たとえばそれが偽りだとしたら?

たとえばそれが優しさから生まれた嘘だとしたら?

たとえば・・・真実が嘘に思えたら?

 


私はどれを信じればいいのだろう。

 

 

「無限の真実」

 

 

ふるいに掛ける基準もなくて、条件のつけようがない。
思考の海に溺れてしまいそう。
誰がどう思ってるかわからなくて、誰を信じていればいい?

 

――――自分さえ信じられない

 

突然の風に心揺さぶられ、決意の証は無残な姿になって、立っている場所さえおぼろげ。

『気付かない』

そういったのは取り巻いていた人々ではなく、自分が戦うと決めた『翼手』。

執拗に語りかける彼女の言葉はまるで何かの意思を持った病のように小夜を蝕む。
届く言葉は彼女のもので、思考は停止したまま無意識が抑揚なく音を体外へと吐き出す。


信じていたもの
決めた意志


全部ガラスのようにもろく粉々になり、その鋭利な破片は容赦なく小夜に降りかかって。

『皆知っていたのよ』

冷ややかにからかうように響くそれが小夜を支配する。
ずたずたに切り裂かれ破片の刺さった精神は、泣くことを忘れた小夜の代わりに緋色の涙を流して、定まらない心に崩れ落ちる。

 

「嘘・・・」

 

――――だったらどうしてこの人の言葉を真に受けるの?

 

自分自身に疑問を持つ。
嘘だと思うなら何故その言葉を真に受けるのか、と。

聞かなければいい。
なのにそれは自分自身の中から排除できなくて。

 

 

 

――――助けて・・・

 

 

 

解放された身体からすり抜ける鈍色の刀は切っ先を失い、鮮やかに彩る色さえなく白の地面へと身を投げる。
切り離されて、定まらない身体と精神のバランス。

「ど・・・して・・・ハジ・・・」

声の弱さに抜け落ちる言葉は、それを向けられた者に届くことはなかった。

 

小夜の声の届かぬ彼は紅の雪の中に横たわったまま、苦痛を伴う再生の感覚に顔を歪めて耐えていた。
意識の混濁が激しいのか、一時的に死んだようにぴたりと動かなくなっては再び息を吹き返すように小さな呻き声を吐き出す、そんな途方もない再生を繰り返し続けている。

しかし、思わず目を背けたくなるそんな光景のリピートにさえ、小夜は虚ろげだった。

 

「ねぇ・・・どうぶつえん・・・・・・何処?」

一歩、また一歩と重心の定まらないまま再生を繰り返すハジに近づき、小夜はうわ言のように訊ねる。
横たわる身体に手を差し入れ、仰向けに体勢を変えてから覗き込むように身を乗り出し再び同じ言葉をかけるが、ハジは変わらず沈黙を保ったまま眼を細めて小夜を見上げる。

「行かなきゃ・・・私が行かなきゃならないの!!言って!!」

血に染まった彼のシャツに手をかけて追い立てるように声を荒げ叫ぶ。
まだ傷の塞がらない身体を揺さぶり地面へとしたたかに打ち付けて、体重をかけてそのまま彼の上へと自身の身体を投げた。
胸に触れる額は紅の化粧を施され、前髪は色が溶けて艶やかな黒髪に鈍色の朱が混じる。

 

「もう・・・何も、いらない・・・」

涙に揺れる声は儚く、震える華奢な身体はあまりにも弱かった。
痛みを訴える身体を無視して無意識が思わずその存在を抱きしめると腕の中の小夜は身を強張らせてしまう。
だがハジには拒絶を示されるという恐怖が不思議となく、そのまま少女を抱き寄せて瞳を閉じる。

 

 

 

彼女はもう誰の意にも添いはしない。
疑うことを知ってしまった。


信じることへの不安さえも・・・

 

 

 

降り積もる雪の白さだけが純粋に思えて心が痛かった。
ハジには眼に映るそれらに小夜の生が恐ろしく、また悲しく感じられる。

冷酷な運命の歯車は止まることを知らず、紡がれるシナリオはきっと小夜をさらに追い詰め傷つけてしまうのだろう。
笑顔を失った彼女に束の間与えられた休息さえ見事に打ち砕いてしまうのだから。

塞がる傷と同じスピードで急速に閉じられる小夜の心。

それは『家族』の者たちに対しても閉じられてしまうのかもしれない、とハジは思った。

 

 

「小夜・・・望む場所へ行くのなら、まず部屋へ戻って身支度を・・・」

再生を終えた身体に痛みはなく、今感じるのは離すことを躊躇うほどに弱く儚い少女のぬくもりだけ。
身を起こしてそっと離れることさえ名残惜しい。

眼の前の人物がそんな風に思っているなど全く知らないまま、小夜はハジの言い分に納得して気だるげに立ち上がる。
服は雪に浸食されてまるで霧雨を浴びたようにずっしりと重く、頬や額、髪に施された紅をつけたまま街中を平然と歩けるとはとても思えなかったからだ。
他人が見れば大騒ぎにされてもおかしくはない。

 

そのままホテルの玄関がある方へと足を向ける小夜に静止が掛かる。
部屋へ戻れと言い出したハジ本人が止めることに理解できず、小夜が苛立たしげに静止をかけた腕を払いのけて再び足を前に出そうと瞬間、ハジは小夜を抱えて飛び降りてきた窓へと一気に跳躍した。
軽やかに窓の縁へと降り立ち、その動作の流れに乗せて小夜を室内へと下ろす。
小夜は状況の把握が出来なくて、その苛立ちを動作に混ぜてさっさとハジから離れた。

 

血を洗い流すためにバスルームに足を運べば、鏡に映った自身と情けない表情。
以前は鏡の前で笑ってみたりと試みることもあったが、今はそんな気すら最初からなかったように冷たい気持ちが渦巻いていた。
シャワーを浴びて血を洗い流したり、服を着替えている間もその気持ちの渦はさらに大きさを増しているようだった。

 

身支度を整え終わったときに、この後帰ってくるであろう人々に何かを残す気は全くなかった。
リクの熱を帯びた寝顔を見るまでは。


「・・・リク・・・」


変わらないこの弟の寝顔。
もう関わることさえないかもしれないと感じて、苦しさでいっぱいだった。

渦巻く冷たい心と苦しみを外へ吐き出したくて、眼についた棚の上のメモ帳に思わず書き出した。


ただ一言、ずっと頭に住みついたままの言葉。

 

 

 

『うそつき』

 

 

 

誰かが嘘を言ったわけでもない。
誰かが騙したわけでもない。
ただ小夜が知らなかっただけ。
気付かなかっただけ。


わかってる・・・

 

 

 

わだかまるこの思いにその言葉を残して、小夜は部屋を後にした。
計り知れない真実と向き合うために独り出てゆくと心に決めて。

 

――――私は、独りでいい

 

胸の内で繰り返し、暗い夜空の下を歩いてゆく。

 

――――何も信じない

 

そんな小夜の半歩後ろをハジが歩いて来るのがわかる。

 

――――何もいらない

 

一定の拍で雪を踏む足音だけが夜に溶ける。

 

 

 

――――それでも・・・

 

 

 

まっすぐ目指す場所だけを見つめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――それでも貴方は傍にいるのね・・・

 

 

 

 

無限に広がる真実のほんの些細なものでしかないけれど
それは確かなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

2006/02/28 (Tue)

何だろう・・・。誰を中心として書いてるのかわからなくなってきた。
小夜→ハジ→小夜って感じで帰って来た気がする。
統一したほうがいいのでしょうが、どうすれば出来ますか?!誰か教えて下さいませ!!
最近だいぶ煮詰まってきてて、めちゃ甘なものを見たい。
それはもう血を吐くような。本編で期待しすぎてるのかな、私は。
暗い話ばかりで申し訳ないです。何かギャグっぽいものを思いつけばいいのだけれど・・・。
新月鏡