「儚き人へ」

 

 

 

最近、何かと夢を見る。
一つ、一つ、と忘れてゆくけど、それでも消えない圧倒的な哀愁と信愛。
胸の内に響いて、毎夜毎夜、酷く泣きそうになって目を覚ます。
そういう時は、決まって身が凍るほどに空気が冷たい。
張り詰めた冷気がひっそりと息を潜めて佇んでいて、僕はどうしようもなく心許ない。
自分で自分を護るように抱き込んだ肩さえ、身体が冷め切っていると知らせる合図にしかならなくて。


――――温めることすら、僕には出来ないのか…


ただ、そう思えてしまって。

 

 

「…っ」

競り上がる嗚咽を噛み殺して、力を込めた手が肩に食い込めば、反射的に呼吸が止まる。
震える指先がガタガタと血管を圧迫して、余計に冷えていくような気さえしてくる。


愛する者が残してくれた大切な自分の命。
それすら冷え込む大気の脅威から、自分ひとりで護れない。
もう持つ必要のなくなった大鎌が部屋の片隅で鈍い光を放っているが、それが何の役に立つというのだろう。
捨てきれない重罪を背負ったまま、受け入れてくれる人の許。
贖い続けようと決めた戒めとして、それぞれに残された血濡れの凶器。
苛むように温度が下がっていけば、もはや恐怖だけが襲ってくる。

「…助けて…」

何に対して恐怖しているのかもわからずに、ただただ逃げるように暖かなベッドから抜け出した。
行く宛てもなく、何かに追い立てられるように冷えた廊下を足早に駆けて行けば、月夜の冴える大窓が行く手を遮った。

 

いつだって焦がれた光

柔らかな輝きに慰められて

それでもやっぱり悲しくて

 

――――…誰か、助けて…!

 

 

 

「モーゼス」
「!」

顔を覆って崩れそうになった自分の身体。
けれどそれは床に崩れ落ちることなく、暖かな両腕に包まれていた。
耳元では聴き慣れた力強い声が、僕の意識を繋ぎとめる。
軽く折り曲がった僕の身体にぴったり重なるように抱きしめるのは、どんなときでも共にあった優しい体温。

「恐れるな…何も、…もう全て終わったんだ」
「…そう、だろうか…」

先ほどの恐怖からの焦燥感が、未だに心拍数を跳ね上げていて落ち着かず、注がれる言葉に返そうと声を放てば震えが響く。
それに気付いたのか、たくましい両腕は、僕がある程度落ち着くまでじっと何も言わずに抱きしめてくれて。
ただそれだけで涙しそうになる自分がおかしく思える。
背後に感じる気配と体温がじんわりと僕に安心感を与えてくれて、どうしても手放せい。

しんと静まり返った部屋の中、煌々と輝く月の光を浴びながら、どれほどの時間が経ったかもわからないくらいに麻痺してしまった感覚が、緩やかに浮上する。
感覚が戻っても、僕はまだ抱きしめられたままでいたけれど、それが優しさに付け込んだ僕のわがままだと気付けば、何だか滑稽に思えてしまう。
自嘲気味に自分を蔑んだとしても、手放すには勇気がなくて。
彼もそれをわかってるから、きっとこのまま抱いててくれる。
仲間に対してはとことん情の厚い人だから。

 

 

 

「…なぁモーゼス…今度、皆に逢いに行こう」

そんな静寂の中、彼はポツリとそう言った。
この凍る深夜には不釣合いなほどの暖かな笑顔で、そよ風のように軽やかな声色を奏でる。


『逢いに行こう』、と。


死して尚、散らばったままの仲間たち。
そんな彼らを、一人ひとり、ゆっくり訪ね歩いて行こう、と彼は言う。
強張ったままの僕の手を包み込んで、胸元へ引き寄せ、より抱え込むように腕に力を込めて抱きしめてくれた。
とくりと小さく伝わる鼓動が、僕の中の熱を誘う。

「んで、皆に逢えたら、今度はたくさん色んな場所を見に行こう」
「色んな…?」
「あぁ。で、また皆に報告しに行くんだ」

ずっと、僕らが生きている証を刻みながら、それでも忘れていかないように、幸せなんだと胸を張って逢いに行こう、と。

 

優しい声色に誘われて振り返った先の笑顔に、苦しいくらいの愛しさが込み上げてしまって、僕は今まで耐えていた嗚咽を堪えきれずに吐き出した。
その胸にしがみついて涙すれば、大きな手のひらが優しく僕を包んでくれるから、弱さと甘えの洪水が巻き起こる。
悲しいことも、寂しいことも、全て吐き出したとしても、全て彼が受け止めてくれるのだとわかってしまえば、押し隠す必要も感じなくなってゆく。
流れる先を知った感情の波を止める術は、僕には何一つないらしい。
止められるとしたら、それは彼以外にいないのだろう。


――――いつだってお前は僕を救ってくれる…


リーダーとして皆を率いてきた僕だけど、どうしてもくじけそうなときはいつも彼が支えてくれていて。

 

激しい怒りで

深い想いで

不器用な言葉しか言えなくても、誰より仲間を慈しむ彼だから


気付けば僕も無意識に彼を頼りにし、誰より愛しく想ってた。

 

 

 

「そうだね、カルマン…たくさん見に行こう…」

冷たいつま先をそっと見つめて、寄り添う背に腕を回して抱きしめる。
まっすぐな言葉が、何より僕を導く光になるのだから、何も恐れることはない。

「皆に逢って、思い出話をたくさんして、そしていつか…」
「わかってる」

『いつか』と切った先は音にならなかったが、どうやら彼は汲み取ってくれていたようだ。
言葉はなくても分かり合えるほど、誰より同じ時間を共有してきたのだから不思議なことではないのだが、それでもやっぱり嬉しくて。

「カルマン…ありがとう」
「…気にするな」

涙で歪む世界には、優しい面影が揺らいで。
包む体温が安堵感を連れてくる。
『ごめん、もう少しだけ』、そう呟いて流れるに任せたままの涙を掬い上げれば、優しく輝く翡翠の瞳が輪郭を得る。
視線が絡まるだけで、こんなにも暖かな気持ちで満たされてゆくことに、僕はこの上なく幸せだと感じていた。

 

 

 

そうだね、皆に逢いに行こう

それぞれが散ったあの場所へ

望みを託す、と倒れて逝った

墓なき愛しい人たちへ

 

 

紡がれた命の尊さを

連なる想いの愛しさを

僕らは幸せなんだと、そう胸を張って逢いに行こう

 

 

 

そして、この気持ちに決着をつけたなら

 

 

 

『いつか、キルベドへ花を手向けに行こう…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――お前がいれば、きっとそう遠くない未来に叶うさ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2008/01/28 (Mon)

久しぶりにカルモゼ!!
やっぱり冬になると書きたくなるのは何故?
なんかね…『白雪』に近い話で、もっと前向きになった話。


新月鏡