「欠けゆく月の想い」

 

 

 

 

低く輝く日の光が、木々に覆われた地面にさえ暖かな色をつけ、長く伸びる木々の影は織り上げられる糸のように絡まりあう。
斑に模様付けされたその中を跳ぶように、陰になった場所だけを選んで歩いてゆく。
片方の空には沈む日を、もう片方の空には白く淡い月を見ながら。
だんだんと空が灰色に染まる。

 

少し安心感を得ることに皮肉さを感じる。
暖かな光を浴びれば、その瞬間に音を立てて燃え上がる我が身。
行動できるのは焦がれる光の届かぬ闇の中だけ。
冴える月を微かな灯火にして、ただ『生きたい』という望みを叶えるために追い求める。
一縷の希望であれ、求めずにはいられなかった。

 

ソーン

 

体中を蝕む『印』
それは己の『生』の長さを刻む印
荊のように絡みつき、内側から食い破ってくるそれにすら恐怖を抱く。
許される刻の短さに焦りと憤りと悲しみが渦巻き、心を急かす。

 

「ギー・・・」

喪った者を想う。
この身体に流れる『烙印』という名の血を清めるために特別な血を求めた。
それが小さな希望。
何だってよかった。
この身体を、失われた光を取り戻せるなら。

 

でも、犠牲は止まることがなく。
ディーヴァやシュヴァリエの血なら、と希望に眼がくらみ行くことを許してしまった。

ディスマス
ゲスタス

そして、ソーンに蝕まれていたのに気付いてやれなかった。

ギー

シュヴァリエの血では『烙印』を清めることも『印』を消すこともできないのだと証明させるためだけに喪ったようなものだった。

 

「もっと、早く僕が気付いてやれていれば・・・少しは変わったのかもしれない」

己の不甲斐なさに打ちひしがれる。
どれだけ駆けても、どれだけ忘れようとしても、後悔は氾濫する水となって翻弄する。
流されて、流されて。
溺れる我が身は意思と切り離されて飲み込まれるように。

 

次第に熱くなる目頭に、唇を噛んで耐え忍ぶ。

いけない。
それは許されない。
許されるはずがない。
仲間を犠牲にして生きているのだから。
喪った者を想ってなお、浅ましくも微かな希望に縋りついてしまうのだから。

 

気づけば辺りはすでに闇に侵食され、焦がれる光は空の果てにさえ見つけられない。
後悔に翻弄され続ける自分を見守る月はやはり冷たく、淡い光を伴って霞を纏う。

 

欠けた月。

 

まるで今の自分たちのよう。
次第に喪われるそれが魅せるのは、自分たちの命のように霞にとらわれた光の放つ儚さ。

 

 

 

 

 

不意に背後に気配を感じた。
流れる風の微かな変化。
音はない。
それ以上距離をつめようともしない。
ただ、それだけで誰だかわかる。

 

――――いつもそうだ

 

この何気ない距離に慰められる。
静かに見守られて、またその見守られているという安心感に、抑えていたものがあふれ出すこともわかっていた。

頬を伝う雫は白く輝く光を受けてするりと地に吸い込まれる。
静かに、けれど激しく渦巻く感情を伴ってそれは落ちる。
己の弱さを無意識に晒してしまう自分自身に小さな悔しさを覚えて。


見守る者は気付いてなどいないのだろう

 

――――僕が弱みを見せるのは・・・お前といるときだけだということに

 

音にはしない。
してはならない。
知られるわけにはいかない。
対等でいなければならないから。

 

それでも依存していることはわかっている。

 

――――けれどそれに全てを預けてはいけない。

 

多くを犠牲にしなければ希望すら見つけられない自分たち。
『生きる』希望を現実にするまでに、どれほど犠牲を強いるのか。

傷の舐め合いはしていられない。
喪った者たちはすでに還ることはないのだから。

囚われたままではいられない。
しかし決してそのことを忘れるのではない。

強く心を持つために。
今を、この渦巻く感情を振り切って。
自分の足で立つために。

 

 

 

ただ・・・

 

 

あと少しこのままでいさせてほしい

 


全てを涙にのせて流しきるまで

 

もう振り返らないように
迷わないように
崩れ落ちないように

 

 

想いをのせて落ちる雫はとめどなく。


静寂の時は長く短い。
ざわめく木々に、風に、感情に身を任せて。
その時を流しきる。

欠けた月の放つ光は淡く冷たくて。
けれどどこか柔らかく儚いその光は、暗い夜に優しい色を添えていた。

 

 

 

 

 

全ては預けられない

 

 

お前を喪ったとき

 

 

 

 

 

 

僕はもう自分では立てなくなるのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

2006/04/17 (Mon)

 

初シフ小説。
モーゼスしか描写してませんね(苦笑)
今回のこの話は21話終了後の話です。
仲間を喪うことをひどく嫌うモーゼスの超葛藤と密かな想い。

一番書きたかったのは、『涙に想いをのせて流しきる』ってこと。
あれはどうしてもそう感じるのです。
つらいこと・悲しいことって泣いてしまうと軽減される不思議。
そして一人ではなく、誰かが寄り添ってくれるとその存在に早く癒されるんですよ。
心の防衛ですかね?

モーゼスの見守り人は奴です。
えぇ、それが最終目的ですから。
でも、読むその人によって誰でも可能。
だってモーゼス誰だって『お前』なんだもの♪

実はこれ三部作な予定。
気長に待っててください。
新月鏡