触れさせた。 「これでいいのか?」 「うん、ありがとう。」 頬に触れた程度で何かわかるはずもなかったが、どこか懐かしい感じがした。何故そんな風に感じるのかスザク自身にもわからなかった。ゼロに近づけば近づくほど彼がわからなくなる。何故だろうと思っていると指先に水が触れた。 ―――これは、涙? 「ゼロ、どうしたんだ?泣いてるのか?」 返る言葉はなくただ強く抱きしめられた。小さく嗚咽も聞こえる。やっぱり泣いている、ゼロが。そう思うと自分も悲しくなった。なぜかゼロに大切な幼馴染がかぶる。ゼロが泣くとまるで彼が泣いているように思えた。だからゼロには泣いてほしくなかった、笑っていてほしかった。 「お願い、泣かないでゼロ。泣かないで。」 そう言ってゼロを優しく抱きしめた。ふと目を覆っているスカーフが濡れていることに気付いた。泣いている、自分も。何故だろう、何もわからない。どうして自分は泣いているんだろう。わからないよ。その後二人は何も言わなかった。ただ涙し願うばかりだった。
―――私の大切な人よ、どうか生きてくれ。私の側にあれとは言わないから、生きていてくれるだけでいいから。
―――僕の名前を呼ぶ人よ、君のことはよく知らないけれど、どうか泣かないで。君の側にあることは出来ないけれど、どうか泣かないで。
―――あぁ神よ。今一度あなたに願おう。もう信じてはいないけれどもし本当にいるというのなら、私から彼を奪わないでくれ。
―――あぁ神よ、どうかお願いです。彼の側にいてください。彼がもう二度と泣かなくて済むように。
―――死ぬな、スザク。
―――泣かないで、ゼロ。
* * * * 2007/02/11 (Fri) 4話捏造。 いや、ずっと前に書いてたんですけど色々忙しくて・・・ すみません、嘘です。ただ単にサボってただけです・・・ もう新月にもしこたま怒られました。本当に反省してます。 これからはぼちぼちでもいいからできるだけ更新していこうとは思ってます。 また消えるかもしれませんがご容赦くださいませ。 辰星 暁
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