古城の中にそびえる一際高い塔。
切り離されたその場所から響くのは美しいソプラノ。
紡がれる声のみの旋律は不思議と耳に残る。

 

その歌に誘われるように一人の少女が駆けてくる。

 

「友達になりましょう」

よく透る声を張り上げ、塔の最上階にいるであろう人物に呼びかける。

 

突然掛けられた申し出に流れる旋律は掻き消え、しばしの静寂が訪れる。
呼びかけた少女の声に返答はなく、それの代わりにと最上階の窓から一輪の花が舞い降りる。
それはこの世にあってはならない色を纏うバラだった。

 

 

 

 

 

「契約」

 

 

 

 

 

投げられた青いバラは何のためらいもなく地に落ちていた。
足元によこされたそのバラを取り上げ、小夜は不思議な心地でその花を眺める。
青い花ならこの場所にはたくさんある。
でも、青い色のバラだけは未だかつて見たことがなかったのだ。

 

物珍しい花を手に、小夜は改めて塔を見上げる。
返事をしなかったのは何か事情があり、代わりに花を贈ることで何かを伝えようとしたのかもしれないと思い、小夜は塔へと足を進めた。
何段もある階段を駆け上がり、息を切らしながらたどり着いたものの、最も肝心な扉を開ける鍵がなかったため、結局青いバラを贈った人物には会えずじまいに終わった。
しかし小夜はこれで諦めるほど素直な性格はしていない。
その扉の錠がかなり特殊な構造だったことに眼をつけて、こっそりと鍵を入手しに戻ったのだ。

 

特殊な鍵。
それはきっとジョエルが所持しているであろう鍵。

 

ジョエルが出かけている間なら、部屋の中を探れると考え、じっとそのときを待った。

 

 

 

 

 

そして時は訪れる。
小夜はこのチャンスを逃すまい、と部屋の主がいなくなったその中に忍び足で入り込み、机の引き出しを丁寧に調べた。

「あっ・・・」

 

一番奥にしまわれた小さな箱、それは古びた装飾に囲われていて最近開けられた形跡のないもの。
小夜にはそれがあの扉の鍵に思えて、自然とその箱を持ち出していた。

開いた箱にはやはり独特な装飾の施された鍵が一つ。
小夜はその鍵を手に迷わず塔へと駆け出した。

 

駆ける足音は逸る心音そのままに拍を刻む。
目指す塔の最上階へ導くように連なるバラと茨の廊下。
辿りついた扉を前に切らす息を整える。
手に収まった鍵を見つめ、扉を封じる錠に手を掛ける。

 

 

 

開錠の音


滑り落ちる錠が奏でる甲高い反発の金属音


軋む扉の開く先

 

 

 

 

 

「待っていたわ」

軽やかな声が小夜を包み込む。
視界に映るのは自分に酷似した少女の顔。

 

「きっとその扉を開けてくれると思ってた」

華やかに微笑む少女の言葉に小夜は眼を輝かせた。
自分とそっくりな彼女がどういった人物なのか気にはなるものの、不思議とそれほど気にするようなことにも思えなかった。
待っていたと言ってくれる少女に、望む関係を得られそうな気がして。

 

「ねぇ、あの時の返事を聴かせて」

小夜は少し気恥ずかしそうにそう訊ねた。

『友達になって』

その呼びかけの答えは、と。

 

少し不安げに揺れながら静かに相手の答えを待っているとそれはさほど時を置かずに返ってきた。

「いいわよ、友達になりましょう?」

深い思いを眼に潜めて、花の綻ぶような笑顔でその奥にあるものを覆い隠して少女は答えた。
小夜はそれに気付かず、ただ素直にその言葉に歓喜した。

 

「ホント?!嬉しい!!」
「でも、ちゃんとした形としてそれを表したくない?」

少女の言葉に小夜は不思議そうな顔で首を傾げてみせた。
そんな小夜の行動に小さく笑って少女は言う。

「貴女の大切なものと私の持っている全てとを交換しましょう。そうすればずっと強い絆で友達になれるわ」
「私の大切なもの?」
「えぇ、今じゃなくても良いの。でも私に大切なものはないから全部あげる。それじゃダメ?」

 

少女の申し出に小夜は勢いよく首を横に振る。
ただ純粋に少女の申し出が嬉しかった。

より強い絆を

そう言ってくれる彼女に小夜はとても感謝した。

 

あまりにも独りでいる時間が長すぎたため、小夜はその奥にあるものを感じ取れないまま彼女の言葉に同意を示す。
見えない何かに誘導されていることに気付かない小夜に、少女は微笑を返して小夜の求める甘い言葉を口にするだけ。
後はこのまま呑み込んでしまえばいい。

 

「私のやり方でこの約束をしてもいいかしら?」
「えぇ、構わないわ。どうやるの?」

手招きする少女に乞われるがまま小夜は彼女の側へと近寄る。

すると少女は小夜を抱き寄せ、その首筋に唇を持ってゆくとおもむろに歯を突きたてた。
突然起こる痛みが全身を駆け抜け、小夜は思わず歯を食いしばって小さく呻く。
腕に力を入れてその痛みから逃れようと試みるものの、自分の首筋に喰らいついたまま、少女は一向に解放してはくれない。

 

ただその血を啜る音と無意識に漏れる苦痛の声が辺りに響く。


ようやく解放されたときには視界が揺らいで自身を支え立つことさえもままならず、口元を紅に染めた少女に支えてもらわなければならなかった。
どうしてこんなことを、と訊ねようとした矢先、少女は小夜の目の前に同じように首筋を晒して小夜の頭を抱え込んだ。

「ほら、貴女も」

はっきりしない思考が促される言葉に従って、小夜は迷わず少女の肌に噛み付いた。

 

瞬間、小夜の中で何かが弾けて理性が完全に吹き飛ぶ。
ただこの渇望する欲をどうにかしたくて、無我夢中で血を啜る。
こうあることが正しく思えて。

 

少女の制止によって引き離されたとき、やっと小夜は理性を取り戻した。

「・・・私・・・」
「心配しないで。これで私たち、友達という関係よりも家族に近い強い絆を持ったのだから」

柔らかな布で口元を拭われながら小夜はまだついていかない思考の中でひとつの言葉を聴いた。
優しげだがどこか闇が似合う笑顔を湛えた少女の言葉を。

 

『血の契約はなされたわ』

 

 

――――貴女の血で私は完全なものになる

 

「私はディーヴァと呼ばれるもの。今度は私が貴女に会いにゆくから、待っていて」
「わかったわ」

小夜はおとなしく彼女と別れ、屋敷への帰路についた。

 

次に会う日が絶望の始まりとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何があったの・・・?」

眼の前に広がるのは一面の紅蓮。
踊る炎の熱風が頬を打ち、取り巻く灼熱の大蛇は屋敷を呑み込んで。
揺らめく焔の影から垣間見えるのは動くことのない屋敷の人々。

 

特別な日。
喜ばしい日になるはずだったのに。

 

「どうして・・・」

驚愕に足がすくんで身動きひとつ取れなくなっていた。

 

小夜は全て失った
その特別な日に
何もかも

 

特別だと思っていた者たちを

 

 

 

「いやぁぁぁ―――――――――――――っ!!!!!」

 

崩れ落ちる心を、身体を支えるものなど何もなく。
胸の痛みに、炎の熱に、咽喉が締め付けられて息苦しく。
ただ嘆きに我が身を捧げた。

 

 

 

――――SAYA

 

不意に軽やかな声が届く。
涙で息の荒いまま、呼ばれた方へと眼を向ける。


「・・・ディー・・・ヴァ・・・?」
「会いに来たわ」


そして

 

――――約束を果たしに

 

 

 

口元を吊り上げた瞬間、彼女の唇に一筋の紅雫が零れ落ちる。

「貴女の大切なものを貰いに来たの。片方はもう済んじゃったわ」

妖艶に笑むディーヴァに小夜はひとつの予感を感じた。

 

私の大切な者
それを彼女は貰うという

待って
信じたくない
だってそれじゃぁ・・・

 

 

 

アノ扉ヲ開ケタ私ガ、二人ヲ殺シタ・・・?

 

 

 

恐怖に見開く瞳は紅い輝きに満ちて、震える身体は何かを求めているよう。
手探りで探し当てた長剣を手繰り寄せ、一定の距離を保つようにその切っ先をディーヴァへと向ける。
そんな小夜の行動をディーヴァは楽しそうに眺めてから、そっと小夜の後方、暗い茂みの奥へと視線を移す。
濃い影の中、眼に見えない変貌を遂げた慣れない身体を引きずり、小夜の身を案じる青年。

小夜の大切な者

ディーヴァは声を立ててひとしきり小さく笑うと小夜に向かってやはり楽しげに話しかけた。

「サヤ、今日は見逃してあげるわ。だから私と遊びましょう・・・命を賭けたサバイバルゲームを。私が負ければ貴女は自由よ、けれどもし私が勝てば・・・」

 

――――小夜、わかってるわね・・・

 

 

『血の契約に則って、彼は私のものになるわよ』

 

 

失えないと想うほど大切なら、本当に殺す気で私を追い詰めてみせて、そう言ってディーヴァは再び踊る炎の中へと消え失せた。

 

その日、小夜の日常全てが死に絶えて、新しい日々が誕生した。


手にした花は剣に
時は刻む針を失い
穏やかな場所は緋色に染まって

 


 

傍らに在る者とともに
自ら生み出した罪を断つ旅が始まる

 

 

 

 

 

『さぁ、契約という名のゲームをしましょう・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2006/03/14 (Tue)

何だこれ〜・・・orz もう自分でも書いてて収拾つかなくなりました。
駄文です。ってかそうとも呼べるかどうかさえ怪しい。
とりあえず書きたかったけど書けなかった裏設定をずらずらと。

・ジョエルが密かにクローンっぽいのを創ってて、失敗して危険だから隔離した。(それがディーヴァ)
・ディーヴァは小夜の失敗作クローン。
・オリジナルの血を得ることで不完全な部分が消失。
・ハジがディーヴァの花婿なのは『血の契約』をしたから。(早い話、物々交換のネタにされたハジ)


ハジがディーヴァの花婿さんなのは何故?って思ってたらこんな設定になってた。
小夜とディーヴァが姉妹ってのも、『血を分けた』ってだけで人と同じ生まれ方してるとは限らないと思いまして・・・気付いたら血の飲み合いに・・・。
あぁぁぁ〜・・・。自分で書いててなんですが、こんなの嫌だ。
この文章嫌い。
新月鏡