「pray for you」

 

 

 

「モーゼス、見て見てー!七夕貰ってきたよー!」

パタパタと走り回るツインテイルの髪が、ぴょこぴょこ跳ねながら嬉しげに駆け寄ってきた。
抱えるように持っているのは、見たこともない植物で、わさわさと小柄な身体が上下するたびに揺れている。

「ルルゥ、それは何だ?」
「笹っていうんだって!願い事叶えてくれる不思議な木って、カイが言ってた」

小首を傾げて問えば、譲り受けた知識をそのまま口にして返された。
嬉しそうに見上げて、えへへ、と笑う様子が大変可愛らしい。
それにしても、一番最初の『七夕を貰ってきた』というのはどういうことだろうか。
というか、七夕とは何だ。
この笹とかいう木と何か関係があるのだろうか…いや、貰ってきたというのだから関係あるのだろうけれど。

 

「ただいま…ってなんだ、お前いたのか」
「おかえり。僕が居ては不都合か?」
「いや、いつももっと遅く帰ってくるから驚いただけだ…気にするな」

機嫌を少し損ねた僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、ルルゥから遅れて帰ってきたのは、頭半分背の高いカルマン。
こうして撫でられるのは別に嫌いではないのだが、何だか子ども扱いされているみたいでむずがゆい。
僕とそんなに変わらないくせに、と悪態ついてしまうのは仕方ないことだ。
何も知らない赤子同然の僕らは、見た目の年齢と中身が全然つり合っていないのだから。
それでも少し、余裕めいた気配を纏えるカルマンは、さすがだと思う。
まぁ、それも平静であれば、の話だが。

 

「それよりモーゼス、お前これに何か書け」
「え?」

ぺらっと渡されたのは、一枚の紙切れ。
折り紙を3分の1にカットした紙とペンが用意され、さぁ書け、と言わんばかりに机を軽く叩く。
何か書けと言われても、何を書けばいいのかわからない僕は、困惑に揺れる眼でカルマンを見返した。
視線の先、赤いフレームのメガネの向こうで、まっすぐ見つめ返してくれる眼が、綺麗だと思った。

「おい、何ぼうっとしてんだ?」

大丈夫か?と覗き込むように顔を寄せられて、身体が軋むように硬直する。
距離を詰められて、お互いの吐息が混じるくらい近く、あと僅かで触れそうな肌を意識すれば、勝手に頬が熱くなった。
相手は何も思ってないのに、勝手に期待が暴走するから、居た堪れない。

 

「モーゼス」


その声で呼ばないで

耳元で囁かないで

 

ここが何処かも忘れてしまいそうになるから、自分を押し留めるのに、ものすごく神経を殺がれてゆくばかり。
ルルゥがいるのだと意識していなければ、うっかりその腕に身を投じてしまっていただろう。
その、安心できる腕の中に身を委ねてしまえたら、どれだけ幸せなことだろうか。
最近、抱きしめられることがなかったから、余計に欲求と理性の葛藤が激化して困る。

 

 

「カルマン、モーゼス!」
「あぁ?」
「へ?」

長く黙って堪えていると、顔を寄せて見詰め合う僕らの横から、愛らしい声が飛んできた。
何事かと、視線を上げる間もなく、伸びてきた小さな腕にぎゅっと抱きしめられた。
眼を白黒させる男2人にまとめてぎゅーっと抱きつくルルゥは、この上なく幸せそうに笑う。
その笑顔に、今まで戦っていた心の葛藤が、いとも容易く消失してゆくのがわかって、さらに驚いた。

「ど、どうした、ルルゥ?」
「んとね……あたいも仲間に入れて!」
「何だ?仲間って…お前…」

何を今更、と言うカルマンを他所に、僕は激しく狼狽してしまった。
はっきりとわからないまでも、自分の存在が一瞬でも忘れ去られてしまっているのではないかと、ルルゥは何となく気付いたのだろう。
だからこその『仲間に入れて』だ。
ルルゥのことを忘れてことはないが、そう思えるほどに、2人の世界だったのだろうか。
あぁ、ルルゥの教育上、これはどう影響するのか測りかねる。
悪影響がないことを祈るばかりだ。

「ほら、んなことはともかく、お前らさっさと願い事書いてしまえ」
「あたい書けたよー!」
「ね、願い事?」
「おう、七夕だからな」

さっさと書け、と七夕の意味を知らない僕にぺしぺしと紙をひらつかせて、催促の合図。
渡されたペンを片手に、ちらりと横目で盗み見れば、カルマンの膝の上でルルゥが楽しげに『願い事』を書いた紙を見せている。
きゃっきゃと明るい声で笑うルルゥに、完全にカルマンを奪われてしまって苦笑する。


小さな小さな羨望。
いいな、と思ってしまうのは、僕がまだまだ子供だからだろうか。
だったら、どんなに子供じみた願い事でも許されるだろうか。
そんなことを思いながら、戸惑いつつペンを走らせる。

 

「そういえば、ずっと気になっていたんだが、七夕とは何なんだ?」
「ん?お前、知らなかったのか?」
「聴いてない」

こくりと頷いて説明の要求をすれば、まず弾むようなルルゥの声が概要を教えてくれて、次に付け足し、と言わんばかりのカルマンが、ゆっくりと語るように伝承話を聞かせてくれた。
七夕の日は、短冊に願いを込めて笹の葉にくくりつけるのだと。
それは、遠く遥かな空の恋物語に由来して、今もその話に街中が色めき立つのだと。
どれもこれもカイから譲り受けた知識だったが、まるで自分の自慢かのように話すからおかしくて。
こんな行事があったなんて、初めて知った。
願いを乗せて、祈る日があるだなんて。

「もっと、早く知りたかったな」

願うことならいくらでもある。
縋れるものならいくらでも縋ったし、希望があるならどんなにささやかでも期待して望んだ日々。
物思いに耽るように俯いて呟けば、そっと大きな手のひらが頬をなぞってきた。
温かな熱を持つ大好きな手。

「今からでも遅くない、願えばいい」
「カルマン…」
「叶わないと知ってても、願うことはきっと大事だ」


それだけで、救われるものもあるだろう

それだけで、喜んでくれる人もいるだろう

 

そう、言い聞かせるように言葉は紡がれる。
こうして慈愛に満ちた声で話すときのカルマンは、誰より頼もしく優しくて。
我知らず泣きそうな顔で微笑めば、その奥に秘めた涙を宥めるように抱きしめてくれて。
ルルゥと僕と、宝物でも抱え込むように優しく大切に包み込んでくれる両腕が愛しい。
寄り添った体温が温かくて、隣で花咲かせたように笑うルルゥの笑顔に安心感が押し寄せてくる。

 

「“皆が、幸せでありますように”」


思い浮かぶのは、共に生きた仲間たち。
遥か高みの星空のもと。
僕らが感じるように幸せであれば、これほど嬉しいことはない。
黒に染まる夜に、輝く星の川を流れてゆくのは、数多の願いの輝き。
ベランダに立てかけた笹にそれぞれの願いを掲げて、温かな腕の中で彼らに届けばいいと祈る。
そんな視界の端、たくさん吊るされている願いの中、揺れるピンクの短冊が一枚翻った。


『みんなに もういちど あえますように』


拙い文字で、一生懸命綴られた願いは、どこまでも純粋で。
なんて、愛しくていじらしい願いだろう。
薄っすらやってきた眠気にむにゃむにゃとまどろむルルゥを見やって、自然と微笑んで。
ふと視線を感じて見上げれば、同じ事を感じたのだろう、カルマンが机の上から一枚短冊を寄越してきた。
どうやら、今日はいくらでも願い事を書いていいらしい。
気が変わらないうちに、と早速ペンを走らせて、ピンクの短冊の隣にくくりつける。

「叶うといいな」
「…あいつらのことだ、こっちが嫌がっても逢いにくるだろ」

くすくすと、声を潜めて笑い合う。
今夜は眠るのが楽しみになりそうだ。

 

 

 

『夢の中で また逢おう』

 

煌く星の元、束の間の夢を貴方に

 

 

 

 

 

 

* * * *

2008/7/8(Tue)

遅れて七夕SS
どこかしんみりしてしまうのは、シフだから。
皆、こぞって逢いに来ればいいよ!!!!


*新月鏡*